どういうわけか、事務所の空気が少しずつ変わり始めていた。朝、私はいつものように台所でお茶を淹れていた。組員さんたちが集まってくる時間になると、笑顔で「おはようございます!」と声をかける。でも、返事がいつもと違う。「おはよう……ございます」若い組員のタカシくんが、目を合わせずに小さく頭を下げた。いつもなら「姉御、今日もよろしく!」って明るく言ってくれるのに、今日はそれだけ。「タカシくん、どうしたの? 顔色悪いけど」「いえ……なんでもないです」彼は急いで自分の席に戻っていく。後ろからもう一人の組員、ケンジさんが近づいてきたけど、私の視線に気づくと少し距離を取った。「お茶、ありがとうございます……」カップを受け取る手が、なんだかぎこちない。(……え? みんな、なんか変じゃない?)私は心の中で首を傾げた。山の事件のあと、みんなが慕ってくれるようになって、事務所が居心地よくなっていたはずなのに。午前中、帳簿を手伝おうと若い組員たちに声をかけた。「ねえ、今日の伝票、一緒に確認しようか?」「いえ……自分たちでやります」「でも、前に一緒にやってたよね?」「すみません、今日は忙しくて……」彼らは目を逸らしながら、そそくさと離れていく。(何かあったの? 私が何か、みんなを怒らせるようなことしたっけ……?)胸がざわつく。気にするほどのことでもないと言えばそうだけど――でも、こういうときには、自分の直観を大事にするべきだということを私は知っていた。昼過ぎ、俊くんが奥の部屋から出てきた。私は思わず駆け寄った。「俊くん、ちょっとみんな……なんかよそよそしくない?」俊くんは私の腰に腕を回して、満足げに笑った。「よそよそしい? ああ、いい傾向だな」「え……いい傾向?」「みんな、ちゃんとわかってくれたみたいだ。お前は俺の女だってこと」俊くんは私の額に軽くキスをして、耳元で囁いた。「飼い主なんだから、俺から離れたらダメだろ?」大型犬みたいに甘えた声。でも、私は笑えなかった。(わかってくれた……って、何を? みんなが私から距離を取るのが、いいことなの?)夕方、組員さんたちがお茶を飲みに集まってきたときも、同じだった。「姉御……お茶、ありがとうございます」声は丁寧だけど、目が合わない。笑顔がどこかぎこちない。私は勇気を出して
最終更新日 : 2026-04-30 続きを読む