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Asymmetry のすべてのチャプター: チャプター 81 - チャプター 90

127 チャプター

81話

「諦めるもんですか」 教会の扉を睨みつけながら呟くと、来た道を戻る。教会に来る途中、喫茶店の前を通った。そこで次の作戦を考えるつもりだ。 十字路を曲がり、人気のない細道に入る。寂れた建物の間にあるこの道は、薄暗くて気味が悪い。(こんな道、はやく抜けよう……) 人通りのある道に出たくて、千夏は歩を早める。だが1メートルも歩かないうちにヒールのかかとが外れ、バランスを崩して倒れてしまう。「きゃあっ!? ったた……。あーもう最悪!」 イラ立ちながらヒールのかかとを持って立ち上がろうとすると、誰かに背中を強く押され、アスファルトに突っ伏してしまう。「ヤラせろ!」 野太い声で発せられた言葉に、ゾッとする。初めての相手が強姦魔だなんて、冗談じゃない。「嫌! やめなさい! 離して!」 必死に抵抗して男の腕を引っ掻くも、後ろ手で手錠をかけられてしまった。無理やり仰向けにされ、乱雑にブラウスを破られる。男の顔を見ようとしたが、目出し帽で分からない。「いいカラダしてんじゃねーか」 馬乗りになると男は舌なめずりをし、控えめな千夏の乳房を揉みあげる。「いやあぁっ! 痛い! やめてってば!」「うるせぇ!」 潰れるんじゃないかと思うほど強く揉まれ、痛みのあまり大声を出すと、男は千夏の頬を平手打ちした。 数秒遅れてくるじんわりとした痛みに、自分がどれだけ屈辱的なことをされているのか再確認させられ、ポロポロと涙が零れ落ちる。(もう、死にたい……) 絶望感に打ちひしがれていると、男が悲鳴を上げて上半身を起こした。何事かと顔を上げると、男の後ろに人が立っている。逆光で顔は見えないが、見慣れたシルエットで誰だか想像がつく。「うちの先生が可愛いからって、みっともないことしないでよね」「末安さん!?」 茶化すような声が、頼もしく聞こえる。「邪魔すんな!」 男は立ち上がると成也に殴りかかる。成也は右にズレてかわすと、足を引っかけて男を転倒させた。「顔見せてよ、卑怯者さん」 成也は目出し帽を引っ張ると、スマホで写真を撮った。「クソ!」 男は負け惜しみのように喚きながら成也を突き飛ばすと、引き返した。「大丈夫?」 成也は千夏の横にしゃがむと、彼女を抱き起こした。千夏は震えながら何度もうなずく。「よかった、間に合って。って、何これ、手錠? しかもブラウス
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82話

