峻は冷ややかな目で司を一瞥すると、背を向けて歩き出した。だが数歩進んだところで、ふと足を止めた。二秒ほどの沈黙。そしてゆっくりと振り返った。「さっきの清掃員……名前は?」墨を流したような漆黒の瞳が、真っ直ぐに司を射抜いた。司の心臓がどくんと跳ねた。あれだけ完全防備で顔も体型も隠していたのに、峻はやはり何かを嗅ぎ取ったのか。だが考えてみれば当然だ。三年も一緒に暮らした夫婦だったのだから……そう思うと、彼はかえって口角が上がった。動揺を悟られないよう、笑みを深くする。「御堂さん、それは無茶ですよ。末端の清掃員の名前まで、さすがの俺も一人一人覚えてはいませんので。こうしましょう、後で確認してからお電話しますよ」峻の黒い瞳の奥で、かすかに光が動いた。もし司がその場で即答していたら、むしろ疑わしかった。クラウドのオーナーが一介の清掃員の名前をそらんじているはずがない。すらすら出てきたなら、それこそ嘘だ。こういう返し方をするということは、あの女は本当にただの清掃員なのだろう。理由の分からない失望が、峻の胸をよぎった。かすかな喪失感が、その後を追う。峻の表情がわずかに翳ったのを、司は見逃さなかった。目を細め、内心で舌なめずりするような興奮を覚える。――やはり、思った通りだ。面白くなってきた。司は一歩にじり寄り、わざとらしく首を傾げてみせた。「あれ、もしかして御堂さん、あの子とどこかでお知り合いですか?それとも、ああいうタイプが好みなんですか?なんなら、うちの清掃員、他にも顔のいい子はいますよ。気になるなら何人か呼びましょうか。……いやいや、つまりですね、うちの清掃員は採用基準が厳しくて、見目のいい子しか取らないんですよ。だからあの子よりもっと綺麗なのが――おい御堂さん!待ってくださいって!御堂さん……!」こういう軽口を叩けば叩くほど、峻は嫌悪感を抱き、足が速くなることを司はよく知っていた。案の定、瞬きする間に峻の姿は消えていた。……峻が去った後、ハイヒールの音を響かせて理紗がやってきた。個室には二人きりだ。理紗は隠すこともなく司の胸元に身を預けた。骨のないしなやかな指先が、シャツ越しに司の胸を這うように撫でる。「ねえ……あの子のこと、気に入ったの?」甘い声に、ちくりと棘が混じっていた。
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