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次の日から。
教室の空気が少し変わった。 最初は何気ない冗談だった。 「湊って一匹狼だよな」 誰かが笑いながら言う。 それを誰かが面白がって。 また誰かが話して。 気づけば。 「感じ悪いよね」 「避けてるだけじゃん」 そんな言葉に変わっていた。 大智たちは何度も否定していた。 「いや、あいつ普通にいいやつだから」 「話したら全然違うって」 それでも。 一度広まった噂は、 簡単には止まらなかった。 放課後。 いつも通り教室の扉を開く。 夕日。 窓際。 その景色は何も変わらない。 でも。 湊くんだけが違った。 「……おつかれ」 いつも通りの声。 なのに。 どこか遠い。 「おつかれ」 私も静かに返して、前の席へ座る。 それきり。 会話が止まった。 窓の外では運動部の声が響いている。 なのに。 この教室だけ音が遠い。 湊くんはずっと窓の外を見ていた。 時々スマホを触って。 また外を見る。 それだけ。 ……無理してる。 私には分かった。 今日一日。 きっといろんな言葉を聞いたんだ。 “一匹狼” “感じ悪い” そんな。 勝手な決めつけを。 この人は慣れている。 でも。 慣れていることと 平気なことは違う。 「……今日さ」 静かな教室で、私は口を開く。 湊くんは返事をしない。 それでも続ける。 「大智くんたち、めっちゃ言い返してたよ」 その瞬間。 彼の指先が止まった。 「“あいつ普通にいいやつだし”って」 少しだけ沈黙が落ちる。 「……別にいいのに」 小さな声だった。 「よくないよ」 思ったより強い声が出た。 湊くんがゆっくり振り向く。 私は少し息を吸った。 「勝手に決めつけられるの、嫌じゃん」 湊くんはしばらく黙っていた。 それから。 小さく笑う。 でも。 その笑顔はいつもの笑顔じゃない。 「……慣れてるから平気」 その言葉が。 胸に刺さる。 “慣れてる” それはきっと。 何度も傷ついてきたってことだ。 私は机の上で手を握る。 本当は。 もっと言いたかった。 大丈夫だよ、とか。 分かってる人はちゃんといるよ、とか。 でも。 そんな言葉を。 この人は簡単には信じない気がした。 だから。 代わりに。 「……私は」 ぽつり、と声を落とす。 「今の湊くん、結構好きだけどな」 教室が静まり返る。 言った瞬間。 自分でも”好き”という言葉に心臓が跳ねた。 でも。 恋愛の意味じゃない。 ……たぶん。 湊くんもそう受け取ったらしい。 数秒黙ってから。 「……変わってるね」 そう言って、小さく笑う。 少しだけ。 肩の力が抜けたように見えた。 けれど。 その笑顔はすぐに消えた。 窓の外へ目を向けたまま。 ぽつりと呟く。 「……だから近づきたくなかったのに」 「え?」 聞き返そうとする。 でも。 湊くんはその声を遮るように続けた。 「ごめん」 少しだけ掠れた声。 「今日はもう帰ってくんないかな」 その一言に。 私は何も言えなくなる。 こんなことを言われたのは初めてだった。 聞きたいことはたくさんあった。 なんで。 どうして。 さっきの言葉は何。 でも。 今ここで踏み込んだら。 本当に何かが壊れてしまう気がした。 「……うん」 小さく頷いて。 静かに立ち上がる。 教室を出る。 扉が閉まる音だけが、 やけに大きく響いた。 廊下へ出た瞬間。 張りつめていた空気が一気にほどける。 ……なんで。 なんであんな顔をするの。 苦しそうなのに。 なんで突き放すの。 歩きながら。 鞄の紐をぎゅっと握る。 聞きたかった。 “近づきたくなかった” その意味を。 今さらそんなことを言うなら。 どうして。 あんな風に笑ったの。 どうして。 あんな時間をくれたの。 でも。 最後に見た彼の表情が。 あまりにも苦しそうだったから。その後___ 付き合ってからも。 湊くんは相変わらず、 言葉で気持ちを伝えるのは苦手だった。 「授業中寝すぎ」 「ノートちゃんと写せ」 「また消しゴム落としてる」 口を開けば、 小言ばっかり。 でも。 先生に当てられそうになると、 机の下でそっと足をつついて起こしてくれる。 黒板のどこを見ればいいか、 黙って指を差して教えてくれる。 とびきりの優しい表情で話を聞いてくれる。 優しいなんて、 本人は絶対認めないだろうけど。 座席だって、しれっと私の後ろの席に希望を出して 移動してきた。 その全部が、 ちゃんと愛情なんだって。 今の私は知っている。 受験が近づくと、 お互い、前みたいには会えなくなった。
