LOGIN「大智たちに言っただけ」
「でも……私といるの嫌だったんじゃ」 「違う」 思ったより早い返事だった。 湊くんは少しだけ視線を逸らす。 「……ああいう風に言われると」 ぽつり。 ぽつり。 言葉を探すように続ける。 「また変に距離できそうで嫌だっただけ」 夕日に染まる教室。 その言葉だけが、静かに残った。 私は何も言えなかった。 その言い方がまるで。 “今の関係を壊したくなかった” そう聞こえてしまったから。「……じゃあ」 少しだけ笑って、湊くんを見る。 「また...放課後、ここ来てもいい?」 湊くんは一瞬だけ目を丸くした。 それから視線を逸らして、小さく肩をすくめる。 「……来たければどうぞ」 相変わらず、ぶっきらぼうだ。 でも。 その声はどこか少しだけ柔らかかった。 「じゃあ来るね」 「好きにすれば」 素っ気ない返事。 なのに、不思議と嬉しかった。 それから。 放課後になると、自然と教室へ向かうようになった。 「今日さ、顧問めっちゃ機嫌悪くてさ〜」 楽器ケースを机の横へ置きながら、ぐったりと机に突っ伏す。 湊くんは頬杖をついたまま、 「へぇ」 と、気のない返事をした。 「“へぇ”じゃないって。低音パート全員巻き添えで怒られたんだから」 「どんまい」 「絶対思ってない」 「思ってる思ってる」 そんな適当なやり取りが。 いつの間にか、当たり前になっていた。 放課後。 夕方。 誰もいない教室。 吹奏楽部終わりの私と。 何故か帰らない湊くん。 最初は気まずかった沈黙も。 今では、その静けさごと落ち着く時間になっていた。 私は窓際の前の席。 湊くんはその後ろ。 会話が途切れても気にならない。 スマホを触るわけでもなく。 何かをするわけでもなく。 ただ、同じ空間にいる。 それだけで、不思議と心が落ち着いた。 ある日。 「……ねぇ」 机に突っ伏したまま、声をかける。 「んー」 気のない返事。 でもちゃんと返事は返ってくる。 「湊くんってさ」 「ん?」 「なんでそんな人と距離あるの?」 シャーペンを動かしていた手が止まる。 聞きすぎたかな。 そう思った頃。 「……嫌われんの、めんどいから」 ぽつり、と返ってきた。 「嫌われる前提なの?」 「まぁ」 「でもさ」 私はゆっくり顔を上げる。 「距離置いてても、嫌う人は嫌うくない?」 湊くんは答えなかった。 夕日が横顔を照らしている。 長いまつ毛の影が頬へ落ちた。 しばらくして。 「……近かった人に離れられる方がだるい」 静かな声だった。 でも。 その一言だけで、なんとなく分かってしまう。 この人。 最初から諦めてるんだ。 傷つかないように。 失わないように。 最初から、自分で線を引いている。 少しだけ笑ってしまった。 「じゃあ私、結構レアじゃん」 「何が」 「その線の中にいるの」 彼は少しだけ目を細める。 「……そうかもね」 その言葉に、胸が少しだけ熱くなる。 でも同時に。 これ以上近づいたら。 何かが変わってしまう気もした。 教室に沈黙が落ちる。 窓の外では、グラウンドから運動部の声が聞こえていた。 その静けさを破るように。 湊くんがぽつりと呟く。 「……まぁ」 私は顔を上げる。 「ちょっとだけなら」 少し照れたように視線を逸らして。 「気ぃ許してもいいかなとは思ってますよ」その後___ 付き合ってからも。 湊くんは相変わらず、 言葉で気持ちを伝えるのは苦手だった。 「授業中寝すぎ」 「ノートちゃんと写せ」 「また消しゴム落としてる」 口を開けば、 小言ばっかり。 でも。 先生に当てられそうになると、 机の下でそっと足をつついて起こしてくれる。 黒板のどこを見ればいいか、 黙って指を差して教えてくれる。 とびきりの優しい表情で話を聞いてくれる。 優しいなんて、 本人は絶対認めないだろうけど。 座席だって、しれっと私の後ろの席に希望を出して 移動してきた。 その全部が、 ちゃんと愛情なんだって。 今の私は知っている。 受験が近づくと、 お互い、前みたいには会えなくなった。
