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第51話:光差す未来のはずが……

黒岩さんと明衣ちゃんが裏で手を回し、これまでのすべての不正融資と詐欺の証拠をすでに提出していたのだ。 元婚約者とその女が、社会的に、そして完全に破滅し、大勢の報道陣と日本中の生中継のカメラの前で無様に引きずられていく。 その光景を静かに見つめながら、璃子の胸に深く突き刺さっていた過去の裏切りの傷跡は、今、完全に消えてなくなっていくのを感じていた。真冬のあの夜、服を剥ぎ取られて凍えていた私の心は、今、本当の意味で救われたのだ。 「――終わったな、璃子」 騒然とする会見場を後にし、ステージの袖へ戻ると、待っていた仁さんがそっと璃子の肩を抱き寄せた。 見上げると、そこにはかつての冷徹な鉄の仮面など微塵もない、愛おしそうな、優しい一人の男の瞳があった。 「はい。本当に……ありがとうございました、仁さん」 「礼を言うのは俺の方だ。お前が俺の妻になってくれたから、俺は本当の強さを知った。守るべき者がいる強さを、お前が教えてくれたんだ」 仁さんは、大きな手の5本の指を隙間なく絡めるようにして、もう二度と離さないと言わんばかりに強く、強く握りしめた。手のひらから、彼の熱い体温が真っ直ぐに伝わってくる。 「これからは、昼も夜も、演技なんかじゃない。俺の生涯たった一人の、本物の奥さんとして、ずっと俺の隣にいてくれ」 「はい……。喜んで、あなたの妻として生きていきます。仁さん」 窓の外から、祝福するような温かい木漏れ日が、私たちの繋いだ手に優しく降り注いでいた。 孤独だったヒーローは、もういない。 最高の仲間たちと、そして世界で一番愛する夫と共に。 私たちは今、光に満ちた新しい未来へと、確かな一歩を踏み出した。***それから、数ヶ月の時が流れた。 私たちの会社『Blue Code Studio』は、直樹と麗香専務が自爆騒動を起こしてくれたことをきっかけに、皮肉にもこれまで以上に繁盛していくこととなった。 あの会見で日本中に轟いた、明衣ちゃんの圧倒的なハッキング・情報収集能力と、黒岩さんの企業の闇を徹底的に精査する冷徹なコンプライアンスの力。そして何より、国内最大手である山城グループのトップを裏から支え、悪党を完膚なきまでに叩き潰したという前代未聞の実績。それらは、怪しげだった私たちのスタジオの信頼性を、社会的に不動のものにしたのだ。 連日、オフィス
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第52話:社交界の招待状

日本最大手のコンツェルンである山城グループのトップ・仁さんが、「どこの馬の骨ともわからない一般の女性を正妻に迎えた」というニュースは、瞬く間に国内の社交界、そして財閥一族の間に激震を走らせていた。 「仁さん。直樹たちの件は片付いたけれど……やはり、山城の妻という立場は、一筋縄ではいかないわね」 夜のオフィスで、璃子は仁さんから手渡された一枚の重厚な招待状を見つめていた。 金箔押しが施された特注の羊皮紙。それは、山城本家が主催する、直樹たちの事件の『事後処理と新体制のお披露目』を兼ねた大夜会という名のパーティーの案内状だった。 表向きは歓迎の宴と書かれているが、そこから漂ってくるのは、明らかに新参者である璃子に対する、特権階級特有の陰湿な品定めの空気だ。 本家の重鎮たちは、直樹たちの失脚によって仁さんの権力がこれ以上強まるのを恐れ、その弱点を探るためにこの会を企画したのだろう。その弱点の筆頭として狙われているのが、他でもない私、如月璃子だった。 「気にする必要はない、璃子。お前は俺の隣で、ただ微笑んでいればいい」 振り返ると、ジャケットを脱いだ白シャツ姿の仁さんが、璃子の後ろからそっと両腕を回し、愛おしそうに璃子を胸の中へと抱き寄せた。首筋に触れる仁さんの温かい吐息と、硬質で甘い香りに、緊張していた璃子の身体が自然と解けていく。 「でも、仁さんの親族の方々や、関係する名門の方々が集まるのでしょう? 