再会した幼馴染は狂犬極道若頭になっていた上、なぜか私を飼い主と呼んで逃がさないのですが?~契約結婚から始まる極上溺愛~ のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

56 チャプター

「若頭」と「お嬢」

「俊!」 駆け寄ってきた女の人に、俊くんは露骨に嫌そうな顔をした。「今日はどうしたの?」「ちょっとおやじに用事がありましてね」「パパに?」 ことん、と首をかしげる仕草が可愛らしい。 こんな美人に嫌な顔をするなんて、俊くんってばどうしたんだろう。 今だって普通の会話しかしていないように見えるのに。「新しいシノギの話? 昨日、下のやつらをボコボコにしたって聞いたけど」「まあ、ちょっとオイタが過ぎましたからね」「勝手に色々やってたみたいだものね? でも悪気があったわけじゃないんでしょう」「だとしても、まずは俺に断りを入れてもらわないと。メンツってもんがありますから」「そういう古い話、好きよね!」 女の人は明るく笑った。 なんだか、その笑顔を見ていると、じっとりとした感情が湧いてくる。 別に、何か悪いことを言っているわけでも……、ああでも、シノギってことは、何か悪いことなのかも?  そこまで考えて、彼女が話しているのが、昨日のことだということに気がついた。 気がつくと、思わず体が震えてしまう。「大丈夫か?」 途端に俊くんが声をかけてきた。「う、うん」 うなずくけれど、すぐに震えが止まるわけもない。 ワンボックスカーに押し込まれて、雑居ビルに連れていかれて……。 俊くんが助けに来てくれなかったら、私、どうなっていたんだろう。 あれがやくざのシノギってことは、ああいうことがたくさんあるってこと?「その子は?」 色々な思いを飲み込んでいる私を、女の子がのぞき込んできた。 ――怖い。 とっさに、私は後ずさった。 笑顔なんだけど、なんだか、どうしようもなく怖かった。 底知れない、っていうのかな。 俊くんに向けているのと同じ笑顔なのに、明らかにニュアンスが違う顔をしている。「ねえ俊、紹介してよ」 可愛らしくおねだりしている調子なのに、可愛いおねだりというよりは、命令みたいに聞こえた。「俺のオンナです」 俊くんは短く答える。 それを聞いた瞬間、女の子の顔が歪んだのが分かった。 般若みたいな顔になった。 でもそれはほんの一瞬のことで、また元通りの笑顔に戻る。「俊の? どこかのお店の子?」「違いますよ」「じゃあ素人ってこと?」「ええ」「どうして、急に素人を連れてきたの? 俊には私がいるじゃない」 女の人は
last update最終更新日 : 2026-03-27
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結婚の報告

 気まずい気持ちのままでうつむいている私に、俊くんも女の子も何の説明もしてくれなかった。 ときどき俊くんは私のほうを見て、気遣っているような顔はしてくれたけど……。 なんで私はここにいるんだろうって、ちょっとだけ落ち込んだ。 目の前では俊くんの腕に女の子が腕を絡めに行っている。 俊くんは身を引いて逃れようとしているようだったけど、逃げられてはいなかった。「どうした?」 そこに、大柄な男の人が顔を出す。 周りが急に緊張した雰囲気になる。「パパ!」 女の子が声を上げて俊くんから離れた。 男の人に駆け寄って行く。「ねえ聴いて、俊が素人を連れてきたの」「素人を?」「昔の知り合いです」 俊くんが頭を下げる。「へえ」 男の人はそう言うけど、目が笑っていなかった。 私を値踏みするような目つきで見つめている。「それで、そのお嬢ちゃんを連れてきて、どうするつもりだ?」「結婚の報告に着ました」「ちょっと! 俊には私がいるのに!」「聡美」 男の人が、叫ぶ女の子を制した。「でもパパ……」「俊だって悪気があってのことじゃあねえだろう。なあ、俊? 娘の気持ちはわかってて、それで言ってんだよなあ?」「はい。わかっていますが……、でも俺はお嬢の相手が務まるような器じゃありませんよ」「器ってなに? 私は俊がいいって言ってるのよ」「俺には荷が重いって話ですよ」「何よそれ、酷い!」 聡美さんは膨れて、男の人にすがってしまった。 一触即発の雰囲気、ってこういうことを言うのかな。 ちょっとでも動いたら爆発してしまいそう……。「俺の娘を振る覚悟ができてるってことか?」「俺が堅気だった頃から好きだった娘なんですよ」「へえ……。お嬢ちゃん、俺は角鵜野組で頭をやらせてもらってる権蔵ってモンだ。お嬢ちゃんは俊のことを知ってて、それでついてきてるってことかい?」「は、はい……。美作幸子です。俊くんとは結婚を前提にしたお付き合いをさせていただくことになっていて……」 言いながら、だんだん語尾が弱くなっていく。 相手は肉食動物で、私はただの野ねずみだった。いつ口を開けて食らいつこうかと狙っているかのような顔。 ――怖い。 そう思って俊くんを見る。「大丈夫」 俊くんは、言って私の肩を抱いた。「親父、そんな脅かさないでくだ
last update最終更新日 : 2026-03-29
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角鵜野組という場所

