All Chapters of 元夫の後悔をよそに、天才妻は御曹司と溺愛婚: Chapter 51 - Chapter 60

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第51話

柚葉は手を出してそれを受け取ると、ゴミ箱の中に凛の衣類が入っているのを見つけた。「これ何?」「ゴミだよ」「捨てちゃうなんてもったいない。家の入り口に敷いたり、バスルームのドアに置いて足ふきマットにしたりして使えるんじゃない?汚れたら捨てればいいだけだし」柚葉の目が怪しく光る。実のところ、本当に服がもったいないと思っているのではなく、遠回しに凛を貶しているのだった。智也はゴミ箱を見下ろして言った。「もういい。面倒なだけだ」それ以上柚葉は何も言わず、ワイシャツを手に取ると智也に支えてもらって部屋へ戻り、ドアを閉めた。谷口家の中で智也を誘惑するようなことは控えた方がいいだろう。でなければ、自分は軽薄な女だと思われ、この家の人間から甘く見られる。……凛はベッドで、自分の服が捨てられたという智也からのメッセージを眺めていた。もともと谷口家に戻るつもりはなかったから、ちょうどいい。そして、胡桃から送られてきた写真をもう一度見る。スマホの画面の明かりが、凛の感情のない表情を照らし出した。ただ一緒に座ってキスをしたことが何だというのか?自分と智也のベッドには、生々しい愛の跡が残っていたし、ベッドの下にはレースの下着だって落ちていたんだから。凛は智也とのトーク画面をもう一度開いて、少しずつ遡ってみた。ここ二週間は連絡が驚くほど少ない。それ以前は、今日の食事はなんなのか、どんな服を用意したのかということばかりが並んでいるのに。それに対して、智也はいつも「ありがとう」の一言だけだった。ログの中でその一言が一番多い。しかし、今見返すとそれが一番悲しく思えた。画面の眩しさに目が痛くなり、凛はスマホを切って眠りにつく。それでも昨夜と同じように、何度も寝返りを打つも眠れず、翌朝は決まった時間に目が覚めたのだった。キッチンに向かうと、朝食を作りに来ていた家政婦と鉢合わせた。杏は静かな環境を好むので、家政婦は常駐ではなく、時間制でこの家に来ている。「谷口さん、おはようございます。何か召し上がりたいものは、ございますか?お作りしますよ」「ありがとうございます、でも大丈夫です。自分で作りますから」そう言うと、凛はパンを作ることにした。昔、施設にいた頃、パンは最高のご馳走だった。なぜなら、高級な料理など口にする
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第52話

そして、冷ややかな声で言った。「そんなに急いで食べると、喉に詰まらせるぞ」「お気遣いありがとうございます」凛はもぐもぐしながら言い返すと、また一口かじった。「っ、ごほっ!」喉に詰まったわけではなかったが、むせた。海斗が眉をひそめて水を探そうとした時、既に恵がさっと水を差し出し、理央が傍らで背中を優しくさすっていた。この3人は、思いのほか合うらしい。海斗は鼻で笑った。「自業自得だ」凛は、自分がこんな目に遭っているのは海斗のせいではないかと疑い、無言で彼を見つめた。しかし、凛が大丈夫そうなのを確認すると、海斗は顔をそらして拓海に言った。「食べるのはもういい。俺が調べろと言った件はどうなってる?」拓海は最後の一口を飲み込み、水を口に含むと、上品に口元を拭った。「社長。資料はこちらです」海斗は資料にさっと目を通し、視線をそれとなく窓の外に向け、手で拓海に外へ出るよう促した。拓海は退出の際、ドアを半開きのままにしたが、ふと思い出したように、わざと少し隙間をあけておいた。そんな時、恵と理央は、凛を囲んで質問攻めにしていた。「この前見かけたホシゾラ・テクノロジーの谷口社長って、旦那さんなの?」理央は信じられないというように言った。「私たち、社長の秘書やって長いから、A市の役員事情は大体把握しているけど、でも……」恵も小声で続く。「社長たちの愛人の一人二人は知っていても、ホシゾラ・テクノロジーの社長が既婚者だなんて噂、一度も聞いたことなかったよ」「当然よ」凛は食べるペースを落とし、静かに言った。「公式の場に一緒に行ったことは一度もないから」「それじゃ、結婚式も挙げてないの?」凛は言葉に詰まった。事の重大さに気づいた恵が理央をつつくと、理央も自分の失言に気づき、口をつぐむ。二人の顔色を見て、凛は言った。「式は挙げたよ。それなりに盛大だった」谷口家の一族も、夫の友人も大勢参列していたのだから。状況が思わしくないと感じた恵と理央はそれ以上聞くのをやめた。ましてやあの時感じた疑惑のことなど口に出せるはずもなかった。谷口社長とあの女は同じ香水の香りがした。同じものを使っているのか、あるいは深い仲で移り香が移ったのか……ポンッ。恵のスマホにラインの通知が入る。海斗からだった。【続けろ】恵は画
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第53話

