جميع فصول : الفصل -الفصل 240

260 فصول

新しい目標

 翌週。 佳苗は出社すると、朝から慌ただしく書類を整理していた。「朝倉さん」 声を掛けられ、振り返る。「はい」 課長が数枚の書類を手に近付いてきた。「この契約書なんだけど、確認お願いできる?」「もちろんです」 佳苗は書類を受け取り、一枚ずつ目を通していく。 金額。 契約期間。 会社名。 押印欄。 添付資料。 順番に確認していくと、一か所だけ数字の記載ミスを見つけた。「課長」「ん?」「こちらですが、添付資料の金額と契約書の金額が一致していません」「あ、本当だ」 課長は驚いたように書類を見比べた。「よく気付いたね」「ありがとうございます」「このまま送るところだったよ」 課長は苦笑しながら書類を持って担当部署へ向かっていく。 その様子を見送りながら、佳苗は少しだけ嬉しくなった。 以前なら、自分にこんな仕事は任せてもらえなかった。 今は違う。 少しずつではあるけれど、信頼してもらえている。 昼休み。 休憩室でお弁当を食べていると、隣へ座った先輩が笑い掛けてきた。「朝倉さん、本当に細かいところによく気付くよね」「そんなことないですよ」「いやいや。みんな助かってる」 そう言われると照れてしまう。「ありがとうございます」「その調子なら、もっといろんな仕事も任せられそうだね」 佳苗は思わず聞き返した。「もっと、ですか?」「うん。書類管理だけじゃなくて、少しずつ担当業務が増えるかもしれないよ」 その言葉に胸が高鳴る。 もっとできることが増える。 もっと経験を積める。 それは佳苗が望んでいたことだった。 その日の帰り道。 佳苗は駅へ向かいながら、ふと自分のバッグへ視線を落とした。 中には、資格試験の参考書が入っている。 合格して終わりではない。 もっと知識を身につけたい。 もっと仕事ができるようになりたい。 そんな気持ちが、自然と湧いてきていた。(そういえば……) 雄吾は以前、言っていた。 『資格を取れば、仕事の幅も広がる』 あの時は目の前のことで精一杯だった。 でも今なら、その意味が少し分かる気がする。 自立とは、部屋を借りることだけではない。 自分でできることを増やし、自分の力で道を選べるようになること。 そんな考えが、少しずつ佳苗の中で形になり始めていた。 マンシ
اقرأ المزيد

もう一つの選択肢

 夕食を終えたあと。 佳苗は食器を洗いながら、昼間の出来事を思い出していた。「今日は何かいいことがあったのか?」 ダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいた雄吾が尋ねる。 佳苗は振り返って笑った。「分かりますか?」「何となくな」「課長に契約書の確認を頼まれたんです」「ほう」「数字の間違いを見つけたら、『助かった』って言っていただけて」 雄吾は静かに頷く。「信頼されている証拠だな」 その一言が、佳苗には嬉しかった。 食器を拭き終え、雄吾の向かいへ腰を下ろす。「今日、少し考えたことがあるんです」「聞こう」 雄吾はコーヒーカップを置いた。「私、自立っていうと、一人暮らししか思い浮かんでいませんでした」 佳苗はゆっくりと言葉を選ぶ。「でも、会社で仕事を任せてもらえるようになって……」「少しずつできることが増えているって実感して」「それも、自立の一つなのかなって思ったんです」 雄吾は黙って耳を傾けている。「だから、一人暮らしを急がなくてもいいのかなって」 そう口にすると、不思議と胸が軽くなった。 この数日で初めて、自分の中から自然に出てきた言葉だった。 雄吾は穏やかな表情で言う。「それがお前自身の考えなら、俺は嬉しい」「はい」「ただし」 佳苗は首を傾げる。「無理はするな」「仕事が楽しいからといって、何でも引き受けるな」「……はい」 思わず苦笑する。 雄吾らしい言葉だった。「お前は真面目だからな」「気付けば全部自分で抱え込んでいる」「そんなこと……」 言いかけて、佳苗は口を閉じた
اقرأ المزيد

