جميع فصول : الفصل -الفصل 250

260 فصول

少しだけ寄り道

 その日の帰り道。 スーパーを出た佳苗は、ふと商店街の一角で足を止めた。「あら」 小さな八百屋の店先に、人だかりができている。『本日限り! みかん詰め放題!』 威勢のいい店員の声が響いていた。「雄吾さん」 佳苗は思わず袖を引く。「あれ」 雄吾も看板へ目を向けた。「詰め放題か」「ちょっと見てもいいですか?」「ああ」 二人で近づくと、おばあさんや主婦たちが袋いっぱいにみかんを詰めている。「すごい……」 佳苗は思わず感心した。「袋から落ちなければいいんですね」 店員が笑顔で説明する。「そうだよ! 最後に持ち上げられればオッケー!」 佳苗は楽しそうに眺めていた。 すると雄吾が隣で聞く。「やりたいか?」「え?」「興味があるんだろう」 佳苗は少し迷ってから、小さく頷いた。「……実は」「ちょっとだけ」「やってみたいです」 その返事を聞いた雄吾は、迷いなく店員へ声を掛けた。「一つ頼む」「はい、五百円ね!」 袋を受け取った佳苗は、少し緊張したような顔になる。「頑張ります」 周りのお客さんに混じって、慎重にみかんを積み上げていく。「これなら……」 一段。 二段。 少しでも多く入れようと真剣だ。 雄吾は腕を組み、その様子を静かに見守っていた。「上手だねえ」 近くのおばあさんが笑う。「ありがとうございます」 佳苗も嬉しそうに笑い返す。 あと一個。 乗せられそうだ。「…&hellip
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今日は私が

 休日が終わり、また忙しい一週間が始まった。 金曜日の夕方。 佳苗は時計を見上げる。(今日は少し早く終わった) 残業もなく、定時で仕事を終えられた。 会社を出ながらスマートフォンを見ると、雄吾からメッセージが届いていた。『今日は少し遅くなる』 短い一文。 佳苗は画面を見つめ、小さく笑う。「じゃあ……」 今日は、自分が迎える番だ。 スーパーへ寄ると、夕食の材料を選ぶ。 以前のように何十分も値札の前で悩むことはしない。(今日は五分以上迷わない) 思わず笑ってしまう。 雄吾に「時間ですよ」と言われる姿が頭に浮かんだからだ。 必要なものだけを買い、マンションへ帰る。 キッチンに立つと、自然と鼻歌が漏れた。 煮込み料理なら、雄吾が帰ってくる頃にちょうど食べ頃になる。 サラダを盛り付け、スープを温める。 最後にテーブルへ料理を並べたところで、玄関の鍵が回る音がした。「ただいま」「おかえりなさい」 雄吾はネクタイを少し緩めながらリビングへ入る。「今日は早かったんだな」「はい」 佳苗は嬉しそうに頷く。「だから、今日は全部終わらせて待っていました」 雄吾の視線が食卓へ向く。「……すごいな」「今日は頑張りました」 佳苗は少し照れながら笑う。「スーパーでも迷いませんでしたし」「ほう」「ちゃんと時間も考えました」 その言葉に、雄吾も笑みを浮かべる。「先生の成果か」「はい」 二人は席へ着く。 温かな料理から湯気が立ち上る。 一口食べた雄吾が、小さく息をついた。「うまい」「本当ですか?」「ああ」 
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おかえりの理由

