翌朝。目覚ましが鳴る前に目が覚めた。頭が重い。喉が乾いている。身体の奥に、昨夜の酒がまだ少し残っている。それでも、起きられた。枕元には、正人が置いていった水があった。その横に、自分のスマホ。画面をつけた瞬間、私は固まった。自分宛てのメッセージ。『正人にデート提案した』『覚えてたらちゃんと考える』『美術館とかあり』「…………」覚えている。残念ながら、かなり覚えている。正人がヒールを脱がせてくれたこと。「この距離を近づけたくて、距離取ってるんだからね」と言ったこと。後輩に任せるのが嫌だ、と低い声で言ったこと。そして、私が酔った勢いで、仕事の提案みたいにデートを申し込んだこと。布団の中で顔を覆う。最悪。いや、最悪ではない。でも、かなり恥ずかしい。朝食会場で後輩たちと合流した時、正人はいつも通りだった。「顔、死んでる」「二日酔いです」後輩が心配そうに笑う。「昨日、大丈夫でした?」「全然覚えてない」反射的にそう言った。正人が一瞬だけこちらを見る。でも、何も言わない。「なら水飲んどいて」それだけだった。普通。あまりにも普通。その普通さに、胸が少しだけちくっとした。昨日のことを、なかったことにされたわけではない。むしろ、正人は私が逃げられるようにしてくれている。今は仕事中だから。後輩もいるから。私が恥ずかしがらないように。そう分かるから、余計に痛かった。東京に戻ってからも、心は落ち着かなかった。正人に連絡する勇気は出ない。でも、忘れることもできない。結局、その夜、私はさやかを召喚した。***「で?」店に入ってすぐ、さやかが言った。「顔が事件」「事件ではある」「はい、話して」まだ席にもきちんと座っていないのに、さやかは水を一口飲んで、完全に聞く姿勢に入っていた。私は九州出張のことを、できるだけ簡潔に話した。飲みすぎたこと。正人に助けられたこと。ヒールを脱がせてもらったこと。そして、デートを提案したこと。さやかは途中から笑いを堪えるのをやめた。「待って。検討フェーズって何」「酔ってたから」「酔ってても愛子すぎる」「本当にやめて」「しかも美術館とかありって、自分宛てにメモ残してるのが怖い」「正人に言われたの。後悔防止で自分に送っとけって」「正人、優秀す
Zuletzt aktualisiert : 2026-07-31 Mehr lesen