私のような元家政婦と呼ばれていた、学歴も地味な女が、山城のトップの妻として隣に立つなんて……面白く思わない人もたくさんいるはずです」 「お前を侮る者がいるなら、そのすべてを俺が叩き潰すだけだ。お前は、俺に本当の強さをくれた、生涯で唯一の誇るべき妻なんだからな」 仁さんはそう言って、私の右手の薬指にそっと口づけをした。 「それに璃子は、返却請求代行の代表だぞ。誇っていいに決まっている!」 「そうですよね! 私、会社の代表ですから」 「これまでに、救ってきた人々、暴いてきた真実の価値。この会社の希望を信じて入社してくれた社員だってたくさんいるだろう」 仁さんのその絶対的な信頼と独占欲の籠もった瞳を見るだけで、璃子の胸の奥には、不思議なほどの勇気が湧き上がってくる。 そうだ。今の璃子は、理不尽にすべてを奪われて一人で泣
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第53話:社交界の毒蜘蛛

そして迎えた、華やかな夜会の当日。 都内の最高級ホテルのグランドボールルームは、まばゆいばかりのクリスタルのシャンデリアが輝き、国内の政財界の重鎮や、名門貴族の血を引くそうそうたる顔ぶれで埋め尽くされていた。 こんなに煌びやかで、ため息が出るほど贅沢な場所に足を踏み入れたのは、以前のご依頼人さんとの、あの風変わりな結婚式以来のことだ。 (そういえば、あの時の仁さんは本当に、見ているこちらが可笑しくなるほど困り果てていたっけ……) それは、とある事情を抱えたご依頼人から持ち込まれた、結婚相手をしてほしいという代行依頼だった。幸いにも婚姻届を出さない、形だけの身内だけの結婚式ということで、来賓者は10名ほどの小さな式。 しかし、会場だけは大手の式場が手配されており、新郎の代役としてタキシード姿で現れた仁さんは、そのあまりの美貌と威厳で、式場のスタッフや数少ない参列者を全員気絶せんばかりに圧倒してしまったのだ。あの時の仁さんの、不器用ながら全力で璃子を守ろうとしてくれた姿を思い出すたび、璃子の心は今でもじんわりと温かい愛おしさで満たされる。 「璃子? 緊張しているか?」 隣からかけられた優しい声に、璃子はハッと我に返った。 夜会のために、仁さんが用意してくれたのは、深く気品のあるロイヤルブルーのシルクドレスだった。背中が大胆に開いた洗練されたデザインは、地味だったはずの璃子の肌を驚くほど白く引き立て、首元には山城家に代々伝わるという、言葉を失うほど大粒のサファイアのネックレスが眩い光を放っている。 仁さんの逞しい腕に手を添え、会場へと一歩足を踏み入れた瞬間、数百人の出席者たちの視線が一斉に二人へと突き刺さった。 「おい、あれが山城陸の奥方か……」 「美しいな。本当に噂通りの庶民なのか?」 「ただの一般人、それどころか中小企業の元家政婦だったと聞いたが……」 ひそひそと交わされる品定めの声。 仁さんの隣を歩く璃子には、もうかつてのように怯えて俯くような弱さはなかった。 璃子は『Blue Code Studio』の代表、如月璃子。数々の修羅場を潜り抜け、悪党どもに返却請求を執行してきたプロフェッショナルなのだから。 挨拶のために仁さんが少しだけ席を外し、璃子が一人で会場のテラス付近でグラスを傾けていた、その時だ
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第54話:華麗なる返却請求〜山城の妻の品格〜

振り返るまでもない。璃子のすぐ後ろには、いつの間にか挨拶を終えた我が夫、山城グループの若き最高権力者、仁さんが立っていた。 仁さんの切れ長の瞳には、西園寺絢香を一瞬でこの社交界から消し去らんとするほどの、深く静かな怒りの炎が揺らめいている。 「あ、山城様……!」 西園寺絢香の顔から、それまでの高慢な笑みが一瞬で消え失せ、代わりに焦りと、憧れの男を前にした高揚が混ざり合った複雑な表情が浮かんだ。 西園寺絢香は差し向けていたワイングラスを慌てて引っ込めると、何事もなかったかのようにしなやかな動作で胸元に手を当てた。 「お耳汚しをしてしまいましたわね。