جميع فصول : الفصل -الفصل 10

33 فصول

第1話

二学年目の春。卒業生を送別するパーティが、悪役令嬢リリアンナ・モンリーズの婚約破棄が言い渡される会場だ。広々としたパーティ会場には、全学年の生徒とその関係者である親や教師達が揃っていた。部屋の端には専属のメイドや執事が控え、給仕を行っている者もいる。それら全員を見渡すように、この国の第一王子であるアレクサンド・リヒハイムは壇上に上がった。後ろに控えるような形で私も壇上へと上がる。何事かと静まり返ったパーティ会場の視線を一身に受けたまま、アレクサンドは口を開ける。「リリアンナ・モンリーズ公爵令嬢。君との婚約は解消させてもらう」告げられた言葉に対し、私はドレスの裾を摘み丁寧な礼をした。顔を上げ、笑顔で返事をする。「そのお言葉、快く受け入れさせて頂きます」会場が騒めきたち、驚きに包まれる。それに対して壇上の私達は平静のまま、事前に準備しておいた婚約解消の書類にサインをした。サインを終えて振り返ると、会場の面々が私達を見上げている。困惑している者、冷静に周囲を観察する者、面白そうに笑う者や、今後自分が王子と婚約出来る可能性を考えほくそ笑む者。様々な視線や思惑が渦巻く中、周囲の視線は気にせずに、私は会場の奥にいる専属メイドのシヴァを見つめていた。遠くからも目立つ高い身長に、端正な顔立ち。切れ長の目は長い睫毛に彩られて、空色の瞳が輝いている。艶やかなストレートの黒髪は後頭部で一纏めに結わえていた。今の彼は、編み込みに混じるシルバーグレイの髪がチャームポイントの、美しく真面目そうなメイドそのもの。普段は無表情でクールなのに、珍しく心配そうに表情を崩すシヴァに私は微笑んで見せた。私はまだ、バッドエンドに進んではいない。私にとってのバッドエンドは、第一王子アレクサンド・リヒハイムとの婚約解消ではないのだから。***「だって、どうせ皆様、私の言うことを信じてしまうんだもの」「それだけの魅力が無いあなたが悪いのではなくて?」「……おかしい! こんなの、おかしいわよ!」「男は皆、私の言うことを信じ、私の思う通りに、言う通りに動いてくれる」「それが当たり前のはずなのに!」美しい声が狂った価値観を語る。脳内に流れたこの声は、かつてプレイしたゲーム内ボイスのものだ。リリアンナ・モンリーズ。彼女は国一番の美女と謳われていた。全ての淑
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第2話

これは夢だろうか?立ち止まりながら、そう私は思案した。私は佐藤穂香。父子家庭で育った16歳の女子高生。決して贅沢は出来ない生活の中で、幼馴染み兼親友の相羽優子ちゃんが貸してくれるゲームや漫画がいつもの楽しみだった。「これ、面白いんだよ!」ある日、いつも以上に興奮して貸してくれたゲームが【英雄の学園と鎮魂の歌】だった。【英雄の学園と鎮魂の歌】ゲーム内の主人公となり男性4人との恋愛を楽しむいわゆる乙女ゲームというもの。一般人だったはずの主人公は貴族の娘だったことが発覚し、貴族の子女達が集まる魔法学校へ編入することとなる。 ゲームの特徴は恋愛要素と同じくらい力の入った育成要素。授業や自主練習できちんとステータスを上げないと落第してしまいゲームオーバーになる上、規定以上の数値でないと恋愛イベントも起こらない。クリアはなかなか大変だったが、それ故に主人公に思い入れがあってプレイするのはとても楽しかった。 それは優子ちゃんも同じ。普段は遊ばないはずの乙女ゲームというジャンルだったが、元々好きだった育成ゲームに近いおかげですんなりゲームを始められた。今回、突然このゲームを買ったのは、表紙のキャラクターの一人に一目惚れしたのだとか言っていた。私も同じく、このゲーム内ではじめてキャラクターに一目惚れをした。 今まで見てきた様々な漫画やゲームのキャラクターの中で、一番の推し。そう言えるくらい大好きで夢中だった。豪華な声優が配役され、美麗な立ち絵も付き、人気キャラクターランキングで上位にいながら、名前すら出なかった【死にキャラ】。リリアンナ・モンリーズの最側近の侍女。冷静沈着なメイドでありながら、その正体は元暗殺者の青年。彼は男嫌いのリリアンナに無理矢理女装することを強いられた、彼女の被害者の一人だ。ゲーム内の主人公が彼と会話することにより、リリアンナの弱点が暴かれていく。彼と会話するためだけに、何度第一王子ルートを周回したか分からない。「行こうか、リリー」お父様が私の手を握り直す。手袋越しからも伝わる逞しくてしっかりした手のぬくもりは、穂香だった頃のお父さんを思い出させた。これはきっと夢だ。あの時、確かに死んだはずの私がこうしてリリアンナになり、どこかに行こうとしている。「会わせたい人がいるんだ」そう話すお父様の目は輝いて
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第3話

