로그인そこは、とにかく暗い所だった。
湿度が高いのか、いるだけでじっとりと汗をかいてしまう。
生臭い匂いに混じって漂うのは、血の匂いだ。
そこでオレはうずくまることしか出来ない。
金属音がしたと思うと、扉が開き光が漏れる。名を呼ばれて顔を上げれば、ニタニタと下卑た笑みを浮かべた男がいた。
「こんな所にお連れして申し訳ありませんねぇ」
血走った目がオレを見つめる。
オレを見ているようで見ていない、どこか焦点の合わない目だ。
「こんな所に潜んでいるのも、貴方様の身を守るため」
そんなことを、何度も言われた。
父上と母上が死に、逃亡生活をすることになったあの日から。
保護者代わりだと言うこの男に言われるがまま、生きてきた。
そうしないと幼いオレは生きていけない。
「手を血で染めるのは、いつか貴方様の両親を殺した奴等を血祭りに上げるため」
この部屋にいる時以外は、とにかく特訓の日々だ。
何度剣を握る手にマメを作ったか分からない。
剣を振るうのに慣れれば、今度は実際に人を刺した。
血が出たし、悲鳴や嗚咽の混じった声が響いた。
気持ちが悪く、吐き気もする。
それでも、やらなければならないのだ。
この男から学んだのは剣だけではない。
投擲武器の扱いから弓矢、毒物の扱いまで、この男はあらゆる技術と知識をオレに与えた。
「一緒に復讐を果たすのです」
両親の復讐。
それを果たすためだけに、男はオレを傀儡とした。
オレも、この男の下でなければ生きられなかった。
両親のいない子供が一人、外に出たところで野垂れ死にするしか無いのは分かっていたから。
こんな日常に変化が起きたのは突然だった。
いつもあの男しか開けないはずの扉を開けて、見知らない男が駆け込んできた。
身なりの良い男だった。
漂う気品は、もう記憶も薄れたはずの父上を思い出させる。
その男はオレを見つけると、逞しい腕でしっかりと抱き締めた。
「無事で良かった…!」
この男は誰だろう?混乱するオレを抱き締めたまま、男は語る。
「私は君のお父さんと友達だったんだ。君の保護を頼まれたが、迎えが間に合わなくてね。ずっとずっと、探していたんだよ」
父上の友達。そう言われて、微かに記憶にひっかかる物があった。
そうだ。
父上にも紹介された。
薔薇色の瞳の、厳しくも優しそうな男を。
「また会えて良かった」
そう言いながら、オレの目を見つめる瞳。
それは、昔と同じ綺麗な薔薇色をしていた。
その男に連れられて外に出る前。
オレは真剣な眼差しに射抜かれながらこう言われた。
「悪いが、その名前は捨てて欲しい」
もう同じことが起こらないように。
誰も傷つけないように。
争いを生まないために。
そして、あの男に見つからないように。
「もう二度と、名乗ってはいけないよ」
その言葉に、オレはしっかりと頷いた。
***
「この子の名前だが、リリーが付けてくれないか?」
「ええっ!?」
突然のお父様の発言に、私は心底驚いた。
そんな猫の子じゃあるまいし、人の名前を付けるなんて、ましてやそれが推しだなんて、畏れ多すぎる!!
