再会した幼馴染は狂犬極道若頭になっていた上、なぜか私を飼い主と呼んで逃がさないのですが?~契約結婚から始まる極上溺愛~ のすべてのチャプター: チャプター 31 - チャプター 40

56 チャプター

聡美の爪痕

あのあと、私はずっと聡美さんに腕を掴まれたままだった。ただ手をつないでいるように見えたと思う。でも、実際にはそうじゃなかった。私は拘束されていた。お母さんは気づいていなくてよかったけど……。帰宅すると、腕には爪の跡がくっきり。シャワーを浴びるとひどく染みた。「うう、痛い……」でもシャワーを浴びないのも気持ち悪いから、我慢して浴びる。温度を下げても痛くて、なんだかもう、投げやりになって熱いお湯を浴びた。ぬるいお湯にじっくりつかるのがいいんだったら、熱いお湯をさっと浴びても大差ないはず!そんなふうにしてシャワーを浴びていたら、出るころにはすっかり頭がくらくらしていた。「……大丈夫か?」帰ってきた俊くんが心配そうに私に声をかけて来る。「うん……」そう答えるけど、私はちっとも大丈夫じゃなかった。視界はぐるぐるまわっているし、なんだか眠たくて、身体がだるい……。「普通には見えないぞ」「ちょっとシャワーを浴びてただけだよ」「風邪でも引いたか?」「違うよ、多分」熱いお湯でのぼせただけだから、放っておいても問題ないって言おうと思ったけど、言えなかった。気が付くと私は俊くんに抱き上げられている。「しゅ、俊くん!?」「どうした?」「なんで私のこと、抱っこして……」「ソファで寝てても良くないだろ」「それはそうだけど……、重たいよね?」さっきまでぼんやりしていた頭が、一気に回復したみたいだった。私は手足をばたばたさせる。それでも俊くんは降ろしてくれない。「遠慮するなよ」そう言いながら、のしのしと私を運んでいく。
last update最終更新日 : 2026-04-17
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小さな亀裂

お礼の贈り物もそろそろ来なくなって、やっと落ち着いたころ。他の組員の妻や恋人や愛人たち――そんなみんなとのお茶会が開かれることになった。お茶会と言っても格式ばったものではなくて、カフェを貸し切ってのアフターヌーンティー。そこでどんなお茶を用意するように手配するのか、お菓子やケーキはどうするのか。そういうことで私の価値がはかられる――らしい。詳しいことは、よくわからないけど……。とにかくそういうことだということで、私はお茶会の準備に追われることになった。お店の人との打ち合わせ程度だから、まだ楽だったけど、そもそもパーティーの主催なんて初めてのこと。でも若頭の妻ともなれば、これから公的な付き合いも増えて来る……。そう思えば、最初が非公式の集まりで良かったのかもしれなかった。◇◆◇「悪くないじゃない」――そう、私は忘れていた。組員の妻や恋人たち、ということは、組長の娘である聡美さんも当然、参加資格があるってことを……。「変な店を選ばれたらどうしようかと思った。あなたって、もともと貧乏人じゃない? こういうの、詳しくないでしょう?」「あ、あはは……」私は乾いた笑いを漏らすしかなかった。実際、聡美さんの言う通りではある。私は紅茶なんか、ずっとリプトンのイエローラベル。大容量のお得品の女だ。……。「でも、紅茶はお店の人に進めてもらって、俊くんと一緒にどの紅茶が合うか一緒に考えてもらったりしたんです」「何それ、自分ひとりでこんなことも考えられないわけ?」「だんだん慣れていこうと思います、見守っていていただければ……」私は深々と頭を下げた。正直、聡美さんの言動には頭に来るけど、いちいち付き合っていたら身が持たない。ここは適度にあしらって、下手に出て、相手の怒りを買わないようにしなくちゃ……。「でも、慣れてないのにこんな素敵にできるなんてすごいじゃない?」そう言って空気を変えてくれたのは、少し年上のお姉さんだった。ちょっと派手目の化粧で、巻き髪がかっこいい。いかにも大人の女という感じの人だった。「うちのなんか、お茶しに行くって言うとコメダとかよ」「わかる、あとはなんかスタバ」「スタバ行けば許されると思ってるところあるわあ」「でもファミレスに連れていかれるよりいいんじゃない?」彼女の言葉をきっかけに、場がワイワイと盛り上が
last update最終更新日 : 2026-04-18
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突然の襲撃