「末安さん、私っ、私……! うぅ……」「大丈夫だよ、先生。アイツは追い払ったから」 成也は千夏を抱きしめ、幼子をあやすように背中をトントン叩く。千夏は成也の胸に顔を埋め、声を上げて泣いた。 しばらくする千夏も落ち着いてきて、成也の胸から顔を離す。「もう大丈夫です、ありがとうございます。すいません、スーツ汚しちゃって……」 成也のスーツは、千夏の涙と鼻水で濡れてしまった。恥ずかしさと申し訳なさで俯いていると、両頬に手を添えられ、上を向かされる。優しく微笑む成也と目が合い、頬が熱くなっていく。「気にしないで。あーぁ、可愛い顔が台無しだよ」 成也はスーツの袖で千夏の顔を拭いていく。「あの、大丈夫ですから」「ダーメ。じっとしてて」(今日は末安さんのお世話になってばかりだな……) 今朝、事務所で汗を拭ってもらったことを思い出しながら、情けなさと未熟さで自己嫌悪に苛まれる。 涙をあらかた拭くと、成也は満足げにうなずいた。「これでよし。先生、動ける?」「はい、たぶん……」「さすがに立ち上がるのは難しいでしょ。いくよ、せーのっ」 成也の手を借りて立ち上がるも、壊れたヒールでバランスを崩し、成也の胸に顔を埋めるかたちとなってしまった。「す、すいません……」「いいって。あぁ、もしかしてヒール壊れてる?」 顔を真っ赤にしながら頷くと、成也は千夏をお姫様抱っこして歩き出した。「ちょっと末安さん!? 自分で歩けますから……!」「そんなんじゃ足おかしくするよ。こういう時くらい、助手兼雑用係を頼りなって。靴屋に着いたら下ろすから」「でも……」「いいからいいから。手錠してちゃ余計転びやすいし、先生に怪我させたくないから、このままでいて」 そこまで言われるとこれ以上断れず、千夏は小さく頷くとはやく靴屋につくことを祈りながら目をつぶった。 成也の靴音が、やけに大きく聞こえる。その音と成也の体温がとても心地よくて、千夏はうとうとし始める。「先生、起きてよ」 身体を揺すられて目を開けると、苦笑する成也と目が合った。前触れも無しにしたゴム臭に、小さく唸る。「うぅ、ここ、どこですか?」「靴屋さんだよ」 見回してみると成也の言うとおり靴屋だが、ショッピングモールの靴屋らしい。それも最低でも1万円のお高い店だ。「もっと早くに起こしてくれてもよかったじ
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83話

「末安さん」「何?」 手に持っていた赤いヒールを元の場所に戻すと、成也は目線を合わせるように、千夏の前にしゃがんだ。「私のカバン、どこにありますか?」「先生の横だよ。でも怖いから、先生の上に置いとこうか」 そう言って成也は千夏の横に置いてあったカバンを、千夏の膝の上にのせた。「ありがとうございます」「どういたしまして。またなんかあったら声かけて」 千夏に優しく笑いかけると、成也は靴選びに戻った。「気まずいな……」 ポツリと本音が漏れる。成也は朝からずっと、千夏を心配してくれていた。それなのに、千夏はそんな彼を冷たく突き放して事務所を出てしまった。それだけでもいたたまれないというのに、暴漢から助けてもらったあげく、こうしてヒールまで買ってもらっては、先輩として立場がない。「先生、これなんてどう?」 成也が千夏の前に置いたのは、ピンク色のヒール。高さも千夏が履いていたものとほぼ同じで、デザインもシンプルで履きやすそうだ。「さすがに可愛すぎませんか?」「そう? 先生可愛い系だし、似合うと思うけどな。それともピンク嫌い?」「嫌いじゃないですけど、私には派手というか……」「とりあえず履いてみてよ」「……履くだけですよ?」 成也の手を借りて履いてみると、爪先と底が柔らかくて履き心地がいい。「うん、やっぱりよく似合ってる。先生は全体的に華奢だしね。おねーさん、このヒール買いたいんだけど、すぐに履くから値札切ってくれる? あと、これ捨てといてもらえる?」 成也がレジに向かって声をかけると、カジュアルファッションの店員が返事をして、ハサミを片手にこちらへ来てくれた。「こちらのヒール可愛いですよね。彼女さんにとてもよくお似合いです」「でしょ?」「末安さん」 恋人と間違われても否定しない成也を咎めるように名前を呼ぶが、困ったように笑うだけ。「照れ屋さんで、こうやって名字で呼んでくるんだよ。可愛いでしょ?」「ふふ、素敵な恋人さんですね。ではレジでお会計お願いします」 店員は値札を切ると、成也をレジへ案内した。「もう、何考えてんだか……」 恥ずかしさのあまり顔が赤くなっていくのを自覚してしまい、更に顔が熱くなる。「おまたせ、先生。次行こうか」 会計を済ませた成也は千夏のカバンを肩にかけ、彼女の肩を抱きながら立ち上がらせる。肩を抱
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84話

