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話が噛み合わない

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-07-25 21:30:52

 翌日の午前中。

 営業部から内線が入った。

「朝倉さん、少し来てもらえる?」

「はい」

 会議スペースへ向かうと、部長と課長、そして佐々木が揃っていた。

 テーブルの中央にはスピーカーフォンが置かれている。

「先方が電話なら応じると言ってきた」

 部長が説明する。

「契約書自体は見せないそうですが、一度話だけはする、と」

 佳苗は頷いた。

 しばらくして電話がつながる。

『……もしもし』

 例の担当者だった。

 部長が穏やかに口を開く。

「お世話になっております。本日は、お互いの認識を整理したく、お時間をいただきました」

『こちらの認識は最初から変わりませんよ』

 男は鼻で笑うように言った。

『そちらが間違った契約書を送ってきた。それだけです』

「その点を確認したいのです」

 部長は落ち着

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  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   誰が動かしたの?

     翌日も、職場の空気は変わらなかった。 むしろ処分の話が広がったことで、佳苗への態度は以前より慎重になっていた。「榊原さん、この書類お願いしてもいいですか?」「はい」「急ぎじゃないので。本当に、手が空いたときで大丈夫ですから」「今日中に確認しますよ」「いやいや、無理しなくて大丈夫です」 そこまで気を遣われるような仕事ではない。「大丈夫です。これ、今日中に返した方が次の処理が早いですよね?」「まあ、そうなんですけど……」「じゃあやります」 佳苗が書類を受け取ると、相手は妙に恐縮しながら離れていった。 その背中を見送り、ため息をつきたくなる。 これでは普通に仕事をするだけでも、こちらが無理を言っているようだった。     ◇ 昼休み。 佳苗が席を外して戻ってくると、近くで話していた二人が急に声を落とした。「……だから、役員まで知ってたらしいよ」「役員?」「うん。人事に調べるようにって、上から話が来たって」 佳苗の足が止まる。「上司からじゃないの?」「違うみたい。もっと上」「なんでそんなところまで?」「知らないけど」 そこで二人が佳苗に気づいた。「あ……」 気まずそうに黙り込む。 佳苗は少し迷ってから、自分の席へ戻った。 役員。 その言葉だけが頭に残った。 上司へ相談した内容が人事に共有され、その報告が役員まで上がった。 そういう流れなら、別におかしくはない。 けれど――。     ◇ 午後、上司へ書類を届けたついでに、佳苗は尋ねた。「あの、今回の調査って、課長が人事に上げてくださったんですか?」「え?

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     人事のヒアリングは、それから数日続いた。 佳苗自身が呼ばれたのは最初の一度だけだったが、周囲の社員は何人も順番に話を聞かれていた。 そして翌週の午後。「榊原さん、少しいい?」 再び上司に呼ばれた。「はい」 会議室へ入ると、前回と同じ人事担当者が待っていた。「先日はありがとうございました」「いえ」「その後、複数の社員への聞き取りと、業務の割り振りについて確認を行いました」 佳苗は黙って続きを待つ。「まず、榊原さんがお話しくださった内容については、複数の証言が一致しています」「そうですか」「配偶者の職業や経済状況に関する発言が繰り返されていたことも確認できました。また、業務を依頼する際、それを理由にした発言があったことも事実と判断しています」 佳苗は少しだけ肩の力を抜いた。 自分が気にしすぎていただけではなかった。「会社としては、適切ではない言動だったと考えています」「はい」「関係した社員には個別に指導を行います。特に、繰り返し発言していた社員については、社内規定に沿って対応する予定です」「……処分されるんですか?」「詳細はお伝えできませんが、人事上の措置を含めて検討しています」 そこまでになるとは思っていなかった。 佳苗は少し戸惑ったものの、人事担当者は静かに続けた。「榊原さんが申し訳なく思う必要はありません。会社として確認した上での判断です」「でも……」「今回問題としているのは、単なる雑談だけではありません。配偶者の収入を理由に業務負担を決めようとしたことや、相談後の発言についても確認しています」 そう言われれば、佳苗に口を挟めることではなかった。「分かりました」「今後も何かあれば、上司か人事へ直接相談してください」「ありがとうございます」