「もちろん!」「谷口さん、これは君の分。全員同じものだからね」と拓海は皆が同じであることを強調した。理央と恵が箱を開けるのを見て自分も開けてみると、そこにはハイヒール、最新のスマホ、そしてウサギのぬいぐるみが中に入っていた。恵は赤い靴底のハイヒールを夢中で眺め、理央は気限定品のウサギのぬいぐるみを抱きしめて喜んでいた。凛はスマホをじっと見つめる。数日前に機種変更しようかと見ていた、20万以上もする最新機種だ。凛はスマホにそれほど高い金額をかける必要はないと思っていた。「凛さん、スマホなんてちょうど良かったじゃん」理央が嬉しそうに寄り添ってきた。「だって、凛さんのスマホ、画面ずっとおかしかったもんね」拓海はメガネをかけ直す。その通りだ。拓海は海斗からは、スマホは必ず最新のものを用意し、あとは任せると指示されていたのだった。恵は靴が好きで、理央は限定品に目がない。それぞれの個性を踏まえつつ、差がつかないように配慮した結果だった。限定ぬいぐるみは3つ揃えられなかったため、デザインやカラーを変えることで調整した。凛は箱の中に入っていた白いスマホを見ながら思った。今回、汚れが目立たないように自分では黒のスマホを買ったが、この白いスマホもとても綺麗だ、と。理央たちが礼を言いに社長室へ向かうのを見て、凛も後に続く。ちょうど昼食の時間になり、拓海たちは外へ出て行った。広い社長室には、海斗と凛の二人だけになった。「社長」「これを見てくれ」海斗はファイルを凛に手渡し、自分の万年筆も差し出した。「何か問題はあるか?」凛はすぐには受け取らず、まずはファイルの表紙を確認した。入札用の資料だった。心臓が跳ね上がる。しかし、詳しく見ると他部門のプロジェクトだった。機密保持に触れるミスをしなくてよかったと、ほっと胸をなでおろす。自分に関係するプロジェクトではないとわかり、凛は顔を上げた。「お昼の時間です」食事の時間だ。そして、自分は退社の時間だ。そもそも、智也から逃げるのが目的でここにいるので、まともに働くつもりはなかった。しかし、海斗は言った。「先に見てくれ」社長の指示は断れない。凛は差し出された万年筆を受け取るしかなかった。万年筆には、まだ海斗の手の温もりが残っていた。海斗の
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第54話