そこは、とにかく暗い所だった。湿度が高いのか、いるだけでじっとりと汗をかいてしまう。生臭い匂いに混じって漂うのは、血の匂いだ。そこでオレはうずくまることしか出来ない。 金属音がしたと思うと、扉が開き光が漏れる。名を呼ばれて顔を上げれば、ニタニタと下卑た笑みを浮かべた男がいた。「こんな所にお連れして申し訳ありませんねぇ」血走った目がオレを見つめる。オレを見ているようで見ていない、どこか焦点の合わない目だ。「こんな所に潜んでいるのも、貴方様の身を守るため」そんなことを、何度も言われた。父上と母上が死に、逃亡生活をすることになったあの日から。保護者代わりだと言うこの男に言われるがまま、生きてきた。そうしないと幼いオレは生きていけない。「手を血で染めるのは、いつか貴方様の両親を殺した奴等を血祭りに上げるため」この部屋にいる時以外は、とにかく特訓の日々だ。何度剣を握る手にマメを作ったか分からない。剣を振るうのに慣れれば、今度は実際に人を刺した。血が出たし、悲鳴や嗚咽の混じった声が響いた。気持ちが悪く、吐き気もする。それでも、やらなければならないのだ。この男から学んだのは剣だけではない。投擲武器の扱いから弓矢、毒物の扱いまで、この男はあらゆる技術と知識をオレに与えた。「一緒に復讐を果たすのです」両親の復讐。それを果たすためだけに、男はオレを傀儡とした。オレも、この男の下でなければ生きられなかった。両親のいない子供が一人、外に出たところで野垂れ死にするしか無いのは分かっていたから。こんな日常に変化が起きたのは突然だった。いつもあの男しか開けないはずの扉を開けて、見知らない男が駆け込んできた。身なりの良い男だった。漂う気品は、もう記憶も薄れたはずの父上を思い出させる。その男はオレを見つけると、逞しい腕でしっかりと抱き締めた。「無事で良かった…!」この男は誰だろう?混乱するオレを抱き締めたまま、男は語る。「私は君のお父さんと友達だったんだ。君の保護を頼まれたが、迎えが間に合わなくてね。ずっとずっと、探していたんだよ」父上の友達。そう言われて、微かに記憶にひっかかる物があった。そうだ。父上にも紹介された。薔薇色の瞳の、厳しくも優しそうな男を。「また会えて良かった」そう言いながら、オレの目を見つめる瞳。
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第4話

「おはようございます。お嬢様」カーテンが開けられた窓の外からは、明るい日差しが降り注ぎ、風が木々を揺らしている。小鳥が歌い、飛び交う様子が目に写った。白とピンクを基調とした可愛らしい部屋は、朝日に照らされてキラキラと輝いて見えた。適度な温度を保った掛け布団。スプリングの利いたふわふわのベッド。ベッド脇に置かれたサイドテーブルには、まだ湯気の立つ温かな紅茶が置かれている。夢だと思っていたのに、確かに時間は経過し、私はまだこの世界にいた。「ゆめじゃ……なかったの?」ベタだが、頬をつねってみる。痛い。死んだはずの私は、確かに痛みを感じていた。「夢、ですか?」不思議そうに隣に控えた乳母のバルバラが首を傾げる。まるで生まれてからずっとここで過ごしてきたような記憶が、私の頭には残っていた。昨日あの後、夕飯を食べに食堂に行ったり自室に戻るのに、道に迷うことなんて無かった。乳母の名前も顔も分かる。他の侍女達も同様だ。私は知らないはずなのに、ここで生きていたリリアンナの記憶が確かに存在していた。「おとうさまが、おとこの子をつれてきて、シヴァってなまえをつけて……」「それなら、夢じゃありませんよ。確かに昨日旦那様は子供を連れて来ました。シルヴィオと名付けて、執事長の遠縁の子供ということで届け出もしたそうです」彼女の言葉に、もうそこまで話が進んでいたのだと知る。死んでいない。生きているのだ。佐藤穂香だったはずの日本人の私が、リリアンナ・モンリーズとして。「それじゃ……」私はここで生きていくしかない。リリアンナの未来を思い出す。男性に襲われたという恐怖体験の話。後に第一王子の婚約者となり、一国の王妃になるという責任と重圧。万が一ゲーム内の主人公が第一王子ルートに進んだ場合、自分に訪れるであろう身の破滅。「どうしよう……」一気に押し寄せてきた不安に、涙が零れる。布団を握りしめ泣き出した私を見てどう解釈したのか、乳母がぎゅっと私を抱きしめてくれた。柔らかい感触は、穂香だった時には得られなかったものだ。違和感はあるが、優しく私の背を擦ってくれる手に安心感を覚える。「大丈夫、大丈夫ですよ」ここにいる皆がリリアンナに優しい。そのリリアンナは、どこに行ってしまったんだろう。私はここにいて良いのかな。不安と疑問が渦巻く中、
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第5話

