جميع فصول : الفصل -الفصل 430

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待っているのに

 母から連絡が来なくなって、一週間が過ぎた。 佳苗も最初の数日は気にしていたが、仕事に追われているうちに、いつもの生活へ戻っていた。 そんなある日、恵からメッセージが届く。『お母さんから連絡あった?』『ないよ』『やっぱり』 嫌な予感がして、佳苗は電話を掛けた。「何かあった?」『いや、何もないんだけどさ。今日電話したら、お姉ちゃんから一週間も連絡ないって言ってたから』「……それだけ?」『それだけ』 佳苗は眉間を押さえた。「お母さんからも連絡ないよ」『私もそう言ったんだけど』「何て?」『たまには娘の方から連絡するものでしょうって』「この前、私から連絡したこともあったんだけどな……」『覚えてないんじゃない?』「覚えてると思う」 きっと、そういう問題ではない。 母は今、自分が何もしなくても佳苗が気づいてくれることを待っているのだ。     ◇ 電話を切ったあと、佳苗は迷った。 このまま放っておいてもいい。 けれど、母と話したくないわけでもなかった。 結局、その日の夜にメッセージを送った。『元気?』 すぐに既読がついた。『元気よ』『最近連絡なかったから』 返事はしばらく来なかった。『佳苗も連絡くれなかったでしょう』『うん。お互い様だね』 また沈黙する。 数分後。『普通、親が連絡しなかったら心配しない?』 佳苗は画面を見つめた。『一週間くらいなら、忙しいのかなって思うよ』『倒れてるかもしれないのに?』『そのときは連絡して。必要ならすぐ行くから』 母が求めている答えではないことは分かっていた。『連絡できない状態だったらどうするの?
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試すようなこと

 母との電話から数日後。 佳苗のもとへ、今度は恵から電話が掛かってきた。『お姉ちゃん、今大丈夫?』「うん。どうしたの?」『お母さんから変なこと言われた』「変なこと?」『しばらく私から連絡しないでって』 佳苗は眉を寄せた。「どうして?」『お姉ちゃんがいつ気づくか見たいんだって』「……何それ」 思わず声が低くなる。『私もやめなよって言ったんだけどさ』「うん」『だって、私がお母さんと普通に連絡取ってたら、本当に何かあったときはお姉ちゃんにも言うでしょ? それじゃ意味ないって』 佳苗はしばらく言葉が出なかった。 母が何を確かめたいのかは分かる。 自分から連絡しなくても、娘が心配してくれるのか。 けれど、そのために恵まで巻き込むのは違う。「恵は普通にしてて」『もちろん。そのつもり』「お母さんに何かあったら教えて」『当たり前じゃん』 恵は呆れたように言った。『こういうの、試すのよくないと思うんだけど』「私もそう思う」     ◇ その日の夜、佳苗は母へ電話を掛けた。『どうしたの?』「恵から聞いたよ」 母が黙る。「私がいつ連絡するか確かめたいって、本当?」『……恵、言ったのね』「お母さん」『別に大したことじゃないでしょう?』「大したことだよ」『ただ、あなたがどれくらい私のことを気にしてるのか知りたかっただけよ』「だったら普通に聞いて」『聞いたら意味ないじゃない』 佳苗は小さく息を吐いた。「そういうふうに試されるの、嫌だよ」『試すって……そんなつもり
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また具合が悪い

 母の風邪は、数日ですっかり良くなった。『もう熱もないし、元気よ』 そう連絡が来て、佳苗も安心した。『よかった。無理しないでね』『この前は本当にありがとう』『どういたしまして』 それからしばらく、母との間に大きな問題は起こらなかった。     ◇ 二週間ほど経ったある日の夕方。 仕事を終えた佳苗のもとへ、母から電話が掛かってきた。「もしもし?」『佳苗? 今、仕事終わった?』「うん。どうしたの?」『ちょっとね……また具合が悪くて』「また?」 佳苗は足を止めた。「風邪ぶり返したの?」『分からないけど、朝からなんとなくだるくて』「熱は?」『少しあるかもしれない』「測ってないの?」『まだ』「じゃあ測ってみて。食べるものはある?」『この前買ってきてもらったものは、もうないわね』 佳苗は時計を見る。 このあと雄吾と待ち合わせをしていた。「動けないくらい具合悪い?」『そこまでじゃないわよ』「じゃあ、とりあえず熱測ってみて。高かったら病院行った方がいいよ」『……来てくれないの?』「え?」『この前は来てくれたでしょう?』 佳苗は少し戸惑った。「あのときは本当に熱があって、食べるものもなかったから」『今日だって具合悪いのよ』「うん。だから心配してるよ。でも、動けるなら今日は家で休んで、明日も治らなかったら病院に行った方がいいと思う」 電話の向こうが静かになる。「何か必要なら、ネットスーパーで送ろうか?」『……いいわ』「本当に?」『そこまでしてもらわなくて大丈夫』
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来てほしい理由