 翌週。 佳苗は新しく任された業務の研修を終え、少し疲れた様子で会社を出た。「ふぅ……」 覚えることが多い。 けれど、不思議と嫌ではなかった。 むしろ、「もっと覚えたい」という気持ちの方が大きい。 駅へ向かいながらスマートフォンを見る。 時計は午後六時。(今日は雄吾さんの方が早いかな) そんなことを考えていると、一通のメッセージが届いた。『今日は先に帰っている』 短い文章だった。 佳苗は自然と口元が緩む。(急ごう) 以前なら、スーパーへ寄って特売品を見ていたかもしれない。 でも今日は違う。 雄吾が家で待っている。 それだけで、足取りが少し速くなった。 マンションのエントランスを抜け、エレベーターへ乗る。 玄関のドアを開けると、ふわりといい香りが漂ってきた。「ただいま帰りました」「おかえり」 キッチンから雄吾が顔を出す。 エプロン姿だった。 佳苗は思わず目を丸くする。「今日は雄吾さんが作ってくださるんですか?」「ああ」「研修だっただろう」「少し疲れていると思ってな」 佳苗は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。「ありがとうございます」「座って待っていろ」「何かお手伝いします」「今日はいい」 そう言われると、本当にやることがない。 佳苗はリビングのソファへ腰を下ろし、キッチンに立つ雄吾の後ろ姿を眺めた。(こういう日もあるんだ……) しばらくすると、料理が食卓へ並ぶ。「わあ……」 彩りのいいパスタに、サラダ。 そして温かいスープ。「おいし
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私にもできること

 翌朝。 佳苗は少し早く目を覚ました。 カーテンを開けると、柔らかな朝日が部屋へ差し込む。(昨日は作ってもらっちゃったし……) 今日は少しだけ早起きして、朝食を作ろう。 そんなことを考えながらキッチンへ向かう。 冷蔵庫を開けると、先日一緒に買った食材がきれいに並んでいた。「卵は……」 二人で選んだ、少しだけいい卵。 雄吾が「毎日食べるものだから」と譲らなかったものだ。 佳苗は思わず笑ってしまう。「今日はこれにしましょう」 卵焼きを作り、味噌汁を温める。 鮭を焼き、ご飯をよそう。 最後に食卓へ並べたところで、リビングのドアが開いた。「おはよう」「おはようございます」 雄吾は食卓を見ると、小さく目を見開いた。「今日は早いな」「昨日のお返しです」 佳苗は少し照れながら笑う。「昨日は全部やっていただいたので」「今日は私にやらせてください」 雄吾は椅子へ腰を下ろす。「ありがとう」 二人で「いただきます」と手を合わせる。 一口食べた雄吾が、小さく頷いた。「うまい」「本当ですか?」「ああ」 その一言で、佳苗の表情がふっと緩む。 食事をしながら、佳苗はふと思い出したように口を開いた。「そういえば」「ん?」「この前、一緒にスーパーへ行ったでしょう?」「ああ」「あれから、買い物が少し楽しくなりました」 雄吾は静かに耳を傾ける。「前は安いものを探すことばかり考えていたんです」「でも今は」 佳苗は少し笑った。「『これなら雄吾さん好きそうだな』とか」「『今日はこれを作った
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二人のルール

 その日の夜。 佳苗が夕食の片付けを終えると、リビングのテーブルの上に置かれた貯金箱へ目が留まった。「雄吾さん」「どうした」「今日も入れますか?」 雄吾は新聞から顔を上げた。「何かあったか?」 佳苗は少し照れながら、小さな紙袋を取り出す。「実は……」 中から出てきたのは、小さなプリンが二つ。「会社の近くのお店で見つけたんです」「おいしそうだったので」 雄吾はプリンを見て微笑んだ。「なるほど」「今日は半額じゃありません」 佳苗は少し得意そうに胸を張る。「迷ったんですけど」「今日は食べたいなって思ったので買いました」 雄吾は静かに頷く。「それでいい」「え?」「食べたいものまで我慢する必要はない」 佳苗は少し嬉しそうに笑った。「でも、高いものは買いませんでしたよ」「一個二百八十円です」「ちゃんと予算も考えました」 雄吾は思わず笑う。「報告までしてくれるのか」「先生に怒られたくないので」「俺はそんなに厳しい先生か?」「少しだけ」 佳苗がくすっと笑う。 二人でプリンを食べながら、他愛のない話をする。 仕事のこと。 スーパーで見つけた新しい商品。 会社の近くにできたパン屋。 そんな話をしているうちに、佳苗はふと思い出したように立ち上がった。「そうだ」 財布から百円玉を三枚取り出す。「今日はこれも」 チャリン。 貯金箱へ百円玉が落ちる。 雄吾も財布を取り出した。 同じように百円玉を三枚。 チャリン。 二つの音が続けて響く。 
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電話の向こうの男

