灰になった令嬢は宿敵の腕の中で牙を剥く のすべてのチャプター: チャプター 111 - チャプター 120

146 チャプター

111話 圧倒的な差

不意に九条征哉が立ち上がる。「俺の、婚約者?」そう言いながら九条征哉がゆっくりと歩き出す。その体に誰も逆らえないような強いオーラを発しながら。そして私の隣に並び立つと、私に聞く。「アイツはそう言っているが、美織はアイツを知っているのか?」そう聞かれて私は鼻で笑う。「いいえ、知らない人よ」そう言いながら私は九条征哉に手を伸ばし、その頬に触れる。「私はもう既にあなたと結婚しているの、そうでしょ?」九条征哉はそう言う私に微笑み、私の手に頬擦りしながら言う。「そうだ、美織は俺の女だ」私はそんな九条征哉に微笑む。「それに」そこで言葉を切って、瑛理香を見る。「彼女、妊娠しているみたい。ここの服は妊婦用には作っていないじゃない?」そう言って私は九条征哉を見上げる。「私が気に入らなかったドレスをあげても良かったんだけど、彼女が妊婦さんなら着られないものね」私がそう言うと九条征哉が鼻で笑う。「お前が気に入らなかったドレスは一般販売用に下ろしても構わないが、アイツらに買えるのか?」◇◇◇お姉様が私を馬鹿にしている……?両膝をついて懇願しているのに、お姉様は私に情すら掛けないというの!しかも嘲笑うような事まで言って……!許せない! 許せない!私はお姉様を睨みながら立ち上がり、適当に店の中のものを見繕う。目についたバッグを手に取る。「これを包んで」そう言いながらスタッフに差し出す。「瑛理香!」翔太が止めに入る。「何してんだよ! 止めろ!」私はそう言う翔太の手を払う。「お姉様に、あの女に馬鹿にされているのよ!? そんなの耐えられない!」そう言いながら私は自分のバッグの中からカードを出す。「これで」そう言ってカードを渡す。困り果てた様子のスタッフに、VIPルームの中から声がする。「カードを切ってやれ」九条征哉の声だ。忌々しい。スタッフはその場でカードを切る。けれどすぐに警告音が鳴る。「お客様、このカードは使えません」そう言われて思い出す。そうだ、私のカードは七倉のお屋敷に行った時のドレスの弁償金の為に、停止されているんだった……。そう思い、私は翔太を見る。「は? 俺?」そう聞かれて私は翔太に顔を近付けて言う。「今、カードを切れば、お姉様にも格好がつくわ」そう言うと翔太は一瞬、ジャケットの内ポケットを探ったけ
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112話 狂言

もう少しでお姉様に手が届くと思ったその時、スッと黒い影が目の前に現れて、私の行く先を制する。「何?」睨み付けながらそう聞いても、目の前に立った男は何も言わない。「私も化粧室に行きたいの」そう言うとその男は少し笑って言う。「でしたら店外の方へどうぞ」そう言われて私は激高する。「私は妊婦なのよ! トイレが近いの!」私が大きな声でそう言うと、少し離れた場所で足を止めたお姉様が大きなため息をついて言う。「良いわ」お姉様にそう言われたその男が体を避ける。私はその男を睨み付けながらその男の前の通り過ぎる。お姉様に近付く。このままお姉様と一緒に化粧室に入れば、その時は。そう思ったのに、お姉様は一向に動こうとしない。「お姉様は入らないの?」そう聞くとお姉様はクスッと笑って言う。「お先にどうぞ」お姉様の体から発せられる圧倒的な威圧感に、私はたじろぐ。お姉様がこんなに自信満々に私の前に立った事なんて、今まで一度も無かった。(良いわ、それなら……!)化粧室へ向かう狭い廊下のその先は数段降りる段差がある。私はそう思い、お姉様の前を通り過ぎる、その瞬間、自分で勢いをつけて、その数段の段差を利用し、上手く落ちた。◇◇◇ダダダダダン!!目の前で触れてもいない瑛理香が、化粧室の入り口に滑り込むように数段の段差を落ちて行く。それを見て私は笑う。(そういう事……)いかにも瑛理香の考えそうな事だ。「キャー!!!」大袈裟な叫び声が店内に響く。瑛理香が叫び声を出すほんの数秒前には優秀なSPが私を背後に匿っていた。スタッフをはじめ、店内に居た人たちが集まって来る。(さぁ、瑛理香! 本領を発揮しなさい)私は心の中でそう呟く。「瑛理香!」集まって来た人たちの中に翔太も居た。叫んだのが瑛理香だと分かったんだろうか。人だかりを掻き分け、化粧室の前で倒れている瑛理香に駆け寄る。その時、翔太は一瞬、私を見た。瑛理香は翔太に助け起こされ、そして待望の一言を言う。「お姉様が……急に私を……」そう言われて期待通り過ぎて、呆れる。その言葉を聞いた翔太が私を見る。「美緒! お前……!」そう言われて私は鼻で笑う。「私は彼女に触れてもいないわ」肩をすくめてそう言ったけれど、翔太は私の言葉など聞いていない。「瑛理香は妊娠しているんだぞ! 突き飛ばしたのか!?」話
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113話 代償

