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22話

作者: 東雲桃矢
last update 公開日: 2026-03-20 15:15:36

 屋敷に帰ると、さっそく草履を履いてみる。とても履き心地がよく、もう少し高くてもいいのにと思った。

 玄関へ草履を置きに行くと、使用人達はクスクス笑う。

「この屋敷に草履なんて古臭いもの持ち込んで」

「教養がないのね」

「一応華族らしいけど、嘘なんじゃない?」

「きっとそうよ。ちょっと可愛い顔してるからって、調子に乗ってみっともない」

 彼女たちはうたに聞こえるように、わざと大きめの声で言う。

(悪口しか娯楽を知らないのね。可哀想な人たち)

 少し前のうたなら、精神的に追い詰められていただろう。だが、久しぶりに家族や友の顔を見て落ち着きと余裕を取り戻した今のうたには、彼女たちは哀れな存在にしか見えない。

 父は見栄っ張り故に、3姉妹全員を女学校に通わせるつもりでいるが、女が勉強をしても仕方ないと思っている人は、未だに多い。通学路で大人とすれ違うと、陰口を叩かれることも多い。

「女が勉強して何になる」

「花嫁修業でもしたらいい」

「男の真似をして生意気だ」

 こういったことは、耳にタコができるほど聞かされてきた。少しでも男子やあんみつにうつつを抜かせば後ろ指を刺され、勉学に勤しめば生意
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  • 怪人の花嫁   32話

    「誰に、何を言われたのですか?」「ち、違う……」「何が違うんですか」「言われたの、私じゃ、なくて……」 こらえていた涙が零れ、うまく言葉を紡げない。そんなうたに、文彦はそっと寄り添うように座った。「ゆっくり、落ち着いてからで構いません。小生は、あなたを責めるつもりなど、ありません。ただ、あなたに不快な思いをさせたくないのです。何があったのか、教えて下さい」「私、洗濯物を干してて……。そしたら、使用人達が、あなたの悪口、言ってて……。聞いてたら、苦しくなって……」「あなたという人は……。小生のことなど、気にする必要ないでしょう」「だって、だって……! なんか、悔しくて……!」「なんて言ってたんです?」「文彦さんが人殺しって、家族を殺したって……。そんな怪人に嫁いだ私が、可哀想って……」 泣きながら紡がれるうたの言葉を聞いて、文彦は失笑する。「なんで、笑うんですか?」「そんなことを、あなたが気にするなんて。くだらない」 彼の言葉は氷の刃となってうたに刺さる。少しでも歩み寄ろうとするうたを突き放すようで、息苦しい、「本当に、くだらない話ですよ。小生の家族が亡くなったのは、集団食中毒です」「え?」「この見た目でしょう? 母がいた頃は、部屋も割り当てられて屋敷で暮らしていたそうなのですが、母は小生が3つの頃に、亡くなりましてね。それ以来、あの集団食中毒が起きるまで、ほとんどずっと、地下の書物庫で過ごしてたんですよ」「そんな……。家族なのに……」「誇り高き水月家に、小生のような異端が産まれたことが、許せなかったのでしょう。話が逸れましたね。 小生はいつも、固くなったパンや残り物ばかり与えられていました。ですが、毎回ではありません。父の機嫌が悪いと、食事はもらえないんです。 その日も父は、機嫌が悪かったようで、食事を与えられませんでした。外から鍵もかけられ、出られず、部屋の隅でじっとしてたんです。まぁ、そのおかげで小生だけが生き残ったのですが。 あれはただの事故。それか、父を恨む者の仕業です」「じゃあ、なんで使用人の皆さんは、あんなことを……」「誰かの責任にしたかったのでしょう。そうでなければ、料理人のせいになってしまいますから」「でも、文彦さんのせいじゃないんでしょう? なら、ちゃんと説明しないと……!」 うたが必死に訴える

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  • 怪人の花嫁   30話

    「ですが、大丈夫ですか?」「え?」「水月家の人間は、冷徹だと聞きます。現当主がどういう方かは知りませんが、先代は血も涙もない悪名高い男でしたから……」 山畑先生の気遣いが、ただただ嬉しかった。水月家がよく思われていないのは、うたも前から知っていた。だが、母もそうだが、皆文彦の悪口ばかりでげんなりしていた。「文彦さんは、とても優しい方です」「そうですか。もしよければ、新しい暮らしについて、教えてくださる? きっとあなたが今している貴重な経験は、今後活かされていくはずですから」「役に立つかは分かりませんが……」 うたは水月家で学んだことや、苦労したことなどを話した。山畑先生は真剣に聞き、時にはメモをとっていた。「ありがとうございます。今後の教育に、きっと役に立たせます」「はぁ、お役に立てたのなら、何よりです」 教室に戻ると1時限目がちょうど終わったところで、女生徒達がうたに群がってくる。休んでた間の授業について聞くと、蜘蛛の子を散らすように散っていくのだから、分かりやすい。 久しぶりの女学校はイレギュラーなことこそあれど、無事に終わった。 校門に立ち、馬車を待つ。その間も結婚について聞いてくる女生徒がいてげんなりし、馬車がはやく来ることを祈った。 だが、いざ馬車が来ると、不躾に馬車の中を覗き、文彦の顔を見た女生徒が、黄色い声を上げてどこかに行き、やかましかった。「なんですか、あれば」「すいません、同級生です……」「あなたも苦労するのですね」「えぇ、まぁ……。でも、楽しかったです」「そうですか」 いつもどおりの無表情だが、眼差しは優しいものに感じられた。 それからうたの日常は忙しないものになっていった。女学校が終われば、花嫁修業と言う名の使用人からのいびりに、文彦とのテーブルマナーの練習。食事と湯浴みが終わると、予習をしなくてはならない。土曜の夜は文彦との夜伽があるから、土曜の予習は日曜にする。 唯一休めそうだと思っていた日曜は、文彦に食事以外のマナーを教わるのに忙しく、まとまった自分の時間を持てない。

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