モンリーズ公爵家の執事長はルネ・ミュレーズという女性だ。確か辺境の男爵家の生まれだったが、優秀な頭脳と教育の行き届いた立ち振る舞いを買われてお父様の右腕になった人だ。長いルビーレッドの髪を高い位置でポニーテールにし、シヴァと同じデザインの執事服を着ている。胸ポケットに入ったモンリーズ家を象徴する薔薇色と家紋の付いたハンカチが、執事長である証だ。どうやら彼の教育係も兼用しているらしく、何かあると彼に声をかけている。お父様も了承済みなのか、特に何も言わなかった。「おはようございます、お嬢様」ルネに言われて少し慌てたように挨拶をやり直すシヴァ。うん、可愛い。幼少期の推しってなんでこんなに可愛いんだろう。「では、神に感謝して……いただきます」食事前のお父様の挨拶に倣い手を合わせる。この神が何なのか、何の宗教なのかは思い出そうとしてもよく分からない。きっとリリアンナもよく知らないのだ。まだ5歳だという子供には、まだ教えられていないのだろう。「「いただきます」」シヴァと一緒に礼を済ませて、私はフォークを手に取った。さすが公爵家。出された料理は朝から豪華だ。朝からサラダやオードブルにフルーツなんて、今まで食べた記憶がない。過去の生活を思い出しながら料理を嚙み締め、ふとシヴァの様子を見た。行儀が悪いとルネに怒られていないだろうかと心配になるが、食事をする動作は驚くほど綺麗で慣れているのが見て分かる。ルネは一言も口を出さない。そういえば、元々はお父様の友人の息子。つまりは貴族の出身なのだ。幼少期から教えられたマナー教育が染みついているのだろう。「シヴァ、すごくじょうずね」「何が?」「言葉遣い」すぐさまルネに文句を言われ、黙ってしまうシヴァ。「何がですか?」少しの間をおいて返された返事に苦笑してしまう。「おしょくじ、すごくきれいにたべてるわ」まだ5歳だからか、机が遠いしフォークの持ち方も覚束ない。一口を大きくしすぎて口元を汚してしまう私は、何度もナプキンを使っていた。ある程度行儀作法を学んでいても、まだしっかり身につけることは出来なかったようだ。「お嬢様も、慣れれば出来ますよ」食事の手を止め、彼はナプキンを手にする。彼の口元は汚れていないのにと不思議に思っていると、その手が私の頬に触れた。頬の端に付いていた
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第6話