九条征哉に抱き上げられたまま、私は車に乗る。「屋敷へ」九条征哉が短くそう言う。私はそんな声を聞きながら、我慢が出来ずに笑い出す。笑い出した私を見て九条征哉も楽しそうに微笑む。「面白いものが見れたな」そう言われて私も頷く。「えぇ、まさか自分であの段差に突っ込んで行くとは思わなかったわ」そう言いながら笑う私に九条征哉が言う。「VIPルームで美織が言った通りだったな」瑛理香があの小さなバッグすら買う事が出来ないと分かった時、私と九条征哉はそれを見てクスクスと、わざと笑ったのだ。私たちの笑い声に瑛理香が我慢など出来る筈も無かった。だから私は九条征哉に耳打ちした。このまま私が化粧室に行くと言えば瑛理香が何かを仕掛けて来る筈だ、と。そしてそれは思った通りになった。しかもその後の展開も、素晴らしい程にこちらの思った通りに進んだ。きっと瑛理香は私を悪者に仕立てたくて、何かを仕掛けて来ると思った。だって瑛理香の九条征哉を見る目に、物欲しそうな光が光っていたから。瑛理香はきっと自分よりも良い男を捕まえている私が気に入らないだろうし、今までの通りなら、瑛理香はそれを奪いに来る筈だと思ったのだ。そして私の中の予想がやはり、当たった。このサロンに来て、妊婦用のドレスが無いと言われた時点で、普段の瑛理香なら怒り狂って帰る筈なのだ。ここがどんなに高級店でも、他に店ならいくらでもある。しかも瑛理香の御用達のお店なら、きっと妊婦用のドレスだって作ってくれる筈なのだ。けれどそこに私と九条征哉が現れた時点で、他の店に行くという選択肢は瑛理香の中から消えたんだろう。今までと同じように、私を踏み台にして、自分がより良いものを得る。浅はかにもそう考えているのは、明白だった。けれど私はVIPルームに入り、自分とは分断されてしまった。だからこそ、瑛理香はどうにかして私を窮地に陥れたくて、自分の身を投げ出したのだ。そしてそうなった今だから分かるけれど、きっと瑛理香はお腹の中の子供が要らないのだろう。そうでなければ、あんなふうにお腹から段差へ突っ込む事など、出来る訳が無い。「流産、かしらね」私がそう言うと、九条征哉が笑う。「あぁ、おそらくな」チラッと見えた惨状では、破水もしていたように見えた。素人だからその辺は分からない。あの血の量で、お腹の中の子供が助かる見込
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114話 流産

