Se connecterRE:CODE MODE CONTEST終了から、四日後。 与那嶺家。 昼過ぎ。 玄関には、たくさんの靴が並んでいた。 見慣れないわけではない。 親戚。 近所の人。 父親の知り合い。 昔から顔だけは知っている人たちが、なぜか今日は良太の家に集まっている。 「良太くん、テレビ見たよ」 「すごいじゃない」 「社長なんだって?」 「モデル事務所?」 「世界的な大会だったんでしょ?」 良太は居間の隅で、完全に居場所を失っていた。 「いや、俺が出たわけじゃないです」 すぐに、父親の和男が割って入る。 「でもな。モデルを支えるのも仕事だから」 妙に得意げだった。 良太が見る。 「親父」 「何だ」 「急に業界人みたいな言い方するなよ」 和男は聞こえなかったことにした。 近所の女性が笑う。 「良太くん、昔からこういう仕事に興味あったの?」 良太が口を開くより早く。 和男が答えた。 「ありましたね」 「ないよ」 即座に否定した。 和男は構わず続ける。 「母親が化粧好きだったから」 良太が止まる。 「……は?」 「小さい頃から、横でよく見てたんですよ。口紅とか、ファンデーションとか」 「見てたかもしれないけど、それ今につなげる?」 和男は真顔だった。 「そういうのが、今の仕事に生きてるんだろ」 良太は、しばらく父親を見る。 「絶対いま作っただろ」 「作ってない」 「俺のこと、五年くらい無職の出来損ないって言ってたよね?」 居間が少し静かになる。 和男は湯飲みを持ち上げた。 「それは」 一拍。 「発破だ」 良太が目を細める。 「便利な言葉だな」 親戚の一人が、笑いを堪えきれなかった。 和男も少しだけ口元を緩める。 「まあ」 良太を見る。 「結果的に、ちゃんとやってるならいいだろ」 それだけだった。 素直に褒めればいいのに。 昔から、こういう人だった。 近所の男性が言う。 「でも、歌原彩ちゃんって今すごいんでしょ?」 別の人も続く。 「ユニクロの子」 「SNSで流れてきた」 「良太くんの事務所なんでしょ?」 また全員の目が良太へ向いた。 良太は少しだけ困ってから答える。 「まあ」 一拍。 「うちのモデルです」 その言葉だけは。 以前より、ずっと自然に
RE:CODE MODE CONTEST終了から。三日後。午前九時。クロスリンク・エンタメ。南条圭介は。パソコンの画面を見たまま。しばらく動かなかった。隣の社員が。声をかける。「南条さん?」「……超えた」「何がですか?」南条が。画面を指す。公式配信。第一ラウンド。第二ラウンド。その再生回数が。入れ替わっていた。「第二ラウンドが」一拍。「第一ラウンドを超えた」社員が。画面を覗き込む。「え?」大会直後は。第一ラウンドの方が。圧倒的に多かった。当然だった。五時間かけて。各チームが。それぞれのモデルを。最高の状態へ仕上げた。御堂玲奈。真壁ミラ。そのほか。国内外で実績のあるモデルたち。見応えだけなら。第一ラウンドの方が。豪華だった。なのに。三日後。第二ラウンドが。追い抜いた。しかも。まだ伸びている。南条が。グラフを見る。「これ、一時的じゃないな」「切り抜きから流れてきてます」「どれ?」社員が。一覧を開く。《御堂玲奈が10万円で選んだ服》《真壁ミラ、1時間で作った第二ラウンド》《トップモデルが庶民ブランドを着た結果》《RE:CODE第二ラウンド着用ブランドまとめ》《歌原彩、ユニクロでランウェイ》南条が。少しだけ笑った。「なるほど」コンテストから。服へ。服から。また。モデルへ。人が戻ってきていた。*第二ラウンド。一時間。十万円。第一ラウンドまでに使ったものは。使用不可。同行できるスタッフも。一人だけ。その条件で。十六人のモデルが選んだのは。普段なら。世界的なランウェイの主役にはなりにくい。手の届く価格帯の服だった。数万円。高くても。十万円以内。知っているブランド。街で見たブランド。頑張れば。自分でも買える服。それを。トップモデルたちが。本気で選び。本気で着て。本気で歩いた。その距離の近さが。大会終了後になって。効き始めていた。《玲奈が着てたブランド初めて買った》《真壁ミラの靴、普通に手届く値段だった》《トップモデルが着るとこうなるのか》《第二ラウンド、真似できそうでできない》《服は買える》《モデルは買えない》関連ブランドの。公式アカウント。ECサイト。店舗。次々と。反応
