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22話

Auteur: 東雲桃矢
last update Date de publication: 2026-03-20 15:15:36

 屋敷に帰ると、さっそく草履を履いてみる。とても履き心地がよく、もう少し高くてもいいのにと思った。

 玄関へ草履を置きに行くと、使用人達はクスクス笑う。

「この屋敷に草履なんて古臭いもの持ち込んで」

「教養がないのね」

「一応華族らしいけど、嘘なんじゃない?」

「きっとそうよ。ちょっと可愛い顔してるからって、調子に乗ってみっともない」

 彼女たちはうたに聞こえるように、わざと大きめの声で言う。

(悪口しか娯楽を知らないのね。可哀想な人たち)

 少し前のうたなら、精神的に追い詰められていただろう。だが、久しぶりに家族や友の顔を見て落ち着きと余裕を取り戻した今のうたには、彼女たちは哀れな存在にしか見えない。

 父は見栄っ張り故に、3姉妹全員を女学校に通わせるつもりでいるが、女が勉強をしても仕方ないと思っている人は、未だに多い。通学路で大人とすれ違うと、陰口を叩かれることも多い。

「女が勉強して何になる」

「花嫁修業でもしたらいい」

「男の真似をして生意気だ」

 こういったことは、耳にタコができるほど聞かされてきた。少しでも男子やあんみつにうつつを抜かせば後ろ指を刺され、勉学に勤しめば生意
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  • 怪人の花嫁   53話

     引越し作業を始めて半年が過ぎた頃、文彦は全員に荷物をまとめるように指示をした。「いよいよ引っ越しね」「あぁ、ようやくこの忌々しい屋敷とさよならだ」 この頃になるとふたりとも敬語が抜け、以前より夫婦らしくなってきた。「うた、あなたの荷物は小生がやるから、あなたはゆっくりしてて」「そんな、悪いよ。皆頑張ってるのに」「あなたひとりの躯じゃないんだから、無理をしないでほしいんだ。もう少ししたら、ちえがお菓子を持って来るから、一緒にお茶をしてるといい」 文彦の柔らかな視線は、うたの膨らんだおなかに向いた。うたのお腹には、新しい命が宿っている。妊娠が発覚してから、文彦はうた以上に彼女を身長に扱い、はる達からは「過保護すぎる」と笑われるほどだ。「ふふ、お言葉に甘えようかな」「あぁ、そうしてくれると助かる」 文彦はうたを応接室にエスコートすると、温かい飲み物を持っていくよう、はるに頼んだ。「姉様、お待たせ」 しばらくしてちえが、うたの大好物であるすあまを持って遊びに来てくれた。彼女は少し早めの花嫁修業として、時々屋敷に来ては、うたやはる、はるの母親に家事を教わっている。引っ越したら、毎日のように来る予定だ。「ありがとう、ちえ」「どういたしまして。お腹の子、順調?」「うん。お医者様も、今のところ問題ないって」「そっか、よかった」「そういえば、ちえは新築見たの?」「近いから、外観だけは嫌でも見えるよ。素敵なお屋敷、とだけ言っておくね」 ちえはいたずらっぽく笑うと、大きな口を開けてすあまにかぶりつく。「もう、大きな口開けて……。はしたないじゃない」「普段はちゃんとしてるんだから、姉様の前でくらい、許してよ」「そういう気の緩みが、大事な場所でのミスを招くの。嫁ぎたいなら、今から練習しておきなさい。私よりもいい家に嫁ぐんでしょ?」「はーい……」 不満そうにちびちびすあまを食べる妹を微笑ましく見守ってる間、引っ越しは着々と進んでいく。 引っ越しが終わったのは6日後のこと。文彦のエスコートで馬車に乗り、他愛のない話をしながら新居へ向かう。「ここだよ。さぁ、手を掴んで」「ありがとう」 文彦の手を借りて馬車から降り、顔を上げる。「わぁ、素敵……!」 眼の前には程よい広さの庭園と、小さな洋館。以前住んでいた屋敷の半分ほどだろう。それでもと

  • 怪人の花嫁   52話

     書物庫での出来事があってからの文彦の行動ははやく、使用人達を全員解雇した。「誰がこの屋敷を管理するというのですか。後悔しますよ」 負け惜しみのように言うふさの背中を押し、扉を閉める文彦を見て、彼の成長を感じる。(こんなことで言うのも変だけど、文彦さん、変わったな。いい方向に)「うた、これから忙しくなりますよ。まずは、あなたの実家がある町に向かいましょう」「はい」 外に出ると、馬車が待機していた。よく見ると、御者が違う人になっている。「職を失くして困っていた方です。真面目だけが取り柄だとおっしゃっていたので、雇ってみました」「山本です、よろしくお願いしますよ、お嬢さん」 山本と名乗る中年男性はにかっと歯を見せて笑った。今までの御者よりも好感が持てる。「ささ、どうぞ」 山本は恭しくも粗野な仕草でドアを開け、ふたりが座ったことを確認してから閉める。うたが生まれ育った町に着くと、馬車はある場所に停まった。「ここって……!」 風が吹けば倒れそうな小屋。そこは親友であるはるの家だった。「彼女達を雇うことにしました。呼んでください」「はい!」 馬車を降りて戸を叩くと、大きな風呂敷を抱えたはると母親が出てきた。「うたちゃん! 本当にありがとう。私達を雇ってくれるなんて、本当に、なんと言えばいいのか……」「娘から聞きました。あなた達が色々支援してくださったおかげで、あとは体力を戻すだけになりましたよ」 はるの母親は、にこやかにうたを見る。以前は今にも死にそうな顔をしていたというのに、今は活力がみなぎっている感じがする。彼女の劇的な回復が嬉しくて、目頭が熱くなる。「いえ、そんな……。ほとんど、文彦さんのおかげです」「そんなことないよ。うたちゃんが言い出してくれたから、私達はこうして生きられるの」「どういたしまして。さぁ、行こう」 これ以上謙遜するのは失礼だと思い、彼女達の言葉を受け取ると、夫婦でふたりに手を貸して馬車に乗せた。 屋敷に戻ると、自動車や台車が何台も停まっていた。「これは、いったい……」「まだ言ってませんでしたね。引っ越します」「え?」「この屋敷は、あまりにも広すぎる。それに、少々不便な場所にあるでしょう? うたの実家の近くに、新しい屋敷を建てている最中でして」「でしたら、引っ越しはまだ先じゃ……」「えぇ、そう