 それから数日、母から体調不良の連絡はなかった。 佳苗も気にはしていたが、何も言ってこないなら元気なのだろうと思っていた。 そんなある日の夜。 夕食を終えた頃、スマートフォンが鳴った。「お母さん?」『佳苗……今、大丈夫?』 弱々しい声だった。「どうしたの?」『ちょっと気分が悪くて』「また?」 佳苗は思わず聞き返した。『そんな言い方しなくてもいいでしょう』「ごめん。最近多いから心配になったの。熱は?」『熱はないと思う』「吐いたりした?」『そこまでは……』「立てる?」『立てるわよ』 話を聞く限り、緊急性はなさそうだった。「明日、病院行こう。最近何度も具合悪くなってるし」『病院はいいの』「でも――」『佳苗、来てくれない?』 まただった。「今から?」『少しだけでいいから』「何か買ってきてほしいものがあるの?」『そうじゃないけど……一人だと心細いのよ』 佳苗は時計を見た。 もう遅い。「今日は行けないよ」『どうして?』「もう夜だし、明日も仕事だから」『この前は来てくれたじゃない』 佳苗は黙った。「あのときは熱もあったし、食べるものもなかったでしょう?」『具合が悪くなかったら、来てくれないの?』「そういう話じゃないよ」『じゃあ来てよ』 その言葉に、佳苗は眉を寄せた。「お母さん。今、本当に具合悪い?」 電話の向こうが静かになった。『……何よ、それ』「病院には行きたくない。でも私には来てほしいって、最近ずっとそうだから」『仮病だって言いたいの?』「そこまでは言ってないよ」『言ってるのと同じでしょう!』 急に声が大きくなった。 さっきまでの弱々しい声とはまるで違う。 佳苗はますます違和感を覚えた。「とにかく、今日は行けない。明日も具合悪かったら病院、一緒に行くから」『もういい!』 電話は一方的に切れた。     ◇ 翌朝。 佳苗は念のため母へメッセージを送った。『体調どう?』 昼になっても既読がつかない。 夕方になっても同じだった。 電話も繋がらない。「……おかしいな」 昨日あれだけ具合が悪いと言っていたことを思い出すと、さすがに放っておけなかった。 仕事を終えた佳苗は、そのまま母の家へ向かった。 合鍵で中へ入る。「お母さん?」 返事はない。 靴はある。
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何をしているの?

「お母さん!」 佳苗は慌てて浴室へ入り、シャワーを止めた。 母はブラウスもスカートも着たままだった。髪から水を滴らせ、呆然と佳苗を見ている。「何してるの? 転んだ?」「……佳苗」「怪我したの? 気分悪い?」 佳苗はタオルを取って母の肩へ掛けた。「とにかく着替えて。こんな格好してたら――」「今日、来るなんて言ってなかったでしょう」 母がぽつりと言った。 佳苗の手が止まる。「え?」「どうして来たの?」「連絡つかなかったからだよ。昨日具合悪いって言ってたし、心配したから」「……心配したの?」「当たり前でしょう?」 母の顔が、ほんの少し緩んだ。 その表情に、佳苗は言いようのない違和感を覚えた。「それより、どうして服着たままシャワー浴びてたの?」「……」「お母さん?」 母は目を逸らした。「ちょっと、濡れただけよ」「ちょっとって量じゃないでしょう」「もういいじゃない。着替えるから」 母が浴室から出ようとする。 佳苗はその腕を掴んだ。「待って」「何?」「昨日から、本当に具合悪かった?」 母の表情が変わった。「何よ、また疑うの?」「だっておかしいよ」「何がおかしいのよ」「病院には行きたくない。薬もいらない。でも私には来てほしいって、そればっかりでしょう?」「一人で具合悪くなったら心細いのは普通でしょう!」「だったら、なんで服着たままシャワー浴びてるの?」 母は答えなかった。 佳苗の胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。「……お母さん」「何よ」
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心配してほしかった