「今後は家族だと思って過ごして欲しいからね。リリーが呼びやすい名前で良いんだ。正式な名前はこちらで決めるから負担に思わなくて良い」
お父様に背を押され、私は彼の目の前に立たされる。
彼は静かに黙ったまま、私のことを見つめていた。
どうしたら良いか分からず、私は思わず俯いてしまう。
私の大したことない頭脳は、目茶苦茶に動いていた。
何か名前になりそうな言葉を探すも、なかなか思い付かない。
そんな中ひっかかったのは、SNSで見かけた彼の呼称だ。
【シヴァ】
シルバーグレイの編み込みを見て、誰かがそう名付けて呼んでいた。
他にも彼の仮名はたくさんあった。
瞳の色から、「ブルー」だったり「スカイ」だったり。
二次創作ではオリジナルの名前を付ける人もいて、その良し悪しや是非で論争が起こることもあったはずだ。
そんな中、世界観を壊さない且つ彼のクールなイメージに合ったその名前が、妙に私の記憶に残っていた。
「……シヴァ」
小さく呟いた言葉に、お父様がよく聞こえなかったのか再度言うよう促してくる。
目の前の彼も、きょとんとした顔で私を見つめた。
「シヴァ。……シヴァがいいわ」 二人に見つめられて、恥ずかしくなった私は思わずお父様の後ろに隠れた。困ったように笑ったお父様は、優しく私の頭を撫でてくれる。
その手は大きくて、温かくて、生前のお父さんのことを思い出させてきて、つい目頭が熱くなってしまう。
涙目になって顔を赤くしているのを、照れていると判断したのだろう。
お父様は撫でるのを止めると、彼に視線を向けた。
「シヴァが良いらしい。君はどう思う?」
その言葉に、彼はぎゅっと服を握りしめながら答える。
「それで良い」
「そうか……良かった!」
急に引き寄せられ、彼と共にお父様にきつく抱き締められた。
少し息苦しく感じるも、すぐ傍にあるお父様の嬉しそうな顔に何も言えない。
「君らは、私の大事な子供達だよ」
その言葉に、頬が熱くなる。
そして、ふと思い出した。
リリアンナは、決して実家を取り潰すような真似だけはしなかったことを。
お父様を使ってヒロインの家門を追い込むことはしても、悪事でお父様の手を汚さずにいた。
人前では常に清く正しく美しく、品行方正であろうとしていた。
表立って素行の悪さを露出させたり、トラブルを起こさなかったのは、きっとお父様のためだ。
どれだけ男嫌いでも、父親だけは裏切れなかった。
こんなに良い父親なんだもん。そりゃそうだよね。
「家族だと思って、仲良くしよう」
ふと、隣の彼と目が合う。
すぐに目を逸らされてしまうが、赤く染まった耳が照れているだけだと伝えているようで。
「シヴァ! わたしたち、かぞくになるのよ!」
あまりの可愛さに私はぎゅっと彼に抱き付いた。
私達が仲良くしているのに気を良くしたのか、お父様が頭を撫でながら額にキスをしてくれる。
幸せだ。
本当に、絵に描いたような幸せ。
新しい家族になった大好きな推し。優しく温かなお父様。
生活に困ることの無い豊かな資産と、揺るぎ無い地位。
前世ではこんなに幸せが揃ってることなんて無かった。
こんなに満たされたまま死ねるだなんて、私はなんて幸せなんだろう。
本当に、良い夢だ。
良い夢の……はずだったのに。
ロミーナの表情は晴れやかで、セドリックも嬉しそうに笑みを返す。「そこにいたのネ。二人共」声をかけられて振り返ると、ヤコブとドミニカが立っていた。ライハラ連合国の伝統衣装を二人とも着ている。ドミニカはヤコブを国に連れ帰る気まんまんらしい。しかし、ヤコブはそれで納得しているようで、少し嬉しそうに彼女と腕を組んでいた。「探しちゃったワ。私がいないト、周りがうるさいかもしれないかラ」そう言いながら、ドミニカはぐいぐいとヤコブの腕を引っ張ってロミーナの隣に並ぶ。ヤコブはそのまま大人しくついて行く。前世でも、かかあ天下だったのが目に浮かぶようだ。実際、私達やドミニカの登場でロミーナへの嫌味な視線や陰口は鳴りを潜めていた。そりゃ、友好国となったライハラ連合国の令嬢と、養女になった成績優秀者。文句なんて言おうものなら外交問題だ。そんな様子を見て、私はほっと胸を撫で下ろした。「良かったな」「ええ」シヴァも二人を見て口元が緩んでいる。身分差のことなどを考えると、彼も結構ロミーナに同情と共感を覚えていたのかもしれない。そんな彼女が、なんとかああやって幸せそうにしているのだ。安心したことだろう。それからメロディと共に談笑しながらケーキや軽食を摘まんでいると、一斉に楽器が鳴らされた。王族入場の合図だ。私達は手を止めて、ホールの上座を見つめた。壇上のカーテンが開けられ、王族達が顔を出す。そこにはアレクサンドと腕を組んだイザベラもいた。お揃いの黄金色のドレスが目に眩しい。きっちりと髪をアップに結い上げたイザベラの蜂蜜色の髪に、よく似合っている。陛下と王妃様が玉座に座り、奥の左右の席にアレクサンドとイザベラ、レオナルドがそれぞれ座った。「……行ってくる」「私も、失礼しますね」