「おい、その辺にしとけ」 そう言って止めに入ってくれたのは意外にも組長さんだった。 しぶしぶといった様子で聡美さんが私から離れる。 「俊以外にいい男を見繕ってやるから」 「なんでそうなるわけ? パパの馬鹿!」 叫ぶと、聡美さんは走っていってしまった。 「はは…、悪いな。すっかりワガママに育っちまった。お前と結婚して落ち着いてくれたらと思ったんだが」 「俺じゃあ、お嬢には勝てませんから」 「それもそうだったな」 揉めるのかと思ったけど、意外と和やかなやり取りだった。 これなら、挨拶って言っても大丈夫なのかな? ホッとしかかったそのときだった。 「で、お嬢さん。あんた、覚悟はあるんだろうな?」 「か、覚悟?」 「俊はうちのーー角鵜野組の若頭だ。大勢をまとめる男ってこった。お前さんにそれ支える覚悟はあるんだろうな?」 「それは……」 改めて尋ねられると正直自信がなかった。 いったい何をすればいいのかもわからない。 そもそも私はたいした職歴もない。 高校を卒業してすぐに働き始めた。 最初の職場では事務をしていたけれど、職場に嫌がらせの電話がかかってくるようになってクビに。 それからは職を転々とした。 どこに決めてもすぐに突き止められて、クビになるか自分から退職するか。 どこも長続きしないまま、気がつけばコンビニ店員に。 コンビニは意外と嫌がらせに強かった。 外国人スタッフも多くて、嫌
last update最終更新日 : 2026-03-30
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組長さんとの会食

 やくざの組長さんとの会食なんて、どんなところへ行くんだろう。 不安に思っていたけど、連れていかれたのは鉄板焼のお店だった。「よかった……」 思わず本音がこぼれる。「どうした?」「鉄板焼なら、普通に食べられそうだなって。すごいお店とかだと、どうしたらいいかわからないから」「ああ……。なら、今度コース料理の店にも行っておくか?」「えっ、別にそんな」 おねだりしたかったわけじゃないのに。 あわあわしているうちに、席に案内された。「わ……」 案内された席を見て、私は思わず声をあげてしまった。 だって、すごい席だ。 部屋の壁がほとんどガラスみたいになっていて、外の景色が一望できる。「どうした? 高いところは嫌いだったか?」「い、いえ」 座りながら尋ねてくるオヤジさんに、私はぶんぶん首を振った。 高いところ、別の意味では苦手だけど……。「すごいですね」 それくらいしか言えなかった。 だって、私が想像していた鉄板焼とは全然違う。 私が想像していたのはもっと庶民的な店だった。 お好み焼きを出すところみたいな。 でもここは全然違った。 カウンターの前の部分が大きな鉄板になっていて、シェフみたいな感じのひとが一人真ん中に立っている。「ここはモノもいいんだ」「そうなんですね」 そう答えるのが精一杯だった。 絶対、いい小麦を使ってるとか言う話じゃないことだけはわかる。 ドン、と大きな塊肉が運ばれてきたかと思うと、それが分厚くすらいすされていく。「わあ……」「肉は好きか?」「は、はい」 組長さんに聞かれてうなずいたけど、恥ずかしくてたまらなかった。 いくらびっくりしたからって……。「可愛いやつでしょう?」 それなのに、俊くんはにこにことしている。「そこにほれたってわけか」「ええ、そうなんですよ」 にこにこと会話する二人を眺めながら、私はぼろを出さないように縮こまっていた。 そういうところも何も、私と俊くんに関わりがあったのは小学生の頃。 給食くらいでしかご飯を一緒に食べたことはない。 昨日だって、お酒を飲みながら少しつまみはしたけど、あまりのできごとにめまぐるしくて疲れていて、食欲なんてすっかり忘れていた。「アンタ、肉は好きかい」「あまり食べたことがなくて……」「へえ、ならたくさん食べていくといい」
last update最終更新日 : 2026-03-31
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初めて感じた危機