聡美さんは表面上、大人しくしているように見えた。ただ、だからといって安心できるわけでもなかった。お姉さんたちは表面上私に親切に振舞ってくれているようには見えたけど、どこか底が知れないというか……。私に対して、心を開いてくれているような気配がなかった。やっぱり、私じゃ力不足だったのかも。お姉さんたちは長年、極道である彼らを支え続けている。でも私は――つい最近、やっと俊くんと出会って、突然、彼と契約結婚することになった。その理由になっている聡美さんについては、確かに、これは困るだろうとは思っている。今日だって、私が主催者だっていうのに、敵意バリバリの目線を向けてきているし……。針の筵って、多分、こういうことを言うんだろうなと、今、聡美さんのちくちくした目線を受けながら実感していた。「そういえば、最近、うちの人が新しいビジネスを始めたんだけど――」黙っている私に、お姉さんの一人が話を振って来る。「ちょっと変わったビジネスなのよ。ヤクの取引は昔からよくあるじゃない? でも最近のは、現物じゃないらしくって」「何それ、後で郵送でもするってわけ?」「ううん、そうじゃないの、なんかスマホで送るみたいな……」私は相槌を打つでもなく、ただニコニコしていた。だってヤクって、麻薬のことだよね……?そんなディープな話、どうやってついていけばいいのかわからない。困ってしまう。――と、ちょうどそのとき。「おいこらあああ!!」怒声と共にドアが蹴破られた。「な、何!?」「ちょっと、アンタは慣れてないんだから下がってなさい!」思わず立ち上がった私を、かばうようにお姉さんの一人が押さえこんだ。それが正しかったことを示すかのように、飛び込んできた男が私たちひとりひとりをじっとりとした眼差しで見つめている。「てめえら、角鵜野組のヤツらの女たちだなァ!?」「だからどうしたってのよ。アンタ、こんなことしてタダで済むと思ってんじゃないでしょうねえ!?」「ハッ! 組が怖くて暴れられっかよ!」男が壊れたドアの破片を蹴り上げる。私はお姉さんたちにかばわれながら、身を縮こまらせるしかなかった。「てめえらには用はねえんだ! 男のほうを出せ!」「はぁ!? わが身可愛さに自分の男を売るような女はねえ、この中にはいないよ!」「そうだそうだ! ふざけんじゃないわよ
last update最終更新日 : 2026-04-19
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危険な男

