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第2話

مؤلف: 水無瀬ちよ
last update تاريخ النشر: 2026-03-02 19:51:48

これは夢だろうか?

立ち止まりながら、そう私は思案した。

私は佐藤穂香。

父子家庭で育った16歳の女子高生。

決して贅沢は出来ない生活の中で、幼馴染み兼親友の相羽優子ちゃんが貸してくれるゲームや漫画がいつもの楽しみだった。

「これ、面白いんだよ!」

ある日、いつも以上に興奮して貸してくれたゲームが【英雄の学園と鎮魂の歌】だった。

【英雄の学園と鎮魂の歌】

ゲーム内の主人公となり男性4人との恋愛を楽しむいわゆる乙女ゲームというもの。

一般人だったはずの主人公は貴族の娘だったことが発覚し、貴族の子女達が集まる魔法学校へ編入することとなる。

ゲームの特徴は恋愛要素と同じくらい力の入った育成要素。

授業や自主練習できちんとステータスを上げないと落第してしまいゲームオーバーになる上、規定以上の数値でないと恋愛イベントも起こらない。

クリアはなかなか大変だったが、それ故に主人公に思い入れがあってプレイするのはとても楽しかった。

それは優子ちゃんも同じ。

普段は遊ばないはずの乙女ゲームというジャンルだったが、元々好きだった育成ゲームに近いおかげですんなりゲームを始められた。

今回、突然このゲームを買ったのは、表紙のキャラクターの一人に一目惚れしたのだとか言っていた。

私も同じく、このゲーム内ではじめてキャラクターに一目惚れをした。

今まで見てきた様々な漫画やゲームのキャラクターの中で、一番の推し。

そう言えるくらい大好きで夢中だった。

豪華な声優が配役され、美麗な立ち絵も付き、人気キャラクターランキングで上位にいながら、名前すら出なかった【死にキャラ】。

リリアンナ・モンリーズの最側近の侍女。

冷静沈着なメイドでありながら、その正体は元暗殺者の青年。

彼は男嫌いのリリアンナに無理矢理女装することを強いられた、彼女の被害者の一人だ。

ゲーム内の主人公が彼と会話することにより、リリアンナの弱点が暴かれていく。

彼と会話するためだけに、何度第一王子ルートを周回したか分からない。

「行こうか、リリー」

お父様が私の手を握り直す。

手袋越しからも伝わる逞しくてしっかりした手のぬくもりは、穂香だった頃のお父さんを思い出させた。

これはきっと夢だ。

あの時、確かに死んだはずの私がこうしてリリアンナになり、どこかに行こうとしている。

「会わせたい人がいるんだ」

そう話すお父様の目は輝いていて、とても嬉しそうだ。

私を連れていく先には、不思議とあの彼がいるような気がした。

これはきっと、ただの夢。

死んだはずの私が死に際に見ている夢。

そこであの彼と実際に会って、話が出来たらどれだけ嬉しいだろう。

神様も最後に少しくらい良いことをしてくれるものだ。

恭しくメイドさんが開けてくれた扉の中は広くて豪奢な応接室だった。

微かに見覚えがある気がするのは、ゲーム内でリリアンナの家を訪ねた時に背景として使われていたからだろう。

深紅の絨毯を踏み締め中へ入ると、落ち着いたソファに座る人物がいた。

今の私よりも少し年上に見える、冷たい目をした男の子。

いや、服装からそう思えるだけでドレスを着れば女の子と間違えるだろう。

それほど中性的な顔をした、可愛らしい男の子だった。

俯き伏せたまつ毛から覗くのは、鮮やかな空色の瞳。

つい最近切ったのか、綺麗に切り揃えられたシルバーグレイの髪は艶やかで枝毛一つ無い。

それを見て、始めて私は女装時の彼が黒髪のウィッグを被っていたことに気付いた。

ウィッグが外れ難いよう編み込まれた髪が、地毛だったのか。

しかし、黒髪でもシルバーグレイでも、彼が美しいことに変わりはない。

つんと唇を尖らせた彼は、無表情ながら少し不機嫌にも見える。

お父様と私が近づくと、彼は目線をこちらに向けた。

一瞬目が合ったと思うと、その視線はお父様の方へ向く。

そのほんの一瞬だけで、私の心臓が跳ね上がるには十分だった。

本物だ。

幼少期とはいえ、何度もゲーム画面で見ていた彼が目の前にいて動いている。

もうこれだけで、目に見えない神様に平伏低頭したって構わない。

神様ありがとうございます!