それから二週間が過ぎた。この広い屋敷はどこを見ても新鮮味があって楽しい。貴族の子女としての教育も、大変ながら優しく教えてもらえて苦労と思うことは無かった。 将来社交界の頂点になるはずのリリアンナの頭脳と身体は、驚くほど素直に講師の教えを吸収していく。これだけ素材が良く、お父様や講師陣の教育についていけば、元一般家庭育ちの私でも立派なレディになれるはずだ。最初は穂香だった頃の記憶によって不安になったり泣き出したりすることがあったが、生活に馴染み安心することでその頻度は減っていた。シヴァもそれは同じようで、ルネに言葉遣いを何度も注意されつつ教えられたことは素直に聞き従っている。これで元暗殺者だなんて誰が気付くだろう。元々の教育も良かったのか、それくらい彼は自然とこの生活に馴染んでいる。まあ、女性ばかりの職場に幼い男の子が厳しくしつけられつつも順応しようと頑張っているのだ。悪く言う者は誰もいない。むしろ凄くちやほやされて可愛がられている。 私達の関係はどうかと言われれば、まあ普通。相変わらず愛称では呼んでくれないけれど、気を許してくれたのか二人きりの時は飾らない素の言葉で話しかけてくれる。「なんだよ? こっち見て」料理長からこっそりお菓子を貰ってきたシヴァが、一緒に食べようと誘ってくれた。お菓子を貰う時の料理長とのやり取りの時も、敬語で丁寧に接している。ずっと敬語で話しかけられるのは悪い気はしないが、元々一般市民でしかなかった私には荷が重い。シヴァの飾らない言葉が、私には有り難かった。「これ以上はやらねぇからな」お菓子を欲しがっていると思われたのか、シヴァは慌てて最後の一つを口に入れる。「ちがうよ。おかしじゃないもん」その慌てようが子供っぽくて、つい笑ってしまう。無表情で大人びた立ち振る舞いをするくせに、私の前ではこんなに年相応のことをしてくれる。
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第7話

夕食後の片付けも明日の準備も終わり、さて寝る前に本でも読んであげようかとバルバラはリリアンナの寝室に向かっていた。照明があるものの、廊下は薄暗く窓から差し込む月光の方がよほど明るく感じられる。窓の外を見れば、遠くの広場が明るくなっているのが見えた。 そこでバルバラは、今日は前夜祭だったことを思い出した。そして日中、お祭りに行ってみたいと騒ぐお嬢様達の様子を思い返す。「そろそろ旦那様に聞いて、外出許可を貰っても良い頃かしら」以前のように一人ではなく、幼いながらもお嬢様より年上で大人びたシルヴィオが付いている。大人の制止を聞かずに走り回るほど幼くもなく、大きくなったことは感じていた。美しく成長しているお嬢様が祭り会場を走り回る姿を思い浮かべながら、バルバラは嬉しそうにリリアンナの部屋の扉をノックした。返事はない。「お嬢様?」声をかけても無言なので、もう眠ってしまったのかと首を傾げた。だが、いつも寝るのはもう少し後の時間だ。今日はそんなに疲れることをしたのだろうかと思い返すも、思い当たるものはない。「入りますよ」扉を開けて中に入ると、明かりはなく真っ暗だ。扉と窓から差し込む明かりを頼りに寝台に近付き中を覗くと、リリアンナはそこにはいなかった。掛け布団もシーツも侍女が準備した時のように皺ひとつなく、全くの未使用であることがうかがえる。「え?」自分の予想に反した結果に驚き、つい声が出てしまう。状況を理解したと同時に、彼女はすぐに走り出していた。「お嬢様! どこですか⁉」大声で叫びながら走っていると、廊下を歩く侍女の一人と出くわした。「サバレッタ様?」「お嬢様を知らない⁉」サバレッタはバルバラの姓だ。慌ててお辞儀をする侍女に、バルバラは気にせず話しかけた。「お嬢様なら、少し散歩をしたいと西の東屋へ行かれました」
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第8話

「なんだって⁉ リリーが⁉」その頃屋敷では、リリアンナとシルヴィオが二人だけで出掛けてしまったことがすでに知られていた。リリアンナを探しながら、もしかしてとシルヴィオの部屋も捜索したが案の定いなかったのだ。彼の部屋からは外出用のマントとその予備が無くなっている。全てを報告され、屋敷の主人であるリリアンナの父アードリアン・モンリーズは顔を青くした。こんな夜中に子供が二人、勝手に抜け出した。それだけで大人として、彼らの保護者として心配になるのは当たり前だ。けれど、それだけではない事情があった。「祭りに行ったのは確かなのか?」「はい、昼間行きたいと私に伝えてきたので」横に控えたバルバラが頷き、ため息をつきながらアードリアンは頭を抱えた。シルヴィオの保護者となったルネは、既に祭りの会場に向かっている。「急ぎ使者を向かわせたので、ルネよりも先に会場に連絡が行くはずです」連絡はしたし、ルネも向かわせた。ちゃんとやるべき手配は全て済ませてあり、後は沙汰を待つしかない。公爵である自分が祭りに急遽乗り込めば、住人に不審がられ祭りの雰囲気を壊してしまう。父親である自分と公爵としての立ち振る舞いが求められる自分。今すぐ広場に行きたくとも行けず、彼は頭を抱えるしかない。「……シルヴィオは、どうなりますか?」「事情を知らないでやった子供のことだ。叱ることはあっても罰したり追い出すことはしないよ」不安そうに尋ねたバルバラの言葉にアードリアンは答える。「ただ、周りがどう思うか……」突如やって来たよく分からない子供。まだ幼いからと今までは誰もが可愛がっていたが、それが屋敷の令嬢をたぶらかして出かけ、怪我でもさせたと分かったら、一気に心象は悪くなる。今後、使用人たちがどう思い、どう対応していくのか。それだけが心配だった。  ***&n
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第9話

