All Chapters of ヤンデレヒーローを負け幼馴染に修正したはずが執着溺愛されてしまいました: Chapter 1 - Chapter 10

67 Chapters

はじまり、はじまり。

 「おかあさまー!」 元気いっぱいの声とともに、小さな女の子が芝生を駆けてくる。 私は両手を広げ、その小さな身体を抱きとめた。「お帰りなさい、リリア」「ただいま! 今日はね、剣のおけいこで先生にほめられたの!」「まあ、それはすごいわ」 頭を撫でると、娘は得意げに胸を張る。 その隣に、銀髪の青年が静かに歩み寄った。「お嬢様。お疲れではありませんか?」「もう、お嬢様じゃないでしょう? 結婚したのは何年前のことだと思ってるの?」「人生の大半を、あなたにお仕えして過ごして来ましたから」 昔と変わらない穏やかな笑みに、思わず苦笑がこぼれる。 そのやり取りを見ていた娘が、不思議そうに首を傾げた。「ねえ、おかあさま」「なあに?」「パパって、どうしていつもおかあさまのそばにいるの?」「え?」「だって、おうちでも、お仕事でも、いつもいっしょ!」 私は思わず吹き出した。「それはね……昔、お母様が失敗しちゃったからなのよ」「しっぱい?」「そう。本当は、この人を『負け幼馴染』にする予定だったの」「まけ、おさななじみ?」 聞き慣れない言葉に、娘はきょとんと目を丸くする。「主人公のことが大好きなのに、最後には別の人に恋人を取られちゃう人のことよ」「えぇ!? かわいそう!」「今にして思うと、そうだったんだけど……。この人、勝っちゃったのよね」「勝っちゃった……?」「そうよ。負け幼馴染になるどころか、私と結婚しちゃったの」「あなたの言うことは、いつもよくわかりませんけれど。私は、あなたの夫になれて幸せでしたよ」「もう、過去形で言わないで。私を手放す気でもあるの?」「まさか。……逃がしませんよ、絶対に」 キョトンとした顔の娘を私の腕から片腕で奪い返して、そうして、メイナードは代わりに自分が空いた隙間に収まってきた。 まったく、この独占欲は昔から変わらない。 ……どうやら、私は修正する方向を少し間違えてしまったらしい。 だから――気づけば私は、この人に誰よりも深く愛され、誰よりも強く執着されることになっていた。 そう、これは、ヤンデレヒーローを負け幼馴染に修正しようとしたはずが、なぜか推しの執着をさらに深めてしまった、一人の転生公爵令嬢のお話である。 ――すべては、私がこの世界に転生した日から始まったのだ。
last updateLast Updated : 2026-07-02
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逆ハーレムもののウェブ小説のヒロインになっちゃった!?

「なんで!? どうして!? ここはどこなの!!」 私は叫びながら、部屋の中をウロウロと歩き回っていた。 だって、どう見たってここは日本じゃない。ヨーロッパの貴族のお屋敷みたいな……。そんな感じの部屋に、私はいた。「さっきまでスマホでウェブ小説を読んでたはずだったのに……」 うとうとして、寝落ちして、そこからの記憶がない。 気が付いたら、私はここにいた。「絶対に、変! 背が低い気がするし! 声だっていつもと違う!」 大騒ぎしながらも、私は薄々と感じていた。 これって――異世界転生ってやつなんじゃないか、ってこと。「どう見たって……、これは子供の手……」 手のひらを見つめる。 小さな手だ。指がまだ短くて、てのひらがふっくらしていて。多分、小学校に入るか入らないかくらいの年ごろ。「鏡とか……、ないの?」 そう思って探すけど、部屋には鏡台がなかった。子供の部屋だから、そんなもの置いていないのかも。「でも、何かあるでしょう? キラキラしたものとか……、反射するもの……」 とっさには思いつかないけど。でも絶対、何かあるはず! そう思いながら部屋中をウロウロと動き回って、ふと、窓ガラスがあることに気が付いた。 そうだ! これだ! 窓枠によじ登るようにしながら、ガラスをそっとのぞき込む。 映っていたのは、やっぱり小さな女の子だった。 栗色の髪に緑の目の、愛らしい容姿の小さな子供。「……待って」 ありがちな容姿だと思ったけど、私はこの姿に覚えがあった。 そう、寝落ちるまでに読んでいた小説――「公爵令嬢は危険な愛に溺れる」のヒロインにそっくりだ。 もし、そうだとしたら――「私、激重男子に溺愛されて夜も眠れない♡ずぶずぶの愛でおかしくなっちゃう逆ハーレム小説のヒロインになっちゃったってこと……!?」 それって、もしかして、推しに会えちゃうってことじゃない? 一瞬だけ胸が高鳴る。 私の推し、メイナード。 優しくて美形で一途で、最高の男。 ――ただし。 愛が重すぎて、ヒロインを監禁しちゃう。「そうよ、喜んでる場合じゃない! このままじゃ私、監禁されちゃう――!!」 監禁されてあんなことやこんなこと、されちゃうことになるじゃない!! 小説で読んでる分には楽しめるけど、実際にされるとなったらさすがに嫌! 愛が重すぎて怖いわ!
last updateLast Updated : 2026-07-02
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森の中の出会い

