All Chapters of 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています: Chapter 251 - Chapter 260

260 Chapters

違和感

 リビングへ入ると、雄吾は佳苗の表情を見つめた。「何があった」 その穏やかな声に、佳苗は張りつめていた気持ちが少しだけ緩む。「実は……」 佳苗は今日までの出来事を順を追って話した。 契約内容が違うと言われたこと。 何度説明しても話を聞いてもらえないこと。 担当を代えろと言われたこと。 会社にも迷惑が掛かり始めていること。 雄吾は一度も口を挟まず、最後まで静かに聞いていた。「……ということなんです」 話し終えると、雄吾は少し考えるように視線を落とした。「佳苗」「はい」「一つ聞く」「はい」「君は、自分が間違えたと思っているか?」 佳苗は首を横に振った。「思いません」 迷いはなかった。「送ったメールも、添付した契約書も、何度も確認しました」「見落としがある可能性は否定できません。でも、少なくとも今の時点では、私のミスだとは思えないんです」 雄吾は静かに頷く。「なら、それでいい」 その一言に、佳苗は思わず顔を上げた。「事実を積み重ねろ」「感情ではなく、証拠だ」「相手が怒鳴ろうが、見下そうが関係ない」「最後に残るのは事実だけだ」 佳苗はその言葉を胸の中で繰り返す。 ――最後に残るのは事実。「はい」 雄吾はそれ以上、この件には踏み込まなかった。「夕食にしよう」 そう言って話を切り替える。 それがありがたかった。 雄吾は自分で解決してやるとも、取引先に連絡するとも言わない。 佳苗が自分で乗り越えるべき問題だと理解しているからだ。 夕食を終えた後も、佳苗はノートパソコンを開いた。 会社から持ち帰った資料はない
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突き合わせ

 部長が事務フロアへやって来た。「話を聞こう」 佳苗は立ち上がり、パソコンの画面を部長へ向ける。「こちらをご覧ください」 同じ案件名のフォルダが二つ並んでいる。 一見すると違いは分からない。「営業担当が途中でフォルダ名を変更した際、古いフォルダが残ったようです」「こちらが旧版、こちらが最新版になります」 部長はマウスを受け取り、それぞれのフォルダを開いた。「更新日が違うな」「はい」「そして、私がメールで送付した添付ファイルはこちらです」 佳苗は送信済みメールを開き、添付ファイルのプロパティを表示する。 更新日時。 ファイルサイズ。 最新版の契約書と一致している。「……確かに一致している」 部長は静かに頷いた。 課長も画面をのぞき込む。「つまり朝倉さんは最新版を送っている」「はい」「少なくとも送信履歴からは、そのように確認できます」 部長は腕を組んだ。「では、先方が『違う契約書を見ている』理由は何だ」 誰も答えられない。 だが、一つだけ分かったことがある。 佳苗は間違った契約書を送ったわけではない。 その可能性が一気に低くなったのだ。「営業にも確認しよう」 部長が言った。「佐々木君を呼んでくれ」 数分後、営業部の佐々木が会議スペースへやって来た。「何か分かったんですか?」 課長が経緯を説明すると、佐々木は目を丸くした。「えっ……」「朝倉さん、最新版を送ってたんですか?」「はい」「送信履歴も残っています」 佐々木は頭を抱えた。「じゃあ、向こうは何を見てるんだ……」
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見落としていたもの