小さな変化

 それから数週間が過ぎた。 佳苗は以前にも増して仕事へ打ち込んでいた。「朝倉さん、この書類お願い」「はい」「こっちも確認してもらっていい?」「分かりました」 次々と声が掛かる。 以前は先輩が担当していた仕事も、少しずつ佳苗へ回ってくるようになっていた。 もちろん責任は重くなる。 それでも、不思議と嫌ではなかった。 一つひとつ経験を積んでいる実感があったからだ。 昼休み。 課長に呼ばれ、佳苗は会議室へ向かった。「朝倉さん」「はい」「最近、本当によく頑張ってくれてるね」「ありがとうございます」「そこで相談なんだけど」 課長は一枚の資料を差し出した。「来月から新しい業務を始める予定なんだ」 佳苗は資料へ目を通す。 新しい管理システムの導入計画だった。「これに伴って、担当者を何人か決める予定なんだけど」「朝倉さんにも入ってもらえないかな」 思わず目を丸くする。「私ですか?」「ああ」「もちろん最初から全部任せるわけじゃないよ」「研修もあるし、先輩も一緒だから安心して」 佳苗は少しだけ考えた。 知らない仕事。 新しいこと。 以前なら、不安の方が大きかったかもしれない。 けれど今は違う。「ぜひ、お願いします」 自然と言葉が出ていた。 課長は嬉しそうに笑う。「ありがとう。期待してるよ」 会議室を出た佳苗は、思わず胸へ手を当てた。(期待……) そんな言葉を掛けられる日が来るなんて。 数か月前の自分には想像もできなかった。 その日の帰宅後。「ただいま」「おかえり
اقرأ المزيد

もう一つの提案

 週末の夕方。 佳苗はリビングのソファで資格の参考書を開いていた。 今すぐ受験する予定があるわけではない。 けれど、新しい業務を任されることになり、もっと知識を身につけたいと思うようになっていた。 ページをめくっていると、コーヒーの香りが漂ってくる。「少し休憩しろ」 雄吾がマグカップをテーブルへ置いた。「ありがとうございます」 佳苗は参考書を閉じ、コーヒーを一口飲む。「最近、よく勉強しているな」「はい。新しい仕事が始まる前に、少しでも覚えておきたくて」「そうか」 雄吾は向かいのソファへ腰を下ろした。 しばらく穏やかな時間が流れる。 やがて雄吾が静かに口を開いた。「以前の話だが」 佳苗はすぐに何のことか分かった。 一人暮らしのことだ。「はい」「俺も少し考えてみた」 佳苗は姿勢を正す。「お前は、一人で生活できる力を身につけたいと言っていたな」「はい」「だったら、一つ提案がある」 佳苗は雄吾を見つめる。「家のことを、もう少しお前に任せてみないか」「家のこと……ですか?」「ああ」 雄吾は頷いた。「今も料理は作ってくれているが、それ以外は俺がやっていることも多い」 確かにそうだった。 生活費の管理。 各種契約の更新。 マンションの管理会社とのやり取り。 家電の買い替えや修理の手配。 そういったことは、ほとんど雄吾がしている。「少しずつでいい」「俺が隣で見ているから、一緒に覚えていけばいい」 佳苗は目を瞬かせた。 そんなことは考えたこともなかった。「それも、一人で生活するために必要なことだろう」 その
اقرأ المزيد

待たなくていい

 休日の午後。 佳苗は買い物袋を提げてマンションへ戻ってきた。「ただいま帰りました」「おかえり」 リビングから雄吾が顔を出す。「少し遅かったな」「今日はスーパーで時間がかかっちゃって」 佳苗は照れ笑いを浮かべながら、買い物袋の中を見せた。「お肉が半額になったんです」「半額?」「はい。夕方になるまで待ったら、お値引きシールが貼られて」 嬉しそうに話す佳苗を見て、雄吾は小さく笑う。「ずいぶん得をしたんだな」「三百円くらい安く買えました」 佳苗はどこか誇らしげだった。 三百円あれば、牛乳も買える。 卵だって買える。 そう思うと、三十分待った甲斐があった。 雄吾は買い物袋を受け取りながら尋ねる。「何時から待っていた?」「五時半くらいです」「三十分ほどか」「はい」 雄吾は少しだけ考え込む。 佳苗は「節約できてよかったな」と言われるものだと思っていた。 しかし、返ってきた言葉は予想とは違った。「もう待たなくていい」「え?」 思わず聞き返す。「三百円のために三十分待つくらいなら」 雄吾は佳苗をまっすぐ見つめた。「その三十分、俺はお前に早く帰ってきてほしい」 佳苗は目を丸くする。「でも……」「節約になるんです」「そうだな」 雄吾は否定しなかった。「その考え方が悪いと言っているわけじゃない」 静かな声が続く。「だが、俺にとっては違う」「……」「お前と一緒に夕食を食べられる時間の方が、大切だ」 佳苗は何も言えなくなった。 そんなふうに考えたことは、一
اقرأ المزيد