 メイナードのヤンデレを矯正する。 そう思った私の行動は早かった。「もともとは優しいタイプなんだもん、負け幼馴染キャラとかにしちゃえばいいんだわ!」 そうすれば、逆ハーレムにも都合がいい。 森に行くための身支度をしながら、私はメイナード矯正計画について考えていた。 私の記憶が確かなら、ちょうどこのくらいの時期にメイナードが森でケガをする。それがメイナードがヤンデレキャラになるきっかけなのだ。 ということは、私が介入して、彼がケガをしないようにしたらいい。「よし、行くわよー!」 そして、彼を負け幼馴染キャラに矯正して。 安全に推しからの溺愛を楽しみながら、他のキャラたちからも奪い合われて楽しい逆ハーレム生活を築くのよ! 我ながら最低な計画だけど、実際、このときの私は本気だった。 だって、これはウェブ小説の世界なんだもの。楽しまなきゃ損だって、そう思ってたから。 屋敷を抜け出すのは案外簡単だった。「うう、森ってこんなに暗くて怖いんだ……」 まだ日が高いはずなのに、森の中は薄暗かった。どこまでも続く木々、遠くからは獣の声がする。「メイナードを見つけ出せるのかしら……」 不安になって来る。 狼族の住む森はここで間違いがないけど、具体的にどこに行けば彼らに会えるのかまではウェブ小説には書かれていなかった。 想像したこともなかったけど、よく考えたら、森って広いんだよね……。「あーもう、私の馬鹿!」 後悔したけど後の祭りだった。 とにかく、せめてメイナードか、そうじゃなくてもメイナードの弟のニールを見つけ出さなくちゃ! 怖い思いをして森の中を歩き回ってるんだから、少しくらいは収穫がないとやっていられない。 そう思って藪をかき分け、蔓の中を潜り抜けて私は森の奥へと進んだ。 そしてついには――見つけた! 鉄の罠に足を挟まれた、小さな男の子。メイナードだ。 メイナードが逃げようともがくたびにギザギザのハサミが足に食い込んで、今にもちぎれそうに見える。「ダメ……!」 私は思わず叫んでいた。 メイナードは私が思っていたよりもずっと小さくて、弱々しかった。 狼族の力があったって、鉄の罠は壊せっこない。千切れるのは足の方よ!「だ、誰だ!」 男の子は怯えた顔で叫ぶ。頭に生えた大きな耳が、警戒を示すように後ろに倒れていた。牙を剥いて
last updateLast Updated : 2026-07-02
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誰にもあなたを傷つけさせない