 翌朝。 佳苗は始業時間より三十分早く出社した。 誰もいない事務所でパソコンを立ち上げ、昨日から気になっていた送信履歴を開く。(契約書は間違っていない)(メールも送っている)(じゃあ、何が引っ掛かっているんだろう) 更新履歴を見返す。 送信日時を見る。 添付ファイルを確認する。 何度見ても、間違いは見つからない。「朝倉さん、早いね」 課長が出社してきた。「おはようございます」「何か分かった?」「まだです。ただ、もう一度最初から確認したくて」「そうか」 課長はそれ以上何も言わず、自分の席へ向かった。 佳苗は深呼吸をして、もう一度メールを開く。 送信済みフォルダ。 件名。 本文。 添付ファイル。 その時だった。「……あ」 思わず声が漏れた。 メール本文の一行に視線が止まる。『修正版契約書を添付いたします。ご確認ください。』 何度も読んだ一文。 昨日までは何も感じなかった。 だが、その直後。 佳苗は送信履歴ではなく、共有サーバーを開いた。 契約書の保存フォルダ。 修正版。 最新版。 関連資料。 そこには、同じ案件のフォルダが二つ並んでいた。「……どうして?」 よく見ると、一文字だけ違う。 取引先名の表記が微妙に異なっている。 営業担当が途中でフォルダ名を変更した際、古いフォルダが残ったままになっていたのだ。 佳苗は急いで中身を確認する。「これは……」 二つのフォルダには、それぞれ契約書が保存されている。 だが
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証拠を見せられない理由

 部長はしばらく考え込んだ後、静かに口を開いた。「もう一度だけ確認する」 佳苗と佐々木へ視線を向ける。「こちらから、先方へ『契約書を確認したい』とお願いした」「はい」 佐々木が答える。「ですが、断られました」「理由は?」「『見せる必要はない』の一点張りです」 部長はゆっくり頷いた。「……分かった」 会議室にいた全員が黙り込む。 契約内容が違うと言うのであれば、普通は双方の資料を確認する。 どこで食い違ったのかを調べる。 それが一番早い。 それなのに、相手はそれを拒否している。 部長は机を軽く指で叩いた。「課長」「はい」「私も最初は朝倉さんのミスを疑った」 佳苗は思わず顔を上げる。「だが」「送信履歴はある」「添付ファイルも一致している」「それでもなお、相手が資料を見せないというなら」 部長は一度言葉を切った。「こちらだけを疑い続ける理由はない」 その言葉に、佳苗の胸が熱くなる。「ありがとうございます」 自然と頭が下がった。「礼を言うのはまだ早い」 部長は穏やかに言う。「事実はまだ分からない」「だが、事実を確かめようとしている社員を疑うつもりはない」 その時だった。 営業部の電話が鳴る。 佐々木が受話器を取る。「はい、営業部です」 数秒後、佐々木の表情が曇った。「……はい」「ええ」「承知しました」 電話を切ると、疲れ切ったように息を吐く。「また先方です」「何だって?」 課長が尋ねる。「明
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話が噛み合わない

 翌日の午前中。 営業部から内線が入った。「朝倉さん、少し来てもらえる?」「はい」 会議スペースへ向かうと、部長と課長、そして佐々木が揃っていた。 テーブルの中央にはスピーカーフォンが置かれている。「先方が電話なら応じると言ってきた」 部長が説明する。「契約書自体は見せないそうですが、一度話だけはする、と」 佳苗は頷いた。 しばらくして電話がつながる。『……もしもし』 例の担当者だった。 部長が穏やかに口を開く。「お世話になっております。本日は、お互いの認識を整理したく、お時間をいただきました」『こちらの認識は最初から変わりませんよ』 男は鼻で笑うように言った。『そちらが間違った契約書を送ってきた。それだけです』「その点を確認したいのです」 部長は落ち着いた声で続ける。「どの箇所に相違がございましたか」『だから全部ですよ』 佳苗は眉をひそめた。 全部。 また、その言葉だ。「差し支えなければ、具体的な条項や金額をお聞かせいただけますでしょうか」 部長が尋ねる。 一瞬、沈黙が流れた。『そんなこと説明する必要あります?』 男は苛立ったように言う。『契約書が違うんだから違うんですよ』「ですから、その違いを確認したいのです」『何度も同じこと言わせないでください』 男の声が荒くなる。『御社は確認もしないんですか?』 部長は一拍置いた。「確認しております」「その上で、こちらの送信履歴では最新版をお送りしております」『そんなの知りませんよ』「ですので――」『とにかく担当者を代えてください』 また話が戻る。
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反撃