会議室で、凛は海斗の威圧感を目の当たりにした。海斗が企画書をテーブルにおくだけで、その場にいる者は息をするのもやっとといった様子だった。企画書の不備について一通り指摘されたあと、社員たちは脂汗を流していた。そんな些細なミスに気づく余裕など、彼らにはなかったのだ。海斗は言った。「この段階でミスに気づけないのであれば、後で一文字一文字照らし合わせることになるからな」「すぐ修正に取りかかります」「今ここで直せ」海斗は再び指先でテーブルを叩いた。その音はまるで、彼らの心臓を容赦なく、この場に打ち据えているようだった。海斗が修正作業を黙々と監視する中、凛たち秘書は傍らで待機を命じられた。海斗が時計を見れば次の指示を催促し、海斗がネクタイを緩めれば即座に飲み物を用意するという、気の休まらない時間だった。まだ仕事に慣れない凛は、横で様子を見ていた。しかし、作業中の修正内容に疑問を感じ、つい口を挟んでしまった。皆の視線が一斉に凛へ向いた。海斗が軽くあごをしゃくる。「何だって?」「この数値ではこの結論は導き出せません。それにこのデータ……おかしいとは思いませんか?」凛の指摘に、周囲は秘書ごときに何が分かるんだ、こっちはデータベース通りにやっているのに、と凛を怒鳴りつけた。しかし、凛は譲らなかった。「なら、データベースが間違っています」これはデータ改ざんの疑いを意味する。背後で関わっている問題は計り知れない。そして、海斗がこの件を長年調査していることは、誰もが知っていた。「谷口さん、一般事務から秘書になってまだ日も浅いですよね?植田さんや岩崎さんですら口を出していないのに、あなたに何が分かるって言うんですか?」「おい」海斗が鋭く睨みつけると、男は口を噤んだ。しかし、まだ納得できないようで、小声で何かを言い続けている。「彼女に何がわかるかって?」海斗はその場にいるものを見渡して言った。「今お前らが見ている指摘は全て彼女が見つけたものだ。それでも、彼女にまだ何か言うのか?」全員が唖然とした。凛はしまったと思った。これでまた誰かの恨みを買ってしまう。「いつまでぼけっとしてるんだ。手を動かせ」海斗は立ち上がり、背を向けた。「定時までに結果を出せ」凛のそばを通り過ぎる時、海斗は言った。「ついてこい」会議室に残った
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第55話

トーク履歴がいちばん多い相手は、智也だった。画像フォルダーも、智也のために作った手料理の画像でいっぱいだ。電話帳の名前も、そのほとんどが智也に関わるもの。それ以外のことは、ほとんど何も入っていない。スマホの中には、智也との思い出ばかりが溢れていて、自分のための記録なんて、どこにもなかった。凛はデータの移行をやめた。古いスマホの電源を切り、引き出しの奥にしまい込む。新しいスマホに、恵、理央、拓海の連絡先を追加すると、二つのグループに入った。一つ目は、【竹内社長の秘書チーム】という、仕事用のグループ。そして【暴走する社長を支える会】という、海斗抜きの4人のグループだった。理央が言うには、恵と拓海と3人だけで動いていたときはこんな名前ではなく、凛が入る直前に変えたのだという。そのグループ名を見て、凛は思わず笑いそうになった。彼らは本当に面白い人たち。実験データの面白さとは違った、生活の中にある、飾らない純粋な面白さ。理央が彼女に忠告した。「これ、内緒だからね。竹内社長に見つかったら大変なんだから」恵もアドバイスをくれる。「部下なら、社長に連絡先を追加したことは自分から伝えないと。挨拶の例文でも教えてあげ……」ところが凛は、躊躇なくその場で海斗の連絡先を追加したのだった。「……行動力、すごいね」恵は言葉を失った。凛は人と関わることが、今まであまりなかったので、そのような細かい気遣いを知らなかった。だから、追加さえすればそれでいい、と思っていた。恵は呟いた。「社長が友達追加を承認するとは、思わな……」その瞬間、【新しい友だち】のところに新しい名前が表示された。【海斗】恵は慌てて自分の口を覆うと、鏡を見てメイクが崩れていないか確認した。恵は今疑問を抱えていた。凛さんは、一体何者なの?ホシゾラ・テクノロジーは竹内グループの競合相手だ。それなのにうちの社長はどうして、競合相手の社長夫人である凛をこうも特別扱いするのか……ビジネス戦略のひとつ?それとも社長の個人的な趣味?恵は首を横に振って、変な考えを追い払う。凛は海斗とのトーク画面に表示された【メッセージの送信を取り消しました】という文字を見つめていた。凛は【何かありましたか?】と送ってみる。次の瞬間、既読がついた
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第56話