 月曜日の午前。 佳苗は契約書の確認を終え、データを整理していた。 最近は任される仕事も増え、以前より一人で対応できる業務が多くなっている。 そんな時だった。 デスクの電話が鳴る。「お電話ありがとうございます――」『朝倉さん?』 低い男の声だった。「はい、朝倉です」『ああ、あなたが担当なんだ』 どこか含みのある言い方だった。「はい。本件は私が担当しております」『ふーん……』 受話器の向こうで、小さく鼻で笑う声が聞こえた。『女性だったんだね』 佳苗は一瞬だけ言葉を止めた。「はい」『いや、別にいいんだけどさ』 そう言いながら、まったく「別に」ではない口調だった。『契約関係って結構難しいからさ。本当に分かる人が担当してるのかと思って』 佳苗は表情を変えずに答える。「ご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」『ははっ』 男は面白そうに笑った。『真面目だねぇ』『まあいいや』『契約書の金額、違ってるよ』 佳苗はすぐに画面を開く。「失礼いたしました。確認いたしますので、お待ちいただけますでしょうか」『いやぁ』『確認って言われてもねぇ』 男はわざとらしくため息をつく。『だから女性の担当って嫌なんだよ』『話が遅くなるから』 佳苗はぐっと受話器を握り直した。「申し訳ありません。確認いたします」『うちも忙しいんだからさ』『分かる人に代わってもらえる?』「申し訳ございません。本件は私が担当しております」 一拍の沈黙。 そして男は鼻で笑った。『へぇ』『自信あるんだ』『まあ、その自信が間
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確認させてください

 電話を切ったあとも、佳苗はしばらく画面を見つめていた。「朝倉さん」 課長が席までやってくる。「先方から連絡があったんだって?」「はい。契約書の金額が違うと……」「データ、見せてもらえる?」「はい」 佳苗は契約書を開き、課長へ画面を向ける。 契約金額。 見積書。 発注書。 どれも一致している。「うーん……」 課長は腕を組んだ。「先方が間違えてるとも限らないしな」「はい」「とりあえず、もう一度確認してみよう」「分かりました」 佳苗は頷き、自分の送信済みフォルダを開く。 添付したファイル。 送信日時。 件名。 一つずつ確認していく。(間違っていない……) そう思う。 だが、どこかで自分が気付いていないミスがあるのかもしれない。 そんな不安も消えない。 すると、再び電話が鳴った。「はい、朝倉です」『まだなの?』 あの男だった。『こっちは待たされっぱなしなんだけど』「申し訳ございません。現在確認しております」『確認、確認ってさぁ』 男は鼻で笑う。『そうやって時間を稼げば何とかなると思ってる?』「そのような意図はございません」『いや、あるでしょ』 言葉を遮るように続ける。『だから最初から、ちゃんと分かる人を担当にしてくれって言ったんだよ』 佳苗は静かに息を吸った。「恐れ入りますが」『ん?』「私が担当しておりますので、私が最後まで確認いたします」 一瞬、相手が黙る。 そして、
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止まった案件