「とりあえず着替えて」 佳苗はそれだけ言った。 濡れたまま話を続ける気にはなれなかった。 母が着替えている間に、佳苗は浴室の床を簡単に拭いた。どうしてこんなことをしているのだろうと思うと、頭が混乱する。 やがて母が部屋着に着替えて戻ってきた。「温かいもの飲む?」「……いらない」「じゃあ座って」 二人で向かい合う。 しばらく、どちらも口を開かなかった。「いつから?」 佳苗が尋ねる。「何が?」「具合悪いって嘘ついてたの」「嘘って決めつけないでよ。少し頭が痛い日だってあったし、だるいことだって――」「じゃあ今日のは?」 母が黙った。「服着たままシャワー浴びてたのは、なんで?」「……」「ちゃんと教えて」 長い沈黙のあと、母が俯いた。「本当に具合が悪くなれば、嘘じゃないと思ったのよ」 佳苗は息を呑んだ。「それで私が来ると思ったの?」「だって、あのときは来てくれたじゃない」「当たり前でしょう。お母さん、本当に具合悪かったんだから」「嬉しかったのよ!」 突然、母が声を上げた。「あのとき、何も言わなくても気づいてくれたでしょう? 食べるものを買って、うどんを作って、薬の心配までしてくれて……昔の佳苗みたいだった」「昔の……?」「私のことを必要としてくれてた頃の佳苗よ」「逆でしょう?」 佳苗は思わず言った。「お母さんが私を必要としてたんでしょう?」 母が言葉を失う。「私が必要としてたんじゃない。具合が悪いお母さんが心配だったから、助けに行ったの」「同じじゃない」「同じじゃないよ」
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距離を置く

「どうして?」 母は信じられないものを見るように佳苗を見た。「私が寂しかったって言ったから?」「違うよ」「じゃあ何よ。もうしないわよ。こんなこと」「うん。でも、今すぐ普通に戻るのは無理」「佳苗」「今日、私が来なかったらどうしてたの?」 母の口が閉じる。「もっと何かしてた?」「そんなこと――」「分からないでしょう?」 佳苗自身にも分からなかった。 だからこそ、怖かった。「お母さんが『具合が悪い』って言っても、これから私は、本当なのか嘘なのか考えちゃうと思う」「もう嘘なんてつかないわよ」「今そう言われても、すぐには信じられない」 母の顔が強張った。「じゃあ、本当に具合が悪くなっても、もう来てくれないの?」「そういう言い方やめて」「だってそういうことでしょう!」「違う!」 佳苗は強く言った。「本当に困ったときは助けるよ。でも、お母さんが具合悪くならないと私が来ないみたいに考えるのは、もうやめてほしい」「だったら、もっと会いに来てくれれば――」「それを決めるために、今は距離を置きたいの」 佳苗は立ち上がった。「今日は帰るね」「待って」 母も立ち上がる。「いつまで?」「分からない」「一週間? 一か月?」「決められないよ」「そんなの困るわよ!」「お母さん」 佳苗は玄関へ向かいかけた足を止めた。「私、怒ってるだけじゃないんだよ」 母を見る。「怖かったの」「……何が?」「お母さんが、服着たままシャワー浴びてるの見たとき」 事故なのかと思った。 倒れたのかもしれないと思った。 何か普通ではないことが起きていると、本気で怖くなった。「私に心配してほしくて、自分で具合悪くなろうとしたんだって分かったら、もっと怖かった」「私は別に――」「大したことじゃないって言わないで」 母の言葉を遮った。「私には大したことだったから」 母は黙り込んだ。「お母さんが元気だから、私は安心して自分の生活をしていられるんだよ」 佳苗はバッグを持った。「元気でいてくれる方がいいに決まってるでしょう」 母は何も答えなかった。     ◇ 家へ帰ると、雄吾がリビングにいた。「遅かったな」「うん」 佳苗の顔を見て、雄吾の表情が変わる。「何かあったか?」 佳苗はバッグを置いた。 何から話せばいいの
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連絡しない時間

