再会した幼馴染は狂犬極道若頭になっていた上、なぜか私を飼い主と呼んで逃がさないのですが?~契約結婚から始まる極上溺愛~ のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

56 チャプター

壊される結婚式

「幸子! 幸子ーっ!」お母さんが男の人たちから取り押さえられようとしながら、必死に私の名前を叫んでいた。私はどうしていいのかわからず、その場に立ち尽くした。「あの人って」俊くんも気づいたみたいだった。私はうなずく。「私のお母さん……」「どうして、ここに」「わからないけど……」どうしたらいいんだろう。私はすっかり怯え切っていた。こんなところにお母さんが来るなんてありえない。しかも、なんで男の人たちの間で暴れてるの……!?「放して! 放してください!! 娘に会わせて!!」お母さんはそういいながら、手足をめちゃくちゃに振り回して暴れている。体格のいい男の人たちだったけど、どうしていいのか迷っているようだった。確かに、どう見ても一般人、ごく普通の女の人にしか見えない母だ。いくら暴れているからと言って、簡単に暴力に訴えられるわけがない。仕方なく私は母の前に出て行くことにした。「お母さん」「幸子!」お母さんは私のスカートにすがって、そのままわぁわぁと声を上げて泣き出してしまった。どうしたらいいのかわからず、私はお母さんに手を伸ばしたまま固まってしまう。「どうして、どうしてなの……。やくざと結婚だなんて、そんなの絶対に幸せになれっこないのに!」それは私も薄々思っていたことだった。改めて母から言葉にされると、正直、辛い。「脅されてるの? ねえ、そうなんでしょお!?」パニックになった声が私に突き刺さった。俊くんは私を脅してなんかいない。でも、傍から見たらそういう関係に見えちゃう……。それは、私が普通の、弱い女である限りずっとそうなのかもしれない。だとしたら、私にできることはなんだろう?「幸子、お願いだから考え直して、まだ間に合うから、幸子!」「お母さん」「誰がお母さんだ! お前なんか! この! この!!」鬼のような形相で、お母さんが俊くんにつかみかかった。俊くんは困ったような顔をしながらも、お母さんの好きにさせていた。「若頭……」近くの男の人が、小さく声をかける。お母さんを引きはがそうかとジェスチャーして、俊くんに断られていた。「あらやだ、可哀想に……」そこに現れたのは、真っ白なワンピース姿の聡美さんだった。ウエディングドレスではさすがにないけれど、レースでできた丈の長いワンピースはどう見てもこの場にふ
last update最終更新日 : 2026-04-06
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私もこの手を離さない

「お母さん、聞いて」思い切って私は言った。汗だくになりながら、目に大粒の涙を浮かべて、母が私を絶望的な顔で見つめている。思わず、お母さんの言うとおりにしてしまいそうになるけれど。でもだめだ。私がちゃんと、言わなくちゃ。「大丈夫だから、安心して。私は脅されてるわけじゃないし……、彼が誰なのかもわかってる」「幸子!」「お母さん、覚えてる? 私が小学生の頃に仲良くしていた男の子のこと」私が言うと、母はハッとした様子だった。きっとすぐに思い出してくれたんだろう。私も友達が多いほうというわけではなかったから……。◇◆◇「ねえ、それは何?」大きなスケッチブックに向かって、俊くんがクレヨンを走らせている。みるみるうちに出来上がっていく風景は、私がこれまでに見たことのないものだった。きらびやかな傘がたくさんつながって、アーケードみたいに青い空を覆っている。「これはね、外国のお祭り」「行ったの?」「テレビで見た」俊くんは絵を描くのに夢中で、私への返しはときどき、ついでにちょっと、くらいの感じだった。でもそれでも私は俊くんの隣で、彼の描く絵を見ているのが好きだった。画用紙にクレヨンで描くのなんて、幼稚園児のすることだ。そう思っていたのに、俊くんの握るクレヨンはまるで魔法のアイテムだった。どうやったらそんなふうに描けるのか分からないけど、みるみるうちに俊くんのクレヨンの軌跡からは鮮やかに風景が吐き出されていく。それはクレヨン以外でも同じだった。色鉛筆。水彩絵の具。100均のマーカー。何を使っても俊くんの絵は私をひきつけて離さなかった。私の知らない、どこか遠い場所。確実にどこかにはあるのに、見たこともない、今後行くこともないであろうところ。そういうものが目の前に現れるのが、純粋に楽しかったのもある。俊くんの絵は私をどこか遠くへ連れて行ってくれるような気がしたから……。「行ってみたいな」「俺も」そう言って笑う俊くんはものすごく可愛くて、男の子を「可愛い」なんて思うのはいけないことじゃないかと思って、私は罪悪感で余計にドキドキしてしまっていた。「世界一周とか、してみたいな」「気球に乗るやつ?」「そう!」うなずくと、俊くんは新しいページをめくって、クレヨンで気球を書き始めた。子供向けの本に会った、世界一周の物語。その中
last update最終更新日 : 2026-04-07
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かりそめの幸せ