「だって湊くんが『待ってて』って言ったんだよ」 胸が締めつけられる。 あの日。 勢いで口にした一言。 まさか。 こんなにも大切にしてくれていたなんて。 でも。 だからこそ、苦しくなる。 「……ごめん。」 柚が驚いたように顔を上げる。 「俺の言葉が、枷になってたなら。」 「もう...待たなくていいから」 「そんな約束、忘れて──」 最後まで言えなかった。 柚がそっと俺の手を握ったから。 温かかった。 優しくて。 絶対に離れないと言うみたいに。 柚はまっすぐ俺を見つめる。 「違うよ。」 その一言だけで、胸がいっぱいになる。 「私は。」 少し照れながら笑って。 「待ちたかったの。」 握る手に少しだけ力がこもる。 「私は。」
柚の部活が終わるまで、いつもの教室で待つ。 窓の外は夕焼け色。 机に肘をついてぼんやりと考える。 今度はいつ遊べるだろう。 夏祭りも、クリスマスも、初詣も。 気づけば、一緒に過ごした思い出ばかり増えていた。 次はどこへ行こう。 けど、来年から受験生だもんな。 遊びに行く回数は減ってしまうかも。 そんなことを考えている時間が、最近は一番幸せだった。 その時だった。 廊下から柚の声が聞こえる。 友達と話してるのかな。 そう思いながら教室の扉へ向かう。 ドアノブに手をかけた瞬間。 「柚って彼氏いるの?」 男の声だった。 思わず動きが止まる。 「いない……けど?」 心臓が嫌な音を立てた。 「じゃあさ。」 少し笑った声。 「俺、立候補しようかな」 その一言で、頭の中が真っ白になる。 ……
数日後。 テスト返却の日。 朝から柚は落ち着きがない。 「終わった……」 まだ返ってきてもいないのに、机に突っ伏している。 「絶望するの早すぎでしょ」 「絶対ダメだった……」 あれだけ頑張っていたんだ。 少なくとも前より悪いなんてことはない。 そう思っていた。 一人ずつ名前が呼ばれていく。 俺の番。 答案を見る。 82点。 ……思っていたより点数が高かった。 席へ戻る途中、 不安そうな顔でこっちを見る柚と目が合う。 その顔がおかしくて、 思わず笑ってしまった。 「なにその顔」 「いや、別に!」 笑いながら席に戻る。 そして、 ついに柚の名前が呼ばれた。 先生から答案を受け取り、 恐る恐る点数を見る。
学校が始まると、あっという間にテスト期間が近づいてきた。 放課後の教室。 机に突っ伏して「終わった……」と項垂れる彼女を見るのも、最近では見慣れた光景になっている。 正直、最初はもっと大人びた人だと思っていた。 適度な距離感を保っていて、落ち着いていて、何でも卒なくこなすような人。 でも、違った。 分からない問題があるとすぐに顔に出るし、 褒められると子どもみたいに嬉しそうに笑う。 たぶん、お兄さんがいるからだろう。 ふとした瞬間に見える”妹らしさ”が、なんだか可愛くて仕方がなかった。 「ねぇ、ここ教えて!」 ノートを抱えて俺の席までやってくる。 「ん? どれどれ」 そんなやり取りも、もう日常になっていた。 放課後は二人で教室に残って勉強する。 お互い問題を解いて、分からないところだけ聞き合う。 静かな教室に、シャーペンの音だけが響く時間。 俺はこの時間が好きだった。 ただ隣にいられるだけで十分だと思えた。 ある日。 問題集を解き終えて、ふと隣を見る。 「
緊張もほぐれてきて、 いつものように他愛もないやり取りをしていると、 柚がふと思い出したように言った。 「ねぇ、年明け初詣行こうよ。」 思わず顔を上げる。 「初詣?」 「うん!」 近くの神社は毎年かなり人が集まることで有名だった。 毎年通りかかるたび、 参道が人で埋め尽くされているのを見ていた。 ……あそこに一人で行く勇気はないな。 そんなことを考えていると、 ふと別の考えが頭をよぎる。 もし、人混みではぐれそうになったら。 その時は、 ――手を繋いでも、許されるのでは。 そんな気持ちを必死に隠しながら、 平静を装う。 「一番近い神社って、人多かったよな」 すると柚は笑って肩をすくめた。 「そうなんだよねぇ...」 一緒に行きたい。 「柚一人で行かせたら潰されそうだから、 一緒に行ってあげるよ」 「潰されないし!」 思わず笑ってしま