جميع فصول : الفصل -الفصل 420

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心配しているだけ

 母からの連絡は、翌日には何事もなかったように届いた。『昨日買ったもの、何だったの?』 佳苗は少し迷ったが、隠すほどのことでもない。『マグカップとか日用品だよ』『写真見せて』 言われるまま送る必要はないと思った。それでも、これくらいなら構わないかと、昨日撮ったマグカップの写真を送る。『かわいいじゃない』『雄吾さんと色違い?』『うん』『新婚さんって感じね』 母の機嫌はよさそうだった。 佳苗も安心しかけたところで、次のメッセージが届いた。『今度から出かけるとき、どこに行くか教えてね』 佳苗の指が止まる。『どうして?』『何かあったとき心配だから』『雄吾さんと一緒だったよ』『それでも私は母親でしょう?』 また、その言葉だった。 佳苗は少し考えてから返信した。『心配してくれるのはありがとう。でも、出かけるたびに報告はしないよ』 しばらく返事は来なかった。     ◇ その日の夜、今度は恵から電話が掛かってきた。『お姉ちゃん、お母さんに何か言った?』「昨日からいろいろ」『やっぱり』「恵にも?」『位置情報共有しないかって言われた』「位置情報?」 佳苗は思わず声を上げた。『最近物騒だから、家族で共有しておけば安心だって』「それ、断った?」『断ったよ。何で二十四時間お母さんに居場所知られなきゃいけないの』 恵らしい答えに、佳苗は苦笑する。『そしたら、やましいことがなければ困らないでしょうって』「そういう問題じゃないよね」『でしょ?』 恵はため息をついた。『お母さん、どうしちゃったんだろ』「多分、不安なんだと思う」『何が?』
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変わった娘

 それから母からの連絡は、ぱたりと途絶えた。 三日経っても、一週間経っても来ない。 佳苗からも連絡しなかった。「気になるのか?」 夕食を終えたあと、雄吾に尋ねられ、佳苗は少し迷ってから頷いた。「気にはなります」「連絡したい?」「……分かりません」 以前なら、母を怒らせたと思った時点で自分から謝っていただろう。 けれど今回は、謝るようなことをしたとは思っていない。「連絡したら、また私が折れたことになるのかなって」「別に連絡することと、言うことを聞くことは同じじゃないだろ」 佳苗は顔を上げた。「会いたいなら会えばいいし、話したいなら話せばいい。嫌なことを言われたら断ればいい」「……そうですね」 距離を取ることと、縁を切ることも違う。 佳苗はようやく、少しだけ肩の力を抜いた。     ◇ 翌日、佳苗は母へメッセージを送った。『元気?』 返事が来たのは一時間ほど後だった。『元気よ』『ならよかった』 それだけで終わらせようとしたところで、もう一通届く。『もう私のことなんて気にしてないと思ってた』 佳苗は画面を見つめた。『そんなことないよ』『だって連絡もくれなかったでしょう』『お母さんからも来なかったよ』 既読がつく。『私が連絡しなかったら、そのままだったの?』 佳苗はため息をつきそうになった。 また試されている。『今日は私から連絡したでしょう?』 しばらくして。『そうね』 返ってきたのは、それだけだった。     ◇ その週末、佳苗は一人で母の家を訪れた。「雄吾さんは?」 玄関を開けるなり聞かれた。「今日は私だけ」「そう」 どこか残念そうだったが、母は佳苗を中へ通した。 お茶を飲みながら話していると、母がぽつりと言った。「昔の佳苗は、もっと優しかったわよね」「そう?」「私が困ってたらすぐ来てくれたし、何でも話してくれたでしょう?」 佳苗はカップを置いた。「昔は、お母さんに嫌われたくなかったから」「……何よ、それ」「怒らせたくなかったし、がっかりされたくなかった。だから嫌でも言うこと聞いてたこと、結構あったよ」 母の表情が固まる。「そんなふうに思ってたの?」「うん」「私はあなたのためを思って――」「分かってるよ」 佳苗は遮るように否定しなかった。「お母さんがわざ
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それでも母親だから