俊くんがお母さんを連れて行ったのは、花嫁の控室だった。そこでスタッフに指示して、お母さんの身支度を整えさせる。お母さんは戸惑っている様子だったけど、俊くんの有無を言わさない様子に、従うしかなかったようだった。みるみるうちに「新婦の母」が出来上がっていく。「せっかく来たんです、参列していってください」俊くんが母に大粒のパールネックレスをかけながら言う。「ありあわせで申し訳ないですが。衣装は買取の手配をしたので、汚れても構いませんから」「そ、そんな! そんなことをしていただくわけには……」「これくらいさせてください。ご挨拶も何もかも、省略して申し訳ないことをしたのはこっちなんです。せめてもの詫びに受け取ってください」「でも……」母はすっかり縮こまっていた。それはそうだろう、と思う。俊くんの手配したのは黒のロングドレスだったけど、一目で上質だとわかるものだったから……。ネックレスだって、粒がすごく大きい。こんな大きな真珠があるんだってびっくりするくらい。こんなものを突然くれるといわれても受け取れないのが普通だろう。でもこれからは、それも当たり前の世界なんだ。身が引き締まった。「お母さん、ごめんね。心配させると思って連絡しなかったの」「幸子……」「でも、大丈夫だから。安心して」「本当に大丈夫なの? あの子が……」「あの子?」「さっきのドレスの女の子よ。本当はあの子が新婦のはずだったって」「そんなバカな」俊くんがこめかみを押さえた。「関係ありません。彼女と俺は結婚なんかしませんよ」「じゃあ、あの子はどうして……」「……なんでいつもいつも、俺の邪魔をするんですかね。どれだけ結婚式をぶち壊せば気が済むんだ」ため息交じりに吐き出された言葉は、誰にも聞かせるつもりのなさそうな言葉に聞こえた。でも、なんだか言い回しに引っ掛かるところがある。もしかして、俊くん、前にも聡美さんに結婚を台無しにされている……?当たり前にありうるかもしれなかったことに思い至って、私は足元がにわかにぐらつくのを感じていた。考えてみれば、当たり前のこと。俊くんだって子供じゃない。こんな素敵な人なんだから、前に結婚を考える人がいたっておかしくないんだ……。そのことにショックを受けている自分に驚いていた。俊くんはつい最近、久々に再開した、小学生の頃
last update最終更新日 : 2026-04-08
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彼の抱えた秘密

