社長室の扉が静かに閉まると、先ほどまでの張り詰めた空気が嘘のように、廊下には柔らかな静寂が広がった。 コツ、コツ、と二人の足音がリズミカルに響く。 璃子は抱えた私物の箱を見つめながら、未だにバクバクと激しく波打つ心臓を必死になだめていた。 「驚かせてしまいましたか? お嬢さん」 仁さんは璃子をからかうようにニヤリとしながらそう言った。 その表情を、他の女性たちに見せてはいけない。なぜなら、瞬殺くらいの破壊力があるからだ。あまりの色気と格好良さに、璃子は思わず見惚れてしまい、コクコクと頷くことしかできない。そんな璃子の様子を見て、仁さんの口元がさらに意地悪く、愛おしそうに歪んだ。 「璃子。今、何やら良からぬことを考えていなかったか」 良からぬことを考えていたかもしれない。でも、仁さんが思うような良からぬこととは絶対に違う。 「はい。仁さんの、その顔の破壊力のことですかね」 今の仁さんにはそう言っておくことで、理解するだろう。他の女性に気をつけろという意味ではないが、モテすぎてトラブルに巻き込まれますよ、と解釈してくれればいいのだが。 「僕の顔のこと? これから、いい武器になると思うな」 嬉しそうな横顔を見て、璃子の思う意味とは少し違う気がするけれど、確かに今後の仁さんの顔が武器になることは間違いない。 私たちが向かっている部署は、あの白金葵と佐藤翔太に田中だ。どんな言い草が飛んでくるかも分からない。顔がいいだけで、周りの女性陣から黄色い声援が飛び交えば、この三人の目にとまるものの、近寄りがたい印象を与えられるはずだ。 「仁さん! 絶対にバレないようにしてくださいね」 自分の顔が褒められて少々浮かれ気味の仁さんを見て、璃子はふと不安になり、小声で釘を刺した。調子に乗って、うっかり身内感を出して墓穴を掘るような仁さんを想像してしまったのだ。 すると仁さんは一瞬だけ足を止め、眼鏡の奥の瞳を悪戯っぽく細めた。 「お嬢さん、僕を誰だと思っているんだ。――お望み通り、完璧に演じてみせますよ」 璃子の中では仁さんは仁さんだ。本当に、仁さんは自分自身のことを山城グループの『山城陸』であることを忘れてしまいそうだから心配なのだ。 「はい。もうすぐ着きますよ」 そう言っている傍から、仁さんはこっそり璃子の手に触れてくる。これでは、スパイにもならない。
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