思い出代

 翌日の帰り道。 佳苗はスーパーで買い物を済ませると、お菓子売り場の前で足を止めた。「あ……」 棚の上に、小さなクッキー缶が並んでいる。 丸い缶には可愛らしいイラストが描かれていて、横にはこんな説明が添えられていた。『食べ終わった後は貯金箱として使えます』 佳苗は缶を手に取る。「可愛い……」 値段は三百円ほど。 少しだけ悩んでから、買い物かごへ入れた。(今日は半額になるまで待たなかったし) 昨日、雄吾に言われた言葉が頭をよぎる。『その三十分、俺はお前に早く帰ってきてほしい』 その代わりと言っては何だけれど。 二人で食べられるものを買おうと思った。 食べ終わったら、この缶へ少しずつお金を入れていくのも楽しそうだ。 そんなことを考えながら、佳苗はマンションへ帰った。「ただいま帰りました」「おかえり」 雄吾はリビングで本を読んでいた。「今日は早いな」「はい」 佳苗は嬉しそうに紙袋から缶を取り出す。「これ、見てください」「菓子か?」「クッキーです」 雄吾は缶を受け取り、説明を読む。「食べ終わったら貯金箱になるのか」「そうなんです」 佳苗は笑顔で頷いた。「昨日、お肉を待たずに買ったじゃないですか」「ああ」「三百円くらい節約できなかったので」「その代わりに、これを買ってきました」 雄吾は少しだけ首を傾げた。「……佳苗」「はい?」「それでは節約になっていないのではないか?」「…………」 佳苗
اقرأ المزيد

いっぱいになったら

 その日の夕食後。 佳苗はクッキー缶をきれいに洗い、丁寧に水気を拭き取っていた。「もう使うのか?」 ソファで新聞を読んでいた雄吾が声を掛ける。「はい」 佳苗は笑顔で頷く。「せっかくなので、リビングに置いておこうかなって」 食器棚の上へ缶を置く。 中には、今日入れた百円玉が六枚。 カラン、と缶を揺らすと、小気味よい音が鳴った。「何だか嬉しいですね」「まだ六百円だぞ」「そうなんですけど」 佳苗は缶を見つめながら微笑む。「少しずつ増えていくのが楽しそうで」 雄吾はその様子を静かに眺めていた。「いっぱいになったら、何に使う?」「そうですね……」 佳苗は少し考え込む。「旅行は足りませんよね」「そうだな」「外食なら行けるでしょうか」「店による」 あまりにも真面目な返事に、佳苗はくすっと笑った。「じゃあ、おいしいケーキを食べに行くのはどうですか?」「ケーキ?」「はい」「ちょっといいお店で」「それくらいなら十分だろう」 雄吾は頷く。 すると佳苗は、少しだけ首を傾げた。「あれ……」「どうした?」「雄吾さんなら、普通に連れて行ってくださいますよね」「もちろんだ」「ですよね」 佳苗は困ったように笑う。「じゃあ、この貯金の意味がなくなっちゃいます」 雄吾は少し考えたあと、口元を緩めた。「意味はある」「え?」「その日は」 雄吾は佳苗を見る。「その金で払おう」「……え?」「俺は財布を出さない」
اقرأ المزيد