午後五時。RE:CODE MODE CONTEST。第二ラウンド。照明が。ランウェイへ落ちた。十六人のモデルが。一人ずつ。歩き始める。アレッサンドロ・ノルディは。審査員席から。黙って見ていた。一時間。十万円。スタッフ一人。何を選び。何を残したのか。その答えまで。見る。*御堂玲奈。名前が呼ばれる。一歩目から。崩れない。使い慣れた衣装も。いつもの道具もない。スタッフも一人。それでも。御堂玲奈だった。服。髪。顔。歩き。全部が。同じ完成形を向いている。条件が変わっても。本人も。チームも。何をすれば玲奈が最も良く見えるかを知っている。ターン。光を受ける。戻る。ノルディは。最後まで見た。それで。十分だった。*真壁ミラ。第一ラウンドより。強かった。派手になったのではない。本人が。前へ出ている。同行したのは。桐島誠司。彼に作られているのではない。ミラが。必要なものを選び。桐島を使っている。自分が。何を見せたいのか。それが。はっきりしていた。ノルディの口元が。わずかに上がる。「……good」ミラは。最後まで。自分のまま。ランウェイを戻っていった。*そして。歌原彩。名前が呼ばれる。白いノーカラーシャツ。ストレートジーンズ。アクセサリーなし。最低限の顔。十六人の中でも。明らかに。地味だった。観客席から。小さな声が漏れる。「……ユニクロ?」「たぶん」「私、それ持ってるかも」彩が。歩く。一歩。白いシャツが。身体についてくる。二歩。デニムが。脚の動きをそのまま出す。配信のコメントが。流れ始める。《え、ユニクロ?》《同じの持ってる》《なんでこんな違うの》《服がかっこいい?》《いや》《モデルだろ》《この子誰?》テレビの前でも。娘が画面を見た。「これ、私持ってる」母親が笑う。「じゃあ同じじゃない」娘は。彩から目を離さない。「全然違う」高価でも。珍しくもない。誰かが。明日。店で買える服。だからこそ。違いが分かる。服が。彩を強く見せているのではない。彩が。服を成立させている。ノルディの目が。少し細くなる。なるほど。目立つ服を。選ばなかったのではない。誰も
午後四時五十二分。 RE:CODE MODE CONTEST。 第二ラウンド。 制限時間終了まで。 残り八分。 アレッサンドロ・ノルディは。 審査員席から。 戻ってきたモデルたちを見ていた。 御堂玲奈。 真壁ミラ。 そして。 歌原彩。 一時間。 十万円。 第一ラウンドまでに使用した衣装、アクセサリー、メイク用品。 すべて使用不可。 同行できるスタッフは。 一人だけ。 条件を削れば。 モデルと。 その一人が。 何を優先するのかが見える。 そのために。 ノルディ自身が追加した。 第二ラウンド。 御堂玲奈は。 すでに戻っている。 条件が変わっても。 姿に乱れがない。 真壁ミラも。 戻った。 第一ラウンドより。 本人の意志が。 強く前に出ている。 そして。 歌原彩。 ノルディの視線が。 止まった。 白いノーカラーシャツ。 ストレートジーンズ。 アクセサリーはない。 髪も。 最低限。 顔も。 ほとんど作っていない。 ノルディは。 少しだけ目を細めた。 十万円。 一時間。 その条件で。 もっと目立つものは買えた。 もっと。 分かりやすく強い服も。 選べたはずだった。 でも。 選ばなかった。 ノルディは。 彩ではなく。 その隣を見る。 与那嶺良太。 