 メイナードを罠から解放する頃には、私の手はすっかり傷だらけだった。 メイナードがかかっていたのは、獣を捕まえるためのトラバサミ。田舎育ちの私は外し方を知っていたけど、それでも子供の手では難しい作業だった。「大丈夫か……?」 私の手を取って、メイナードが今にも泣きそうな顔をしている。「大丈夫よ」 私はその手を握り返して言った。 実際、私よりもメイナードの足の傷の方が酷い。 このまま放っておいたら、うまく歩けなくなるかもしれない。「さあ、行きましょう」「行く? どこに?」「屋敷よ。傷の手当てをしなくちゃ」「人間の……?」 メイナードは怯えたそぶりを見せる。 それも無理はないことだ。人間と狼族は、ずっと仲が悪いという設定だった。 狼族は魔法使いにとってあまりにも便利だから、人間たちはお金のために狼族を捕まえようとしたのだ。メイナードが捕まったのも、そんな人間の仕掛けた罠の一つだった。「大丈夫よ。私の家だから、安心して」「おまえの家……」 私の言葉に、ほんの少しだけ、メイナードの警戒心が緩んだ。 私はぎゅっとメイナードの手を握る。 手の傷が痛んだ。でも大丈夫、メイナードの方がもっと痛いはず。「私が守るわ。誰にもあなたを傷つけさせたりしない」「どうして……」「放っておけなかったのよ」 最初は、ヤンデレにならなければいいって思ってただけのはずだったのに。 私はすっかり、この小さな男の子が可哀想で可愛くてたまらない気持ちになってしまっていたのだった。「お嬢様! どうなさったのですか!!」 私がメイナードを連れて戻ると、屋敷は大騒ぎになった。 私のケガ、連れているメイナード、すべてが混乱の材料だった。 ひっくり返されたボールみたいに右往左往する使用人たち。さすがにお父様も出てきた。「シェリル! これは何の騒ぎなんだい……!」 いつもはおっとりとしていて、穏やかなはずのお父様もさすがに目を丸くしていた。 私はごまかし笑いをしながら、できるだけ可愛く見えるようにお父様を見上げた。「この子、ケガをしていたの。だから連れて帰ってきちゃった……」「おお、可愛いシェリル。だが、お前もケガをしているじゃないか」 お父様が私の前に膝をつく。 私はお父様の前にメイナードを差し出した。「私のケガより、この子よ。この子のほうが重
last updateLast Updated : 2026-07-02
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狼族の襲撃

「迎え撃ちましょう!」「数は向こうの方が上ですが、こちらには弓があります!」 集まってきた騎士たちが、口々に父に訴えている。「そんな、でも、狼族だって話し合いとか……」「お嬢様。向こうは武器を持っているんですよ」「獣と話し合いなんかできるものか!」「そうだ、そうだ!」 騎士たちはすっかり、交戦する気になっている。「お父様……」 私は困ってお父様を見上げた。「シェリル、お父様たちは難しい話をするからね。その子と部屋に入っていなさい。傷の手当てもさせよう」 お父様が近くにいたメイドに合図する。 私たちはそっと、その場から連れ出されてしまう。「お父様!」 声を上げたけど無駄だった。 私とメイナードは客間に連れていかれ、ドアには鍵もかけられてしまった。 そうして、メイドたちが温かいお湯を持ってきて、メイナードの傷を洗い始める。「お嬢様も、さあ」 私も下着姿にさせられて、泥だらけの手足を拭われた。 メイナードは私よりもずっと薄汚れていたから、服は全部はぎとられてしまった。怯えるメイナードをメイドたちが抱きかかえて、丁寧に身を清め、傷口を洗って包帯を巻いていく。「どうしよう……、どうしたら……」 おとなしくしながらも、メイナードはずっと怯えた様子だった。「ねえメイナード、大丈夫……?」「大丈夫じゃないよ、みんなおれを探してる……」 目にいっぱいの涙を浮かべたメイナード。 今すぐにでも抱きしめてあげたかったけど、でも私もメイドにつかまっていて、動くことができなかった。「狼族よーっ!」 そのとき、メイドの悲鳴が響いた。 ドアが破られ、狼族がなだれこんでくる!「メイナード様!」「おい、こっちだ! メイナード様は無事だぞ!」「だめだ! この人たちは……!」 メイナードが叫ぶ。 でも狼族はメイナードを抱え上げたかと思うと、そのまま私にも飛び掛かってきた。「その娘もだ! 族長のところへ連れていくんだ!」 獣臭い大きな身体。 押しつぶされるようになりながら、私は抱え上げられ、そのまま狼族は窓を破って屋敷の外へと飛び出した――「シェリルお嬢様!!」 メイドの叫びが夜空に響き渡った。
last updateLast Updated : 2026-07-02
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攫われたシェリル