「結婚式に参列したいんだったら、服は着替えてください」「何よ、いいでしょ? 私は角鵜野組の組長の娘なのよ?」「だからです。そんなじゃ、オヤジの面目が丸つぶれです」俊くんの言葉に、聡美さんがひるんだ。実際、確かに、そうかもしれなかった。娘が他人の結婚式で白いワンピースで現れたら……。まともな親なら、頭を抱えるはずだ。「着替えは、こっちで用意しますから。嫌なら帰ってください」「何よ、そんなきついこと言わなくてもいいじゃない……」「普段のわがままだったら、見逃します。でもこれはオヤジの問題です」俊くんはもう一度言った。聡美さんが唇を噛む。「華やかな色のワンピースもありますよ。今からだと振袖は流石に用意が難しいですが」「な、なんで私が! その女のために振袖なんか着てあげないといけないのよ!」「俺の結婚式でもあるんですよ」「……その女とのじゃない」「華を添えてもらえませんか」聡美さんが傷ついたような顔をした。私をにらみつけて来る。私は……蛇に睨まれたカエルだった。身動きが取れない。「俺とオヤジの顔を立ててください」聡美さんはわなわなと震えながらも、うなずいた。そこから先はお母さんよりも素早く準備が進んだ。花嫁のための控室だったはずなのに、私はお母さんと一緒に早々にそこを追い出された。行く当てもなく、なんとなく、母と明るい中庭に出る。「……ねえ、幸子」黙っていたお母さんが口を開いた。「大丈夫なの?」「うん……」うなずきはするけれど、本当は確信なんてない。でも、これは決意でもあった。私は大丈夫だよって。これから俊くんとふたりで乗り越えていくんだって言う、誓い。「私は結婚には失敗したから……、だからお前には、ちゃんとした人と一緒になってほしいのよ」「俊くんはちゃんとしてる人だよ。覚えてるでしょ、小学生の頃の彼」「でもまるで別人じゃない。やくざだなんて」「それはそう……だけど。でも私のことは大事にしてくれるの」「他の人のことはそうじゃないのに?」「……うん」それが必ずしも良いことではないというのは分かっていた。他の人に対して冷酷であるということは、いつその冷たさが私に向かうか分からないということでもある。「でも優しい人なの」「騙されているんじゃなく?」「私なんか騙したって、特にいいことなんかないよ。
last update最終更新日 : 2026-04-09
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妻としてのつとめ

結婚式は何とか無事に終わった。聡美さんはその後暴れることもなく、お母さんもちゃんと私のお母さんとして結婚式に参列して。夢見ていた結婚式、と言う感じではなかったけど。多分、ちゃんといい式だったと思う。そこにちっとも不満も何もなかった。でも――ひとつだけ。結婚式のときに組長さんの言っていた「妻としてのつとめを果たさねえとな」という言葉。それに私は、とても緊張していた。だってそれは――きっと。子供ではないから、わかってる……。今夜何があるのかなんて。(……うまく、できるかな)不安だった。結婚式の後は二人で早々に帰宅して、私はドレスを脱いで楽な、でもちょっとセクシーな服に着替えた。俊くんは疲れたのか、タキシードのままソファにぐったり座っている。「あれ、そんなの俺、買ったっけ」私を見て微笑む俊くんは、あまりろれつが回っていなかった。酔っているのか、焦点が定まらない目。わたしに向かって手を伸ばす彼に、私はあわてて駆け寄った。危ない。ソファから落ちたら大変!「……いいなあ、夢みたいだ」俊くんが私を抱きしめて、膝に甘えながら言う。「結婚式まで、たどり着けた」「そんなに大変だった?」準備だとか、色々な手配だとか、そういうものは俊くんに全部任せきりだった。疲れてしまうのも無理はない。「ああ……。すごく……」そんなに大変だったんだ。気づかなかった。でもよく考えたら、あれだけ大勢の極道の人たちが集まるんだから、それはそうだよね。ご飯だってお酒だってきっと、すごく気を使ったはず……。「私のためにありがとう」「……いいんだ。幸子は、生きていてくれるだけで」今にも泣きだしそうな顔で、俊くんが私の腕を撫でる。少し力が入っている。酔いのせいか、瞳の奥がいつもより熱を帯びていた。「幸子は、生きていてくれるだけでいいんだ……」そう言いながら、彼は私の首筋に顔を埋めてきた。息が熱い。甘える大型犬みたいにすりすりしてくるのに、腕の力が少し強くなって、逃げられないような気がした。(……今、もし本気になったら、私……)ぞくり、と背筋が震えた瞬間、俊くんが急に顔を上げて笑った。「わんわん」「……え?」「言っただろ? 俺はお前の飼い犬だって。大型犬な」おかしくて笑ってしまった。不安が、少しだけ溶けていく。でも、消えなかった。
last update最終更新日 : 2026-04-09
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嫉妬の花束