おいしいものを食べているはずなのに、何も食べている気がしない。ウーロン茶で口の中の油を洗い落としながら、私はマナー違反だとは知りつつも、いったん化粧直しにと席を立たせてもらうことにした。ぴかぴかの廊下を歩いて、化粧室へと向かう。あまりにもきれいすぎて、やっぱり私は場違いだ。ただ歩いているだけなのに、私は縮こまりたくなった。自分はここにふさわしくない。そんな気がする。「なんでこんな気持ちになっちゃうんだろう」自分でも嫌になる。俊くんも組長さんも、私を喜ばせようと思って連れてきてくれただけなのに……。「はぁ……」ため息をつきながら、私は化粧室へと体をすべりこませた。化粧室は個室になっていて、思ったよりも広々としている。中は明るくて、鏡は私の頭を遥かに越えていくくらい大きい。鏡の回りにはテレビで見たことがある、女優さんの顔を照らすみたいなライトがついていた。「化粧するための場所みたい」間違ってはいないんだけど。ここがそのためだけの場所じゃないのは、誰だって知っている。私の後ろには白い便器が映りこんでいて、なんだかシュールだった。「顔、ひどいな」そんな明るい場所だったから、化粧が崩れているのがよくわかった。よれたファンデをなんとかなおして、ぼやけた顔を作り直して。普段はこんなに真剣に化粧なんかしないのに。鏡を前に、私はすっかり真剣だった。「……こんなもの?」鏡の中にいる私は、いつもよりはちょっと顔色がいい。メイクで劇的に美人になるなんて、そんなの、もとがいい人の話だ。私には縁がなくて当たり前。そう自分に言い聞かせながら、私は化粧室から出ようとドアノブに手を掛けた。「……え?」動かない。鍵をかけているからかと思ったけど、鍵はドアノブについているタイプじゃないし……。回すタイプのドアノブなら、逆だってこともあるけど、ここはそんな古いタイプのドアノブを採用していない。下に押して動かすタイプだ。「何かひっかかってるの?」でも、外には何もなかった。きれいな廊下だったから覚えている。倒れてきそうなものもないし……。「すみません、誰か! 誰かいませんか!」ドアをどんどんと叩いた。それでも誰の声も帰ってこなかった。そういえば、来る途中も、人の声はしなかった。きっとここは、防音がしっかりしているってことなんだ。「誰か!
last update最終更新日 : 2026-04-02
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迫る危険

もう、何をしても無駄な気さえしている。私はドアによりかかりながら、ぐったりとして、痛む腕を押さえていた。叩いても叫んでも誰も来ないし、小窓に届いたとしても外には出られそうにない。八方ふさがり、というのはまさにこのことだった。「どうしたらいいんだろう……」多分、しばらくすれば俊くんが来てくれるだろうけれど。そう思ったら、パニックになっていた自分が恥ずかしくなってきた。閉じ込められたって言ったって、ここはお店の中で、絶対に近くには誰かがいるんだから。誰も気づいてくれないなんてことがあるはずはない。「大人しくしてたらよかった……」そうぼやいた瞬間、外からドアがガチャガチャされたかと思うと、無造作に開いた。「きゃっ」 もたれかかっていた私は、そのまま床に転がってしまう。「大丈夫か?」自分で起き上がるよりも先に助け起こされた。見ると、知らない男の人が私を抱き起している。「す、すみません」慌てて自分で起きた。トイレの床に転がっているなんて、あまりにも変な女だ。そんな様子を見られてしまったことが恥ずかしくて仕方がなかった。「気にするな。それより、あんた――美作幸子、だよな?」「えっ?」急に名前を呼ばれて、私は身をこわばらせた。どうしてこの人、私の名前を知っているの?「一緒に来てもらおうか」「な、なんで? あなた誰ですか?」 引きずられながら、私はパニックになっていた。 相手が誰なのかなんてどうでもいいことのはずなのに。そんな私がおかしかったのか、男がニヤニヤと笑う。「どこに行くつもりかは聞かなくていいのか?」「ど……、どこに行くつもりなんですか?」「教えると思ったか?」馬鹿にしたように言い、男は私の頭にばさっと何かを被せた。これは――布の袋?息はできるし光はうっすらと入って来るけど、周りは何も見えなくなっている。手足をばたばたさせてみるけど、男の人の身体はびくともしない。私はただ引きずられていくしかなかった。「何が目的なんですか!?」とにかく叫ぶ。だってここはお店の仲なんだし、大声を上げていれば誰かの耳に入るはず……!「うるさい、黙れ!」口を押えられ、私は何も言えなくなってしまった。叫ぼうとしても、むぐむぐ、もごもご、くぐもった音が出るだけだった。
last update最終更新日 : 2026-04-03
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誰か助けて……。