「次って、どこ行くんですか?」「百均だよ。手錠どうにかしなきゃでしょ。あそこなら工具も売ってるしさ」「確かに、手錠は早いところどうにかしたいですね」 男性に耐性のない千夏は、緊張と羞恥のあまり平坦な声で言う。「そんな嫌そうにされたら傷つくなー」 千夏が嫌がっていると解釈した成也は、苦笑しながら言うと立ち止まる。「よかったね、百均ついたよ。先生はここに座って待っててくれる?」 成也は貼り付けたような笑みを千夏に向け、近くのベンチに彼女を座らせると、百円均一に入っていった。「傷つけた……?」 先程の笑みが無理しているようにも見えて、罪悪感を覚える。罪悪感を紛らわせようにも、スマホをポケットから出すことすらできないのだから、どうしようもない。 ふと、若い男性達の話し声が聞こえる。気になってそちらを見ると、20代前半の男性4人と目が合った。彼らはニヤケ顔で千夏をチラチラ見ながら、肩を小突き合っている。ちらほら聞こえる言葉と彼らの仕草から、誰が千夏をナンパしに行くか話し合っていることが分かる。 子供の頃、男子に罵られながら石を投げられたり、嘘の告白をされたりした日々が蘇る。先程の強姦未遂の恐怖まで蘇り、身体が震える。(お願いだから、私を見ないで……) 彼らの視線から逃れようとうつむくと、ジャケットの隙間から、破られたブラウスが見える。前合わせしてあって下着や素肌が見られることはないが、破れているのはひと目で分かる。「お待たせ、先生」 顔を上げるとビニール袋を片手に持った成也が千夏を見下ろしている。「顔色悪いね、気分悪い?」「えぇ、少し……」「手錠外したらなんか飲もっか。とりあえずここじゃアレだから、多目的トイレ行こ」「えっと……」 成也に下心がないのは分かっているが、そういった場所を使うのは、抵抗がある。「大丈夫だよ、変なことはしないから」「そうじゃなくて、そういう場所を使うは、少し抵抗が……」「あぁ、本来なら身体障害者とかが使う場所だもんね。でもさ、さすがにブラウスがそんな状態なのに、ここでジャケット取るわけにはいかないし。それにここで手錠取ろうとしてたら、変な目で見られるよ?」「うっ、分かりました……」 これ以上人の目を集めたくなくて渋々うなずくと、成也に支えられながら立ち上がり、近くの多目的トイレに入った。
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85話

「じゃあ、ジャケット脱がすよ」「はい……」 成也は千夏に羽織らせていたジャケットを着ると、洋式トイレの蓋を閉めてビニール袋を置いた。その中からペンチを取ると、手錠のチェーンを切断する。「ありがとうございます」 ようやく腕が自由になり、軽く肩を回した。バキボキと音を立てながら、違和感が薄れていく。「どういたしまして。あとはこれ取れればいいんだけど……。先生の手ちっちゃいから、すぼめれば抜けたりするんじゃない? ちょっとやってみて。ダメなら他の方法試してみるから」「分かりました、やってみます」 千夏は手をすぼめると、手錠を回しながら上へ引っ張っていく。親指の付け根の骨が引っかかったが、少し強引に引っ張ると手錠が抜けた。もう片方も同じ要領で外していく。「犯人の指紋ついてるかもだから、こっちにちょうだい」 成也はいつの間にかチャック付きの袋を広げていた。言われたとおり手錠を入れると、手錠をビニール袋にしまい、ひと周り小さいチャック付き袋とピンセットを出した。「何するんですか?」「先生が犯人引っ掻いてないかなと思って」「必死だったので、覚えてないです……」「誰だってそうなるよ。ま、ダメ元で見てみようよ。手、見せて」 言われたとおり手を差し出すと、成也は千夏の手を掴んで、じっくり指先を観察する。(なんか恥ずかしい……) 謎の気恥ずかしさに苛まれ、千夏は成也から目を逸らす。「お、これかな?」 指先に、冷たくて固いものが当たる。爪の間がスッキリして、何か詰まっていたことに今更気づく。「皮膚片、あったんですか?」「実物見たことないから分かんないけど、こんなの取れた」 成也が持っているチャック付きの袋を見てみると、わずかに血が付着した皮膚片が入っている。「よかった、犯人引っ掻いてたんですね、私……」「だね。えらいえらい」 優しい目で見つめられながら頭を撫でられ、くすぐったい気持ちになる。(男の人苦手なのに、どうして末安さんに触られて平気なんだろう?) むしろ心地よささえ覚えていることを疑問に思いながらも、大人しく撫でられる。
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86話