そうやって俊くんとプレゼントのことをあれこれこなしているうちに、お昼どきになった。どこかへ食べに行こうかと相談していると、インターホンが鳴る。「またプレゼントかな」「そうかもな」私は立ち上がってモニターを見た。インターホンには、大きな箱を抱えた配達員が映っている。なんだろう、ずいぶんと大きいけど……。箱には佐藤生花店と書いてある。もしかしたら、鉢植えとかかな。「はい」出て、箱を受け取った。大きさの割に軽い箱で、なんだか拍子抜けしてしまう。「植木鉢なら、リビングよりこっちに置きたいな……」玄関先にあったほうが、きっと、植物にとってはいい気がするし。そう思って箱を開ける。中に入っていたのは、大きな花束だった。珍しいオレンジ色の百合。大輪の百合がこれでもかと束にされた、豪華な花束だった。「すごい」こんなの、初めて見た。そもそも花束なんて、初めてもらったかもしれない。こういうのって、どうやって飾るのがいいのかな?ウキウキしながらリビングに花束を抱えて行った。「お、花か」「うん! すごいよね、こんなにたくさんの花をもらったの初めて」「ふうん……。じゃあ、今度、花屋ごと買ってやろうか?」「何それ、嫉妬?」「ああ、幸子の初めては何でも俺のものにしたいからな」俊くんが冗談めかして言いながら、私を抱きしめて来る。私は笑って身をよじった。その拍子に、ひらりと花束から小さなカードが落ちた。何かメッセージだろうか。送り主の名前だとか?そう思いながら拾う。そしてカードに書かれていた文字を読んで、私は固まった。『俊は私のものよ』そう書かれていた。差出人は書かれていない。でも誰が送り主なのかなんて、予想はつく。「どうした?」カードを覗き込もうとしてくる俊くんに、私は反射的にカードを隠した。「な、なんでもないの」本当はなんでもなくなんかない。でも、なんとなく俊くんには言ってはいけないような気がした。話しても困らせてしまうだけ。それに――なんとなく、無駄なような気がしていた。結婚式で、直接俊くんからたしなめられても、抵抗していた聡美さんだ。ただ花束を贈ってきただけで、どうこうできるわけでもないのだし……。見たところ、ユリの花はただのユリの花でしかない。「ねえ、花瓶ってある? こんなにたくさんあるんだし、花瓶
last update最終更新日 : 2026-04-10
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若頭の妻の初仕事