暴れているうちに、ぐっと首を絞めつける腕に力がこもった。息ができない。じたばたとしているうちに、ドガッと音がした。地面に投げ出される。「な、何?」腕が外れた。袋を取って、めいっぱい息を吸い込む。見ると、さっきまで私を連れ去ろうとしていた男は俊くんに胸ぐらをつかまれていた。顔が真っ赤になっている。「や、やめて!」思わず叫んで俊くんにすがった。私をさらおうとしていた悪いやつなのは間違いがない。でも、だからって、殺しちゃったらよくない!「かばうのか?」「そうじゃないけど、人を殺すのは良くないよ。えっと……お店の人にも迷惑だし!」どう止めるのが良いのか分からなくて、私は一所懸命に俊くんに向かって訴えた。俊くんははぁ……とため息をつく。「別に、ここだったら何したって大丈夫さ。慣れてるよ」「そんな……」でも、言われてみればそれもそうだ。やくざがよく使う店なんだから、何かあったってそれはよくあることなのかもしれない。じゃあ、どうしたらいいんだろう?少なくとも私は、俊くんにそんな、人を殺してほしくはない……。「ええと、その人がどこの誰で、誰に頼まれたとか、そういうのは?」「それって必要あるか?」「ある……んじゃない? だって私、こんな人に襲われる心当たりはないし……」「聞かなくてもわかってるけどな」「……え?」「いや、聞いておくか」俊くんが笑顔で言う。どういうこと……?「おい、どうしたんだ。そいつは?」困惑していると、そこに組長さんもやってきた。「幸子を攫おうとしたんですよ」「へぇ? お前のオンナを?」「痛めつけてやるつもりです」「好きにしな。第3ビルを貸してやる」「恩に着ます」なんだか怖い会話が交わされている。これが、ヤクザの女になるっていうことなの?でも、原因が私なんだとしたら……。私がどうにかできることだったりしない?もう、どうしたらいいのかもわからないし、わけがわからなくて泣きたい気持ちだった。「怖かったら、家に帰ってていいぞ」「ええっと……」行くって、言うべき。止められるとしたら私だけなんだから。そう思うのに、何も言葉が出てこない。口の中がからからになっている。「大丈夫、お前は何も心配しないでいい。オヤジ、幸子のことは……」「信頼できる若いのに送らせよう」私を置いて、どん
last update最終更新日 : 2026-04-04
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訪ねてきたのは

怯えていても仕方がない。そう思ってやっとのことで立ち上がったのは、何度かインターホンが鳴ってからのことだった。でも、よく考えたらそれもおかしな話だ。普通はインターホンって、そんなに何度も鳴らすものじゃない。一度押して、しばらく待って、もう一度押して……、そんな感じに鳴らすものじゃない?そう思うと、やっぱり、普通の訪問者じゃなさそうだった。「何なの……」びくびくしながら、モニターを見る。そこに映っているのは、見覚えのある顔だった。「聡美さん?」昼間、組長さんの家であった時と同じ服だ。なんだ、と安堵しながらも、今度は別の不安に駆られていた。どうしてここを知っているの?俊くんの家なんだから、関係者である聡美さんが知っていてももちろん、おかしくはない。おかしくはないけど……。「……はい」怯えながら、通話ボタンを押した。『遅いわね』私が言った途端に、怒ったような声が返ってきた。「ご、ごめんなさい」『いいわ。許してあげるから、早く開けて』「俊くんなら今、いませんけど」『知ってるわよ。だから来たの』画面越しでもわかるくらい、聡美さんは苛立っている様子だった。本当ならドアを開けたくはない。でも、親分さんの娘さんに、無礼を働いたらダメだよね……?そう自分に言い聞かせて、思い切ってドアを開けた。「もう、さっさと開けなさいよ」挨拶するでもなく、当たり前みたいに聡美さんが入って来る。「すみません……」私は謝りながら、我が物顔で奥へと入っていく聡美さんの後を追いかけるしかなかった。「砂糖とミルクは1つずつね」ソファにど
last update最終更新日 : 2026-04-04
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ちょっとした意地悪じゃない?