「他の指にも詰まってるかな?」 頭を撫で終わると、成也は再び千夏の手を取り、爪の間に挟まっている皮膚片を採取する。もう片方の手からも採取すると、成也は皮膚片を胸ポケットに入れる。よく見たらふたつの袋にわけられていた。「どうしてわけてあるんです?」「なんとなくかな。それよりも服買いに行こう。いくらジャケット羽織っても、それで歩くのは嫌でしょ? 先生のじゃ隠しきれないから、もう1回俺の着てて」 成也は再びジャケットを羽織らせると、彼女を連れて多目的トイレを出た。「あの、末安さん……」「ん?」「今朝はすいませんでした。心配してくれたのに、あんな言い方してしまって……」「ん? あぁ、いいって。ただならぬ事情があるのはなんとなく察してたし」 千夏が頭を下げると、成也は思い出したように言いながら彼女の頭を撫でる。「頭撫でないでください。それと、助けてくれてありがとうございました。どうして私があそこにいるって分かったんですか?」「尾行してたから」「え?」 驚きのあまり、足が止まる。千夏が止まったことに気づいた成也は振り返り、笑いかける。「だって、いつ倒れてもおかしくなさそうだったし、まっすぐ帰る気がないのも分かってたからさ。まさかあんなことになるとは思わなかったよ。辛いかもしんないけどさ、服買ったら警察行こう」「はい……」 本音を言えば警察に行きたくなかった。自分が見ず知らずの男に陵辱されかけたことを、他人に知られるのが怖くて仕方ない。だが自分が襲われたタイミングに作為を感じるのもまた事実。 強姦未遂は、ゲレティヒカイトがけしかけたものではないかと、冷静になりつつある頭で考えていた。 仮にそうでなかったとしても、強姦魔を野放しにできない。「先生はやっぱ強いね。普通だったら、あんなこと他人に知られたくなくて隠しちゃうよ。実際、そういう理由で泣き寝入りする被害者も結構いるらしいしね。先生のそういうとこ、尊敬してる」「私だって、本当は警察に言いたくなんかありません。ですが、タイミングからしてゲレティヒカイトが関係してる気がするんです。違うとしても、強姦魔を野放しにしたら、他の女性が被害に遭うかもしれません」 手放しに褒められ、照れ隠しで淡々と答える。口調だけで誤魔化す自信がないので、うつむきながら。
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87話

「本当に正義感強いよね、先生は」「はいはい、行きますよ」 これ以上褒められては敵わないと、成也の言葉を遮り、早歩きしてスーツ専門店へ行く。 後ろから笑い声が聞こえたが、聞こえないふりをした。 専門店に入ると、ワイシャツとブラウスが一部30%オフになっていた。千夏はそこからSサイズの白いブラウスを手に取ると、レジに持っていく。「すいません、すぐに着るので、タグを切ってもらっていいですか?」「でしたらお会計の後に、あちらの更衣室をご利用ください。今お召になられているブラウスは、こちらで処分いたしましょうか?」 察しのいい女性店員は、片手で前合わせされたサイズの合わないジャケットをチラリと見ると、小声で聞いた。「はい、お願いします」「ではまずお会計させていただきます」 会計を済ませると、女性店員はタグを切って袋に入れた。「お召になられているブラウスは、この袋に入れてレジに持ってきてください」「ありがとうございます、助かります」 千夏は彼女に一礼すると、更衣室に入って買ったばかりのブラウスに着替える。「うわぁ、酷いな……」 脱いだブラウスをつまみ上げて見てみると、ボタンがいくつもちぎれてなくなっている。肩の部分なんか擦り切れて、穴が空いていた。(1週間前に買ったばかりだったのにな……) 買ったばかりのブラウスが着れなくなったのは少し残念だが、こうして残念がれるのは、成也が助けてくれたからにほかならない。 もしあのまま助けられなかったら、ブラウスのことで嘆く余裕などなかったろう。考えただけでぞっとする。 ボロボロになったブラウスを袋に入れると、更衣室から出てレジへ向かうと、成也が遮るように千夏の前に立った。「あの、どいてくれます?」「やだ、ダメ。それに犯人の指紋とかついてるでしょ? なら、持ってなきゃ」「あ……」 千夏にとっては忌々しい物となってしまったブラウスだが、成也の言うとおり、大事な証拠でもある。はやく忘れてしまいたいという思いが強すぎて、そんなことにすら気づけなかった。
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88話