「リリアンナ嬢! こんばんは!」振り返れば、メロディが立っていた。今日の式で正式に魔導士団への入団が認められるのだ。彼女もまだデビュタント前だが呼ばれていたようだ。華やかな桜色のドレスが、ストロベリーブロンドによく似合っている。赤い花模様や黒い手袋はステファンの色だろうか。ステファンから贈られたのだろうと想像すると顔がにやけてしまう。「イザベラ嬢がいないんですけど、どこに? せっかくだからご挨拶したくって」「アレクサンド様の婚約者として一緒の入場なんでしょうね。彼女はもうデビュタントも終わっているし」私の言葉にメロディは納得したように頷いた。「ステファン様は?」「今日は側近としてアレクサンド様の護衛に……お仕事なのでしょうがないですね」少し気にしていたのか、寂しそうに笑う。そんな彼女を励まそうと、私は耳元に口を寄せた。「仕事をするようになれば、ずっと一緒にいられるわね」「はい!」私の言葉にメロディが笑顔を取り戻す。その様子を見て、パートナーのいない彼女と一緒に過ごすことに決めた。メロディは私達のことを、キラキラとした目で見ている。彼女には話したし、昔馴染みであり秘密の関係だった私達が並んで立っているのが興味深いのだろう。三人で一緒に談笑していると、シヴァから腕をつつかれる。何事かと思い顔を上げると、彼の視線の先。壁際の隅の所に二人で立つ、セドリックとロミーナが見えた。明らかに人目を避けている。まあ、裁判でドミニカの家の養子になると伝えられたとはいえ、犯罪者の娘という周囲の目は変わらない。ロミーナとしては気まずいだろう。メロディにも合図をして、私達は彼女達の所へ向かった。このまま俯いて過ごすなんて、そんなのダメだ。見過ごせない。近づいてみると、二人は何
この前送られてきたプレゼントがこれだった。美しい白いシルクに白銀の刺繍が入れられたドレス。露出は控えめでシンプルながら、ドレープの美しさと淡い紫色のグラデーションが映えている。胸元や腰にあしらえられたリボンや宝石は、シヴァの瞳と同じ空色だ。このドレスに合わせて、髪は項が見えるようにまとめてもらった。編み込まれた空色のリボンと、長く垂れた白いシフォンが花嫁のベールのように靡いている。互いの色を纏ったお揃いの衣装だ。誰がどう見ても、ここがペアと言うのは分かるだろう。実際、私が入場してから視線を向けていた男性達が、シヴァの登場と同時に一斉に目を逸らしたのだ。シヴァの所に居た女性も同様。まあ、公爵令嬢とアレクサンドに認められた元王子という組み合わせには、誰も入り込もうと思わないだろう。ずっと、こうなりたかった。公の場で、私にはシヴァしかいないし、シヴァは私のものなのだと胸を張って主張したかったのだ。「ご機嫌だな」「だって、ずっとこうしたいって思ってたんだもの」小声で囁き合う私達を、傍にいたお父様が微笑ましそうに眺めている。そんなお父様に笑顔を向けると、邪魔にならないようにか他の貴族との社交に行ってしまった。これで完全に二人だ。「王宮では何をしていたの?」「この後の爵位授与式の打ち合わせやら、アレクサンド殿下の側近になるのにどこ配属になるとか」「なかなか忙しそうね」「まあな」そう呟くと、シヴァはまじまじと私のドレスを眺めた。「……合間にデザイナーを呼んでオーダーメイドしたんだ」私も一歩離れ、くるりと1回転して彼にお披露目する。そんな忙しい合間に、こんな素敵なドレスを準備してくれていたのだ。彼には感謝しか無い。「リリーによく似合ってる」「ありがとう! シヴァも凄く素敵よ」お互いに褒め合うと