ケトルを持って、俊くんが怖い顔で聡美さんを見ていた。「これが何なのか、知らないわけじゃないでしょう?」口調こそ丁寧だったけど、明らかに怒っていた。――怖い。そう思って隠れたくなるのに、俊くんは私と聡美さんの間にいる。ふたりのどちらからも、私は逃げられなかった。「聞いてるんですか、お嬢」聡美さんはふてくされたような顔で横を向いていた。彼女が何か、よくないことをしたのだということはわかる。でも、それが何なのか分からず、私は口を挟むことができずにいた。「……これ、電気ケトルなんだよ」それに気づいたのか、俊くんが私を振り返って言う。「電気ケトル?」「プラスチックだから、直火にかけたら溶ける。火傷するところだったんだ」「そうだったの? 知らなかった……」家ではそんなもの、扱ったこともなかったから。きっと新しい素材のやかんなんだって、そう思ったのに。「ちょっとからかっただけじゃない、馬鹿じゃないの?」「お嬢」俊くんが鋭く言う。「いたずらが過ぎます」「何よ! 電気ケトルくらい、普通知ってるでしょ? 知らない方がおかしいじゃない。コンロに載せたら危ないのなんか、誰だって見たらわかるでしょ」「なら、何で止めなかったんです」「それは……」聡美さんが口をむぐむぐさせた。「いたずらだったんだったら、危ないことになる前にそう言えばいいでしょう。なぜ黙っていたんですか?」「本気で直火にかけるとは思わなかったの」「どう見ても、火にかけようとしていたじゃありませんか」聡美さんは不貞腐れた顔で黙り込んでしまった。「……あの」思い切って、私は俊くんの袖を引いた。このまま言い争っていてもよくないし、何より、悪いのは私。聡美さんの言うとおり、このくらいの冗談を真に受けてしまう私の世間知らずさも問題だった。「私にけがはなかったし……」「当たり前だ。けががあったら、お嬢だってただじゃおかない」俊くんが私の指にそっと唇を寄せる。それを見て聡美さんが顔を真っ赤にした。わなわなと形のいい唇が震えている。「何よ! 見せつけて! 帰る!!」そう言うと、どかどかと足音を立てながら出て行ってしまった。「……まったく」俊くんがあきれたように言い、ケトルを置いた。それからつけっぱなしだった火を止めて、じっと私を見る。「どうしてあいつを入れたん
last update最終更新日 : 2026-04-05
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はじまる結婚生活、でも…

結婚式というものは、盛大にやるべきものらしい。よくわからないけど、そういうものなのだということだった。だから準備にも時間がかかるし、先に籍だけ入れようということになって、私と俊くんは市役所で晴れて書類上は結婚したのだった。「結婚って、こんなにあっさりできちゃうんだ」なんだか不思議な感じがする。母は父のことで、ものすごい苦労をしていた。離婚したがっていたようだったけど、なぜだかできていなくて……。どういう理由だったのか、子供だったからわからないけど。結婚がこんなに簡単なんだったら、離婚も簡単だったらよかったのに。それなら、母もあんなに苦労していなかったんじゃないのかな……・「どうした?」俊くんが私を後ろから抱きしめて言う。最近、彼はこうやって私に甘えてくることが増えた。飼い犬だなんて自分を表現してたけど、本当に大型犬みたい。人目がないところでは、こうやってすぐに甘えて来る。「ちょっと……両親のことを考えてたの」「挨拶に行かなくてよかったのか?」「うん……」私はうつむいた。本当は、お母さんにも挨拶にいくべきだったってわかってる。でも……私が、やくざの若頭と結婚するなんて知ったら?そうしたら、お母さんは絶対に反対するに決まってる。それが、昔から知ってる男の子だったとしても……。「いいの」私だって、ときどき怖い気がしてしまうことがある俊くん。そんな彼に、お母さんを会わせたって、どうせいいことなんかない。それに俊くんとの結婚は、どうせ契約結婚だ。聡美さんとの縁談を断るための、都合のいい言い訳……。きっとこの先、俊くんの立場がもっと強くなって、聡美さんとの縁談が断れるような立場になったら、この結婚は終わってしまう。そのことにふと思いいたって、私は震えた。そうだ、この結婚は必ず終わる……。いつか、終わってしまうんだ。「どうした?」「ううん、なんでもない」でも私はその恐怖を隠して首を振った。俊くんは既に、私に十分に尽くしてくれている。5億円もの借金をなんとかしてくれたんだから……。これ以上、彼に迷惑をかけられない。私は黙って微笑むしかなかった。◇◆◇結婚式は私が想像していたものの100倍くらいは派手だった。大きな会場を丸ごと貸し切って、そこには黒塗りの車で大勢の組員が駆けつけて……。もちろん、女の人た
last update最終更新日 : 2026-04-06
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