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Author: はなきち
last update publish date: 2026-06-29 19:48:26

その日の放課後。

吹奏楽部が終わっても、私は教室へ向かわなかった。

楽器を片付けながら、窓の外を見る。

夕焼けが校舎を赤く染めている。

――今頃、いるのかな。

いつもの窓際で。

一人。

そう思った瞬間、自分でその考えを振り払うようにケースの蓋を閉じた。

もう気にしない。

そう決めたはずなのに。

帰り道。

無意識に校舎の窓を探している自分がいた。

それから数日。

放課後、教室へ行くことはなくなった。

彼と話すことも、ほとんどない。

きっと。

あの時間は湊くんにとって、一人になれる大切な時間だったんだ。

私は。

それを邪魔していたんだ。

そう思うと、申し訳なかった。

数日後。

また忘れ物をしたことに気づく。

「……今日はついてないな」

小さく呟いて、重たい足取りで教室へ向かった。

扉の前で立ち止まる。

深呼吸を一つ。

ゆっくり扉を開ける。

そこには。

やっぱり湊くんがいた。

一瞬だけ驚いたように目を見開く。

でも、それもほんの一瞬。

すぐにいつもの表情へ戻り、静かに窓の外へ視線を向けた。

私も何事もなかったように自分の席へ向かう。

教室は静かだった。

黒板に残ったチョークの文字。

半分だけ閉まったカーテン。

夕日に長く伸びる机の影。

何も変わっていない。

変わったのは。

二人の間の空気だけだった。

鞄を開いてプリントを探す。

その間も。

背中の向こうに、彼の気配を感じていた。

……気まずい。

前なら。

どうでもいい話を一つくらいしていたのに。

何を話せばいいのか分からない。

沈黙に耐えきれなくなって、自分から口を開く。

「……まだ帰ってなかったんだ」

言った瞬間。

変なこと聞いたかもしれない、と思う。

湊くんは少しだけ間を空けて。

「まぁ」

とだけ返した。

それで終わり。

やっぱり。

もう前みたいには戻れない。

そう思ってプリントを鞄へしまった、その時だった。

「……最近、来なかったじゃん」

ぽつり。

独り言みたいな声が落ちる。

おもわず手が止まった。

ゆっくり振り返る。

湊くんは窓の外を見たままだった。

「……迷惑って言ってたから」

思っていたより小さな声だった。

湊くんの肩が、わずかに揺れる。

数秒の沈黙。

そして。

「……あれ、別に柚に言ったわけじゃない」

「……え?」

初めて彼がこちらを見る。

少し困ったような。

少し焦ったような表情だった。

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    その後___ 付き合ってからも。 湊くんは相変わらず、 言葉で気持ちを伝えるのは苦手だった。 「授業中寝すぎ」 「ノートちゃんと写せ」 「また消しゴム落としてる」 口を開けば、 小言ばっかり。 でも。 先生に当てられそうになると、 机の下でそっと足をつついて起こしてくれる。 黒板のどこを見ればいいか、 黙って指を差して教えてくれる。 とびきりの優しい表情で話を聞いてくれる。 優しいなんて、 本人は絶対認めないだろうけど。 座席だって、しれっと私の後ろの席に希望を出して 移動してきた。 その全部が、 ちゃんと愛情なんだって。 今の私は知っている。 受験が近づくと、 お互い、前みたいには会えなくなった。

  • 待ってる。   33

    「だって湊くんが『待ってて』って言ったんだよ」 胸が締めつけられる。 あの日。 勢いで口にした一言。 まさか。 こんなにも大切にしてくれていたなんて。 でも。 だからこそ、苦しくなる。 「……ごめん。」 柚が驚いたように顔を上げる。 「俺の言葉が、枷になってたなら。」 「もう...待たなくていいから」 「そんな約束、忘れて──」 最後まで言えなかった。 柚がそっと俺の手を握ったから。 温かかった。 優しくて。 絶対に離れないと言うみたいに。 柚はまっすぐ俺を見つめる。 「違うよ。」 その一言だけで、胸がいっぱいになる。 「私は。」 少し照れながら笑って。 「待ちたかったの。」 握る手に少しだけ力がこもる。 「私は。」

