LOGIN部活終わり。
忘れ物を思い出して、教室へ戻った。 夕方の校舎は静かだった。 吹奏楽部の音だけが遠くから聞こえてきて、廊下に差し込む西日が床を長く照らしている。 教室の扉を開ける。 そこには、湊くんがいた。 窓際の席。 頬杖をつきながら、ぼんやり外を眺めている。 扉の音に気づくと、湊くんはゆっくり振り向いた。 「おつかれ」 それだけ言って、また窓の外へ視線を戻す。 「……まだ帰らないの?」 と聞くと、 「うん」 短い返事。 それ以上は続かなかった。 「そっか」 それだけ返して、自分の忘れ物を手に取る。 用事は終わった。 そのまま教室を出て、静かに扉を閉める。 カチャン。 小さな音が廊下に響いた。 話すのも、こうやって忘れ物を取りに来たときだけ。 湊くんは誰にでもあんな感じだ。 静かで。 必要以上に近づかなくて。 でも、冷たいわけでもない。 だからこそ。 何を考えているのか分からなかった。 私はトートバッグを肩に掛け直し、部室へ急ぐ。 別の日、窓の外は少しずつ薄暗くなっていた。 吹奏楽部の音も止んで、校舎は昼間よりずっと広く感じる。 教室前の廊下で、足が止まる。 「……まだいるのかな」 自分でも意味の分からない独り言。 気になったって。 覗く理由なんてないのに。 小さく息を吐いて、もう一度だけ振り返った。 教室の後ろ扉。 その小窓から、湊くんの姿が見える。 さっきと何も変わらない。 頬杖をついて。 ただ窓の外を眺めている。 ……なんか。 一人なんだな。 その背中を見た瞬間、胸の奥が少しだけ痛んだ。 でも同時に思う。 ――これ以上踏み込んじゃだめな気がする。 誰かの寂しさって。 勝手に触れていいものじゃないから。 私は踵を返す。 そのまま帰ろうとして―― 「あ」 バッグの中を探っていた手が止まった。 「……最悪」 ノートがない。 教室に置いたままだった。 小さく肩を落として、もう一度扉を開ける。 ガラッ。 その音に、湊くんが振り向いた。 「……どしたの」 「ノート忘れた」 「あー」 また静かな空気が流れる。 自分の席へ向かいながら、なんとなく口を開いた。 「湊くんってさ」 「ん?」 「いつも何見てるの?」 湊くんは少しだけ目を細める。 それからまた窓の外を見た。 「……別に」 「いや、絶対なんか見てるじゃん」 「見てない」 「うそだ」 「柚には関係ないでしょ」 ほんの少しだけ。 湊くんの口元が緩んだ。 「じゃあまた明日ね」 湊くんは少し間を置いてから、小さく返した。 「……じゃあね」その後___ 付き合ってからも。 湊くんは相変わらず、 言葉で気持ちを伝えるのは苦手だった。 「授業中寝すぎ」 「ノートちゃんと写せ」 「また消しゴム落としてる」 口を開けば、 小言ばっかり。 でも。 先生に当てられそうになると、 机の下でそっと足をつついて起こしてくれる。 黒板のどこを見ればいいか、 黙って指を差して教えてくれる。 とびきりの優しい表情で話を聞いてくれる。 優しいなんて、 本人は絶対認めないだろうけど。 座席だって、しれっと私の後ろの席に希望を出して 移動してきた。 その全部が、 ちゃんと愛情なんだって。 今の私は知っている。 受験が近づくと、 お互い、前みたいには会えなくなった。
「だって湊くんが『待ってて』って言ったんだよ」 胸が締めつけられる。 あの日。 勢いで口にした一言。 まさか。 こんなにも大切にしてくれていたなんて。 でも。 だからこそ、苦しくなる。 「……ごめん。」 柚が驚いたように顔を上げる。 「俺の言葉が、枷になってたなら。」 「もう...待たなくていいから」 「そんな約束、忘れて──」 最後まで言えなかった。 柚がそっと俺の手を握ったから。 温かかった。 優しくて。 絶対に離れないと言うみたいに。 柚はまっすぐ俺を見つめる。 「違うよ。」 その一言だけで、胸がいっぱいになる。 「私は。」 少し照れながら笑って。 「待ちたかったの。」 握る手に少しだけ力がこもる。 「私は。」