ふと意識を現実に引き戻し、凛は答える。「もう忘れちゃった。だって、ここ最近、あなたはご飯を食べに帰ってこなかったし、料理を届けてくれとも言わなかったじゃない?」その一言に、智也は黙り込んだ。確かに、柚葉が戻ってきてからというもの、智也は毎日車で柚葉を送迎し、夕飯も一緒に済ませていたのだった。凛はさらに言った。「残業か、残業がなければ接待で、あなたは忙しいでしょ?」残業や接待というのは、智也が凛に対して使い古してきた言い訳だった。「次回はお前が受け取ってくれるか?他の人じゃ、心配なんだよ」智也の声が優しくなった。「二宮先生の体調は良くなったか?明日は仕事も休みだし、そろそろ帰ってこい。休日出勤もないだろ?」「ない」「ならちょうどいい。プレゼントを用意しているから、帰ってこいよ」智也はそれだけ言うと電話を切った。電話が切れた瞬間、凛のスマホに次々と4通の通知が届く。ヨガ教室、育児講座、児童栄養管理講座、児童心理学講座の予約案内だった。土曜に二講座、日曜に二講座。予定を見ただけで、息が詰まりそうだ。智也の言う「プレゼント」とはこれのことだったのか。仕事を辞めて妊娠の準備に専念しろ、というところだろう。そして今後は、谷口家の家庭教師、家政婦、シェフ、保育士、栄養士、全てを担えというのだ。それは「結婚」という名の、あまりにも巧妙な監獄だった。その通知たちを凛は気にせず、デスクに戻った。すると、恵が理央にフィットネスクラブの会員権をどう処分するか相談している声が聞こえてきた。すると、理央がフリマサイトで売れると答えた。「それって何のフリマサイト?」凛は歩み寄り、聞いてみた。理央にやり方を教わり、サイトを聞く。「何を売るんですか?売りたいものの名前を書けばいいだけですから」「習い事の回数券なんだけど」凛は黙々と操作を始めた。凛が売り出しているものの内容が妊活や出産関連であることに気づいた恵は、眉間にしわを寄せて心配そうな顔をする。「谷口社長と子供作るつもりなの?」恵は厳しい口調で言った。「凛さん、考え直したほうがいいよ。子供ができちゃったら、もう簡単には逃げられなくなるんだから」理央も深く頷く。彼女たちも、智也が凛を蔑ろにし、あの女を優先していることに気づいていた。もうすでに深い沼にはまってい
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第57話

凛は「分かった」とだけ返信する。今晩はどうやら帰らなくてはならないみたいだ。凛は仁に電話をかける。「すみません、今晩智也のところにとりに行かなきゃいけないものがあるので、帰りが遅くなると思います。私のことは待たなくていいので、先に休んでてください」杏と仁はかなり高齢だったので、寝るのが早いのだ。受話器の向こうからは、何かあったらすぐ電話するようにと言われた。必要なら迎えに行くからとも言ってくれた。確かにそうしてもらいたいけれど、彼らの手を煩わせるわけにもいかない。考えた末、凛は日和に連絡を入れた。すぐに「OK」のスタンプが届く。全て手配しおえたので、凛は立ち上がった。しかし、事務所の扉を開けた途端、海斗と拓海にバッタリ鉢合わせしてしまった。その場に沈黙が流れる。拓海が尋ねた。「谷口さん、まだ残業ですか?」「いいえ。ちょっと私用があって、うっかり時間を過ぎてしまいました」凛は会釈をして、道を開ける。海斗は凛を軽く一瞥すると、そのまま歩いていった。森田はその後に続きながら話し続ける。「谷口社長は海外口座へ毎月多額の資金を流しています。しかし、追跡ができず……」凛は足を止めた。海斗が裏でホシゾラ・テクノロジーの動きを監視しているのは想定内だった。彼らが口にしたその資金のことは、ちょうど凛も知っている内容だった。凛は引き返した。ドアをノックする。海斗の深い瞳が、まっすぐに凛を射抜いた。「何か用か?」「谷口社長のお金がどこに流れているのか、私、知っています」凛は彼を見つめて続けた。「ですが、一つ条件があります」「俺が君を信じるとでも?」海斗は鋭く言い放つ。「君は谷口社長の妻だろ?」もうすぐ、そうではなくなる。凛は海斗の探るような視線を受け止めた。「彼のお金の流れを知れば、すべて理解できるはずです。彼のお金は全て小林柚葉という人物に流れています。社長もご存知かと思います。なぜなら、私を昇進させるように、社長へ口利きをしたのが彼女の祖父なんですから」「君の昇進は誰かの口利きがあったものなのか?」海斗は首をかしげる。「小林柚葉というのは誰なんだ?」本当は知っていたが、密かに智也の愛人問題を調査していたことを、凛に知られるわけにはいかない。凛は少し訝しげな表情を浮かべた。拓海がすか
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第58話