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    柚の部活が終わるまで、いつもの教室で待つ。 窓の外は夕焼け色。 机に肘をついてぼんやりと考える。 今度はいつ遊べるだろう。 夏祭りも、クリスマスも、初詣も。 気づけば、一緒に過ごした思い出ばかり増えていた。 次はどこへ行こう。 けど、来年から受験生だもんな。 遊びに行く回数は減ってしまうかも。 そんなことを考えている時間が、最近は一番幸せだった。 その時だった。 廊下から柚の声が聞こえる。 友達と話してるのかな。 そう思いながら教室の扉へ向かう。 ドアノブに手をかけた瞬間。 「柚って彼氏いるの?」 男の声だった。 思わず動きが止まる。 「いない……けど?」 心臓が嫌な音を立てた。 「じゃあさ。」 少し笑った声。 「俺、立候補しようかな」 その一言で、頭の中が真っ白になる。 ……

  • 待ってる。   31

    数日後。 テスト返却の日。 朝から柚は落ち着きがない。 「終わった……」 まだ返ってきてもいないのに、机に突っ伏している。 「絶望するの早すぎでしょ」 「絶対ダメだった……」 あれだけ頑張っていたんだ。 少なくとも前より悪いなんてことはない。 そう思っていた。 一人ずつ名前が呼ばれていく。 俺の番。 答案を見る。 82点。 ……思っていたより点数が高かった。 席へ戻る途中、 不安そうな顔でこっちを見る柚と目が合う。 その顔がおかしくて、 思わず笑ってしまった。 「なにその顔」 「いや、別に!」 笑いながら席に戻る。 そして、 ついに柚の名前が呼ばれた。 先生から答案を受け取り、 恐る恐る点数を見る。

  • 待ってる。   30

    学校が始まると、あっという間にテスト期間が近づいてきた。 放課後の教室。 机に突っ伏して「終わった……」と項垂れる彼女を見るのも、最近では見慣れた光景になっている。 正直、最初はもっと大人びた人だと思っていた。 適度な距離感を保っていて、落ち着いていて、何でも卒なくこなすような人。 でも、違った。 分からない問題があるとすぐに顔に出るし、 褒められると子どもみたいに嬉しそうに笑う。 たぶん、お兄さんがいるからだろう。 ふとした瞬間に見える”妹らしさ”が、なんだか可愛くて仕方がなかった。 「ねぇ、ここ教えて!」 ノートを抱えて俺の席までやってくる。 「ん? どれどれ」 そんなやり取りも、もう日常になっていた。 放課後は二人で教室に残って勉強する。 お互い問題を解いて、分からないところだけ聞き合う。 静かな教室に、シャーペンの音だけが響く時間。 俺はこの時間が好きだった。 ただ隣にいられるだけで十分だと思えた。 ある日。 問題集を解き終えて、ふと隣を見る。 「

  • 待ってる。   29

    緊張もほぐれてきて、 いつものように他愛もないやり取りをしていると、 柚がふと思い出したように言った。 「ねぇ、年明け初詣行こうよ。」 思わず顔を上げる。 「初詣?」 「うん!」 近くの神社は毎年かなり人が集まることで有名だった。 毎年通りかかるたび、 参道が人で埋め尽くされているのを見ていた。 ……あそこに一人で行く勇気はないな。 そんなことを考えていると、 ふと別の考えが頭をよぎる。 もし、人混みではぐれそうになったら。 その時は、 ――手を繋いでも、許されるのでは。 そんな気持ちを必死に隠しながら、 平静を装う。 「一番近い神社って、人多かったよな」 すると柚は笑って肩をすくめた。 「そうなんだよねぇ...」 一緒に行きたい。 「柚一人で行かせたら潰されそうだから、 一緒に行ってあげるよ」 「潰されないし!」 思わず笑ってしま

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