 母の家から帰る途中、佳苗は何度か今日の会話を思い返した。 言いすぎただろうか。 母を傷つけたのではないか。 そんな考えが浮かぶたび、以前の癖がまだ残っていることに気づく。 けれど、言ったことを後悔はしていなかった。 母を嫌いになったわけではない。 だからこそ、我慢を積み重ねて、いつか本当に会いたくなくなるような関係にはしたくなかった。     ◇「ただいま」「おかえり」 帰宅すると、雄吾がリビングにいた。「どうだった?」「ちゃんと話してきました」 佳苗は隣に座り、母との会話を簡単に説明した。「何でも言うことを聞く娘には戻れないって言いました」「そうか」「お母さん、黙っちゃいましたけど」「佳苗はどうした?」「私も黙ってました」 雄吾が少し笑った。「成長したな」「子供みたいに言わないでください」「前なら慌てて機嫌取ってただろ」「……そうですけど」 図星だった。「でも、難しいですね」「何が?」「お母さんのこと、大事なんです。困ってたら助けたいとも思うし」「なら助ければいい」「でも、どこまで?」 雄吾は少し考えた。「佳苗が助けたいと思えるところまででいいんじゃないか」「そんな基準でいいんですか?」「ほかに誰が決める?」 佳苗は黙った。 母親だから、ここまでしなければならない。 娘だから、これくらい当然。 そんな明確な線が、どこかに存在するような気がしていた。「自分で決めていいんですね」「佳苗の母親だろ。俺が決めることじゃない」「はい」 佳苗は少しだけ笑った。     ◇ 数日後、母から珍しく短いメッセージが届いた。『この前はごめんね』 佳苗は驚いて画面を見つめた。 続けて届く。『ちょっと寂しくなってたみたい』 佳苗はすぐには返信しなかった。 母が自分からそんなことを認めるとは思っていなかった。『うん』『寂しいなら、またご飯食べよう』 少しして返事が来る。『来週は?』 佳苗は予定を確認した。『土曜日なら空いてるよ』『雄吾さんも来る?』『聞いてみるけど、二人でもいいよ』『じゃあ二人でいい』 その返事に、佳苗は少し安心した。 雄吾を連れてくることにも、何かを期待することにもこだわらず、ただ娘と食事をする。 それなら、自分も嬉しい。     ◇ けれど、
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頼られる母親

 約束した土曜日、佳苗は母と二人で昼食を取った。 前回とは違い、母が選んだのは駅前の小さな和食店だった。「ここ、前に来たことあるの?」「一度だけ。ランチならそんなに高くないし、おいしかったから」「そうなんだ」 注文を済ませると、母は少し落ち着かない様子で佳苗を見た。「雄吾さん、今日は何してるの?」「仕事。午後から打ち合わせがあるって」「土曜日なのに大変ね」「その代わり、平日に休むこともあるから」「そう」 以前なら、そこから雄吾の仕事や収入について質問が続いたかもしれない。 けれど今日は、それだけだった。     ◇「そういえば、これ」 食事の途中、母がバッグから小さな紙袋を取り出した。「何?」「この前、あなたが好きそうなの見つけたから」 中に入っていたのは、焼き菓子だった。「買ってくれたの?」「大したものじゃないわよ」「ありがとう」 佳苗が笑うと、母も少し嬉しそうにした。 こういう関係ならいい。 佳苗は素直にそう思った。「お母さん」「何?」「この前言ったこと、怒ってる?」 母は箸を止めた。「……ちょっとはね」「そっか」「でも、考えたのよ。あなたももう結婚して、自分の家庭があるんだものね」「うん」「いつまでも子供じゃないって、分かってはいるのよ」 母は苦笑した。「ただ、急に何もしてあげられなくなった気がして」「何もしてくれなくていいって意味じゃないよ」「そうなの?」「今日のお菓子だって嬉しいし」 佳苗は紙袋を見る。「何か困ったとき、お母さんに相談することもあると思う」「…&he
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相談してほしい