雄吾の節約

 数日後の夜。 夕食を終えた佳苗は、食器を片付けながら冷蔵庫を開いた。「あっ」 思わず声が漏れる。「どうした?」「卵、あと二つしかありません」「そうか」「明日、帰りに買ってきますね」 そう言いながら冷蔵庫を閉めると、雄吾が何かを思い出したように口を開いた。「そういえば」「はい?」「明日は俺が少し早く帰れそうだ」 佳苗は振り返る。「珍しいですね」「ああ」「なら、俺が買ってこよう」「え?」「卵だろう」 佳苗は一瞬迷った。 雄吾に買い物を頼むこと自体は初めてではない。 けれど。(……大丈夫かな) 少しだけ、不安がよぎる。 翌日。 佳苗が帰宅すると、雄吾はすでに帰ってきていた。「おかえり」「ただいま帰りました」 キッチンを見ると、買い物袋が置いてある。「買ってきたぞ」「ありがとうございます」 佳苗は袋の中を覗き込んだ。 卵。 牛乳。 食パン。 頼んでいない野菜まで入っている。「えっ?」 佳苗はレシートを手に取った。 そして、固まる。「雄吾さん」「ん?」「この卵……」「どうした?」「一番高いの買ってません?」 雄吾はきょとんとした。「そうか?」「そうです!」 佳苗はレシートと卵を交互に見比べる。「こっちなら二百円くらいなのに……」「これは四百円近いです」「そうだったか」 あまり気にしていなかった、という
اقرأ المزيد

初めての買い物

 その週末。 二人は近所のスーパーへやって来ていた。 雄吾と並んで買い物をするのは、佳苗にとって初めてだった。「今日は先生役ですね」 買い物かごを持ちながら佳苗が笑う。「節約の先生です」「期待している」 雄吾も穏やかに答えた。 まず向かったのは野菜売り場だった。「ほら、雄吾さん」 佳苗はトマトを手に取る。「こっちは六個入りで三百九十八円」「こっちは四個入りで二百五十八円です」「だから?」「一個当たりだと、こっちの方が安いんです」 雄吾は真剣な表情で値札を見比べる。「なるほど」「数だけじゃなくて、こういう見方もするんです」「勉強になる」 佳苗は少し誇らしくなった。 雄吾に教えられることなんて、あまりないと思っていた。 でも今は違う。 自分にも伝えられることがある。 そう思うと嬉しかった。 次は牛乳売り場。「今日は特売ですね」「昨日言っていたやつか」「はい」 佳苗は迷わず特売品をかごへ入れる。 雄吾は隣の商品を見ていた。「こっちの方がおいしそうだが」「百五十円違います」 佳苗が即座に答える。 雄吾は苦笑した。「すぐ分かるんだな」「毎週見てますから」 二人はそのまま精肉売り場へ向かった。 佳苗は鶏もも肉を手に取る。「今日はこれにします」 すると雄吾は隣の国産銘柄鶏へ手を伸ばした。「こちらはどうだ?」 佳苗は値札を見て、思わず目を見開く。「雄吾さん」「ん?」「三倍です」「そうか」「そうか、じゃありません」 思わず笑ってしまう。
اقرأ المزيد

今度は雄吾の番

 スーパーから帰ると、佳苗は買ってきた食材を冷蔵庫へしまい始めた。「今日は買いすぎませんでしたね」 冷蔵庫の中を見ながら、満足そうに頷く。「先生のおかげだ」 雄吾が真面目な顔で答えるものだから、佳苗は思わず笑ってしまった。「そんな大げさな」「いや」 雄吾は冷蔵庫へ牛乳を入れながら言う。「確かに無駄な買い物はなかった」「でしょう?」 佳苗は少し得意げだ。 すると雄吾が、ふと思い出したように言った。「だが、一つだけ」「はい?」「今日は俺も教えたいことがある」 佳苗は首を傾げる。「教えたいことですか?」「ああ」 雄吾は冷蔵庫の扉を閉めると、佳苗の方を向いた。「お前は値段を見る」「はい」「それは悪くない」「でも」「時間は見ていない」 佳苗はきょとんとした。「時間……ですか?」「今日、スーパーでトマトを選ぶのに五分くらい迷っていただろう」 佳苗は思い返す。「そういえば……」「安い方が一個当たりいくらで、と計算していました」「ああ」 雄吾は頷く。「俺なら、その五分で仕事を一つ終わらせる」 佳苗は黙って聞いている。「もちろん、仕事だけじゃない」「お前と話もできる」「本も読める」「休むこともできる」 雄吾は穏やかな声で続けた。「時間にも価値がある」 その言葉は、佳苗の胸へ静かに落ちていった。「だから」「五分かけて十円安くするなら」「俺は五分を選ぶ」 佳苗は少しだけ考え込む。「確かに……」
اقرأ المزيد
السابق
1
...
212223242526
امسح الكود للقراءة على التطبيق
DMCA.com Protection Status