「そうでしたね……。では、店員さんに持ち帰ると言ってくるのでどいてくれますか?」「ん、分かった」 成也が1歩横にずれると、千夏はレジへ行く。「すいません、やっぱりこれ、持ち帰ります」「分かりました。またのお越しをお待ちしております」 女性店員に見送られ、ふたりは専門店を後にする。「じゃあ警察署行こっか。確か、生活安全課だっけ?」「生活安全課は窓口代わりになったりしますが、実際に捜査をするのは刑事2課の強行係だと思いました」「へぇ、そうなんだ。じゃあさっそく行こうか。警察に相談し終わったら、なんか美味しいもの食べようよ。ごちそうするからさ」 日常会話のように話す成也。千夏には、それがとてもありがたかった。重々しく扱われると、余計に気が滅入ってしまう。「ふふ、そうですね。言われてみれば、おなかが空いたような気がします」 スマホで時間を確認してみると、12時を過ぎていた。「じゃあ警察署に着くまで、何食べたいか考えといてよ」「お言葉に甘えて、そうさせてもらいます」 不安は完全に拭えないが、成也のおかげでだいぶ気持ちが楽になった。成也の言うとおり、食べたいものを考えながら警察署へ行った。 受付に行くと高坂美月ではなく、見知らぬ婦警が座っていた。小太りの中年女性で、よくいるお節介なおばさんというのが、千夏が抱いた印象だ。「あら、お若い弁護士さん。どうしたの?」 婦警は弁護士バッジを見ると、にこやかに話しかけてくる。 言わなければ伝わらないのは分かっているが、いざ婦警を目の前にすると、強姦未遂にあったから相談してきたと言い出せない。「女性特有のデリケートな事件について相談しに来たんだよ。刑事2課の強行犯に相談したいんだけど」 成也が1歩前に出て言うと、婦警は目を丸くして千夏を見て、受話器を手にして刑事2課に電話してくれた。「刑事2課は、4階に行って右側にあるからね。分かりやすいところにあるけど、エレベーターを出てすぐのところに地図があるから、分からなくなったらそれを見てね」 目を細めて愛想笑いするその顔は、おかめに似ていた。千夏は場違いにもそんな感想を抱きながら彼女に礼を言うと、成也と一緒にエレベーターに乗った。
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89話