「おい、藤堂俊の女ってのはお前か!」男が私に向かって近づいてくる。お姉さんたちが私を背中に庇ってくれる。ハイヒールを脱いで構えたり、近くのテーブルからナイフを取って構えたり。でも相手が持っているのは本物のナイフだ。テーブルに用意されているような、ケーキを切るためのナイフじゃ絶対に歯が立たない……!「あの、何が目的なんですか!」恐怖を押さえて私は声を上げた。「あっ、ちょっとあんた!」お姉さんが慌てて声を上げる。でもここでは、私が一番立場が上の男のオンナなんだから。ここは私がしっかりしないといけないだろう。そう思って、まっすぐに顔を前に向けた。「何が目的だあ? だから言ってんだろうが、藤堂俊を出しやがれってよお!」ドカッ!男が椅子を蹴飛ばした。テーブルに当たって花瓶が倒れる。ガシャーン!大きな音が響く。高価そうな花瓶が割れて、花が床に散らばった。こぼれた水が広がっていく。「乱暴はやめてください」私は重ねて言った。話し合いが通じる相手にはどうしても見えなかったけど、でも、何もしないわけにはいかない。せめて、何ができるのかくらい……!「うるせえ!」そう思ったけど、無駄だった。男はナイフを振りかぶって、私に向かって飛び掛かって――「おい、何してやがんだよ」その前に、襟首を捕まえられていた。男の後ろに俊くんが立っている。「お前、藤堂!」振り返ってナイフを突き刺そうとする男を、俊くんはそのまま床に叩きつけた。「ぐあっ」潰れたような声を上げる男を、二度、三度と床にたたきつけ、ナイフを手から奪った。「俺の質問に答えろ」ドサッ!ナイフが床に突き立てられる。「何してやがんだ、って俺が聞いてんだぞ? なんで答えねえんだ? あ?」「ふざけやがって、俺はなあ、お前が……」「だから、答えろっつってんだろ!」「ぐえっ」俊くんが男の手を踏みつける。そのままぐりぐりとかかとで押しつぶすようにしながら、男の首を掴んで持ち上げた。「なんで俺の質問に答えられないんだ? なあ? 痛い目見なきゃわかんねえか?」「ちょっと脅したくらいで俺が」「だから答え以外しゃべんなっつってんだろうがよ!」顔を正面から床に打ち付ける。血が飛び散って、ものすごい音がする。私は思わず顔を覆った。「見なくていいよ」お姉さんたちが私をか
last update最終更新日 : 2026-04-20
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混ざりこむ悪意

「大丈夫か?」俊くんが私に向かって手を伸ばしてくる。怯えながらも頷くと、俊くんはそのまま私の腕をつかんで引き寄せて、ぎゅっと抱きしめてきた。「悪い、怖がらせたな」「う、ううん……」私は首を振るだけで精いっぱいだった。このドキドキは、怖いからだけじゃない……。そう思うと、なんだか、頬が熱くなるような気がした。「俺が一緒に来てたらよかったな」「え、でも、それっておかしいんじゃない? これは女子会なんだし」「そりゃあそうだが……。俺はお前が心配なんだよ」俊くんに優しく言われると、ちょっとホッとした。怖かったのは怖かったけど、こうした気遣いがあれば少しだけ安心できる。「大丈夫、お姉さんたちもかばってくれたし」「そうなのか?」俊くんがお姉さんたちを見る。「まあ、もともと素人の子だっていうし」「あたしたちみたいに慣れてないもんね」「大丈夫だった?」みんな口々に私を心配してくれる。そのことが嬉しかった。「私もお姉さんたちみたいに強くならないと」「お前はそんなことする必要はねえよ。俺が全部、なんとかしてやる。これだって……本当はわかってたんだ」最後のほう、ものすごく小さく付け加えられた言葉。わかってたって、どういうこと?やっぱり極道には極道の情報網があるっていうことなんだろうか。困惑していると、俊くんが私を急に抱き上げた。「きゃっ!」驚いて声を上げると、俊くんが声を上げて笑う。「今日はもう帰ろうぜ」「え、でも」「ここはあたしたちが片づけとくよ。ね、うちの人を呼ぶから」「ああ。任せていいか?」俊くんが足元に転がる男を見る。男はすっかり気を失っている様子だった。血まみれの様子に私は怯えてしまって、小さく息をのむ。「ほら、ここは怖いだろ」よしよし、と俊くんが私の頭をなでる。「そんな、子ども扱いしなくたって」「子ども扱いじゃないって」そうは言うけど、完全に私は子供みたいだった。俊くんに目隠しされながら、そのまま歩きだされてしまう。「あ……、お姉さんたち、ごめんなさい!」謝ると、お姉さんたちは笑いながら手を振った。どこかから持ってきたタオルなどで男が縛り上げられている。割れたガラスを片付ける人たち、テーブルを起こす人たち……。みんなそれぞれ、何事もなかったかのように後片付けを始めていた。俊くんはそれ
last update最終更新日 : 2026-04-21
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つかの間の平和