わたくしはただ、新しく山城の格に加わった奥様に、社交界のルールを少々お教えしていただけですのよ。ねえ? 皆さま」 西園寺絢香が同意を求めるように周囲を見回すと、取り巻きの令嬢たちも「さ、左様でございますわ……」「他意はございませんの」と、引きつった笑みを浮かべて一歩後退した。 「ルール、か。我が妻にワインを浴びせかけ、泥水へ帰れと言い放つことが、西園寺の言う格式なのか?」 仁さんが璃子の腰を大きな手でグッと抱き寄せ、自らの胸元へと引き寄せる。出席者たちの前で、璃子が何よりも尊く、誰にも触れさせない特別な存在であることを誇示するようなその強い抱擁に、会場のあちこちから小さなどよめきが漏れた。 「それは……その、彼女が元家政婦などという、あまりにも山城の看板にふさわしくない経歴をお持ちですから、わたくしは山城家のためを思って――」 「西園寺様」 言い訳を並べ立てる西園寺絢香の言葉を遮り、璃子は一歩前へ出た。 仁さんの腕の温もりを背中に感じながら、璃子はドレスのサイドスリットに隠された、小さなポケットにそっと手を滑らせた。 本来、こうした上質なイブニングドレスに見栄えを損なうポケットを付けるなど、社交界の常識ではあり得ないことだった。衣装を用意してもらう際、衣装担当をしてくれると手をあげてくれた聖子さんにお願いした。その時、聖子さんは「せっかくの美しいシルエットが崩れてしまうわ!」と、猛反対した。 だけど、璃子にとってこの夜会は、優雅に踊るための場ではなく、大切な夫と共に戦う戦場だ。どうしても情報を持ち歩く武器が必要だと食い下がる璃子に、聖子さんはため息をつきながらも、見事に応えてくれた。 生地のた
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第55話:甘い夜、重なる誓い

社交界を揺るがした西園寺グループの不正暴露と、西園寺絢香の完全追放から数日。 あの夜会を境に、社交界や財閥一族の中で、璃子を「泥水上がりの元家政婦」と侮る者はいなくなった。それどころか、山城グループという最高峰の男の隣に立つにふさわしい、知略と品格を兼ね備えた若奥様として、周囲の目は一変したのだ。 激動の数日間が落ち着き、私たちは久しぶりに、誰にも邪魔されない二人きりの夜を迎えていた。 高層階にある私たちのマンションのリビング。 カーテンが開け放たれた窓の外には、まるで宝石を散りばめたような東京の美しい景色が、どこまでも果てしなく広がっている。 「――お疲れ、璃子。ここ数日、本当に目まぐるしかったな」 バスタイムを終え、上質なシルクのルームウェアに身を包んだ仁さんが、ソファーに座る璃子の隣へと腰を下ろした。少し濡れた黒髪から、いつもの硬質で甘いシトラスの香りがふわりと漂い、璃子の鼓動がトクンと小さく跳ね上がる。 「いいえ。仁さんこそ、西園寺グループとの取引停止や資本引き揚げの事後処理で、ほとんど眠っていらっしゃらないのでしょう? 私よりもずっと大変だったはずです」 「お前が隣にいてくれるなら、これくらいの仕事、何の苦にもならない」 仁さんは優しく目を細めると、璃子の細い肩にそっと大きな手を置き、そのまま壊れ物を扱うように愛おしく、自らの胸元へと抱き寄せた。 仁さんの広くて温かい胸に顔を埋めると、ここ数日ずっと張り詰めていた璃子の心と身体の緊張が、嘘のように溶けていく。トクトクと刻まれる仁さんの心臓の鼓動音が、何より心地よい子守唄のようだった。 「それにしても、あのドレスのポケットには驚いた。まさか姉貴がそこまで完璧な仕事をしていたとはな」 「驚かせてしまいましたね。聖子さんには本当に感謝しています。でも、あの日、仁さんがすぐに助けに来てくださらなければ、私はワインまみれになっていたかもしれません」 「あんな安っぽい挑発、お前なら一人でも交わせただろう。だが、俺の妻を傷つけようとする者がいるなら、一秒だって黙って見ているわけにはいかない」 仁さんの言葉に宿る、深く濃密な独占欲。 見上げると、そこには世界中の誰にも見せたことのない、甘く、とろけるような愛おしさを湛えた一人の男の瞳があった。 「それに、以前の依頼で挙げたあの式は……来賓も