凛が手土産にすると言った瞬間、海斗の顔色が見るからに曇ったことに、拓海は気づいた。「谷口社長は毎月6000万もの大金を他の女に与えているというのに、谷口夫人の携帯の画面が割れていても、お構いなしなんだな」男の声には冷たい嘲笑が混じっており、特に「谷口夫人」という言葉は凛の胸を抉った。それは、まるで呪いの言葉のようで。凛は何も言わずに背を向け、その場を後にした。社長室から消えていく凛の後ろ姿を眺めながら、海斗は小さく拳を握り締め、低い声で「愚か者め」と毒づく。拓海は胸の中で深いため息をついた。竹内家の皆が海斗の縁談を心配し、まだ若くて魅力があるうちに何とかしてやろうと、躍起になるのも無理はない。しかしこの3年間、どれほど催促されても浮いた噂一つなかった。名家の令嬢たちはこの海斗の口の悪さにたじろぎ、なんとか受け入れようと心を決めた令嬢たちも、最終的には耐えきれずに離れていった。実際、海斗が凛に向ける態度はこれでもかなり丸い方だった。ホテルでの気遣いや、裏からの手回し、贈り物など、いつもの海斗からは考えられないことばかり。だからこそ、海斗が人様の家庭を壊してまで凛を手に入れようとしていることに、拓海は驚いているのだ。……凛が智也と住み始めて4年になるマンションへ戻ると、ちょうど柚葉が引越しをしていた。運び出される家具や洋服、靴の山は、柚葉と智也が暮らす家を埋め尽くすには十分だろう。箱が所狭しと運び出されている。そんな中、柚葉は「全部高いんだから気をつけてくださいね!」と指示を飛ばしていた。凛と柚葉の視線が、ふと交差する。「あ、凛さん。おかえりなさい」柚葉は得意げに笑みを浮かべ、「智也からのプレゼントがいっぱいあって、今日一日運び出してるのに、まだ片付かないんです。本当に困っちゃいますよね」と言った。「運び出すのに疲れるんだったら、捨てれば?」と凛は淡々と返す。本来、凛の方が柚葉よりも身長が高かったのだが、今日の柚葉は10センチのヒールを履いていたので、柚葉は凛を見下ろした。「嬉しい悲鳴って知ってる?」しかし、凛が一切反応を見せないため、柚葉はさらに苛立ちを強めて言った。「智也はあなたより私のことをいろいろ考えてくれているんですよ?なのに、何も思わないんですか?」愛人は皆、本妻よりも自分が愛さ
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第59話