  • 怪人の花嫁   51話

    「うた、どこですか!?」 聞こえてきたのは、文彦の焦った声と、乱雑にドアを開ける音。そして、何かが倒れる音。「文彦さん? ここ、奥の方です」 答えるや否や、文彦はうたの元へ駆け寄り、彼女を見つけると目の前に座り込んだ。薄暗いせいか、顔色が悪く見える。「あなたには、こんなところ、来てほしくなかった……」 消え入りそうな文彦の声に、胸が苦しくなる。だが、それ以上の希望が今、うたの手元にある。「私は、来てよかったと思います」「何故……?」「これを、見てください」 文彦は怪訝そうな顔をするも、ノートを受け取り、壊れないように優しくめくった。「これは……」「文彦さんのお母様の日記です」 うたの言葉に息を呑み、文彦は再び頁をめくる。書物庫には、ふたりの息遣いと頁をめくる音だけがする。 しばらくして、文彦はノートを閉じ、床に置く。「あ、あぁ……!」 悲しみとも、喜びとも取れる声。うたはじっと、文彦を見つめ、彼の言葉を待つ。「ねぇ、小生は、愛されたかったんです……」 ぽつりとこぼれる言葉。愛おしそうな目でノートを見下ろし、指先でなぞる。「最初から、叶ってたんだ……」「今も、叶ってます。私が、ずっと叶え続けます」「うた……」「文彦さん、あなたが、好きです。愛しています。この先も、ずっと」「うた、小生も、あなたを……」 どちらからともなく、唇を重ね、熱い雫を流す。忌々しかったはずの書物庫に、静かな愛の時が流れる――。

  • 怪人の花嫁   50話

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  • 怪人の花嫁   49話

    「どこに行ってたんですか」 帰宅すると、鬼のような形相のふさが待ち構えていた。「どこでもいいでしょう」「そういうわけには行きません。今は人手が足りないんです。手伝ってもらいますよ」 ふさは自分の足元に置いてあった掃除用具をうたに押し付けると、彼女の手を引き、歩き出す。「どこの掃除させようっていうんですか」「地下の書物庫ですよ。本の虫干しもしなくてはなりません」(書物庫って、文彦さんがいた……?) 彼が悲しき過去を過ごした場所に足を踏み入れるのだと思うと、なんとも言えない気持ちになる。よく言えば、愛する者が過ごしていた場所。事実を言えば、愛する者が閉じ込められていた場所。 文彦の秘密を暴いてしまうようで、胸が苦しい。「ここです。まずは本を廊下に出してください。夕餉の時間になったらお呼びしますので、それまで頼みましたよ」 ふさはわざとらしく大きな音を立てて扉を閉める。「本当に、性格悪いんだから」 うたはため息をつき、書物庫内を見回した。本棚の影になっていてほとんど見えないが、空気が淀んで重苦しい。 文彦がここから出てから誰も出入りしていないのか、埃が積もっていた。「はぁ、埃をどうにかしてからにしたいけど、本にも埃は積もってるでしょうしね……」 再びため息をつき、両頬を軽く叩いて気合をいれると、はたきでひとつの本棚の埃を落とし、廊下に積み上げていった。本の大半は分厚く重たい。うたが持てるのは5,6冊程度。そのため、ひどく時間がかかる。「台車でも用意してくれればいいのに、意地悪なんだから」 廊下と書物庫を何往復もして、ようやくひとつの本棚を空にすると、雑巾を濡らす。「何か、踏み台でもあるといいんだけど……」 大きな本棚の上は、うたでは届かない。文彦ほど身長があったとしても、満足に掃除できないだろう。 踏み台に使えそうなものはないかと、書物庫内を探す。書物庫が思ったよりも広く、端に行くのに1,2分ほどかかる。「何、ここ……」 奥につくと、一組の勉強机があった。壁には鞭や箒などがひっかけられ、木刀が立てかけてある。床には血痕と思われる染みがところどころにあった。 錆びた鉄製のドアを見つけ、そこを開けると、桶と手押しポンプがあった。その部屋にも血痕があちこちにある。 気分が悪くなり、書物庫に戻ると、先程は気付けなかった布の塊を見

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  • 怪人の花嫁   4話

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    「はぁ、はぁ……っ!」 街灯もロクにない時代の夜更け、うら若き乙女は、息を切らせながら走っている。真冬の空気が肺や喉に刺さっても、溶けた雪で泥になった道で転びそうになっても、足をとめるわけにはいかなかった。1秒でも止まれば、人生が終わってしまう。「待て、このアマ!」 しゃがれた怒鳴り声と足音が、松明の炎と共に迫ってくる。(まずい、このままじゃ……!) うたは少しでも前へ行こうと、歩幅を広くした。それがいけなかった。「きゃっ!?」 派手に転び、お気に入りの臙脂色の袴も、矢絣柄の着物も、泥まみれになってしまった。だが、そんなことを気にしている場合ではない。(逃げなきゃ!)「やっ

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