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第56話:未来への輝き、そして新たなる予感

熱い夜が明けた、翌朝。 遮光カーテンの隙間から差し込む、心地よく柔らかな朝日の中で、璃子は仁さんの腕枕の中でゆっくりと目を覚ました。 肌に触れるシーツの滑らかさと、すぐ隣から伝わってくる、驚くほど高くて愛おしい体温。 幸せな余韻に包まれながら、璃子はふと、昨夜の会談の終盤に仁さんが一瞬だけ見せた、険しい表情を思い出していた。 まだまどろみの中にいる仁さんの、整った美しい横顔をそっと見上げる。 「仁さん……一つ、伺ってもいいですか?」 璃子の囁くような声に、仁さんはゆっくりと長いまつげを揺らして目を開けた。 寝起き特有の少し掠れた低い声で「なんだ?」と応じながら、愛おしそうに璃子の額に優しく唇を寄せる。 「西園寺さんの件は片付きましたが、仁さんたちを裏で操っていた山城本家の叔父様たちの動き……やはり、まだ警戒が必要なのでしょうか?」 仁さんは少しの間沈黙した後、璃子の身体をさらに強く引き寄せ、その腕の中にすっぽりと閉じ込めるようにして静かに口を開いた。 「ああ。西園寺を市場から排除したことで、本家の一派は大きな資金源を失った。それは同時に、彼らを窮地に追い込んだということでもある。山城の次代の跡目、その莫大な利権を狙う奴らは、手段を選ばない。今後、さらに巧妙で、巨大な闇が俺たちを襲ってくるはずだ」 仁さんの言葉は、これからの未来が、決して平坦なハッピーエンドだけでは終わらないことを示していた。山城グループという巨大な怪物の真の後継者争いは、むしろこれからが本番なのだ。 「……山城の家というのは、そういう場所だ。私利私欲と格式が複雑に絡み合い、本当の『家族』としての温もりなど、最初から存在しないに等しい」 どこか冷めた、寂しげな仁さんの横顔を見つめながら、璃子は自分の左胸にそっと手を当てた。 「温かい、家族……」 ぽつりと呟いた璃子に、仁さんが不思議そうに視線を向ける。璃子は少しだけはにかむように微笑み、今まであえて言葉にしてこなかった、自らの過去を静かに語り始める。 「実は私……両親を、高校生の時に交通事故で同時に亡くしています」 「……そうだったのか」 「はい。突然のことでした。身寄りもなく、それからは生きるために必死で勉強して、必死で働いて……。私にとって『家族』というのは、遠い過去に失くして
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第57話:山城家の重き門・両親への挨拶

翌日。 黒塗りの最高級セダンの静かなエンジン音が止まり、重厚な鉄製の門がゆっくりと開かれた。 車窓から見上げる山城の本邸は、都心の一等地にありながら、うっそうとした木々に囲まれた、まるで美術館か城塞のような佇まいを見せていた。一歩足を踏み入れれば、そこは伝統という冷たい空気が支配する世界のようにも思える。 車を降りる私たちを出迎える使用人たちの礼儀正しい一礼には、新参者の璃子を品定めするような、視線が飛び交っている。 かつての璃子なら、この圧倒的な重圧に気圧され、周囲の空気を読んで、どうにか嫌われないようにと萎縮していただろう。 『お前は俺の妻だ。堂々としていればいい』 仁さんが告げた言葉が璃子の頭の中で何度も繰り流れる。 (そう……) 人は自分のことしか考えていない。お義父様たちも、自分たちのプライドや山城の格式を守ることに必死なだけ。なら、璃子は璃子の思ったことを真っ直ぐに伝えるだけ。 璃子は心の中でそう強く唱え、そっと背筋を伸ばした。 不思議と、胸の奥はすっと冷えて、驚くほど冷静になった。隣に立つ仁さんが、璃子の手元の指輪に視線を落とし、誇らしげに口角を上げる。 それは、『それで、いい』と言ってくれているようにも感じ取れた。 案内されたのは、庭園を見渡せる、気が遠くなるほど広い和室。 上座に静かに腰を下ろしているのは、山城グループの現・総帥であり、仁さんの父親である山城 厳山(げんざん)。そして、名家出身のプライドをその身にまとった母親の 麗子(れいこ)。