 電話を切ったあとも、会議室には重い沈黙が流れていた。 誰もが、先ほどのやり取りを思い返している。 最初に口を開いたのは部長だった。「課長」「はい」「今の会話、要点をまとめてくれ」「承知しました」 課長はすぐにメモを取り始める。 佳苗はその様子を見ながら、小さく息をついた。 ようやく。 ようやく、自分だけの問題ではなくなった。 部長は佳苗へ向き直る。「朝倉さん」「はい」「今までよく冷静に対応してくれた」 その言葉に、佳苗は目を丸くした。「ありがとうございます」「礼には及ばない」 部長は静かに首を振る。「むしろ、君が感情的にならなかったからこそ、今日の発言をそのまま聞くことができた」 もし途中で言い返していたら。 相手は「担当者の態度が悪い」と話をすり替えていただろう。 しかし、実際は違った。 問題にしていたのは契約書ではない。 担当者が女性であることだった。 部長はゆっくりと椅子にもたれ掛かる。「さて」「ここからは会社として対応する」 佳苗は思わず顔を上げた。「会社として……ですか?」「ああ」「契約書の内容を確認したいという要求を拒否され、担当者の変更だけを求められた」「その上で、女性だから契約は無理だと発言した」 部長は資料を閉じる。「少なくとも私は、これを通常の商談だとは思わない」 課長も頷いた。「ええ」「契約内容を確認したいというこちらの要求は、至って普通ですからね」「それを拒否されている以上、このまま担当者だけ代えるわけにはいきません」 佳苗は胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。 自分を信じてもらえている。 
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事実

 翌日の午後。 営業部へ一本の電話が入った。「はい」 応対した佐々木の表情が変わる。「……はい」「お待ちください」 受話器を押さえ、部長へ振り返った。「先方の営業部長からです」 部長は静かに受話器を受け取る。「お世話になっております」 会議室は静まり返り、誰もが部長の様子を見守った。「……はい」「ええ」 部長は時折相づちを打ちながら話を聞いている。 しかし、昨日までとは違う。 相手の声は怒鳴っている様子ではなかった。 数分後。「承知いたしました」「こちらこそ、ご丁寧にありがとうございます」 部長は電話を切った。 そのまま佳苗たちを見渡す。「結論が出た」 全員が息をのむ。「朝倉さんが送付した契約書に誤りはなかった」 佳苗は思わず息を止めた。「先方でも調査した結果、担当者が社内の古いデータを確認していたそうだ」 佐々木が安堵の息を漏らす。「よかった……」 部長は続けた。「さらに、こちらから送った最新版の契約書は、相手の会社にもきちんと届いていた」「ただ、その担当者が確認せず、自分の持っていた古い資料だけを見て話を進めてしまったらしい」 佳苗は言葉が出なかった。 やはり。 自分は間違っていなかった。「営業部長から正式に謝罪があった」「担当者の対応についても、社内で厳正に対処するとのことだ」 課長が静かに笑う。「朝倉さん」「はい」「よく最後まで調べたな」「ありがとうございます」 部長も頷いた。「最初に担当者を代えていたら、この
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ただいま

 玄関のドアが開く音に、リビングから雄吾が顔を上げた。「おかえり」 その一言を聞いた瞬間。 佳苗は何日も張りつめていたものが、一気にほどけるのを感じた。「……ただいま帰りました」 バッグを置くより早く、雄吾が佳苗の表情を見る。「終わったようだな」 佳苗は驚いたように笑う。「分かるんですか?」「ああ」「昨日までとは顔が違う」 佳苗は小さく笑って頷いた。「終わりました」「私の送った契約書は間違っていませんでした」 雄吾は静かに頷く。「そうか」 それだけだった。 だが、その一言だけで十分だった。 佳苗はソファへ腰を下ろし、今日あったことを話し始める。 相手の営業部長から連絡があったこと。 社内調査の結果、担当者が古い資料を見ていたこと。 正式に謝罪があったこと。 部長や課長が最後まで信じてくれたこと。 そして、自分で証明できたこと。 雄吾は途中で口を挟まず、最後まで聞いていた。「……ということなんです」 話し終えると、佳苗は大きく息を吐く。「疲れたでしょう」 そう言うつもりだった。 だが、口から出たのは違う言葉だった。「怖かったです」 その瞬間。 自分でも驚いた。 会社では一度も口にしなかった本音。 怒鳴られても。 責められても。 平気なふりをしていた。「私、本当は……」 声が少し震える。「途中で、自分が間違っているんじゃないかって、何度も思いました」「でも、調べても調べても違う気がして……」 視界が滲む。
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思い出代

