平日の午後、瑠衣は資料を抱えて廊下を歩いていた。受付の近くまで来ると、見慣れない女性が藤堂と話しているのが見えた。淡い色のジャケットに鞄を持ち、受付の椅子へ一度目を向けている。「相沢社長とはお約束でしょうか?」「はい。いつもお世話になっています」 女性が軽く頭を下げる。藤堂が応接室の方へ案内しようとしたところで、奥の扉が開いた。灯が姿を見せる。「お久しぶりです」「ご無沙汰しています、灯さん」 瑠衣の手が止まった。抱えていた資料の端が指に食い込む。女性は灯へ笑顔を向け、灯も小さく頷いた。瑠衣は視線を資料へ戻し、そのまま自分の席へ向かった。 席に戻ってから、瑠衣は資料を机へ置いた。最初の一枚をめくる。数字を確認する。次のページへ進む。けれど、さっき聞いた声が頭の隅に残っていた。 灯さん。 自分が呼ぶときとは違う響きだった。瑠衣は資料の端を揃え、クリップを留め直した。もう一度数字を見る。今度は間違いなく読めた。 昼休みになっても、瑠衣は午前中の資料をすぐに片づけられなかった。何度か画面を確認してから席を立つ。給湯室へ向かう途中で藤堂を見つけ、足を止めた。「藤堂さん」「なあに?」「さっきの方、どういう方ですか?」 藤堂は紙コップへお茶を注ぎながら瑠衣を見る。「出版社の編集の方よ。昔からのお付き合いだって聞いてるけど」「昔から?」「うちのお父さんの代からじゃないかしら。社長がまだ若い頃から」 瑠衣は紙コップへ目を落とした。湯気が細く上がっている。「……灯さんのことをよく知っているんですか?」「さあ」 藤堂は紙コップの蓋を閉じた。少し考えるように視線を上げる。「でも、社長、あの方の前では少し違うわよ」「違う?」 藤堂は一度だけ肩をすくめた。「なんか、ほぐれてる感じ」 瑠衣は返事をしなかった。藤堂もそれ以上は続けず、自分の席へ戻っていった。瑠衣は残った湯気を見てから、ゆっくり紙コップを持ち上げた。 午後の仕事が始まってしばらく
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