「んん……」 焚火のパチパチという音で目を覚ました。 気が付くと私は洞穴の中、大きな焚火の前で寝かされている。「ドレスを割いて送りつけよう」「ドレス? 手ぬるい! 送り付けるなら耳だ!」 焚火の向こうでは、狼族たちが恐ろし気な会話をしているのが聞こえた。 どうしよう……。 私はギュッと目を閉じて、必死に寝たふりをした。 起きているのに気づかれたら、何をされるか分からない。「狼族の王子を傷つけたなら、代償を支払ってもらわねばならない」「そうだ、そうだ。人間は俺たちを馬鹿にしている!」「今こそ、目にもの見せてやるべきときだ!」 話し合いはすっかり悪い方向に盛り上がっていた。 逃げ出したいけれど――薄く目を開けて周囲を確認するけど、ここが洞窟の中だということしかわからなかった。 どこまでも続く岩肌。焚火を囲む狼族たち。 どうしよう。心臓がバクバク言っている。 子供の足じゃ、こんなにも大勢の狼族から逃げられるはずがない。 でも、このままじゃ私、耳を切られちゃう! それだけで済むかもわからないし、どうしたらいいの……!「シェリル」 耳元で声がした。 目を開けると、メイナードがいる。「大丈夫だ。おれが助けてやる」「助けるって……、どうやって?」「抱えて逃げる」「無理だよ、狼族の方が足が速いよ」「おれだって、足は速い」「そうだけど、私は人間だよ」「おれが連れて行く」「でも……」 話していると、腕をねじり上げられた。 私は思わず悲鳴を上げる。「シェリル!」 メイナードが私にすがった。「起きてたのか! 人間!!」「おれたちの話を盗み聞きするなんて、悪いガキだなぁ!」「そうだぞ、さすが卑怯だな! 人間だけある!!」 狼族の男たちが口々に私を罵った。 私は怯えて身体を縮こまらせるしかない。「やめろ!!」 そこにメイナードが飛びついてきた。 男の腕に噛みついたかと思うと、男から私を奪い取った。傷ついた足を震わせながら、それでも私の前に立つ。「シェリルに手を出すな!」 そうして、姿勢を低くしてうなりを上げる。「おいおい、どうしたんだ? 人間の子供だぞ」「そうだぞ。人間なんか庇いやがって」「だいたい、俺たちに勝てると思ってるのか?」 狼族たちは大声で笑う。 誰もが私たちを侮っていた。メイナードが本気
last updateLast Updated : 2026-07-02
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狼族の忠義

「シェリルは俺の恩人だ。狼族の誇りはどこへ行った? 攫って、貶めて、恥ずかしいと思わないのか?」 メイナードは狼族の男たちをねめつけながら、はっきりと言った。「恩人?」 彼の言葉に、族長が眉を跳ね上げる。「どういうことだ?」「俺は知らないぞ!」「そうだ、そうだ! 人間がメイナードをさらったんだ!」「俺たちは悪くねえ!」「違う!」 口々に叫ぶ男たちを、メイナードが一喝した。「シェリルは罠にかかっていた俺を助けてくれた。屋敷に連れ帰って、手当てもしてくれたんだ」「……ほう」 洞窟の空気が静まり返る。 族長は私ではなく、まっすぐメイナードを見つめていた。「狼族は誇り高い一族だ。それなのに、こいつらはシェリルを攫った。その罪は贖われるべきだ」「どう贖う?」「俺が恩を返す」 迷いのない声だった。「シェリルの屋敷へ行き、この身で恩を返す」「人間の屋敷で暮らすというのか」「恩を返し終えるまでだ」 しばらくの沈黙が流れる。 やがて族長は静かに頷いた。「……よかろう」 その一言で、洞窟中がどよめいた。「狼族の誇りは恩を忘れぬことにある。ならば、お前がその誇りを示してこい」「はい」 メイナードは深く頭を下げた。「シェリル」 振り返った彼は、小さく笑う。「もう大丈夫だ」 その言葉に、私はようやく胸を撫で下ろした。   ◇「シェリル!」 森の出口まで送られると、お父様や騎士たちが駆け寄ってきた。「無事だったか! その子も……いったい何があった?」「お父様、狼族とお話ができました」「話し合い?」「はい。狼族は私を攫ったことを謝ってくれました」 私は隣に立つメイナードを見る。「その証として、メイナードが私の屋敷で恩返しをしてくれるそうです」「恩返し?」「俺が助けられた恩を返す」 メイナードは父を真っすぐ見つめた。「この屋敷で働かせてほしい」 父は困ったように私とメイナードを見比べる。「しかし、この子は狼族の……」「王族です」 私が小さく付け加えると、お父様はますます困った顔になった。「ううむ……」 しばらく考え込んだあと、やがて大きく息をつく。「そこまで言うなら仕方ない。恩返しが終わるまで、この屋敷で預かろう」「ありがとうございます!」 私とメイナードは顔を見合わせて笑った。 これで未
last updateLast Updated : 2026-07-07
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弟の襲来