昨日まで。 名前すら知らなかった男。 けれど。 今は。 気になって仕方がない。 * 第一ラウンド。 ノルディは。 何度も良太を見た。 歩き方。 立ち方。 人の話を聞く時の角度。 モデルを見る順番。 決断する前の。 ほんの短い間。 必要のないものを。 すぐには足さない。 まず見る。 待つ。 それから選ぶ。 すべてが。 妙に。 懐かしかった。 そして。 第二ラウンド。 良太が。 彩と一緒に持ち帰った答え。 白いシャツ。 デニム。 モデルを。 隠さない服。 ノルディは。 無意識に考える。 もし。 歌原レイラが。 この条件で。 十六歳のモデルを預かったなら。 何をする。 豪華な服を探すか。 一時間で。 無理に完成度を上げるか。 違う。 ノルディの中で。 答えは。 すぐに出た。 彼女なら。 モデルを見る。 今ある身体。 今ある顔。
午後四時四十分。 RE:CODE MODE CONTEST。 第二ラウンド終了まで。 残り二十分。 会場には。 一人ずつ。 モデルたちが戻り始めていた。 一時間。 十万円。 第一ラウンドまでに用意した衣装、アクセサリー、メイク道具。 すべて使用不可。 同行できるスタッフは。 一人だけ。 第一ラウンドで積み上げたものを。 そのまま持ち込むことはできない。 それでも。 戻ってくる姿には。 それぞれのチームが出ていた。 * 御堂玲奈が戻ってきた。 同行しているのは。 長く玲奈を担当してきたスタイリスト。 買ってきた服。 靴。 最低限の道具。 第一ラウンドとは。 まったく違うもの。 けれど。 玲奈が着れば。 御堂玲奈になる。 残っていたスタッフたちが。 一斉に見る。 誰も手を出さない。 第二ラウンドは。 同行した一人とモデルだけで完成させる。 残された側が。 直すことはできない。 久我沙織が。 時計を見る。 「残り十九分」 玲奈が頷く。 「十分です」 それだけ。 選べる人間を。 一人まで減らされた。 使える物も。 取り上げられた。 それでも。 御堂玲奈には。 積み上げてきた経験がある。 チームが培った判断も。 玲奈の身体の中に残っている。 人数を削られても。 御堂玲奈は。 御堂玲奈だった。 * 数分後。 真壁ミラが戻った。 隣には。 桐島誠司。 ミラが選んだのは。 迷わず。 彼だった。 南条圭介が近づく。 「決まりました?」 「はい」 「なら、よかったです」 南条は。 それ以上聞かなかった。 ミラが少しだけ笑う。 「聞かないんですか?」 「何を?」 「どうして南条さんじゃなかったのか」 南条は。 少し考えた。 「今、俺を選ぶ理由ないでしょう」 ミラが黙る。 「今は作る時間です」 桐島を見る。 「なら、先生の仕事です」 一拍。 「見せるのは、そのあと」 ミラの口元が上がる。 「忘れてませんね」 「仕事なので」 「じゃあ」 ミラが前を見る。 「終わったら、お願いします」 「もちろん」 勝つ前から。 物語にはしない。 まず。 モデルとして勝つ。 ミラは。 そのための一人を選んだ。 南条も。
試着室の扉が開いた。彩が出てくる。白いノーカラーシャツ。ノンウォッシュのストレートジーンズ。それだけ。アクセサリーはない。メイクも。まだ会場を出た時のままだ。彩は。鏡の前へ立った。「……どうですか?」良太は。すぐには答えなかった。彩を見る。顔。肩。腰。足。最後に。服。その視線を。彩は見ていた。やっぱり。同じだった。昔。姉と服を買いに行った時。レイラも。服より先に。彩を見た。姿勢。立ち方。その日の顔。身体の調子。全部見てから。最後に服を見る。良太が言った。「一歩、歩いて」「ここで?」「いいから」彩は。店内の鏡の前で。一歩だけ進む。止まる。もう一歩。シャツが。身体についてくる。良太は。裾ではなく。彩の足を見る。次に。肩。そして。顔。「もう一回」彩は歩く。今度は。少しだけ歩幅を変える。良太の眉が。