「だって湊くんが『待ってて』って言ったんだよ」 胸が締めつけられる。 あの日。 勢いで口にした一言。 まさか。 こんなにも大切にしてくれていたなんて。 でも。 だからこそ、苦しくなる。 「……ごめん。」 柚が驚いたように顔を上げる。 「俺の言葉が、枷になってたなら。」 「もう...待たなくていいから」 「そんな約束、忘れて──」 最後まで言えなかった。 柚がそっと俺の手を握ったから。 温かかった。 優しくて。 絶対に離れないと言うみたいに。 柚はまっすぐ俺を見つめる。 「違うよ。」 その一言だけで、胸がいっぱいになる。 「私は。」 少し照れながら笑って。 「待ちたかったの。」 握る手に少しだけ力がこもる。 「私は。」
柚の部活が終わるまで、いつもの教室で待つ。 窓の外は夕焼け色。 机に肘をついてぼんやりと考える。 今度はいつ遊べるだろう。 夏祭りも、クリスマスも、初詣も。 気づけば、一緒に過ごした思い出ばかり増えていた。 次はどこへ行こう。 けど、来年から受験生だもんな。 遊びに行く回数は減ってしまうかも。 そんなことを考えている時間が、最近は一番幸せだった。 その時だった。 廊下から柚の声が聞こえる。 友達と話してるのかな。 そう思いながら教室の扉へ向かう。 ドアノブに手をかけた瞬間。 「柚って彼氏いるの?」 男の声だった。 思わず動きが止まる。 「いない……けど?」 心臓が嫌な音を立てた。 「じゃあさ。」 少し笑った声。 「俺、立候補しようかな」 その一言で、頭の中が真っ白になる。 ……
数日後。 テスト返却の日。 朝から柚は落ち着きがない。 「終わった……」 まだ返ってきてもいないのに、机に突っ伏している。 「絶望するの早すぎでしょ」 「絶対ダメだった……」 あれだけ頑張っていたんだ。 少なくとも前より悪いなんてことはない。 そう思っていた。 一人ずつ名前が呼ばれていく。 俺の番。 答案を見る。 82点。 ……思っていたより点数が高かった。 席へ戻る途中、 不安そうな顔でこっちを見る柚と目が合う。 その顔がおかしくて、 思わず笑ってしまった。 「なにその顔」 「いや、別に!」 笑いながら席に戻る。 そして、 ついに柚の名前が呼ばれた。 先生から答案を受け取り、 恐る恐る点数を見る。
学校が始まると、あっという間にテスト期間が近づいてきた。 放課後の教室。 机に突っ伏して「終わった……」と項垂れる彼女を見るのも、最近では見慣れた光景になっている。 正直、最初はもっと大人びた人だと思っていた。 適度な距離感を保っていて、落ち着いていて、何でも卒なくこなすような人。 でも、違った。 分からない問題があるとすぐに顔に出るし、 褒められると子どもみたいに嬉しそうに笑う。 たぶん、お兄さんがいるからだろう。 ふとした瞬間に見える”妹らしさ”が、なんだか可愛くて仕方がなかった。 「ねぇ、ここ教えて!」 ノートを抱えて俺の席までやってくる。 「ん? どれどれ」 そんなやり取りも、もう日常になっていた。 放課後は二人で教室に残って勉強する。 お互い問題を解いて、分からないところだけ聞き合う。 静かな教室に、シャーペンの音だけが響く時間。 俺はこの時間が好きだった。 ただ隣にいられるだけで十分だと思えた。 ある日。 問題集を解き終えて、ふと隣を見る。 「
緊張もほぐれてきて、 いつものように他愛もないやり取りをしていると、 柚がふと思い出したように言った。 「ねぇ、年明け初詣行こうよ。」 思わず顔を上げる。 「初詣?」 「うん!」 近くの神社は毎年かなり人が集まることで有名だった。 毎年通りかかるたび、 参道が人で埋め尽くされているのを見ていた。 ……あそこに一人で行く勇気はないな。 そんなことを考えていると、 ふと別の考えが頭をよぎる。 もし、人混みではぐれそうになったら。 その時は、 ――手を繋いでも、許されるのでは。 そんな気持ちを必死に隠しながら、 平静を装う。 「一番近い神社って、人多かったよな」 すると柚は笑って肩をすくめた。 「そうなんだよねぇ...」 一緒に行きたい。 「柚一人で行かせたら潰されそうだから、 一緒に行ってあげるよ」 「潰されないし!」 思わず笑ってしま