 翌朝。「お嬢様、大変です!!」 朝食を食べていると、メイドが血相を変えて食堂へ飛び込んできた。「狼族の子供が屋敷へ押しかけてきました!」「え?」「『兄ちゃんを返せ!』と庭で暴れています!」「ニールだ!」 私は思わず立ち上がった。 やっぱり来た。 メイナードの弟、ニール。 兄が人間の屋敷で暮らすなんて聞いたら、絶対に黙っているような子じゃない。「シェリル!」 お父様が慌てて私を呼び止める。「危ない、行ってはいけない!」「大丈夫よ!」 私は振り返って笑った。「あの子は悪い子じゃないから」「しかし!」「話せばきっとわかるわ」 そう言い残して、私は庭へと駆け出した。 庭では騎士たちが一人の少年をぐるりと取り囲んでいた。 銀色の髪。 金色の瞳。 頭にはピンと立った狼の耳。 兄のメイナードとは違い、いかにもやんちゃそうな目つきをしている。「兄ちゃんを返せ!!」 牙を剥き出しにして、騎士たちを威嚇していた。「ニール!」 私が呼ぶと、少年は勢いよくこちらを振り向いた。「お前か!」 金色の瞳がギラリと光る。「兄ちゃんをさらった人間は!」「さらってないわよ!」「嘘つけ!」 今にも飛びかかってきそうな勢いだ。 騎士たちも剣に手をかける。「お嬢様、お下がりください!」「危険です!」「待って!」 私は慌てて騎士たちの前へ飛び出した。「剣を抜かないで!」「ですが!」「この子は敵じゃないの!」「敵だ!」 ニールは私を指差した。「兄ちゃんを返せ!」「返せって言われても……」「兄ちゃんは狼族だ!」「そうね」「人間なんかと暮らす必要なんかない!」 怒りで肩を震わせるニール。 でも、その目は今にも泣きそうだった。 ……そっか。 大好きなお兄ちゃんが突然いなくなったんだもの。 不安になるよね。「ニール」 そのとき、屋敷の中から声がした。 振り向くと、包帯を巻いたメイナードがゆっくりと歩いてくる。「兄ちゃん!」 ニールの耳がぴんと立った。 さっきまで怒鳴っていた少年が、一目散に兄へ駆け寄る。「兄ちゃん! 無事だったのか!?」「ああ」 メイナードは優しく弟の頭を撫でた。「心配をかけたな」「帰ろう!」 ニールは兄の手をぎゅっと握る。「父ちゃんも母ちゃんも、みんな待ってる!」
last updateLast Updated : 2026-07-07
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ニールと朝ごはん