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   大げさにしすぎ

     人事のヒアリングが始まってから、職場の空気はさらに変わった。 午前中だけで数人が会議室へ呼ばれた。 誰が何を聞かれたのかは分からない。 けれど、理由を想像するのは難しくなかった。「……私、別に悪口なんて言ってないんだけど」 午後、コピー機の前でそんな声が聞こえた。「私だって。ちょっと冗談言っただけ」「でも何言ったかまで聞かれたよ」「誰がそんな細かいこと覚えてるの?」 佳苗は資料を抱えたまま、その横を通り過ぎた。 すると会話が止まった。 まただ。 最近は、佳苗が近づくだけで会話が途切れる。     ◇ 翌日。「榊原さん」 以前、佳苗へ仕事を頼んできた社員が声を掛けてきた。「はい?」「ちょっといいですか?」 人の少ない廊下へ移動すると、相手は困ったような顔をした。「この前の仕事のことなんですけど」「ああ、はい」「私、別に榊原さんに嫌がらせしようと思って頼んだわけじゃないんです」「それは分かってます」「じゃあ、なんで人事にまで話したんですか?」 佳苗は目を瞬いた。「私は上司に相談しただけですよ」「でも今、人事からいろいろ聞かれてて」「会社が確認する必要があると判断したんじゃないですか?」「……こんな大げさになると思わなくて」 その言葉に、佳苗の眉がわずかに寄った。「大げさなんですか?」「そういう意味じゃなくて」「私は仕事を頼まれたことを問題にしたわけじゃないです。夫の収入を理由に、私なら残業しても困らないと言われたことを話しました」「だから、それは冗談というか……」「私は嫌でした」 はっきり言うと、相手は黙った。

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   妻が安心して働ける会社

    「……と、申しますと?」 役員の笑顔がわずかに引きつった。 雄吾は手にしていたグラスをテーブルへ置いた。「そのままの意味です。妻から少し気になる話を聞きまして」「何かございましたか?」「俺と結婚してから、『働かなくても困らない』『残業しても困らない』と言われているそうです」「それは……」「生活に困っていないからという理由で、本来の業務とは別の仕事を回されたこともあると聞いています」 役員の表情が変わった。「申し訳ございません。私は把握しておりませんでした」「でしょうね」 雄吾も、目の前の男が関与しているとは思っていない。「妻は自分で対応しています。上司にも相談したそうです」「でしたら、社内でも確認を――」「ただ、そのあとも『社長夫人には逆らわない方がいい』『仕事は社会参加みたいなものだ』と言われているようですが」「……そんなことまで?」「ええ」 役員は完全に笑顔を消した。「それは弊社としても看過できません。事実関係を確認いたします」 その言葉に、雄吾は一瞬黙った。 ――だから雄吾も、何もしないでね。 佳苗にはそう言われた。 それでも、ここまで話した以上、なかったことにはできない。「妻は仕事を辞めるつもりはありません」「はい」「あの会社で働くことを気に入っています。だから俺も、妻が安心して働ける会社であってほしいと思っています」「もちろんです」「俺の妻だから特別扱いしろと言っているわけではありません。むしろ逆です」 雄吾は相手をまっすぐ見た。「配偶者が誰であろうと、一人の社員として扱っていただきたい」「おっしゃる通りです」「よろしくお願いします」 雄吾はそこで話を終えた。

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    「それで?」 雄吾に促され、佳苗は少し迷ってから続きを話した。「最初は、本当にただの冗談みたいな感じだったの。旦那さんが社長なら働かなくてもいいでしょう、とか」「それだけじゃないんだろ」「……うん」 佳苗は給湯室で聞いた言葉も、仕事を押しつけられたことも話した。「私なら残業しても困らないって。生活のために働いてるわけじゃないからって」「それで仕事を回されたのか?」「一回だけね。そのときは本人にも言ったし、上司にも話したよ」「上司は?」「続くなら言ってくれって」「続いてるじゃないか」「ちょっと形が変わったの」 佳苗は苦笑した。「今度は逆。私に仕事を頼むのを怖がられるようになった」「なぜ?」「上司に言いつけられるから。あと――」 一瞬、言うのをためらう。「雄吾にも言いつけるかもしれないから、だって」 雄吾の眉間に皺が寄った。「俺?」「社長夫人には逆らわない方がいい、みたいな」「佳苗は俺の名前を出したのか?」「出してないよ。だから困ってるの」 佳苗は膝を抱えた。「私が何を言っても、『でも旦那さん社長でしょ』ってなるの。バッグも雄吾に買ってもらったものだからとか、お給料なんて全部お小遣いなんでしょうとか」「くだらないな」「うん。くだらない」 佳苗もそう思う。 けれど毎日続けば、くだらないだけでは済まない。「今日なんて、休憩室に入ったら急にみんな黙った」「それで大したことじゃないのか?」「……大したことになってほしくない、かな」 雄吾が佳苗を見る。「仕事、辞めたいのか?」「辞めたくない」 それだけは即答できた。「今の仕事、好きなの。別