綺麗好きな凛は、片付けたくなるのを必死に抑え込み、ソファの上からものをどかした。しかし、腰を下ろすと散らかったテーブルの上や、汚れた跡が目に入る。だが凛はただ、じっと我慢した。ここで我慢ができなかったら、結局また自分がやる羽目になるのだから。凛は立ち上がるとウォークインクローゼットへ向かい、数着の服を整理した。智也に勘付かれるのを心配し、多くは持ち出せない。智也は凛のために育児教室まで申し込んでいる。子供を使って自分を繋ぎ止めるつもりなのは明白だった。その一方で、柚葉を広い高級マンションに引っ越させた。距離を置いたほうが、人目を避けて逢いやすいからだろう。智也はどちらも手放す気がないらしい。だから、たとえ少しずつであっても、自分の物をここから持ち出さなくてはならない。荷物を片付けていると、玄関から鍵を開ける音が聞こえた。智也が帰ってきた。玄関の靴を見て、凛が帰ってきたと分かった智也は、家の奥に向かって「凛ちゃん?」と声をかけた。しかし、凛は聞こえないふりをする。智也がウォークインクローゼットの入り口に姿を見せると、ドアの枠に寄りかかって訊いた。「どうして返事してくれないんだ?」「呼んでた?」凛は適当に智也の服を手にしながら、「服を整理してたの」と答える。「会社から持ち帰ったやつも掛けておいてくれ。シワがあるからアイロンもお願いしていいか?明後日着なくちゃいけないから」智也は当然のように凛にやらせようとする。しかし、受講者専用カードがまだ届いていないため、凛はわざとゆっくりジャケットをクローゼットに掛けるしかなかった。すると隣の部屋から、またもや智也の指示が飛んできた。「凛、ベッドのシーツも交換してくれ。それから……」智也の言葉が止まった。自分でベッドをめくった時に、何か痕跡でも見つけたに違いない。凛は隣の部屋へ向かい、「どうかした?」と声をかける。智也は飛び上がらんばかりに驚き、慌ててシーツを丸め込むと、振り返って笑顔を作り「いや、ついでに、掃除しておこうって思ってさ」と言った。「そう」凛は頷くと、智也が布団を洗濯機へ投げ入れ、洗剤を流し込んで洗い始める様子を見守った。智也は焦り過ぎて、布団からカバーを外すことすら忘れていた。凛に背中を向けていた智也はホッと息を漏らしたが、振り返り凛
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第60話

凛は少し迷ってからも、通話に出た。「もしもし」「今すぐ戻って会社に来い」電話の向こうから、海斗の悪魔のような声が響いた。凛は一瞬状況が飲み込めなかったが、スマホの画面を数秒見つめた後、そのまま耳に押し当てた。電話の先からは日和の怒る声も聞こえてくる。「お兄ちゃん、本当最低!私がわざわざ教えてあげたっていうのに、恩を仇で返す気?こんなことしたら私から、友達がいなくなっちゃうでしょ!この暴君お兄ちゃん!こんな時間に誰が残業するっていうのよ!」凛が固まっているのに気づいた智也は、近づいて尋ねた。「どうしたんだ?」その声も当然、電話越しに伝わっている。海斗は言った。「30分だ。オフィスで待ってる」そうして電話は切られた。凛は智也に言った。「今から残業なの」智也は眉をひそめ、時計を見る。「こんな時間に?」「うん」凛は頷いた。智也の疑念を晴らして解放してもらうため、退職の話を口に出す。「退職手続きは進んでいるから、もうすぐに出社しなくて済むようになると思う。竹内グループ、今少し立て込んでいるから、私たちも大変なの」智也の眉間のしわが、ふっと解かれた。智也は探りを入れる。「竹内グループは忙しいのか?何かプロジェクトの入札に参加しているとかなのか?」凛は目線を外して答えた。「私はただの秘書だから、そんなことは知らないよ」「それもそうだな」智也は内心、凛から何か有益な情報が引き出せるかもと期待した自分が愚かだった、と鼻で笑う。凛は小さく「うん」と頷き、「それじゃあ行くから。さっさと仕事を終わらせて、早く退職しないと」と家から出ようとした。「カードはしまったか?」智也が尋ねる。「本当に、あの講座はいいと思ってるか?」智也は凛の従順さを試していた。凛は微笑む。「うん、すごくいいと思うよ。でも、随分高いんだね。こんな高いもの買ってもらったのは初めてだよ」智也は表情を一瞬曇らせ、かすかな罪悪感を覚えながらも凛を急かした。「早く行った方がいいんじないか?」凛は望み通りこの家を離れ、秋風の中タクシーに乗り込み竹内グループのビルの前まで向かった。建物内はあちこちの明かりがついているが、特に最上階は煌々と輝いている。「凛さん!」日和がビルから飛び出し、凛の前まで走ってくると、すぐに謝り始めた。凛は怒っていなか
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