تسجيل الدخول凛は、新居での食事会に誰を招くか、梓と日和以外はなかなか決められずにいた。他の人たちとの関係性が、自分の中でうまく定義できないのだ。特に、海斗。でも、海斗を招かないという選択肢はなかった。たとえ凛本人が言わなくても、美穂子は先回りして、海斗に釘を刺していた。「その日は定時に上がってくださいね。仕事なら、前日までに会社で済ませておいてくださいよ」そのやり取りを偶然耳にした凛は、思わず横を向いて小さく笑ってしまった。海斗は、世間で言われるような近寄りがたい人ではない。後は、恵と理央と拓海。彼らとは同僚として働いた仲であり、最初からとても良くしてくれてはいたが、彼らはあくまで海斗の部下だ。一度に招いて、居心地が悪くならないだろうか?策は海斗の親友であり主治医。それに、助けてくれたこともある上に、いつも気兼ねなく接してくれる。策との関係で、千晴とも知り合った。連絡先は知っているけれど、友達関係とは互いが「友達だ」と思って成立するものなので、一方的に決めつけるわけにはいかない。そんなふうに迷っていると、美穂子が手を拭きながら近づいてきた。「凛さん、何か悩み事でも?」凛は自分の迷いを素直に打ち明ける。美穂子は笑って言った。「これは凛さんの引っ越しをお祝いするものなんですから、自分が招待したい人を招いていいんですよ。人のことなんて考えなくていいから、自分の気持ちを大切にしてください。それに、凛さんが招きたい方たちは、お互いに対立しているわけではありません。ただ立場が違うだけでしょう?なにより、凛さんの招待を受けてこの家に集まるその日は、肩書きなんて関係ありません。皆さん、凛さんのお友達です。大丈夫ですよ。そのまま送っちゃいましょう」美穂子の言葉で、凛の迷いはすっと晴れた。失礼にならないよう、一人ひとりに個別にメッセージを送り、新居祝いの食事会へ招待する。恵と理央は招待メッセージを受け取ると、喜びがそのまま顔に出た。凛さんは、自分たちを友達だと思ってくれている!拓海もまた、喜んで出席の旨を伝えた。策は一瞬驚いたあと、スクリーンショットを海斗へ送る。【竹内社長、凛さんに招待されたから、これで俺も友人認定されたっていうことでいいよな?もし今後、あんたと凛さんが揉めるようなことがあったら、俺は凛さんの味方をす
柚葉は利明を病院の前まで送り、感謝を伝える。「利明、お爺様のお見舞いに来てくれて、本当にありがとう」「当然のことをしたまでだよ」そう言って、利明は自分のクレジットカードを取り出し、柚葉に渡した。「これは僕が自分で稼いだお金だから、神谷家とは関係ない。安心して受け取って、まずは目の前の問題を片付けて」柚葉は差し出されたカードを見つめた瞬間、目を真っ赤にした。「利明、こんなことしないで……」利明は彼女の悲しそうな顔を見ていられず、その手を取り、無理やりカードを握らせた。「気が引けるなら僕から借りたことにして、余裕ができたら返してくれればいいから」柚葉は言葉に詰まった。利明が本気で返済を求めていないのは分かっている。けれど、利明がそう言ってしまった以上、自分が返さなければ、さっきまで見せていた態度と矛盾してしまうのではないだろうか?いらないとも、お金を返すとも言えなかった柚葉は、ただ、どうすればいいか分からないという風に顔を曇らせた。すると、利明が言葉を継いだ。「大した額じゃない。1億8000万円しか入ってないから」柚葉は絶句した。天下の神谷家の御曹司なのに、口座には1億8000万円だけ?確かに、大した額ではない。それでも、ないよりはずっといいだろう。もっとも、1億8000万円では、今の窮地を乗り切るには到底足りなかった。しかも、凛が10億円を受け取ったものの、「強制執行の申請取り下げはしない」と言い放ったという知らせが、両親から来ていた。それには、あと14億円も足りない!智也などもうあてにならない。月6万円などという、鼻くそみたいな額しかくれないのだから。利明の1億8000万円と宏明の1億円、それに、そのほかの人たちから何とか集めた8000万円。あとは、自分の手元にある金を合わせても、たかだか4億円程度。あと10億円が足りない。やはり祖父を頼るしかなかった。祖父なら、確実にこの金額くらい用意できるはず。柚葉が病室へ戻ると、翼はベッドに横たわったまま、着飾った孫娘を静かに見つめた。「見送ってきたのか?」柚葉は視線を上げて、小さく笑った。「うん。お爺様は、もう寝る?それだったら、タオルをとってくるね」英樹は小さく頷いた。「ああ」柚葉は洗面所へ入り、壁に掛かったタオルを外し、蛇口をひね