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   社長夫人には逆らえない

     給湯室での一件から、数日が経った。 表立って何かを言われることは減った。 けれど、佳苗にはかえって居心地が悪くなったように感じられた。「これ、榊原さんに頼んでも大丈夫かな」「やめといた方がいいんじゃない?」 少し離れた席から聞こえた声に、佳苗は顔を上げる。「なんで?」「だって、この前……ねえ?」「ああ」 声が小さくなる。 けれど、聞こえないほどではなかった。「下手なこと言ったら、また上司に報告されるかもしれないし」「旦那さんにもね」 くすくすと笑う声。 佳苗は唇を結んだ。 雄吾には何も話していない。 そもそも、自分の職場の人間関係に雄吾を巻き込むつもりなどなかった。「榊原さん」「はい」 声を掛けてきたのは、別の同僚だった。「この契約書、確認お願いしていいですか?」「もちろんです」「あ……急ぎじゃないんで。いつでも大丈夫です」「明日の午前中まででいいですか?」「全然! 本当に暇なときでいいので!」 妙に気を遣われる。 以前なら普通に渡されていた仕事なのに。「明日の午前中に確認しますね」「お願いします」 同僚が去ったあと、また小さな声が聞こえた。「怖いよね」「何が?」「だって社長夫人だよ? こっちとは立場違うじゃん」 佳苗は思わず振り返った。 目が合った瞬間、二人は何事もなかったようにパソコンへ視線を戻した。     ◇ 昼休みになっても、状況は変わらなかった。 休憩室へ入ると、それまで話していた三人が一瞬だけ黙る。「……お疲れさまです」「お疲れさまです」

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   監視されていた女

     もう二度と、お前をあいつらのところへ戻したりしない。 その言葉が、佳苗の胸に重く落ちる。「……どうして」 気づけば口にしていた。 雄吾が視線を向ける。「どうして、そこまでしてくれるんですか」 本当に分からなかった。 大学時代、少し関わりがあっただけ。 卒業後は一度も会っていない。 それなのに、この男は突然現れて、自分を助けると言う。 しかも、まるで最初から全部知っていたみたいに。「昔世話になった」 雄吾は短く答えた。「レポート、覚えてるか」 佳苗は目を瞬く。 大学二年の頃。 雄吾が長期入院していた時期があった。 単位が危ないと聞いて、佳苗は講義ノートをまと

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   逃がすつもりはない

    「やっと捕まえた」 耳元で囁かれた低い声に、佳苗の心臓が大きく跳ねた。 捕まえた。 その言葉は、優しいのにどこか危険だった。「榊原、先輩……?」 佳苗が戸惑う中、雄吾は佳苗の手首を掴んだまま、ゆっくり顔を上げる。 その視線の先には、こちらへ歩いてくる悟がいた。「佳苗!」 苛立った声。 悟は佳苗を見るなり、露骨に顔をしかめた。「何やってんだよ」 だが次の瞬間、雄吾の姿に気づき、動きが止まる。「……誰?」 警戒した声音。 雄吾は答えない。 ただ静かに佳苗の前へ立った。 庇うように。 その背中の広さに、佳苗は息を呑む。「佳苗、こっち来い」 悟が手を伸ばす。 

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   やっと捕まえた

     恵が帰ったあとも、佳苗はしばらく動けなかった。 心臓が嫌なほど脈打っている。 あの目。 一瞬だけ見せた、冷たい視線。 前世では最後まで気づかなかった。 恵はずっと、自分から奪うことを楽しんでいたのだ。「……っ」 佳苗は唇を噛み締める。 怖い。 けれど、それ以上に悔しかった。 どうして自分は、あんな人たちのために命まで懸けてしまったのだろう。 テーブルの上に置かれた結婚写真が目に入る。 幸せそうに笑う自分。 悟の腕に寄り添って、未来を信じ切っていた頃の自分。 ――滑稽。 佳苗は震える手で写真立てを伏せた。 もう戻れない。 戻りたくもない。 今度こそ終わらせ

  • 夫の子を産まされ、妹の身代わりとして死んだ私――今世では冷徹CEOに執着されています   置いていかれる側

    「……今、泣いてるのか?」 低く静かな声が耳に落ちる。 その一言だけで、張り詰めていた感情が崩れそうになった。 佳苗は慌てて口元を押さえた。「な、泣いてません」『嘘が下手だな、お前は昔から』 昔から。 その言葉に、大学時代の記憶が蘇る。 榊原雄吾。 成績優秀、容姿端麗、誰にも媚びない孤高の男。 学生の頃から有名だった。 近寄りがたい人だったのに、なぜか佳苗にはよく話しかけてきた。『また他人の仕事押し付けられてるのか』『断れないのか、お前は』 呆れたように言いながら、結局いつも助けてくれた。 けれど卒業後は一度も会っていない。 それなのに、どうして今。「どうし

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