 午後一番。 営業部のフロアが、にわかに慌ただしくなった。「えっ、納品を止める?」 営業部の男性社員が声を上げる。 その言葉に、佳苗も思わず顔を上げた。「どうしたんですか?」「朝倉さん」 営業担当の佐々木が険しい表情で近づいてくる。「さっきの取引先なんだけど」「契約内容に相違があるから、このままじゃ納品できないって」 佳苗の顔から血の気が引いた。「そんな……」「先方、かなり怒ってる」 その時、課長のデスクの電話が鳴った。 課長が受話器を取り、表情を曇らせる。「……はい」「ええ」「分かりました」 電話を切ると、大きく息をついた。「向こうの担当者からだ」 課長は佳苗を見た。「『契約担当を代えてくれ』と言っている」 佳苗は小さく息をのんだ。「理由は……?」「『話にならない』そうだ」 営業部の空気が重くなる。 今回の案件は会社にとっても小さくない。 納品が止まれば、その先のスケジュールまで狂ってしまう。「朝倉さん」 佐々木が困ったような顔をする。「この案件、今週中に動かないとまずいんだ」「申し訳ありません……」 思わずそう口にすると、課長が首を振った。「いや、まだ朝倉さんのミスと決まったわけじゃない」「まずは事実確認だ」「はい」 佳苗はすぐにパソコンへ向かった。 送信履歴。 添付ファイル。 修正版を送った日時。 一つひとつ、丁寧に確認していく。 その時だった。 電話が鳴る。「朝倉です
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謝れば済む話

 翌朝。 佳苗はいつもより早く出社した。 昨日のうちに集められる資料はすべて揃えた。 送信履歴。 メール本文。 添付ファイル。 契約書の更新履歴。 一つひとつ印刷し、時系列に並べていく。(絶対に見落としがないように……) そんな佳苗のもとへ、課長がやって来た。「朝倉さん」「はい」「先方からまた連絡があった」 佳苗は顔を上げる。「『今日中に回答がないなら契約を白紙にする』そうだ」 胸がざわつく。 契約が白紙になれば、この案件はなくなる。 営業部が何ヶ月もかけて積み上げてきた仕事が、一瞬で消える。 その時だった。 営業部の佐々木が慌てた様子で入ってくる。「課長!」「先方、違約金の話まで始めました!」「何?」「納品が遅れた分の損害を請求する可能性があるって……」 部屋の空気が一気に重くなる。「……朝倉さん」 課長が静かに言った。「一度、こちらから謝罪して話を収める方法もある」 佳苗は息を止めた。 それは責めている言い方ではない。 会社として被害を最小限に抑えたいだけだ。 だからこそ、余計につらかった。「……はい」 返事をしたものの、胸の中に何かが引っかかる。(謝る……) もし自分が悪いなら、いくらでも謝る。 でも。(私は、本当に間違えたの?) その問いが消えない。 電話が鳴る。 佳苗は受話器を取った。『朝倉さん?』 あの男だった。『決まった?』
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広がる波紋

 昼休みを迎えても、佳苗に食欲はなかった。 デスクの上には、朝から何度も見返した資料が並んでいる。「朝倉さん」 営業部の佐々木が申し訳なさそうに声を掛けた。「ちょっといい?」「はい」 会議スペースへ移動すると、佐々木は困り切った表情で口を開いた。「先方の担当者が、また電話してきてさ……」 佳苗は静かに続きを待つ。「『あの担当者じゃ話にならない』『担当を代えろ』って」「……そうですか」「それだけじゃない」 佐々木は眉をひそめた。「『契約もまともにできない会社とは、今後の取引も考え直したい』って言われた」 佳苗はぎゅっと拳を握る。 取引がなくなる。 それは、自分一人の問題では済まない。「ご迷惑をお掛けして……」「いや」 佐々木は首を横に振った。「俺は朝倉さんがそんなミスをするとは思ってない」 その言葉に、佳苗は少しだけ救われた気持ちになる。「でも」 佐々木は苦笑した。「向こう、かなり強気なんだよ。営業部としても、このまま放ってはおけなくて」「……はい」 会社として、この案件を止めるわけにはいかない。 佳苗にも、それは痛いほど分かっていた。 午後。 部長も状況確認のため、事務フロアへやって来た。「朝倉さん」「はい」「資料を見せてもらえるかな」「こちらです」 佳苗は印刷したメールや送信履歴を机に並べる。 部長は一枚ずつ目を通した。「送信履歴は残っているな」「はい」「修正版も添付しております」「……そうか」
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