 母と距離を置くと決めてから、十日ほどが過ぎた。 その間、母から連絡はなかった。 佳苗も連絡しなかった。 以前なら、数日もすれば気になっていたかもしれない。 けれど今は、スマートフォンを見るたびに少し身構えてしまう。「まだ連絡ない?」 夕食のあと、雄吾に聞かれて佳苗は頷いた。「うん。恵からも何も聞いてない」「なら、今はそれでいいんじゃないか」「そうだね」 そう答えながらも、佳苗は自分の気持ちが少し複雑なのを感じていた。 母がどうしているのかは気になる。 けれど、自分から連絡を取るのはまだ怖い。 また具合が悪いと言われたら。 今度は、本当なのか。 嘘なのか。 最初にそこを疑ってしまう。     ◇ 翌日の昼休み。 恵からメッセージが届いた。『今度の日曜、暇?』『午後なら空いてるよ』『じゃあお茶しない?』『いいよ』 母の名前は出てこなかった。 佳苗も聞かなかった。 日曜日、駅前のカフェで会った恵は、注文を済ませるなり佳苗の顔を見た。「お姉ちゃん、最近お母さんと連絡取ってない?」「うん」「やっぱり」「お母さん、何か言ってた?」「別に。私にも何も言ってない」 佳苗は少し意外だった。「恵にも?」「うん。この前まではどうでもいいことで連絡してきてたのに、急に静か」「そうなんだ」 恵がストローを指で弄る。「喧嘩した?」 佳苗は迷った。 けれど、隠しておくことでもない。「ちょっとね」「また何か言われた?」「言われたっていうか……」 服を着たままシャワーを浴びていたこと。
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もう一人の娘

 その日の夕方、恵は母の家を訪ねた。 インターホンを鳴らすと、少し間があってから扉が開く。「……恵?」「来ちゃ駄目だった?」「そんなことないけど」 母は驚いていたものの、具合が悪そうには見えなかった。「入っていい?」「もちろんよ」 リビングへ入ると、テーブルの上には読みかけの雑誌とマグカップが置かれている。「元気そうじゃん」「何よ、急に」「別に。最近連絡ないから」 母が一瞬、黙った。「私から連絡しないと、あなたも来ないのね」「今日は来たじゃん」「そうだけど」 恵はソファに座った。「お姉ちゃんから聞いたよ」 母の動きが止まる。「……何を?」「お風呂のこと」「佳苗、あなたに話したの?」「うん」「そんなことまで言わなくてもいいのに」「言われたら困るようなこと、しなきゃいいじゃん」「恵まで私を責めるの?」「責めるよ。あれはさすがにおかしいでしょ」 母は唇を結んだ。「お姉ちゃんに心配してほしかったんでしょう?」「……もうその話はしたくないわ」「じゃあ、しなくていいけど」 恵はあっさり引いた。「今日は私が来たかったから来ただけだし」 母が顔を上げる。「私?」「うん」「佳苗に言われたんじゃないの?」「違うよ」「でも、佳苗から聞いたんでしょう?」「聞いたから気にはなった。でも、来るって決めたのは私」 母はしばらく恵を見ていた。「……佳苗は?」「知らない」「何か言ってなかった?」
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会いたいから

 恵が母の家を訪ねてから数日後。 佳苗のもとに、恵からメッセージが届いた。『この前、お母さんのとこ行ってきた』『どうだった?』『普通。元気だったよ』 その一言に、佳苗はほっとした。『よかった』『お姉ちゃんのことは聞かれたけど、私は知らないって言っといた』『ありがとう』『あと、今度お母さんと買い物行くことになった』 佳苗は少し驚いた。『二人で?』『うん。私が服見たいから付き合ってって言った』 そこまで読んで、佳苗はふっと笑った。『楽しんできて』『なんか買わせたりしないから安心して笑』『そこは心配してないよ』     ◇ 週末。 佳苗は雄吾と昼食を取ったあと、家具売り場を歩いていた。「これ、どう?」 雄吾が足を止めたのは、二人掛けの小さなソファだった。「今のよりちょっと小さくない?」「その分、横に棚置ける」「あ、それはいいかも」 佳苗も隣に並んで座ってみる。「……近いね」「二人掛けだからな」「今の方がゆったりしてない?」「俺はこっちでもいい」「雄吾、大きいから狭そう」「佳苗が小さいから問題ない」「それ私の分で帳尻合わせてない?」 佳苗が笑ったところで、スマートフォンが震えた。 画面には母の名前。 一瞬だけ、指が止まる。「出るか?」「……うん」 佳苗は通話ボタンを押した。「もしもし」『佳苗?』「うん」『今、大丈夫?』 母の声はいつも通りだった。「大丈夫だよ」『あのね……恵と買い
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