医師が手術室から出て来る。「先生! 瑛理香は!? お腹の子は!?」高橋翔太が医師に駆け寄り、そう聞く。医師は沈痛な面持ちで言う。「母体の方は何とか……ですがお子さんの方は助けられませんでした」それを聞いて溜息をつく。「……美緒だ! 美緒がこんな仕打ちを……!」高橋翔太が低い声でそう言う。高橋翔太はそう言うが、私はそれに懐疑的だった。何故なら、瑛理香は美緒を嫌っていたからだ。そして華瑛の娘でもある。美緒に長年、薬を盛り、一ノ瀬家から追い出した。それぐらいの事を平気な顔をしてやる娘だ。これも何か策略があったに違いなかった。「旦那様」私に付いて来ていた及川に声を掛けられる。「何だ?」聞くと及川が私の耳元で言う。「こちらを」及川はそう言って私にスマホを見せる。そこには何かの映像が流れている。狭い廊下、壁際に建つ美緒、その横を通り過ぎ、自らその奥の段差に突っ込んで行く瑛理香……。どう見ても美緒は瑛理香に触れていないのが良く分かる。「これは?」そう聞くと及川が低く小さな声でしっかりと言う。「こちらは九条家から送られて来たものでございます。店内で揉め事があった際に、瑛理香お嬢様がお相手のご令嬢に濡れ衣を着せようと画策したとの事で、身の潔白を証明されるのに監視カメラの映像を押さえたそうです」そう聞いて乾いた笑いが湧き上がって来る。(濡れ衣……)思えばずっとそうだったのかもしれない。私はずっと瑛理香の言い分を鵜呑みにして来た。その方が都合が良かったからだ。家の中の揉め事など、さっさと片付けてしまった方が都合が良かった。そう、都合が良かったのだ……。華瑛から渡されていた薬を飲まないでいるだけで、こんなにも容易く真実に辿り着けるのに、私はそうしなかった。騙されていた……完全に。「高橋翔太」私が呼ぶと高橋翔太は私に縋りつく。「美緒が! 瑛理香を突き飛ばしたんですよ!」目の前のこの男も今の私から見たら信用ならない相手だ。何せ、美緒が死んだ後、すぐに瑛理香との婚約を進め、しかも妊娠までさせた男だ。それも美緒と婚約している期間と重複している。私は高橋翔太に言う。「君は美緒が突き飛ばしたところを見たのか?」そう聞くと高橋翔太が視線を逸らす。それはそうだろう。映像には高橋翔太の姿は無い。美緒を庇うSPの姿はしっかり映っているというのに。
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115話 浅慮

「どうして? だって私を突き飛ばしたのはお姉様なのよ!?」私がそう言うと翔太は微笑みを滑り落し、私に聞く。「それは事実なのか?」そう聞かれるとは思っていなくてたじろぐ。(どうして私の言う事を疑うの? 今までは無条件で私の言う事を馬鹿みたいに信じて来たっていうのに!)「私が嘘をついてると言うの……?」そう聞くと翔太は無表情のまま、言う。「さっきまでお義父様がいらしていたんだ。お義父様がここから先は問題を起こすような言動を控えろと言っていた」そう言われて驚く。「お父様が来ていたの?」そう聞くと翔太が頷く。「あぁ、来ていたよ。でも及川に何かを見せられて、顔色が変わったんだ」そう言われて私は考える。「及川に何かを見せられた……?」そう呟き、そして聞く。「何を見せられていたの?」そう聞いても翔太が首を振る。「分からない、俺には見せてくれなかったから」何故、及川が何かを見せた途端に、お父様の顔色が変わるのか。あの狭い通路には私とお姉様、そしてお姉様に張り付いていたSPくらいしか居なかった筈。SPなんてただの使用人だ。私の証言よりも重要視される事などある訳が無い。しかもSPはお姉様側の人間、お姉様に有利な証言をする事は目に見えているだろうし。だからこそ被害者である私が犯人はお姉様だと言えば、そうなる筈なのに。(待って……)そう思い翔太に聞く。「及川は何を見せたの?」そう聞くと翔太が少し苛立ったように言う。「だから、俺には何なのか……」そう言う翔太を遮って聞く。「そうじゃなくて。及川が手に持っていたのは何なの?」そう聞くと翔太が呆けたように言う。「何って……スマホだよ」そう言われて私は背筋が冷たくなっていくのを感じる。……監視カメラだ。店内のああいうお店には必ずあるであろう、監視カメラ。その映像か、画像か。そのどちらでも九条征哉なら入手するのは簡単だろう。(マズいわ……)あの状況を監視カメラで見られていたら、あの女が私に指一本触れていない事がバレてしまう……。それでも私が実際に流産したのは事実だし、これを盾に何とか九条征哉と繋がりを掴まなくちゃ。そんな事を考えていると、いつの間にか翔太が居なくなっていた。別に翔太はもうどうでも良い。最近はずっとあの女の事ばかりで、以前のように私を優先してくれなくなっている。そ
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116話 面会