 事件が解決してから数日。 佳苗は以前のような穏やかな毎日を取り戻していた。 契約書の件以来、社内で彼女を見る目も少し変わった。「朝倉さん、この資料お願い」「はい」「あと、この契約書も確認してもらっていい?」「もちろんです」 以前なら営業担当を経由していた仕事も、直接声を掛けられるようになっている。 それは大きな変化ではない。 けれど、佳苗には十分すぎるほど嬉しかった。 自分の仕事を、自分の力で認めてもらえた。 それだけで胸が温かくなる。 その日の夜。 仕事を終えた佳苗は、雄吾の待つマンションへ帰った。「ただいまです」「おかえり」 ソファで新聞を読んでいた雄吾が顔を上げる。「今日はどうだった?」「平和でした」 佳苗は笑いながら隣へ座った。「前みたいに普通に仕事ができるって、こんなに幸せなんですね」「そうか」 雄吾も静かに笑う。「それは良かった」 佳苗は雄吾の肩へ少しだけ寄りかかった。「それで……今日は約束の日ですよね?」「ああ」 雄吾は立ち上がる。「着替えたら行こう」 数日前に約束した祝いの食事だ。「楽しみです」 佳苗も嬉しそうに立ち上がった。 食事を終え、夜風に当たりながら二人で歩く。 駅前は金曜日ということもあり、多くの人で賑わっていた。「美味しかったですね」「ああ」「こんなに高いお店、まだ慣れませんけど……」「そのうち慣れる」「慣れませんよ」 佳苗はくすっと笑う。 雄吾も小さく口元を緩めた。 マンションへ戻ると、佳苗はリビングの棚から小さなクッキー缶を取り出した。「雄吾さん」「ん
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 翌週。 佳苗は出社すると、いつものようにパソコンを立ち上げた。「おはようございます」「おはよう、朝倉さん」 同僚たちと挨拶を交わし、メールを確認する。 契約書の件が解決してから、社内はすっかり落ち着きを取り戻していた。 そんな中。「朝倉さん、ちょっといい?」 営業の佐藤が声を掛けてきた。「はい?」「例の取引先なんだけどさ」 佳苗は思わず背筋を伸ばす。「何かあったんですか?」「いや、安心して」 佐藤は苦笑した。「担当が替わるらしい」「え……?」「異動だって」 佳苗は目を丸くした。「そうなんですか……」「うん。後任が今日から引き継ぐって連絡が来た」 佳苗は小さく頷く。 正直、少しだけ胸が軽くなった。 また同じ相手と仕事をすることになったらどうしよう、と心のどこかで不安に思っていたからだ。「これで気持ちよく仕事できそうだね」 佐藤が笑う。「そうですね」 佳苗もほっとしたように笑みを返した。 昼休み。 給湯室でコーヒーを淹れていると、女性社員たちの話し声が聞こえてきた。「聞いた? あの会社の担当者」「処分されたって話?」「詳しくは知らないけど、結構大きな問題になったらしいよ」「まあ、あんな対応じゃね……」 佳苗は何も言わず、静かにその場を離れた。(処分……) 会社同士のことだ。 自分が気にすることではない。 そう思う一方で、どこか複雑な気持ちもあった。 あの人も、自分の人生を背負って働いていたはずだから。 もちろん、されたことを
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