一方、美雪はホテルの窓辺に立ち、眼下の道路を見下ろしていた。利明が自ら助手席のドアを開け、柚葉の頭をぶつけないよう手を添えながら乗せている。そして、ドアを閉めると車の前を回り、運転席へ。神谷家でビジネスをしているのは父だけであり、グループ企業をいくつも持っているが、表向きは目立たないように振る舞っていた。だから兄が乗る車も、高級とはいえ数千万円程度のものに抑えられている。だが、これからはそれすら維持できなくなるかもしれない。今夜の父の言葉は明白だった。兄が柚葉さんを助け続けるなら、自分の力だけで生きろ……神谷家という後ろ盾も、人脈も、資源も失った兄に何が残るのだろう?口座にある金か?それも今夜には柚葉さんへ渡ってしまうのかもしれない。後は、憧れた自由?自分と似たような自由なのだろうか?自分なら、そんな自由などいらない。神谷家という大きな後ろ盾を持ち、人脈も資金も無限に享受したいと願うはずだ。人は、与えられているものほど大切にしない。自分も、この自由が欲しいとは思わないし、兄もまた、自分に託された立場を大切にしようとはしなかった。美雪は静かに目を伏せ、その感情を胸の奥へ押し込めた。車が走り出す。柚葉が英樹の見舞いに向かうと知ると、利明は途中で車を止め、見舞いの品を買った。柚葉は見舞いの品を見つめた。道端で買った安い品でも、気持ちが大切だ。何より大切なのは、利明が自分と一緒に病院へ来てくれること。自分と一緒に利明本人が行くことに、意味があった。ディープデータ・テクノロジーへ行くのは、ひとまずやめよう。それに、柚葉はもともと行く気もなかった。ただ祖父に、自分はまだ見捨てられるような人間ではないと示したかっただけ。今の危機さえ乗り越えれば、自分はまだ期待できる人材だ。祖父が再び育ててくれるなら、その人脈も資源も、いずれ自分のものになる。利明は柚葉が自分を見ているのに気づき、「どうかした?」と不思議そうに聞いた。柚葉は悲しげに答える。「利明……今夜、お父様にあんな返事をするべきじゃなかったわ。私は大丈夫だから、私のためにあそこまでしなくていい。今私がこうなってるのだって、自分が悪いんだから。間違った選択の責任は、自分で負うべきなの。それに、あなたまで巻き込みたくないから、私は自分で何とかする」利明
穏やかに受け答えしていたものの、柚葉の内心では冷や汗が流れていた。話していることはすべて事実だ。それでも、年長者から次々と質問を浴びせられれば平静ではいられない。そんな時、茂が不意にこう尋ねた。「柚葉さんは海外にいた頃、よく社交界のパーティーへは出席していたのかい?」柚葉は反射的に美雪へ視線を向けた。美雪は何事もないように食事を続けながら、その反応だけは横目で見逃さず、心の中で吐き捨てる。馬鹿ね。そんなに動揺したら、そこに後ろめたいことがありますと言っているようなものじゃない。美雪がまるで助け舟を出す気配を見せないため、柚葉もようやく自分の反応が大きすぎたと気づいた。覚悟を決め、平静を装って答える。「はい。何度か参加したことはあります」茂は微笑みながら言った。「松田さんに才能を見込まれ、世渡りにも長けている。うちの利明が夢中になるわけだ。裁判を抱えていると知ってなお、君を助けたいと言っているそうじゃないか。別に反対するつもりはないよ」その一言に、その場の全員が息を呑んだ。一斉に茂へ視線が集まる。中でも利明と柚葉の驚きは大きかった。利明が思わず尋ねる。「父さん、本当か?」茂は利明を見つめ、静かに答えた。「ああ、本当だ。お前が自分で稼いだ金なんだから、どう使おうが勝手だ。投資と同じだよ。