「幸子」俊くんが私を抱きしめて、ごろごろと喉を鳴らす猫のように甘えて来る。それ自体は嫌じゃない、けど……。どうしてもさっきの光景がフラッシュバックしていた。床に倒れていた男の人。血が流れていて、手足もぐんにゃりしていて。まさか死んではいないだろうけど――「大丈夫か? 怖かったよな」よしよしと私を撫でる手は相変わらず優しかった。家に帰ってきてからもずっとそうだった。俊くんは私を抱きしめ、甘やかし、ダメ人間にでもしようとしているみたいだった。「もう大丈夫だ、あいつはもう二度と現れねえよ」「俊くんが痛めつけたから?」「まあ、それもあるな」俊くんがくしゃっと笑った。それも、って。やっぱり、他の理由もあるってこと?「そんな顔するなって……。なんだよ、そんなにあいつが心配なのか?」「えっ?」思いがけない言葉に、私はびっくりして声を上げた。だって、私はあの男の人の顔さえよく覚えていない。ナイフにしか目が言っていなかったから……。「俺の心配より、知らない男の心配かあ」俊くんがあえて拗ねたよな声を出している。それが冗談なのは明らかだった。私は笑いながら俊くんに頬を寄せる。「なんかさ、妬けるんだよな」「あんな変な人のことなのに?」「だからだろ。だって俺と帰ってきたってのに、お前、ずっとあいつのことばっかだ」俊くんが私の肩に顔をうずめた。「俊くん……」確かに、それもそうだった。衝撃が大きすぎて、そればっかりになっていたのかもしれない。それに色々と聞きたいこともあった。あの人とは、どういう知り合いなの、とか。「あいつはなー……、別に、俺のほうに何かあるわけじゃないんだけどな」「そうなの?」「毎回なんだよな。多分、聡美あたりにそそのかされて……、何でそうなるんだか知らないけど、お前を襲うんだよ」「私を?」意味が分からなくて聞き返すと、俊くんは首を振った。「いや。まあ、なんか、変な奴なんだろ。聡美もさ、そろそろ諦めたらいいのにな」「好きな人のことって、そんなに簡単に諦められたりしないと思うよ」「そうは言ったってさ……、もう俺、既婚者なんだぜ? 指輪だって外したことねえし」そう言って見せてきた俊くんの指輪には、うっすらと血の跡が残っていた。顔をしかめそうになるけど、一生懸命こらえる。俊くんだって、別に、わざと
last update最終更新日 : 2026-04-22
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孤立の気配

最初は、些細なことだった。目が合ったと思ったらそらされたとか。普通に挨拶しただけなのに、急にみんながよそよそしく解散してしまっただとか。でも――それも、もう1週間。同じようなことが何度も繰り返されることを思うと、どう考えても、私の気のせいのようには思われなかった。「何かあったのかな……」ぼやく私に、組員たちもなんだか気まずそうに見える。これはもしかして、何か知っているんじゃないかと思うけど……。どうなんだろう?気になるけど、さすがに向こうから言ってくるわけでもないことを、無理に聞き出すわけにもいかない。フラストレーションは溜まっていく一方だった。「あら、どうしたの? 情けない顔」そこにやってきたのは聡美さんだった。最新ブランドの可愛い服を着て、ショッピング帰りなのか、ブランドのショッパーをたくさん持っている。「貧乏くさいからみんなに避けられるんじゃないの? いつ買ったのよ、その服」くすくす。聡美さんが笑い声を立てた。私は恥ずかしさに泣きたくなった。今日、着ていた服は、私が家から持ってきたものだった。別に気に入っていたわけじゃないけど、シンプルでよく着ていたから……つい、今日も着てきてしまった。よく考えたら、買ったのはずいぶんと前だった。「妻に古臭い格好をされると、俊の格が傷つくのよ? そのくらいのこともわからないの?」「そうなんですね。教えてくださって、ありがとうございます」私は頭を下げた。実際、聡美さんの言うのは正論だろうと思う。角鵜野組では、いつもお姉さんたちは綺麗な格好をしていた。普段の服装みたいなのに、アクセサリーだってちゃんとつけて、化粧もして。普段から化粧をする習慣がなかったせいで、身支度に毎日1時間以上かかる私とは大違いだった。「あーあ。なんで俊はあなたがいいのかしら? 私の方が絶対に俊にふさわしいのに」聡美さんがため息をこぼす。言われてみると本当にそうだった。華奢で綺麗で可愛らしくて。それなのにゴージャスな感じのする彼女は、確かに、俊くんの隣に並ぶと私よりも映えるだろうと思った。「ねえ、なんで黙ってるわけ? ちょっとくらい何か言いなさいよ」私が黙っているのが気に障ったみたいだった。聡美さんが私の腕をきつくつかむ。「っ……」爪が食い込んだ。私は思わず声を漏らす。「何よ、我慢しち
last update最終更新日 : 2026-04-23
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煽られる嫉妬