二人から放たれる圧倒的な威圧感は、西園寺絢香とは比べ物にならないほど、重く、鋭かった。 思ったことを言える空気感ではない。 (どうしよう) 「……よく来たな、仁」 山城厳山の声が、静まり返った部屋に響く。 古典的な、昔の人のような重々しい声質だ。 「お久しぶりです、父上、母上。私の隣にいるのが、かねてより報告していた私の正妻、如月璃子です」 仁さんの紹介を受け、璃子は一歩前に出る。 ここで失敗してはいけない。立ち姿のままの礼儀作法は、先日、聖子さんから教わった。 『私の真似をすれば問題ないわ』という優しい声を思い出す。 頭のてっぺんから糸で吊られているように、背筋をまっすぐ伸ばす。かかとをしっかりと揃えて、手は前で。左手を上にして、指先をすっと美しく重ねる。
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第58話:掟と祝福

(どうしよう……この沈黙) 何か発した方がいいのか、いや、璃子が生意気な言葉を発したことから生まれた沈黙だ。これ以上、言葉を発しない方がいい。 だけど、璃子のこの心臓が、耳の奥でうるさいほど鳴っている。ここで顔色を窺う癖がまた首をもたげそうになる。 言いたいことはすべて伝えた。璃子は自分の意思を貫いた。だからこそ、どんな答えが返ってこようと、その結果は堂々と受け入れる。 璃子は震えそうになる膝をグッと堪え、逃げることなく、山城麗子の深い視線を見つめ返した。 「……よろしいのではないでしょうか。厳山さん。少なくとも、自分の言葉で堂々と意志を語れる強さはあるようですわ」 その言葉を聞いた瞬間、膝の震えが一気に押し寄せてきた。それは、璃子を認めてくれたことと、これまでの顔色を窺う癖を隠せたこと。強くなっている自分がいたことに安堵した。 「母上……」 仁さんがわずかに目元を和らげた。 山城麗子の厳しい声はそれで終わりではなかった。すっと目を細め、今度は仁さんと璃子の二人を鋭く見据えた。 「ただし。山城の正妻となるからには、順序だけは絶対に間違えてはなりません。正式な結納、格式ある挙式、そして厳格な入籍。すべてを完璧な手順で執り行うこと。万が一にも、順序が逆になるようなこと……いわゆる、入籍前の懐妊、若い子が使う言葉ですと、授かり婚と言いますわね。その辺りは問題ないかしら?」 あまりの情報量と冷徹な追及に、璃子の頭は真っ白になりつつあった。咄嗟に左手の指輪を手で隠した。 (順序……) 私たちはもう、婚姻届を出している。入籍のほうが、挨拶や結納よりも先だった。完全に順序が狂っている。それがバレたら、今度こそこの結婚を白紙にされかねない。パニックになりかける璃子の横で、仁さんは少しも表情を崩さず、平然とした声で山城麗子の視線を受け流した。 「俺たちは子供じゃないんだ。授かり婚はしないさ」 どこか呆れたような、それでいて完璧な嘘を織り交ぜた仁さんの言葉に、山城麗子はそれ以上疑うような素振りは見せなかった。 「仁、璃子さん。山城の格式と誇りを汚すことだけは、厳に慎みなさい。よろしいですね」 山城麗子の厳しい念押しに、璃子は心臓の音を必死に抑えた。 「正式な、結納ですが……」 璃子の言葉が途切れ、和室に静かな
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第59話:山城家劇場、閉幕

あまりの緊張感に、ひざまずいたままの璃子は息をすることすら忘れて、ご両親の顔を交互に見つめていた。 そんな張り詰めた沈黙を破ったのは、山城麗子の、上品でありながらもどこか呆れたような深いため息だった。 「……本当に。まったく、お固いこと。困りますわね」 「え……?」 璃子が思わず顔を上げると、山城麗子は持っていた扇子でトントンと自身の膝を叩き、口元をわずかに綻ばせた。 「せっかく私が、あの仁に少しは冷や汗をかかせてやろうと、大人の意地悪を仕掛けてあげましたのに。璃子さん、あなたがそんなに正直に白状してしまっては、せっかくのお芝居が台無しではありませんか」 「お、お芝居……?」 