利益が出ようと損をしようと、それはお前自身の責任であり、神谷家とは無関係だ」最後の一言に、利明の表情が固まる。美雪も箸を置き、静かに息を潜めた。それでも、変わらぬ口調で話を続ける茂。「お前がこの数年、神谷家の決めた道に抗い、自分の力だけで生きようとしてきたことは知っている。考えてみれば、それも悪いことではないし、30歳にもなったのだから、私たちも少し縛りすぎていたのかもしれない。そろそろ、本当の意味で自立させる時期なんだろう」この段階まで来て、それでも柚葉が意味を理解できないようでは、28年も生きてきた意味がない。これはつまり、利明が自分を助ければ、その時点で神谷家との縁が切れることを意味している。家の後ろ盾も、人脈も、資金も与えず、自力で生きていけ――そういうことだった。何それ?大物を捕まえたと思ったら、実際は家から切り離される男だったなんて。利明の表情もさすがに曇る。柚葉は慌てて口を開いた。「何か誤解され
二人で中に入ると、美雪は柚葉を褒めた。「年長者は、上品で落ち着いた女性を好むものだから、今日の服装はちょうどいいね。父にも好印象だと思うよ」柚葉はその言葉をほとんど信じていなかった。少し迷った末、美雪の腕を引いて人目のない場所へ連れていく。「美雪ちゃん、一体どういうつもりなの?裁判のこと、本当に利明に言ってないわよね?」美雪は、柚葉が決して頭の悪い女ではないと知っていた。なにせ昔の情が、いつまでも通用するわけでもないのだから、もし柚葉が馬鹿であれば、智也をあれほど長い間、思うままに操ることなどできない。柚葉が腹を割って聞くつもりなら、自分も少しだけ本音を見せてやればいい。「私は曖昧に言っただけ。それに、私たちには共通の敵がいるって言ったでしょ?お兄ちゃんはずっと海斗さんが気に入らないから、仮に私が凛さんをどうにかしたとしても、最後にはお兄ちゃんという壁が残る。私が協力するのはそのため。何より、お兄ちゃんがどれだけ柚葉さんに夢中か知っているでしょ?ここ3年は一途に思い続けて、お見合いすら断っているんだから」智也と浮気していても、利明は毛嫌いするどころか、「智也に騙されただけ」という言葉を真に受けているくらいだった。男というものは、恋に落ちなければ問題ないが、ひとたび夢中になると女より性質が悪い。まるで胎内まで退行したように、何も見えなくなる。利明が長年、自分へ想いを寄せていたことは知っているため、柚葉は美雪の最後の言葉だけは信じた。「利明も弁護士でしょ?どうして宮本先生には聞かなかったの?」「宮本先生は忙しいから」光に依頼したのは美雪であり、利明ではない。利明に少し尋ねられた程度で、勝手に話すはずがないのだ。何より、美雪自身が口止めしている。柚葉は確認した。「本当に、私と利明を結びつけるつもりなの?」そう尋ねられた美雪の脳裏に、兄の姿が浮かんだ。幼い頃からずっとそばにいてくれ、何から何まで助けてくれ、自分を大切にしてくれた兄……だから、美雪は迷った。答えることなく、腕時計に目を落とす。「この話は後にしよう。年長者を待たせるのはよくないから」柚葉も美雪の後について上階へ向かった。テーブルには、すでに二人の中年男性が座っていた。一人は穏やかな顔立ちで、もう一人はやや厳格そうだ。利明は柚葉の姿を見ると立
英樹が自分を無視したことなど、今まで一度もなかった。どれほど怒っていても、必ず何かしら叱ってくれたのに、ここ最近は一言も口を利いてくれなかったため、柚葉は悲しくてたまらない一方で、このまま本当に見放されるのではないかと怯えていた。「お爺様……やっと口を利いてくれた。ごめんなさい。お爺様の信頼を裏切って、迷惑をかけて……すべて私のせい。だから、いくら殴られたって、叱られたっていい。だからお願い、私を無視しないで。私にはお爺様しかいないの。小さい頃からずっと側で見守ってくれたお爺様は、私にとって誰よりも大切な人なの……」一言一言に、切実な思いが込められていた。英樹の目にも、わずかな揺らぎが浮かぶ。それでも態度を緩めることはなく、裁判の結果についても一切触れなかった。柚葉も視線を落としたまま、何も言わない。洗面所で手を洗っている最中、柚葉の携帯に利明からラインが届いた。