膝から崩れ落ちなかっただけで、今の自分を褒めてあげたい。

「リリー? 聞いてるかい?」

しばらく呆けていた私に、お父様が声をかける。

「な、なんでもありません。あまりにもおきれいだったから、びっくりしました」

自然と口からはお嬢様言葉がこぼれ出る。

自分で聞くと不自然に感じるのに、妙に馴染んだ話し方は嫌ではない。

「そうか。この子は、私の親友の子供でね。親友が亡くなった騒ぎで行方不明になっていたのを、最近ようやく見つけたんだ」

なるほど。

ゲームでは何故彼がリリアンナと共にいたのかは詳しく語られなかった。

彼の父とリリアンナの父が親友同士で、亡くなった親友の忘れ形見を預かったということか。

「この子は行く先が無いからね。うちで預かろうと思うんだ」

「おとうさまのこになるの?」

「いや、事情があって養子には出来ないんだよ。だから、使用人の一人という扱いにするつもりなんだが」

貴族の父の親友ならば、彼の両親も何らかの地位があったに違いない。

養子として迎えてしまえば済んだ話なのに、彼がリリアンナの侍女になっていたのは不思議だった。

それが無ければ、きっとリリアンナに女装を強要されて肩身の狭い思いをしなくて済んだだろうに。

「養子という制度をよく知っていたね? 聞かれなかったら、その辺りは説明しなくても良いかと思ってたんだが」

「メ、メイドのジョセフィーヌがそんなことをいってました」

「へえ? 子供の前でするような世間話では無いだろうに。偶然聞いてしまったか。……ジョセフィーヌなんてメイド、うちにいたかな?」

ゲームや漫画で知りました! なんて言えるわけがない。

首を傾げつつ、しゃがみこんだお父様は彼と目線を合わせた。

「前にも話したが、この子が私の娘のリリアンナだ。今日から一緒に暮らすことになる」

「リリアンナ・モンリーズです」

二人に視線を向けられ、緊張しながらぺこりとお辞儀をする。

この体に染み付いているのか、お辞儀と共にまだ少しぎこちないカーテシーをすることは忘れない。

彼の視線が私に向く。

綺麗な空色の瞳に、私はどう映っているのか。

考えただけで顔が赤くなりそうで、私は必死に冷静さを保つ。

「そう」

短い相槌が、彼が始めて発してくれた物だった。

これが将来あのイケボになるなんて不思議に思えるほど、清んだ声。

推しの幼少期の声が、聞けた。

それがたまらなく嬉しい。

思わず顔を上げて満面の笑みを浮かべてしまった。

「よろしくおねがいしますわ!」

彼は少し驚いたように目を見開くと、すぐに目を反らす。

どうしたのかと心配になったが、その頬が微かに赤みを帯びているのを見て照れているのだと察する。

なんて可愛いのだろう。

「あなた、おなまえは?」

ゲーム内でも、彼はメイドとしか表記されず、どこにも名前が無かった。

どんな名前だろうかと、SNSで彼を推している女性達が想像を膨らませた話をよくしていた。

私もその輪に参加していたのだ。

気にならないわけがない。

内心ワクワクしながら返事を待つ私に、お父様が困ったような笑みを向けた。

「悪いんだけどね、リリー」

私の肩にお父様が手を乗せて、目線を合わせる。

その後ろで彼は眉を潜めて俯いた。

「この子には、名前が無いんだよ」

名前が、無い?

それはゲームの設定がそうだったとか、そんな話ではなく?

名前が無いなんて、そんなことってあるの!?

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