柚の部活が終わるまで、いつもの教室で待つ。 窓の外は夕焼け色。 机に肘をついてぼんやりと考える。 今度はいつ遊べるだろう。 夏祭りも、クリスマスも、初詣も。 気づけば、一緒に過ごした思い出ばかり増えていた。 次はどこへ行こう。 けど、来年から受験生だもんな。 遊びに行く回数は減ってしまうかも。 そんなことを考えている時間が、最近は一番幸せだった。 その時だった。 廊下から柚の声が聞こえる。 友達と話してるのかな。 そう思いながら教室の扉へ向かう。 ドアノブに手をかけた瞬間。 「柚って彼氏いるの?」 男の声だった。 思わず動きが止まる。 「いない……けど?」 心臓が嫌な音を立てた。 「じゃあさ。」 少し笑った声。 「俺、立候補しようかな」 その一言で、頭の中が真っ白になる。 ……
数日後。 テスト返却の日。 朝から柚は落ち着きがない。 「終わった……」 まだ返ってきてもいないのに、机に突っ伏している。 「絶望するの早すぎでしょ」 「絶対ダメだった……」 あれだけ頑張っていたんだ。 少なくとも前より悪いなんてことはない。 そう思っていた。 一人ずつ名前が呼ばれていく。 俺の番。 答案を見る。 82点。 ……思っていたより点数が高かった。 席へ戻る途中、 不安そうな顔でこっちを見る柚と目が合う。 その顔がおかしくて、 思わず笑ってしまった。 「なにその顔」 「いや、別に!」 笑いながら席に戻る。 そして、 ついに柚の名前が呼ばれた。 先生から答案を受け取り、 恐る恐る点数を見る。
学校が始まると、あっという間にテスト期間が近づいてきた。 放課後の教室。 机に突っ伏して「終わった……」と項垂れる彼女を見るのも、最近では見慣れた光景になっている。 正直、最初はもっと大人びた人だと思っていた。 適度な距離感を保っていて、落ち着いていて、何でも卒なくこなすような人。 でも、違った。 分からない問題があるとすぐに顔に出るし、 褒められると子どもみたいに嬉しそうに笑う。 たぶん、お兄さんがいるからだろう。 ふとした瞬間に見える”妹らしさ”が、なんだか可愛くて仕方がなかった。 「ねぇ、ここ教えて!」 ノートを抱えて俺の席までやってくる。 「ん? どれどれ」 そんなやり取りも、もう日常になっていた。 放課後は二人で教室に残って勉強する。 お互い問題を解いて、分からないところだけ聞き合う。 静かな教室に、シャーペンの音だけが響く時間。 俺はこの時間が好きだった。 ただ隣にいられるだけで十分だと思えた。 ある日。 問題集を解き終えて、ふと隣を見る。 「
緊張もほぐれてきて、 いつものように他愛もないやり取りをしていると、 柚がふと思い出したように言った。 「ねぇ、年明け初詣行こうよ。」 思わず顔を上げる。 「初詣?」 「うん!」 近くの神社は毎年かなり人が集まることで有名だった。 毎年通りかかるたび、 参道が人で埋め尽くされているのを見ていた。 ……あそこに一人で行く勇気はないな。 そんなことを考えていると、 ふと別の考えが頭をよぎる。 もし、人混みではぐれそうになったら。 その時は、 ――手を繋いでも、許されるのでは。 そんな気持ちを必死に隠しながら、 平静を装う。 「一番近い神社って、人多かったよな」 すると柚は笑って肩をすくめた。 「そうなんだよねぇ...」 一緒に行きたい。 「柚一人で行かせたら潰されそうだから、 一緒に行ってあげるよ」 「潰されないし!」 思わず笑ってしま