あまりの急展開に璃子の頭が追いつかずにいると、背後の襖が、待ってましたとばかりに勢いよく左右に開かれた。 「もう、お母様! その辺にしてあげて! 隣で聞いていてハラハラしちゃったじゃない、璃子ちゃんがかわいそうよ!」 「はは、お義母様、さすがに意地悪が過ぎます。仁のあんなに焦った顔、僕も初めて見ました」 和服を華やかに着こなした聖子さんが憤慨した様子で和室に乱入し、その後ろから苦笑いした聖子さんの夫の頼人さんが続いて入ってきた。 「聖子さん……! 頼人さん……!?」 驚いて目を丸くする璃子の隣で、仁さんだけは「やれやれ」と肩をすくめている。 「お母様ったら、わざわざ『授かり婚』なんて若い子の言葉を予習してまで、二人をからかおうとするんですから。台本通りに進まなかったからって、璃子ちゃんに八つ当たりしないでくださいね」 聖子さんは璃子のもとに駆け寄ると、優しくその肩を抱き寄せた。 「あのパーティーでの仁の身勝手な入籍宣言ですもの。山城の親として、少しは父親らしい威厳と、母親としてのトゲを見せてやりたかったのでしょうね。最初から二人を拒むつもりなど、父上にも母上にもありませんよ。だから、璃子ちゃんは安心してね」 「麗子の負けだな。この娘は、保身の嘘よりも誠実さを選ぶ。山城の正妻にふさわしい器だ」 山城厳山にそう言われ、山城麗子はふいっとそっぽを向いたが、その頬は心なしか赤みを帯びていた。 「……まあ、嘘をつけぬ真っ直ぐな強さがあることは、山城の妻として合格といたしましょう。入籍してしまっているものは、今更仕方がありませんわね
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第60話:緊張の糸が切れた夜に

「はぁ……」 璃子は、隣に座る仁さんの肩に深く頭をもたれかけさせ、今日何度目か分からない大きなため息をついた。張り詰めていた緊張の糸が完全に切れ、今になって全身の力が抜けてしまった。 「本当にお疲れ、璃子。家に着くまで、少し眠るといい」 仁さんが優しく私の髪を撫でながら、そう囁いた。 ずっと一人で戦ってきた。両親を亡くし、身寄りもなく、生きていくためにただ必死で、張り詰めた糸を張り直すようにして突っ走ってきた日々。 弱音を吐けば潰れてしまうから、体調が悪くても、どれだけ心が擦り切れても、「大丈夫」と自分に嘘をつき続けていた。 けれど、仁さんは璃子のそんな強がりの裏にある、ボロボロに疲れた本音を、誰よりも早く見つけてくれる。 「少し眠るといい」というその一言は、璃子にとって「もう、一人で頑張らなくていい」と、肩の荷を下ろしてくれる魔法の言葉のようだった。 包み込んでくれる仁さんの体温があまりにも温かくて、これまでずっと凍えていた胸の奥が、ゆっくりと、優しく解けていくのを感じていた。 張り詰めていた涙がこぼれそうになるのを必死に堪えながら、璃子は深く、仁さんの肩に頭を預けた。 「ううん、大丈夫です」 結局、いつもの癖で「大丈夫」と言ってしまった。 「……でも、本当に心臓が止まるかと思いました。まさか、お義父様もお義母様も、最初から私たちのことを見透かしてお芝居をされていたなんて……」 「昔からああやって人を試すような悪戯が好きな家族だ。姉貴を見ていたら分かるだろう」 仁さんに言われて実感した。 確かに聖子さんは、どちらかというとコメディ要素を持っている。サービス精神旺盛で、美人で、スタイルも良くて、気遣いもできて……。 (どこにも悪いところがない。神様は不公平だ……) そんなことを心の中でほんのり羨んでいると、仁さんがくすりと喉を鳴らした。 「璃子があまりに生真面目に『婚姻届を出してしまいました』と引き返して白状した時の、あの二人の満足そうな顔を見たか?」 「見ましたとも。……でも、まさかあそこで『結納は省きましょう』なんてお義母様から仰ってくださるなんて、思ってもみなくて」 「ああ。お前の生い立ちを聞いて、母上なりに配慮したんだろう。不器用な人たちだが、冷酷なわけじゃない。これで正式に、お前は山城の家族だ」 (本当に……不器
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