意外にも九条家を訪れた最初の人物は一ノ瀬恭介、私のお父様だった。瑛理香が搬送されて、怒鳴り込んで来るなら華瑛か、高橋翔太かと思っていた。「征哉様」私と九条征哉でドレスサロンから送られて来たドレスを吟味していると、日下部さんが声を掛けて来る。「何だ?」九条征哉がそう聞くと日下部さんが言う。「一ノ瀬家ご当主様が征哉様にお会いになりたい、と」そう言われて九条征哉の眉毛がピクリと動く。そしてふっと笑い、言う。「……意外だな」私も九条征哉も九条家へ怒鳴り込んで来るなら華瑛か高橋翔太を想定していた。けれどそのどちらでも無く、お父様自らが九条家へ来たのだ。九条征哉は少し笑いながら立ち上がる。「さて、どんな話かな」楽しそうにそう言いながら私の元に来て、聞く。「行って来るが、美織はどうする?」そう聞かれて私は首を振る。「私はドレスを選んでいるわ」そう言うと九条征哉は私の頬に軽く口付けて言う。「行って来る」◇◇◇門前払いされる事も想定した上で、九条家へ来た。だが予想に反して屋敷の中に通される。九条家は要塞のような造りだ。高くそびえたつ外壁、頑丈な門、そして屈強なSPたち。開門されて中に入っても高い木々などは無く、全面見渡せるほどの完璧な庭が広がっている。右手には大きなドーム型の温室があり、温室の中は花で溢れている。九条家の中でもそこだけ、少し異質だった。屋敷の中へ通され、応接間に通される。重厚な扉、上品な調度品、明る過ぎず暗過ぎない照明、落ち着いたインテリアの配置。全てにおいて統制が取れていて、まさしく王者の居室という雰囲気だった。不意に扉が開かれ、九条征哉が現れる。私は深々と一礼し、九条征哉が私の前まで来るのを待った。私の息子と言っても過言では無い程の年の差があったとしても、私は九条征哉には頭を垂れただろう。それ程までに九条征哉と私には圧倒的な格差があった。九条征哉は何も言わずに私の前を通り過ぎ、部屋の一番奥のソファーに向かい、座る。「私に会いたいとの事だが」しんと静まり返る応接間に、冷たく低い声が響く。私は頭を下げたまま、言う。「お時間を頂き、感謝致します、閣下」私がそう言うと九条征哉がクスッと笑う。「閣下、か」私が一礼したままの状態でいるのを見たのか、九条征哉が言う。「そこに居ては話にならない、こっちへ来てくれ」
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117話 言い訳

「謝罪は受けよう」俺がそう言うと一ノ瀬恭介が頭を下げる。「ありがとうございます」一ノ瀬恭介はそう言いながらも、まだ何か含みのある顔をしている。「今日はドレスサロン内での揉め事だったが、その揉め事のせいで私の連れに良くない評判が広まっても困るんだが」俺がそう言うと一ノ瀬恭介が即座に言う。「今日の事は娘の瑛理香に謝らせます。必要であれば、声明も出します」そう言われて笑う。「そもそも一ノ瀬家の令嬢はその振る舞いのせいで評判はかなり良くないと聞くが」そう言いながら俺は片手を上げる。日下部が俺の手にタブレットを載せる。俺はそのタブレットを操作し、一ノ瀬恭介に見せる。そこには一ノ瀬瑛理香の今までの蛮行が載っている。この程度の情報は良く調べなくても出て来た。普段の素行が悪いお陰で悪い噂には事欠かない。人の恋人を奪う、人のものを奪うなんて事は序の口。自分の気に入らなかった相手はその場で跪かせ、踏みつける。何人もの男と関係を持ち、貢がせ、美織を外に出さずに一ノ瀬家の唯一の令嬢と吹聴し、横暴に振る舞って来た。一ノ瀬恭介はその横暴さを知らなかったのか、俺が差し出したタブレットを見て顔を真っ赤にする。きっと知らされていなかったのだろう。だがそれはこちらには関係無い。「普段からそんな横暴な振る舞いをして来た一ノ瀬家の令嬢の謝罪など、意味あると思うか?」一ノ瀬恭介は俯き、静かにゆっくりと拳を握る。「大変、申し訳ございませんでした……」絞り出すようにそう言い、俯く。俺は溜息をつき、言う。「それで? わざわざ執事まで連れて九条家へ来たんだ、何か言いたい事でもあるんだろう?」そう聞くと一ノ瀬恭介が言う。「九条様がどこまでの事をご存じなのか、私には分かりませんが」そう前置きをして俺を見る。俺は手を差し出し、先を促す。「我が一ノ瀬にはもう一人、娘が居ました……彼女の名は美緒。私の前妻との間の娘です。その娘が無くなったのはご存じでしょう」そう言いながらもそれは表向きだという事はこの男にも分かっているのだろうなと思う。「その時、私は娘の瑛理香の告発で……その、美緒が……九条様と関係を持ったと告げられ……愚かにも私は美緒を家から追い出しました。一ノ瀬家で所有している療養所に送り、時期を見て連れ戻す気でいたのですが、その療養所で爆発事故が起こり、娘は亡くなったん
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118話 贖罪という問い