ドミニカの邸宅には、ヤコブも来ていた。彼はドミニカの私室でコーヒーを飲んでいる。「……やっぱり、苦い」「まだまだ改良が必要ね」渋い顔をしているヤコブを見て、ドミニカは眉を顰めながら何かをメモしていた。そんな彼女をチラッと見ると、ヤコブは再び目を逸らす。ドミニカは役目を終え、もうすぐ帰国する予定だ。学園も、もうとっくに留学を終える通知を出している。二人が会えるのは、後数日しかない。……まあ、ヘルトル家の了承を得たら、結局ヤコブがドミニカの所へ行くことになるのだが。「パーティまではいるんだっけ?」「そうよ。ロミーナのことも見届けて、お父様に報告しないとね」「……申し訳ないな。我が家はレスピナス家よりも家格は下だし、経済力もない。せっかくのパーティなのに、何もあげられないや」少し落ち込んだように呟くヤコブは、ぐいっと残りのコーヒーを飲みほした。空になったカップを机に置くと、いつの間にかドミニカが目の前にいた。「何言ってるのよ。私が貴方に与えるのよ。大人しくプレゼントを待つような、そんな女々しい人間じゃないのは知ってるでしょ?」いつの間にか、ドミニカは手袋を外していた。素肌で、そっとヤコブの頭を抱える。「今度は百年一緒に生きましょう」「人間の寿命はせいぜい120年。この世界の医療技術から考えても、せいぜい70歳がいいところ……」「もう! 情緒がない! それでも乙女ゲーム制作者なの⁉ 寿命なら私が研究して伸ばしてやるわ!」「痛い痛い痛い……」抱きしめたヤコブの頭部をドミニカがきつく締めあげる。頭蓋骨の悲鳴を聞きながら、ヤコブはパタパタと降参するように腕を動かした。***
「……懐かしいですね」「ああ」その路地は、二人が出会った場所だ。男達に囲まれても負けずに立ち向かい、子供を守ろうとした少女。それがメロディだった。メロディは今もあの頃と変わらない明るい笑顔を見せてくれる。それが、ステファンにとってはありがたかった。「あ、お姉ちゃん!」声がして振り返ると、そこにはあの時の子供がいた。二人を見て走ってくるその子は、あの時よりも随分体格が良くなっていた。明らかに痩せいていた過去と違い、今は頬もふっくらと丸みを帯びている。「あれ? 今日はあの時のお兄ちゃんも一緒だね。あの時はありがとうございました!」背の高いステファンを見上げて、子供は笑顔でお礼を言う。そんな様子を見て微笑むと、ステファンは地面に膝を付き子供と同じ目線になる。彼に頭を撫でられ、その子は嬉しそうにしていた。「あれからたまに様子を見ていたんです。お父様がご病気で働けなくてこの子も仕事に出ていたそうですが、今は全快して働く必要もないようです」「教会でお勉強したりしてるよ。あとは、家のお手伝い」「また今度、遊びに行かせてね」「うん!」遠くから名前を呼ぶ声が聞こえる。子供は顔を上げると、慌てて声の方へ駆けていった。もちろん、メロディとステファンに向かって手を振ることも忘れない。笑顔で元気に手を振り返すメロディを、ステファンは温かい目で見守っていた。視線に気づき、メロディははっと動きを止める。「あ、寄り道しちゃってすみません! 大荷物も持っているのに……」「いや」メロディは慌てて箱を持ってあげようとするが、ステファンは荷物を高く掲げて彼女の手に届かないようにした。そのままの勢いで、メロディが彼の胸に飛び込んでいく。「……惚れ直した」耳元で囁か
昼食の時間。いつものメンバーが顔を合わせる。セドリックとマルグリータも合流し、一気に賑わいが増してきた。今日は私の復帰祝いなのか、食事もいつもより少し豪華な気がする。「お帰りなさい、リリアンナ嬢」「ただいま。セドリック様は、ロミーナとの関係はどうなの?」「父上には婚約申込書にサインしてもらってましたからね。黙って提出してしまおうかと」「……それ、怒られないかしら?」ちょっと心配ではある。確か彼は父親だけで母親はいないはずだ。その唯一の親と揉めなければいいのだが。ロミーナに落ち度はないとはいえ、罪人となったアマトリアン辺境伯の娘。しかも、ライハラ連合国に養子にもらわれていった娘だ。結婚して嫁ぐのは簡単ではないだろう。そうはいっても、セドリックの表情は明るく、嬉しそうだ。二人でなら、なんとかやっていけるのかもしれない。「セドリック様も、この一年ずっとソワソワしていましたから。今は嬉しそうで安心しましたわ」マルグリータが隣で笑っている。乳白色の髪を今日は下ろし、アップルグリーンのカチューシャを付けている。シンプルな髪型だが、元が良いのでよく似合っていた。「そういえば、メロディ嬢の方はどうなっているの? ステファン様との婚約の件」メロディは話を振られて、頬を赤く染めて慌てている。ロミーナという婚約者がいたため、変な噂が出る恐れもあり二人の関係はずっと進まずじまいだった。元々ステファンが奥手というのもある。ゲームではロミーナを断罪したことで、正義はステファンにあると明確に示され誰からも反対されることはなかった。しかし、今はそうはいかない。とはいえ、もう婚約解消してから約一年が経つのだ。その間にこれだけの騒ぎが起こったし、もう二人が婚約したところで変な噂は立たないだろう。「えっと…&hell