俊くんが立っていた。 聡美さんはたじろいだように見えた。 「何よ、事実じゃない!」 それでも、強気に言ってそっぽを向く。 「まあ、まだ幸子が大したことはできないのは認めますけどね。でも俺が頼んで来てもらってるんですよ。なあ?」 「え? う、うん……」 確かに俊くんの言うとおり、私は俊くんに頼まれて事務所に来ていた。 何もできない私がいるのって、よくないんじゃないのかな。そう言った私に、俊くんが「いてくれるだけでいい」って。 そう言ってくれたんだった。 それくらいなら……って、思えた。 まだ何もできてない私だけど、少しずつでも頑張ろうって。 「俺の目の届くところに置いときたいんですよ。本当なら、一瞬でも離れたくないんで」 まるで見せつけるみたいに、俊くんが私の肩を抱いた。 普段から距離は近いけど、そういう接触にはあんまり慣れていないから、私はどうしたらいいのかわからずにあわあわとしてしまった。 それは聡美さんも同じような感じみたいだった。 何を言えばいいのか分からないのか、口を開きかけては閉じるを繰り返している。 「新婚旅行に世界一周くらいは、連れてってやりたいんですけどね。そうもいかないんで」 俊くんがのろけるような調子で言った。 「せめて毎日一緒にいることにしたんですよ」 「ば……馬鹿じゃないの? のろけたりして、恥ずかしくない?」 「恥ずかしかったら言いませんよ」 ちゅ。 見せつけるように頬にキスされる。 わ、と口許を押さえると今度は目元に。 「俊くん…!」 「嫌?」 「そうじゃないけど、みんな見てるから」 「見せつけてんだよ」 ちゅ、ちゅ、と何度もリップ音がするたびに、聡美さんの顔色がみるみる変わっていく。 私は恥ずかしさと戸惑いで何も言えず、聡美さんは今にもつかみかかってきそうな顔で私を見ていた。 「俺はもう、こいつなしじゃ生きてけないんです」 迷いのない声。 どうして、そこまで迷わずに言えるのだろう。 私はそこまでのことを俊くんにできているのかな……。 「もう、いいわ」 聡美さんが震えながら後ろを向いた。 そのまがまがしい背中は、睨まれるよりずっと恐ろしかった。
last update最終更新日 : 2026-04-24
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危険の予兆

