その日の夜――。一行は、街でも指折りの高級レストランの一角に設けられたテーブルを囲んでいた。落ち着いた照明が店内を柔らかく包み込み、磨き上げられたグラスやカトラリーが静かに光を反射している。窓の外には夜景が広がり、昼間とはまるで別世界のような雰囲気だった。昼間、ハンバーガーセットを食べさせられた玲司が「夜はちゃんとした物を食べる」と言い、アシスタントが慌てて予約した店だったが、その甲斐あって料理もサービスも一流だった。テーブルに並べられた料理はどれも美しく、香りだけでも食欲を刺激する。英士や颯太はすでにフォークを手に取り、悠臣も無理のない範囲で食事を楽しんでいた。皆は一様に満足していた。――ただ一人を除いて。一条櫻羅だけが、目の前に並ぶ料理を前にして、手を出せずにいた。その表情には戸惑いが浮かび、どうしていいのか分からないといった様子で、ただ静かに座っている。そんな櫻羅の様子に気づいた颯太が、軽い調子で声をかけた。「櫻羅、ちゃんと食っとけよ。今日は玲司オジサンの驕りだぞ」からかうような口調で言いながら、横目で玲司を見る。玲司は特に気にした様子もなく、グラスを傾けていた。しかし、その言葉で視線が櫻羅に集まる。叶翔はすぐに異変に気づいた。静かに櫻羅の方へ身を乗り出し、優しく問いかける。「食べられない物だったか?」その声に、櫻羅は顔を上げた。一瞬だけ叶翔と目が合う。そして慌てて首を横に振り、小さく言った。「ごめんなさい。食べ方が、わからないの……」その言葉を口にした瞬間、頬が一気に赤く染まる。皆の視線を浴びて、さらに恥ずかしさが増したのだろう。テーブルの空気が、一瞬止まった。英士も颯太も悠臣も、思わず手を止める。誰もがその言葉の意味を理解し――そして、これまでの櫻羅の境遇を思い浮かべていた。だが、その沈黙を柔らかく破ったのは叶翔だった。叶翔は優しく微笑むと、何も気にしていないような自然な動作でフォークとナイフを手に取る。「櫻羅、俺と同じようにしてみろ。これから毎日訓練すればいい。しかも、食事はおいしく楽しく食べられたら、それでいいんだ」その言葉には、押しつけも見下しもなかった。ただ、寄り添うような優しさだけがあった。そう言うと、目の前に置かれていた大きなエビにフォークを突き刺す。「グサッ」と音がしそうな勢いで
Última atualização : 2026-05-06 Ler mais