海斗は、こぶしを固く握りしめた。凛は静かに口を開いた。「智也、私たちが結婚したばかりの頃、一緒にホッセイニの『カイト・ランナー』について話したのを覚えてる?多くの人は、あの作品を救済の物語だと言うけど、あれはあくまでアミール自身の救済だと私は思うの。幼なじみのハッサンは、アミールの嫉妬と臆病さのせいで傷つけられた。それが原因で、アミールはハッサンと向き合えなくなり、彼と父親を追い出すよう仕向けた。そして、あれほど誠実だったハッサンは、最後にはアミールの家を守るために命を落とした。アミールはその後も罪悪感から逃れられず、いわゆる贖罪の道を歩み始める。同じような目に遭ったハッサンの息子、ソーラブを救い、『君のためなら千回でも』という言葉で、自分を救った。でも、ハッサンは?傷つけられたハッサンは?追い出されたハッサンは?アミールの家を守るために死んだハッサンは、誰が救ってくれるの?」「あなたは今、過ちを償いたいから、私にもう一度機会をくれって言ってる。でもそれは結局、自分の罪悪感をどうにかしたいからに過ぎないよね?あなたの贖罪に、私を巻き込まないで。私はホッセイニのこの作品が好き。中でも、誠実で純朴なハッサンは特にね。でも私は、ハッサンになりたいわけじゃない」その言葉が放たれると、智也はその場に立ち尽くし、全身の血が凍りつくかのような衝撃を受けた。ひと吹きの風で、今にも倒れてしまいそうだった。智也は、それ以上、騒ぐことも引き止めることもしなかった。引っ越しが終わると、ボディーガードたちは1号棟へ戻っていった。凛の部屋は手狭で、大型犬を飼うには適していないため、犬のダイトとコマキは海斗が引き取ることになった。だが、一番の理由は別にあった。2匹を自分のところで預かっておけば、凛は会いに来る。それに、凛が犬を気にかけるついでに、自分のことも思い出すはずだ。困っている凛を助けつつ、自分のことも意識させられる。まさに一石二鳥というわけだ。凛はダイトとコマキの前にしゃがみこむと、その頭をなでた。「ごめんね。一緒には連れていけないの。私といるより、海斗のところにいたほうがきっといい。時間ができたら、会いに来るからね」ダイトとコマキは凛の頬に頭をすり寄せた。海斗は冷ややかにその様子を見つめる。いつまでくっついてる
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