表面上、聡美さんは引き下がったように見えた。おそらくは引き下がらざるを得なかったということなのだろう。「大丈夫かな?」「……まあ、大丈夫ではないだろうな」「えっ?」私は困惑した。大丈夫ではない、って。どうなんだろう?聡美さんはこれまでに何度も、色々なことを仕掛けてきている。どれも子供じみた嫌がらせではあったけど……。「でも安心しろよ、俺はお前を守るから」「うん……」「聡美は大した相手じゃないんだ。本当にやばいのは、もっと別にいる」「……えっ?」「ああ、悪い。なんでもない」俊くんが微笑んだ。でも、なんでもないって言ったって……本当に何でもないの?もっとやばいのが別にいる、だなんて。俊くんが普通の男の人だったら、私は俊くんのことを信じて忘れてしまったんだろうと思う。でも俊くんは極道の男で……。つまり、危ないことは身の回りにいくらでもあるっていうことだ。「お前は……今度こそ、俺が死なせないから」ぼそっとつぶやく俊くんの言葉が、頭から離れない。不安が身体に、じわじわと染みて行った。◇◆◇「おいこら、なんだこれはよぉ!」組員のひとりが湯呑をドンと置いて、大声で叫んだ。私はびくりとしてそちらを見る。彼が飲んでいるのは、私が入れたお茶だ。「おい、これ用意したのはお前か!?」組員は別の若手につかみかかっている。胸ぐらを掴まれた若手は顔を青くさせながら、必死に首を振っている。私に向かって助けを求めるような視線を送ってきていた。「おい、俺が聞いてんだぞ! 答えろ!」「そ、それは、その」若手は私をチラ見した後口ごもった。私の方が、若頭の妻で立場が上だから――彼は、私に逆らえないんだ。そう思ったら、決意が固まった。何があったのか分からないけど、お茶に問題があったのだとしたら、私に責任があるはずだ。「あの、すみません」近づいて声をかける。「あ?」最初、組員は私に向かってもガンをつけてきた。でも私だと気が付くと気まずそうに眉を寄せる。「藤堂の姐御じゃないですか。騒いですいやせん」「いいの、でもどうしたの? お茶に何かあった?」「何かって……。俺の飲んだ茶に、ワサビが入ってやがったんですよ」「わ、ワサビ!?」さすがに予想外だった。私は普通にお茶を入れただけだ。それがワサビ茶になっていただなんて……
last update最終更新日 : 2026-04-26
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若頭の男気

「たぶん、私のせいだと思うの……」悩んだ末に、私は正直に告白することにした。隠していたって、どうせばれることだ。それに、私だったら組員からは文句を言いづらいだろう、なんて。そんな打算もあった。「私のいれたお茶だから」「藤堂の姉御……、こいつをかばってらっしゃるんですね!?」「え!?」予想外の答えだった。私は首を横に降るのも忘れて、彼を見つめた。「なんだって姉御がそんなことするんです? お茶にわさびなんかいれたって、何もいいことないじゃありませんか!」「まあ、それはそうだけど……」でもそれは他の組員だって同じことだろう。若手だって、わざわざわさびをいれるなんてこと、するだろうか?「おい、お前、何黙ってんだ! 姉御がかばってくれてるってのによぉ!」「し、知りませんってええええ」締め上げられながら、組員が悲痛な叫びをあげる。かばっている、というのはその通りだけど。でも、彼もどう見ても、やったようには見えない……。「おいこらてめえら、何騒いでんだ!」そこに俊くんがやってきて、ドンと壁を叩いた。その場が一瞬にして静まり返った。「これはその……茶にわさびが入ってて……」「わさびぃ? 幸子のいれた茶にか!?」「はい……」「ふざけんなよ!」ドカッ!俊くんが壁を殴ると、大きくへこんだ。組員がびくりとする。「俺のオンナがいれた茶に、わさびが入ってたってんならなあ! お前、それは、なんでもないかおして飲むのが男ってもんだろうが!」「え、ええ……」さすがにそれはむちゃくちゃだと思う。でもなぜか、組員たちは目をきらきらとさせて俊くんを見ている。「さ、さすが若頭……器が違う……」「自分の女は死んでも信じ抜く、男の中の男ってやつだぁ!」「さすがです兄貴! ついていきやす!!」どうしてそうなるの!?困惑したけど、組員たちからの称賛は止まらない。俊くんはニヤッとして私を見る。どう反応すればいいんだろう。「ええと、あの、でも……わさびが入ってたんですよね。辛いのは辛いと思うので、新しいのいれますね」「いや、わざわざいれないでもいいだろ。おいお前、ちょっと全員ぶんの茶でも買ってこい」俊くんがさっきまで胸ぐらを捕まれていた若手に、お札を何枚かを差し出した。「釣りはいらねえからな」「へ、へい」明らかにお茶代には多い金額だっ
last update最終更新日 : 2026-04-27
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