わずかに動いた。その表情まで。彩には。妙に見覚えがあった。「……良太さん」「何?」良太は。白いシャツの袖を見ている。「サイズ、分かってたんですか?」「だいたいね」また。その言い方。彩は。良太を見る。「だいたい?」「歩き方も見てたから」「歩き方で?」「全部は分からないわよ」一拍。「でも、必要なところは分かる」彩は。黙った。声は。良太だ。顔も。身体も。良太。なのに。今日は。何度も。お姉ちゃんと話している気がする。第一ラウンドでも。何度かそう思った。でも。今は。もっと近い。言葉遣いだけではない。見る場所。考える速さ。迷わないところ。そして。自分を見る時の目。良太が。デニムの裾を見る。一瞬。動きが止まる。何かを考えているように見えた。でも。それだけではない。誰かの返事を。待っているようにも見える。そして。小さく。「そうね」と呟いた。彩が。目を細める。「良太さん」「何?」「……誰かと、話してます?」良太が止まった。ほんの一瞬。それだけ。でも。彩は見逃さなかった。「さっきから」「何も言ってないのに返事したり」「急に黙ったり」「誰かに聞いてから決めてるみたいです」良太は。何も言わない。彩は続ける。「それに」少しだけ迷う。「今日」一
歌原レイラ(25歳)――死まで、あと三年。 妹を守る戦いは、 もう後戻りできない領域へと踏み込んでいた。 1 マンション前・夕方 レイラの部屋で過ごした帰り、 彩はまだ温もりの残る廊下を抜けて、マンションのエントランスに姿を現した。 エントランス前。 建物の影に、数人の記者が静かに待ち構えている。 新人記者 「あ……! 歌原レイラさんの妹さん! 裁判について――」 その瞬間、 ベテラン記者が新人の腕を強く掴んだ。 ベテラン 「やめろ。映像もインタビューも禁止だ」 新人 「え? でも――」 ベテラン 「知らないのか。 レ
歌原レイラ(24歳)――死まで、あと四年。その春、日本の空気は、一人の来日によって揺れ動いていた。1. メディアの熱狂民放のワイドショー。新聞の号外。ラジオのニュース。そして、SNS。すべてが、ただひとりの来日を報じていた。画面に、テロップが並ぶ。『ファッション界の帝王、 アレッサンドロ・ノルディ来日』『天皇陛下ご拝謁、 首相官邸で会談へ』キャスターの声が重なる。「パリ、ミラノ、ニューヨーク、ロンドン―― そして、《ノルディ・コレクション》。 五大コレクションの中で、 デザイナー自身の名を冠する、 唯一の存在です」羽田空港に到着する、黒塗りの車列。
春の光が、静かに窓辺を満たしていた。白いカーテン越しの光はやわらかく、だが逃げ場がない。彩は十二歳。中学一年生になったばかりだった。その傍らに立つ姉――歌原レイラ、二十四歳。死まで、あと四年。1. スキャンダルあれから六年。私はモデルとして、誰よりも強く、誰よりも美しく光ってきた。アジアの街角。空港の到着ロビー。巨大ビルボードに並ぶ、自分の顔。電車の車内広告にまで刷り込まれた姿は、いつの間にか「私」ではなく、消費されるための“記号”になっていた。それでも構わなかった。彩を守れるなら、それでいい。だが今――その歩みを、大きく揺るがす出来事が起きていた。ロ
春の夕暮れ。アスファルトに残る昼の熱が、まだ足元から立ちのぼっていた。小学一年になったばかりの彩は、背中に大きすぎるランドセルを揺らして歩いている。その隣を歩くのは、姉――十八歳の歌原レイラ。死まで、あと十年。1. 楽屋裏・ファッションショー会場(都内某所)制服のまま。大きすぎるランドセルが、背中をいっそう小さく見せる。彩は、控室の扉のすき間から中をのぞいていた。鏡台の前。一流のメイクアップアーティストたちが、迷いのない手さばきでレイラを仕上げていく。パウダーの匂い。ライトの熱。空気そのものが、張りつめている。彩は目を丸くし、夢中で見入った。――お姉ちゃんが、