祭りに誘ったのは、ただの気まぐれだった。執事長に連れられて仕事を手伝う中、侍女達が祭りについて話すのを偶然聞いてしまったのだ。休暇を取って恋人と行くだとか、家族が遊びに来ているだとか、そんな話。くだらないと思っていたその話をしたのは、本当に気まぐれ。いつも屋敷の中にいて、外に出たこともないようなお嬢様が退屈そうにしていたから、その退屈しのぎになれば良いと思っていた。ところが期待は外れ、大人は彼女を外に連れ出すことは無いのだと知った。「バルバラのばか!」そんなことを言いながら扉の前に立ち尽くす姿が、かつて閉じ込められていた自分の姿と重なった。前夜祭なら暗いし人混みに紛れてバレにくい。確か、身を隠せるようなマントが支給されていたはずだ。昔の癖で把握していた、屋敷の警備の薄い場所。そこの生け垣が空いているのは、庭師の手伝いをしている時に気付いていた。念のためにと小遣いが支給されていたから、菓子を少し買うくらいできるはずだ。暗殺者として仕込まれた技術もある。最悪、自分が身を挺して守れば良い。そんなことを一通り考え、お嬢様を誘った。ワクワクした様子でオレに笑顔を向ける様子は素直に可愛い。誰だってそう思うだろう。 思った通り、お嬢様は前夜祭に来たことをとても喜んでくれた。それだけで自分に存在価値が生まれたようで嬉しくなってしまう。珍しくオレは浮かれていた。だから、気が緩んだのだ。 もう少しで帰る時間になる頃。踊り終えて並んで座っていると、お嬢様は遠くを指差してあれが食べたいと言い出した。指し示すものが何か分からずにいると、自分で買いに行ってくる!とオレから小遣いを受け取り元気に走って行く。それをオレは、完全に油断した状態で遠目から眺めていた。目当ての屋台を見つけたのか、お嬢様はその列に並ぶ。そんな彼女の姿を隠すように、男が立ち止
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第10話

あれからしばらくして、ようやく事態は落ち着いた。私達について住民が憲兵に報告してくれたらしく、彼らを引き連れたルネがすぐに来てくれたのだ。シヴァは頭から流血していたが、命に別状はないらしい。今回のことは酔った男によるちょっとした騒ぎ程度で認識され、前夜祭はつつがなく終わった。 屋敷に着いた私が、心配していたお父様と乳母に抱きしめられつつ激しく叱られたのは言うまでもないだろう。「いいかい? 絶対に、私やバルバラがいない状態で外出してはいけないよ。何が起こるか分からないんだから」そう言って聞かせるお父様の言葉に私は頷くしかない。今度からは勝手に出かけないことを約束させられたが、その代わりに乳母かお父様と一緒の外出は許されることになった。 その晩はシヴァがとにかく心配で、普段は使用人部屋で寝るはずの彼を私の部屋で寝かせるようお願いした。さすがに怪我人を助けたいという気持ちを無下にはできず、お父様はそれを許してくれた。彼には私のベッドで寝てもらい、私は急遽運び込んだ簡易ベッドに寝るよう言われた。部屋を出たお父様達は残りの処理に追われるらしい。軽い気持ちで行ったことが、こんな大騒ぎになるなんて思わなかった。申し訳ない気持ちになるも、幼い自分には何もできない。 眠っているシヴァの横で俯いたまま椅子に座っていると、自分の手首が視界に入った。あの男に掴まれた手首にはまだ赤い跡が残っていて、見るたびにあの顔がフラッシュバックして恐ろしくなる。でも、その度に私を助けてくれたシヴァの必死な顔が浮かんだ。 『リリー!』 咄嗟とは言え、名前を呼んでくれた。恐怖もあったが、その嬉しさの方が僅かに上回っている。「シヴァ……」お医者様は大丈夫だと言っていたが、ちゃんと目覚めるだろうか。不安に
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