礼状を書くのは、いつまでたっても終わらなかった。次から次へと贈り物は届くし、そうするとお返しのためにだいたいどのくらいの金額のものなのかを調べる必要がある。それが意外と手間で、私は俊くんに連れられて行った組の事務所で、デスクを与えられ、まるで事務員のように働いていた。「大丈夫か?」「もちろん」「本当か? そろそろ疲れてねえか?」「平気だよ」「本当に? 指が痛くなってきたんじゃ」「スマホを触ってるだけなのに?」「ペンも握ってる」「このくらい、大したことじゃないよ」文字を書くのはかなり緊張する。でも丁寧に書けばそれなりに綺麗になるし、達成感もある。妻としての仕事をきちんとできている、という気持ちにもなった。「私、ちゃんと俊くんの妻になりたいの」「お前はもう俺の妻だろ」俊くんが私の肩を抱く。甘い雰囲気が流れ始めたのを察して、組員たちが一斉に明後日の方を向いた。「そうだけど……、でも、このくらいはしなくちゃ」「だったら、家でしていてもいいんだ」「そうしたら、俊くんは事務所に来ないでしょう?」「新婚なんだ、それくらい構わないさ」「ダメだよ。俊くんがこないと、組員さんたちが困っちゃう」実際、私が見ていても俊くんはかなり忙しそうに見えた。色々な報告が入ってきたり、電話で相談されたり。ヤクザって、こんなにもたくさん事務仕事みたいなことをしているんだ、っていうのが私の中で衝撃だった。これじゃあまるで、普通の仕事をしている人と変わらない。もちろん、私に聞こえないようにひそひしと話されている内容の中には、どう考えても違法な商売に関することもある。私はそれをあえて聞かないふりをしていた。聞いてしまったら、巻き込まれる気がして。それに俊くんも、あまり聞いて欲しくはなさそうだった。コンクリ
last update最終更新日 : 2026-04-11
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甘い日常と、悪い予感

聡美さんはあの後すぐに、食い下がらずに帰って行った。そのことにホッとしながら、作業を続けて、夕方になった。「なあ幸子、これから別の仕事があるんだ」「別の仕事?」「ああ……、お前の仕事は俺の妻だろう?」「う、うん」意味ありげな俊くんの言葉に、私はなんだかドキッとしてしまう。俊くんは私が見つめると、目を細めて私の頬に触れてきた。「妻の仕事のひとつに、宴会への参加がある」「……宴会への、参加? 準備を手伝うってこと?」「はは、あんなもん、ケータリングでいいんだよ」「そういうものなの?」大人数の宴会で、妻の仕事と言えば、料理を用意したりお酒のお酌をすることっていうイメージがあった。でも言われてみれば、結婚式でも大勢ひとがきていたし、宴会ともなるとかなりの人数が集まるんだろう。組長さんのお屋敷も、ふすまを外すとものすごく長くなるような和室があった。あそこいっぱいに組員が集まるのだとしたら、私なんか丸ごと一日かけても仕込を終わらせられないだろう。「お前は女主人なんだ。いいか? 俺の妻として隣にいて、組員をもてなすんだよ」「そういうものなんだ」「そうだ。今後はケータリングの手配なんかもやってもらうことになるからな、業者に紹介もしてやる」「あ、なるほど……」作るのではなく、手配をするという仕事を私が担当するってことなんだ。そう思うと納得がいった。なんでもかんでも俊くんがやってくれて、私は着飾ってニコニコしているだけだったら、それは絶対におかしいと思っていたから。「だから、その支度をしないとな」「し、支度?」「宴会だぞ? ちゃんと着物じゃないと」「着物!」振袖すらまともに着たことがないのに、自分で着られるだろうか。「俺が着せてやろうか」「できるの?」「プロほどじゃないけどな。……それに、お前の肌を他の人間に
last update最終更新日 : 2026-04-11
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華やかな生活の陰で