【うちの父さんが柚葉に会いたがっているんだ】神谷グループの社長が自分に?まさか、あの人まで自分を侮辱するつもりなのだろうか?いや、裁判での詳しいやり取りは、外部から簡単には調べられない。それに、美雪とは協力関係にあるのだから、まだ全てを知られてはいないはずだ。だが、智也の不倫相手だったことや、夫婦の共有財産を全額返還するよう命じられたことだけでも、年長者の嫌悪の対象になることは明らかだろう。それに、権力と財力を持つ家の年長者が、どれほど人を見る目が厳しいかを、柚葉はよく知っている。だからこそ以前は、利明に手を出さずに、将来有望で、周囲からも高く評価されていた智也を手放さずにいた。今のこの状況で、利明の父に会うのはあまり気が進まない。というより、いくのが怖いのだ。悪評が広まる前なら、上品で清楚に見えるよう完璧に着飾り、迷わず会いに行っただろう。断ろうかと思った時、再びメッセージが入った。【心配しなくて大丈夫だから。僕には厳しいけど、他の人には穏やかだから。それに、父と一度会ってもらわないと、俺も君を助けられない。資金の使い道を父に説明できないからね】利明が金を出してくれる!柚葉の目に、かすかな光が宿った。そこへ美雪からも、自分も同席すると連絡が来た。絶望していた胸の中に、小さな希望が再び灯る。柚葉は英樹のもとへ歩み寄って言った。「
「凛さん、何を見ていらっしゃるんですか?」「今、あっちから誰かに見られていた気がします」「え?」と理恵がそちらを見たが、人影はなかった。「もうエレベーターに乗ったみたいです」と凛は言った。「エレベーターって、あっちの?」理恵が指差すと、凛は頷いた。それを見た理恵は、緊張した面持ちでゴクリと喉を鳴らした。あそこは社長専用のエレベーターなのだ。理恵のオフィスのドアの前に来ると、凛はドアプレートに、「人事部ヴァイスプレジデント」と書かれているのを目にした。昇進したんだ。凛はにっこり笑って言った。「中村さん、御昇進おめでとうございます」「ありがとうございます」
「それで?彼に、私と離婚するように言ったの?」凛の問い返しは、柚葉の痛いところを正確に突いていた。この2週間、柚葉は何度もそれとなく話を振っていた。でも、智也は離婚するそぶりを見せない。それどころか、今まで通り、いえ、今まで以上に優しくしてくる。まるで自分が不倫相手みたいじゃない。愛されていない方が、邪魔者。よく言ったものだ。もともとは、凛の方が、自分と智也の間に割り込んできたのだ。大学の頃、智也はあんなに自分を愛してくれていた。それは誰の目にも明らかだったのに。それが、留学のことで喧嘩したのがきっかけで、智也がどこの馬の骨とも分からないような女と結婚するなんて、思って
「先生、どうしてか聞かないんですか?」凛は涙を拭うと、杏をソファに座らせ、お水を取りに行った。杏が言った。「智也から聞いたわ。子供のことで喧嘩して、昨夜は帰ってこなかったって。彼はまだ子供を欲しがらないの?」凛は首を振った。「今回は、私が欲しくないんです。彼は私に仕事を辞めて妊活に専念して、家で専業主婦をしろって言うんです」「私より考えが古いわね!」杏は腹が立って仕方がなかった。「あの男は出世して偉くなったから、あなたを見下してるの?よくもまあそんな態度がとれるわね。プロジェクトが発表されたら、どれだけの人があなたに会いたがると思ってるの。私の夫が手塩にかけた愛弟子を、使用
智也は、凛が綺麗でスタイルも良いことを知っていた。たまにじゃれあうだけでも、抑えがきかなくなるほどだった。しかし凛と肌を重ねようとすると、心の底で初恋の人を裏切っているような罪悪感が芽生える。だから、この何年もずっと我慢してきた。でも……凛は法律上の妻だ。それに、今夜の彼女はあまりにも魅力的すぎた。凛は、智也に見つめられていることに気づいていた。だけど、初恋の人としか子供を作りたくない男が、自分に欲情するはずがないことも分かっていた。彼女は平然と智也の前を行ったり来たりして、ドライヤーを手に取った。智也は突っ立ったまま、目で凛の動きを追っていた。凛は智也に背を向ける