その娘が生きていたら何だと言うんだ?この問いに一ノ瀬恭介は項垂れた。一ノ瀬恭介を見れば分かる。後悔をしているのだろう。かつて自分が愛した女が産んだ自分の娘。その娘が自分の知らない所で踏みつけにされ、冷遇され、虐げられていた事にも気付かず……いや、気付いていても手を貸さず、放置した罪は重い。この男が何を思ってそうしたのかは俺には分からない。かつて愛した女が死んで、その死を受け入れられず、愛した女の面影がある娘を遠ざけるなんて、俺では考え付かない事だ。愚かにもほどがある。一ノ瀬恭介は静かに背後に控えている及川に手を差し出す。及川がその手の上に書類を載せる。「こちらは私が調べたあの爆発事故の詳細です」そう言いながらその書類を差し出す。日下部がその書類を受け取り、目を通すと俺に渡しながら言う。「新情報はございません」日下部のその言葉に一ノ瀬恭介が驚愕する。俺は日下部からその書類を受け取り、目を通しながら聞く。「何をそんなに驚いている?」そう言いながら目新しい情報が無いのを確認し、書類をテーブルに投げる。「貴殿の予測が正しいのなら、今、うちの屋敷に居るのは貴殿の娘だという事になる。つまり、彼女が俺の元に来た時点で、俺が全てを調べ尽くしていても、何らおかしい事は無いだろう?」そう言いながら笑う。一ノ瀬恭介が顔を強張らせて言う。「では、私の妻の華瑛についても、もう調べが?」そう聞かれて鼻で笑う。「一ノ瀬華瑛、一ノ瀬瑛理香、高橋翔太、そして貴殿、一ノ瀬恭介。全てにおいて調査は完了している」そう言いながら俺はソファーにもたれかかる。「だが調査が出来るのは既に起こっている事実のみだ。当人の感情は読み解く事は出来ない。何を考え、どうしてそうしたのか。それは当の本人にしか分からない事だからな」そう言いながら俺は両手を広げる。「残念ながら、人は感情によって動かされる生き物だ。理屈だけでは説明出来ない事も世の中にはたくさんある」一ノ瀬恭介は俺が投げた書類を手に取る。「私はどうすれば……」そう呟くように言う一ノ瀬恭介に、俺は笑う。「罪を贖うか?」そう聞くと一ノ瀬恭介が顔を上げる。「はい……」そう返事をする一ノ瀬恭介に更に聞く。「命と引き換えにしても、か?」俺にそう問われた一ノ瀬恭介が息を飲む。そして目を閉じ、頷く。「はい」返事を聞き、
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119話 看破