 それからしばらく、母との関係は落ち着いていた。 連絡は来るものの、以前のように何度も電話が掛かってくることはない。 佳苗も、ときどき自分から連絡した。 これなら大丈夫かもしれない。 そう思い始めた頃だった。     ◇「どうしよう……」 昼休み、佳苗はスマートフォンを見ながら呟いた。 会社から、来月の研修について連絡が来ていた。 一泊二日。 参加は任意だが、今後の仕事を考えれば行っておきたい。 問題は、その日が雄吾の両親との食事の予定と重なっていることだった。「日程変えてもらえるかな……」 まず雄吾に相談しよう。 そう思っていると、母からメッセージが届いた。『元気?』『元気だよ』『仕事忙しい?』『ちょっとね。来月研修もあって』 何気なく返しただけだった。 すぐに電話が掛かってくる。「もしもし?」『研修って何?』「会社の。一泊二日なんだけど」『泊まりなの? どこ?』「まだ詳しく見てないよ」『雄吾さんは何て?』「まだ話してない」 その瞬間、母の声が少し弾んだ。『じゃあ、先に私に相談してくれたのね』「え?」『だって雄吾さんにもまだ話してないんでしょう?』「相談っていうか……今聞いたから」『でも私には話してくれたじゃない』 佳苗は返事に困った。「お母さんから仕事忙しいか聞かれたから答えただけだよ」『そうなの?』「うん」 母の声が少し沈んだ。『何か困ってるんじゃないの?』「食事の予定と重なってるから、雄吾さんと相談しようかなって」『私じゃ駄目
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頼られたい気持ち

 母からの『必要ないのね』というメッセージには、結局返信しなかった。 何を返しても、同じ話を繰り返すことになりそうだったからだ。 それから数日、母から連絡はなかった。     ◇「お母さんから連絡来てる?」 恵から電話があったのは、週末だった。「最近は来てないよ」『やっぱり? 私のところに来てる』「何て?」『仕事のこととか、ちゃんと相談してって』 佳苗は思わず眉を寄せた。「恵にも?」『うん。転職先探してるって前に話したじゃん。それで、応募する前に相談してほしいって』「それは恵が決めることでしょう?」『そう言ったよ』 恵がため息をつく。『そしたら、お母さんの意見なんて聞く価値もないのねって』「……同じだ」『何が?』「私も似たようなこと言われた」 佳苗は研修の件を説明した。『あー……』 恵は納得したような声を出した。『お母さん、相談されたいんだ』「多分」『でもさ、相談することないのに相談できなくない?』「そうなんだよね」 佳苗も困っていた。 母の意見を聞きたいことがあれば、聞けばいい。 けれど、自分で決められることまで相談する必要はない。『じゃあ、お姉ちゃん』「何?」『お母さんに相談するための相談事、作る?』「何それ」『今日の夕飯、カレーとパスタどっちがいいと思う? とか』 佳苗は吹き出した。「それ、余計怒られるんじゃない?」『だよね』 二人で笑った。 以前なら、母のことで恵とこんなふうに話すことなどなかった。     ◇ その日の夕方。 恵は母の家
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必要じゃなくても

 恵が帰ったあとも、母は一人でその言葉を考えていた。『必要だから一緒にいるんじゃなくて、会いたいから会うんじゃ駄目?』 言っていることは分かる。 今日だって恵は、頼み事があったわけでもないのに訪ねてきた。 それは嬉しかった。 けれど同時に、妙な寂しさもあった。 昔は違った。「お母さん、これどうしたらいい?」「お母さん、分からないから教えて」 娘たちは何度も自分を頼った。 自分が答えを教えれば安心した顔をした。 いつの間に、それがなくなったのだろう。「大人になったんだから、当たり前なのよね……」 口にしてみても、胸の奥はすっきりしなかった。     ◇ 数日後。 佳苗のスマートフォンに母から写真が届いた。 見覚えのある料理だった。『これ覚えてる?』『覚えてるよ。昔よく作ってくれたよね』『そう。久しぶりに作ったの』 懐かしくなり、佳苗は素直に返信した。『おいしそう』『今度作ってあげようか?』『食べたい』 すぐに返事が来る。『じゃあ今度持っていくわね』 佳苗の指が止まった。『うちに?』『そうよ。雄吾さんにも食べてもらいたいし』 母が家へ来る。 それ自体が嫌なわけではない。 ただ、勝手に日程を決められるのは困る。『来るなら先に日を相談してね』『もちろんよ』 その返事に、佳苗はほっとした。     ◇ 翌週。『土曜日はどう?』 母から連絡が来た。 佳苗は雄吾に確認してから返信する。『午後なら大丈夫だよ』『じゃあ持っていくわね』『ありがとう』 土曜日、母
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歓迎されていない?