 ――こうして、私の屋敷は朝からとんでもない騒ぎになったのだった。「住まわせるわけにはいかないでしょう!」 最初に口を開いたのは、お父様だった。「メイナード君は狼族との約束がある。だから預かることにした。でも、ニール君までという話は聞いていないよ」「じゃあ約束して!」 ニールは父を真っすぐ見上げた。「兄ちゃんを追い返さないって!」「それは……」 父が困ったように私を見る。「シェリル」「はい?」「お前、この子のことも知っているのかい?」「えっと……」 しまった。 転生者だなんて言えるわけもない。「メイナードから聞いていたの」 慌ててごまかすと、父は「そうか」とだけ頷いた。「でも、ニール君。兄を心配する気持ちは分かるが、この屋敷で暮らすわけにはいかない」「なんでだよ!」「ここは人間の屋敷だからだ」「オレは悪いことしない!」「そういう問題ではなくてね……」 父はすっかり困り果てていた。 すると、ニールはぷいっと顔を背ける。「じゃあ帰らない」「え?」「ここにいる」「だから、ここは――」「ここにいる」 完全に意地になっている。 ああ、もう。 これじゃ子どもの駄々っ子だ。 私は思わず苦笑した。「ニール」「なんだよ」「朝ご飯、食べた?」「……」 返事がない。「食べてないの?」「……」 また黙る。 その代わり。 ぐぅぅぅぅ…… 盛大にお腹が鳴った。 庭にいた全員が、一斉にニールを見る。「…………」 ニールの耳がぴくぴくと震えた。「今のは違う!」「違わないでしょう」「鳴ってない!」「すごく鳴ってたわよ?」「鳴ってない!」 顔を真っ赤にして否定するニールに、私は思わず吹き出してしまう。「笑うな!」「ごめん、ごめん」 でも、笑っちゃう。 だって、昨日まで怖い狼族だと思っていたのに。 こうして見ると、ただのお腹を空かせた男の子なんだもの。「お父様」 私は父を見上げた。「朝ご飯だけでも、一緒に食べちゃダメ?」「シェリル?」「このまま帰したら、お腹が空いたままでしょう?」 父は少しだけ考え込む。 その間にも、ニールのお腹は正直だった。 ぐぅぅぅ……「…………」 今度は本人も否定できない。「……朝ご飯だけだよ」 父が苦笑する。「食べたら森へ帰る。それなら構
last updateLast Updated : 2026-07-07
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犯人を捜せ

「……オレじゃねえぞ」 ニールは耳をぺたりと伏せながら、小さな声で言った。「本当か?」 騎士が疑わしそうに目を細める。「狼族は肉を食うのでしょう?」「食うけど!」 ニールはむっとした顔になる。「だからって盗まねえ!」「ですが、昨日から狼族が二人も屋敷に……」「違うって言ってるだろ!」 今にも飛びかかりそうな勢いでニールが牙を剥く。 私は慌てて二人の間へ入った。「待って!」 騎士もニールも、同時にこちらを見る。「まだニールがやったって決まったわけじゃないでしょう?」「ですが、お嬢様……」「証拠もないのに疑うのはダメよ」 騎士は困ったように父を見る。 お父様は少しだけ考えてから頷いた。「そうだね。まずは確認しよう」「ありがとうございます」 私はほっと胸を撫で下ろした。 ニールも小さく息を吐く。「……悪かったな」 ぼそりと呟いた。「え?」「助けてくれて」 あまりにも小さな声だったから、聞き間違えたのかと思った。 でも。「勘違いしろよ!」「どっちなの!?」 思わずツッコミを入れると、ニールはぷいっと顔を背けた。 耳だけが、ほんの少し赤くなっている。 ……可愛い。 やっぱり、この子もまだ子供なんだ。「お父様」 私は父を見上げた。「私も食料庫を見てきてもいい?」「危ないことはしないと約束できるかい?」「もちろん!」「なら行っておいで」 許可をもらって、私は食料庫へ向かった。 メイナードもニールも、当たり前のようについて来る。「二人とも来るの?」「守る」 メイナードが短く答える。「兄ちゃんを守る」 ニールも負けじと言った。「いや、守られるの私じゃない?」「シェリルもついでに守る」「ついで!?」 思わず頬を膨らませると、ニールはニヤリと笑った。 さっきまで泣きそうな顔をしていたのに。 ずいぶん元気になったものだ。 食料庫の扉は半分ほど開いていた。 中では数人の使用人が困った顔で立ち尽くしている。「お嬢様」 料理長が深々と頭を下げた。「確かに肉がなくなっています」「全部?」「ええ。干し肉も、塩漬け肉も」「そんな……」 昨日まで普通にあったはずなのに。 誰かが運び出したということ? 私は床を見回した。 そのときだった。「兄ちゃん」 ニールがしゃがみ込む
last updateLast Updated : 2026-07-07
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