「入院保証金は後で家の人間が払うわ」私がそう言うと看護師が言う。「病院の規定により、入院保証金は先に払って頂くことになっています。例外は無いんです」私はイライラしながら看護師の手から申請書をひったくる。「じゃあ、良いわよ!」そう言って申請書をくしゃっと丸める。看護師は溜息をついて、病室を出て行く。(もう! どうしてこういう時に誰も居ないのよ!)あの厳重に管理されている特別病棟。一度は入ってみたかったのに!私はイライラしながらベッドに横になる。痛みが下腹部を走る。不意に病室の外から声が聞こえて来る。「ここの患者、何て?」女の声だ。「特別病棟に移りたいそうよ」少し小馬鹿にするような物言いをしたのはさっきまで病室に居た看護師だろう。「特別病棟!? 嘘でしょう?」大袈裟にそう聞く声が聞こえる。「入院保証金も払えない癖に偉そうなのよね」そこでクスクスと笑う声が聞こえる。「それで? 特別病棟はもういっぱいだって教えてあげたの?」それを聞いて、私は驚く。(特別病棟がいっぱい……? つまり、今から申請書を出しても入れないって事?)◇◇◇ソファーに座る。「お茶でもお飲みになりますか?」そう聞かれて私は頷く。「えぇ、お願い」そう言うと上原さんが微笑み、お茶の支度をしてくれる。上原さんがお茶を入れるのを待っていると、ノックが響く。「はい」返事をすると、入って来たのは日下部さんだった。「美織様」そう言って深々と一礼し、頭を下げたまま言う。「お目汚しとは思いますが、外をご覧ください」そう言われて私は聞く。「外?」ほんの少し頭を上げた日下部さんの表情が少し笑っている。それを見て、何だか面白そうだと思った私は立ち上がり、窓辺へ行く。九条邸の要塞のような高い壁が途切れた部分。そこは門扉だ。屋敷からはかなり遠い。「美織様、こちらをどうぞ」上原さんが私にオペラグラスを渡してくれる。私はオペラグラスを使って、その門扉を見る。高い門のその隙間から、屋敷を見ている人影。ズームする。高橋翔太だ。途方に暮れたように門を見上げている。私はクスッと笑い、聞く。「征哉はこの事を?」そう聞くと背後で低く艶やかな声が答える。「知っているさ」その声の持ち主はオペラグラスを覗いている私を背後から抱き寄せる。その美しい造形の顔を見上げる。
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120話 最奥の

「それで、もう一つの方は調べは付いたか?」僕がそう聞くと坂崎が言う。「そちらの方は、なかなか情報統制が厳しいようで……」そう言われて苦笑する。(まぁ、天下の九条征哉だからな。緘口令は敷いているだろう)それでも。僕は気になっていた。ここ、ロイゼンデリアの特別病棟内の、更に奥。一番警備が厳重で、特別病棟に入院している僕でさえ、入れない区画。検査の度に近くを通るだけでも、警備の人間が目を光らせている、その場所からは。赤ん坊の泣き声が時折、聞こえて来る。そして僕には分かっていた。その鳴き声を上げている赤ん坊を守る人間たちがどの組織に属しているのか。そしてその組織の人間が守っているのが、一人の赤ん坊だという事は。あの子はきっと九条家の子なんだろう。それも美織様が産んだ可能性が高い。美織様の過去と、赤ん坊……。九条征哉がこれだけの人員を割いて、最高警備を付けている。全てのものが繋がって行く……四季凪美織へと。◇◇◇九条家から出た私は門扉のところで人影を見る。「止まれ」運転手にそう告げる。ウィンドウを下す。門扉の傍に立っていたのは高橋翔太だった。「何をしている」そう声を掛けると、高橋翔太は私を見て驚き、そして下を向く。「いえ、お義父様」(この男はまさか、九条征哉に会いに来たのか? それとも美緒に……?)だがしかし。私が垣間見た九条征哉の美織への鉄壁の防御壁は厚い。しかもこの男は瑛理香の言う事を鵜呑みにしているだろう。溜息をついて、言う。「乗りなさい」そう言うと高橋翔太が言う。「いえ、俺は自分の車がありますから……」そう言う高橋翔太にもう一度言う。「乗りなさい」そう言うと高橋翔太は何かを言いかけ、そして諦め、車に乗り込んで来る。隣に座った高橋翔太に私はスマホを差し出す。「見なさい」そう言うと高橋翔太が私のスマホに映し出されている映像を見る。「そんな……」高橋翔太はそう言いながら言葉を失う。それもそうだろう。この映像は例のドレスサロンの監視カメラの映像だったから。もう一度見るのもおぞましい程の映像だ。狭い廊下。美緒を守るように立っているSP。その前を通り過ぎ、その先の数段の段差へと自ら突っ込んで行く瑛理香。「見れば分かるだろう。これは瑛理香の自作自演だ」私がそう言うと、高橋翔太は項垂れる。「冤罪な
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