 母が料理を持ってきてから、二週間ほど経った。 その間にも、母から料理の写真が送られてきたり、佳苗の好きだった菓子の話をしたりすることが増えた。 母との関係は、少しずつ良くなっている。 佳苗もそう思っていた。     ◇ ある土曜日。 佳苗は美容院へ出掛け、雄吾は自宅で仕事をしていた。 昼を少し過ぎた頃、インターホンが鳴る。 画面に映っていたのは佳苗の母だった。「こんにちは」「こんにちは。佳苗なら今、出掛けてます」「あら、そうなの?」 母の手には紙袋があった。「近くまで来たから、これを渡そうと思って。すぐ戻るのかしら?」「夕方になると思います」「そう……」「よかったら、上がって待ちますか?」「いいんですか?」「はい」 雄吾に促され、母は家へ上がった。     ◇「仕事中だったんですね」「少しだけ片づけたいものがあって」「あら、ごめんなさい。邪魔しちゃったかしら」「大丈夫です」 雄吾は飲み物を用意し、母の前へ置いた。「ありがとうございます」「佳苗に連絡しておきます」「あ、わざわざいいですよ。これを渡しに来ただけだから」 母は笑った。 けれど雄吾はすぐに仕事へ戻った。 同じ部屋にはいるものの、パソコンへ向かったまま会話はない。 母は一人で飲み物を口にした。 五分。 十分。 雄吾はときどき電話にも出ている。 忙しいのだろう。 頭では分かる。 それでも、だんだん居心地が悪くなってきた。「雄吾さん」「はい?」「私、そろそろ帰りますね」「佳苗を待たなくていいんですか?」
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家族なら

 母から返事が来たのは、その日の夜だった。『分かった。もう急に行かないわ』 それだけだった。 佳苗は少し気になったものの、これ以上話を広げる必要もないと思い、『うん。今度はゆっくりお茶しよう』 と返した。 既読はついたが、返信はなかった。     ◇ 数日後、恵から電話が掛かってきた。『お姉ちゃん、お母さんとまた何かあった?』「どうして?」『この前、お姉ちゃんの家に行ったら、雄吾さんに邪魔そうにされたって言ってたから』「……やっぱり恵にも言ったんだ」 佳苗は事情を説明した。 突然訪ねてきた母を、雄吾は家へ上げたこと。 飲み物も出したこと。 ただ、仕事中だったため、ずっと話し相手にはなれなかったこと。『それだけ?』「それだけ」『普通じゃん』「私もそう思う」『ていうか、急に行ったんでしょ?』「うん」『それで仕事やめて相手してくれなかったって怒ってるの?』「怒ってるというか、歓迎されてないって思ったみたい」 電話の向こうで、恵が大きくため息をついた。『お母さん、めんどくさ……』「恵」『だってそうじゃん』 否定はできなかった。     ◇ その週末、母から佳苗へ電話が掛かってきた。『来週の日曜日、そっちに行ってもいい?』 今度はきちんと事前に聞いてきた。「ちょっと待って。予定確認するね」 カレンダーを見る。「午後なら大丈夫だよ」『雄吾さんもいる?』「いると思う」『じゃあ、お昼くらいに行こうかしら』「午後って言ったでしょう?」『お昼なら一緒に食べられるじゃない』
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約束の順番

 日曜日。 佳苗は予定通り雄吾と出かけた。 昼食を済ませ、以前から見たかった家具店を回る。それだけの休日だった。 それでも、佳苗はときどきスマートフォンを気にしていた。「母親から連絡?」「いえ。来てないです」「なら何で見る」「なんとなく……」 雄吾は少し呆れたように佳苗を見る。「昨日のこと気にしてるのか?」「少し」「佳苗は午後なら会えるって言ったんだろ」「はい」「それを断ったのは向こうだ」「分かってるんですけど」 佳苗は苦笑した。「お母さん、楽しみにしてたのかなって」「だったら午後から来ればよかっただろ」「……そうなんですよね」 雄吾の答えは単純だった。 けれど、その通りでもある。 佳苗は母に会うことを拒否していない。 ただ、先に入っていた約束を守っただけだ。     ◇ 夕方、恵からメッセージが届いた。『今日お母さんち行った?』『行ってないよ』『だよね』『どうしたの?』 しばらくして、電話が掛かってきた。『私、今日呼ばれたんだよね』「お母さんに?」『うん。お姉ちゃんが来なくなったから、ご飯食べない?って』「行ったの?」『行ったよ。暇だったし』 そこまでは何も問題ない。『でもさ、お母さん、お姉ちゃんの話ばっかりするの』「私の?」『雄吾さんとの予定を優先されたって』 佳苗はため息をついた。「優先したんじゃなくて、先に約束してたの」『そう言ったよ』「恵が?」『うん。そしたら、結婚したら夫が一番になるものなのかって聞かれた』
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