俊くんとの日常は、思っていた以上に「普通」だった。でもときどき、俊くんが普通の男じゃないことを感じることがある。たとえば、母と接しているときがそうだった。「明日も朝早くからパートがあって」母がそう言って、ディナーの席を立とうとしたところで。「こんなことを言っては失礼なんですが」俊くんが母を止めた。「はい……」母はわけもわからない様子で、また座る。「パートというのは、短時間なんですか?」「ええ、スーパーの早朝の品出しです。それが終わったら今度は近くのファーストフードで働いて、その後は居酒屋に」「そこまでしないと生活が苦しい?」「まあ、私一人ならそうでもないですけど……、夫の借金があって」「どこに借りてるんです? 消費者金融ですか?」「まあ、そういうのもあるとは思いますけど……、取りに来るのもありますよ」「……うちのやつらですか?」「どうでしょう」母は首を傾げた。実際、私たちはいつもそうだった。父がどこからか重ねてきた借金を、わけもわからず払い続けてきた。どこからいくら借りたのかもわからない。もちろん、何に使ったのかも。そんな、よくわからない、終わることのない借金生活が私たちの日常だった。「角鵜野組のやつは、俺のほうでなんとかします。消費者金融とか、その他のはいくらあります? どうせそっちは大した額じゃあないでしょう」「そうなんですか?」「まあ、今は法律があるんでね。うちみたいなとこは、ちょっと……違いますが」それはそうだろうと思った。そうでなかったら、まさか5億なんて金額にはならないだろう。「今住んでいるところも、ちょっと手狭なんじゃないですか? もっと近くに引っ越して来たらどうです?」「近くに……、でも、あのあたりはどこも家賃が高くて」「気にすることありませんよ。どこかいいとこ買っちまいましょう」「え、ええっ、そんな、困るわ……、広いところなんて、私にはさすがに」「じゃあ、そうですね、1LDKくらいのこぢんまりしたところはどうです?」「まあ、そのくらいなら……」母が頷くと、俊くんはどこかに電話を始めた。そうすると、すぐに黒服の男たちがやってきて、物件の情報や写真を見せてくれる。情報の中には、私の目が飛び出るような金額が見えた気がしたけど――、でも、部屋自体は1LDKだ。きっと何かの勘違いだろう。「
last update最終更新日 : 2026-04-12
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嫉妬には終わりがなく…

お母さんの住む場所も決まって、色々な手配は俊くんがやってくれた。何もかも彼に任せきりはよくない。そう思って、私も少しは手伝った。もっとも、引っ越しの荷造りくらいしか手伝えることはなかったけど……。それでも、なんとか準備は進んでいた。「いい人を選んだねえ」お母さんは誇らしそうに笑っていた。そうだね、と私も笑った。確かに、俊くんはとてもいい人だと思う。私にはもったいないくらいの人。今日も私はお母さんと一緒に、家具を見に来ていた。お母さんはそこまでしてもらう必要はないって言ったけど、誰の目から見てもお母さんの持っている電化製品の寿命が尽きかけていることは明らかだった。家具だって、新しくてきれいな1LDKには似合わない。せっかく新しい生活を始めるんだから、全部新しくしましょう。俊くんはそういって、お母さんに色々なカタログを見せてその気にさせた。それで、私はお母さんに付き添うことになった。俊くんの代わりをするのも、妻の務めらしい。わかるような、わからないような?でも、久々にお母さんと一緒に買い物をするのは楽しかった。買い物と言えば、いつも、予算はどのくらいかなんてことばかり考えていたけど……今日はそんなことは考えなくてよかった。俊くんが家族カードを私に渡してくれて、限度額いっぱいまでなら好きにしていいって言ってくれたから。そんなにすごいものを買うつもりはなかったけど、お金のことを気にしないでいいウインドウショッピングって、こんなに楽しいんだって思った。「わあ、珍しい!」でも、そんな穏やかな時間は明るい声でヒビを入れられてしまった。私たちのところに、どこからともなくやってきた聡美さんが駆け寄ってきたのだった。「こんなところで何をしてるの?」口ではそんな風に言っているけど、なんていうか、ちょっと……変な感じ。目が笑っていない、っていうか。もしかしたら、まわりにこわもての男の人たちがいるのもあるのかもしれないけど……。じわじわと不安になっていた。「家具を買おうと思っているんですよ」「そうなんです、母が引っ越すことになって」「引っ越す?」「俊くんが家の近くに引っ越してきたらって……」言った瞬間、聡美さんの目がぎょろりとした。私は思わず、後ずさってしまう。「幸子?」お母さんが不安げに私を見た。「な、なんでもな
last update最終更新日 : 2026-04-16
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