「先生、何食べたいか決まった?」「そうですね、最近あまりお肉を食べてないので、ガッツリステーキでも食べてみたいです」「いいね、食欲の秋だね。じゃあ美味しそうなスイーツもあるステーキ屋さん探そうか」 楽しそうに言う成也の声に、千夏まで楽しくなってくる。これから嫌なことをしなくてはならないが、その先に楽しみがあると思うと乗り越えようと思える。 自分はつくづく恵まれていると、千夏はしみじみ思う。成也は未だに弁護士資格を持ってはいないが、千夏とは別の視点で事件を見て、真実を見つけ出してくれる。 以前は煩わしい存在だと思っていたが、今ではこうして精神面まで支えてくれる、大事な助手だ。 最初は気に入らなかったが、今ではかけがえのない大事な助手だ。 エレベーターが開き、降りて右側を見ると、刑事2課と書かれたプレートが天井からぶら下がっている。それを見た途端、緊張で身体がこわばってしまう。(どうしよう……一気に不安になってきちゃった……)「大丈夫だよ、俺がついてるから」 ポンと肩を叩かれるのと同時に、心強い言葉と笑みをくれる。身体の余計な力が、ゆっくり抜けていった。「ありがとうございます。大丈夫、……行きましょう」 千夏は自分に言い聞かせるように言うと、刑事2課のドアをノックした。若い婦警が出てきて、柔らかな笑みで出迎えてくれる。「話は聞いています。どうぞ、こちらへ」 彼女についていくと、くもりガラスのパーテーションで仕切られた小さなスペースに案内される。そこには焦げ茶色のふたり掛けソファが向かい合わせで置かれ、間に木目調の低いテーブルが置かれている。「こちらにかけてお待ちください」 婦警はソファを勧めると、その場を離れた。「警察署って、本当にこういうとこあるんだね。こんなの、刑事ドラマでしか見たことないよ」 そう言って成也は、興味深そうにあたりを見回す。「私もこういった場所は初めてです」「へぇ、意外。警察署はある程度歩き慣れてるのかと思った」「そんなことありませんよ。確かに警察署に足を運ぶことはありますが、こうしてじっくり話をするなんてことは、あまりありませんからね」 成也がへぇと感心したように言うと、先程の婦警がお茶と菓子受けを持って戻ってきた。
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90話

「どうぞ、粗茶ですが。私は刑事2課の三上と申します」 そう言って婦警はふたりに名刺を手渡した。そこには彼女の肩書と電話番号、三上友美というフルネームが書かれていた。「もう少ししたら、穂高という女性刑事が来ますので……」 こちらに向かってくるヒールの音が聞こえ、友美は言葉を区切らせた。 艷やかな髪をひとまとめにした、9頭身美女が入ってくると、友美の隣に腰かけた。モデル顔負けの美貌だが、人を寄せ付けない雰囲気がある。「あなたが本条千夏さんですね? 今回は大変でしたね。私は刑事2課の穂高です。詳しい話を聞かせてもらえますか?」 そう言って彼女は、ふたりに名刺を手渡す。穂高理子というフルネームと、彼女の肩書や連絡先が書かれている。 ハキハキとしたその声に、同情など微塵もない。大げさに同情されるのを嫌う千夏だが、ここまで事務的に進められると、少し困惑する。 横目で成也を見ると、ムスッとした顔で理子を見ていた。「はい。駅に戻ろうと人通りの少ない道を通ってたんです。ヒールが折れて転んで、立ち上がろうとしたところを後ろから押さえつけられました。抵抗したんですけど、手錠をされて、仰向けにされて、それで……」 恐怖が蘇り、呼吸が浅くなる。震えが止まらない。「ゆっくりでいいよ」 成也は千夏の手を握り、なだめるように言う。少しだけ恐怖が和らぎ、深呼吸をする。「彼氏さんの言うとおり、ゆっくりで大丈夫てすよ。よかったら飲んでください」 友美に勧められ、お茶をひと口飲んだ。温かい液体がゆっくり流れ落ちていくのを感じると、身体の力が抜けていった。「ありがとうございます。それと、末安さんは彼氏ではなく助手です」「え? あ、すいません」 顔を赤くしながら慌てて謝る友美を見て、余計な緊張がとけていく。「それで、仰向けにされたあと、どうしたんですか?」 理子は咳払いをすると、イラ立ちを隠さずに言う。「あのさー、刑事さん。忙しいんだかなんだか知らないんだけど、それはないんじゃない? 未遂で済んだとはいえ、怖い思いした被害者にする態度じゃないよね?」 口調こそ軽いものの、理子に咎めるような目を向ける成也。
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