Alle Kapitel von 兄の親友、禁断の一夜と秘密の子: Kapitel 11 – Kapitel 20

30 Kapitel

第11話

珠莉視点帰り道のあいだじゅう、私は陽菜の話に耳を傾けていた。粘土で作った馬のこと。大翔くんのこと。それから、新しいお弁当箱を買ってもらったのに、おかずが昨日の残り物ばかりなのは納得できないと、ママに抗議するつもりらしい結衣ちゃんのこと。私は一言一言に耳を傾けようとした。40分の道のりのあいだ、あの会議室の記憶に引きずり込まれないように、精いっぱい。たいていは失敗した。でも、努力はした。その夜、私は夕食を終え、お風呂を済ませ、今読んでいる本を2章分読み聞かせ、寝る前に水を何杯飲んでいいかでひと悶着あった。そのすべてが終わり、陽菜がようやく静かになって、呼吸がゆっくりと規則正しくなった頃、私はキッチンのテーブルへ向かった。紙とペンを取り、いちばん上にこう書いた。【必要なもの】そして、それをじっと見つめたまま座っていた。まず、弁護士が必要だ。それは明らかだった。和也がすでに弁護士へ相談しているなら、私だって専門家の助けもなく、法的な知識もないまま、これから起こることに立ち向かうわけにはいかない。駅前に、法テラスの無料法律相談窓口がある。何十回もその前を通り過ぎたことがあるけれど、一度も利用したことはなかった。必要がなかったから。これまでは、法律の助けなど借りずに済むように生きてきた。だが、そのやり方はもう通用しない。その下に、私は書いた。【弁護士費用】しばらく、じっとその文字を見つめた。私の口座には、2万1400円ほどしかない。今朝、確認したとおりだ。今週、ホテルでもう2回シフトに入れば、家賃の不足分は埋められるかもしれない。けれど、余分なお金なんてない。もうずっと、なかった。私は書いた。【誰かに相談する】そこでペンを止め、その一行を食い入るように見つめた。誰かに相談する。でも、いったい誰に?昔の生活は、もう消えてしまった。7年前、ほかのすべてと一緒に、荷物とともに置き去りにしてきた。父は、私がどこにいるか知らないし、兄も知らない。同僚たちは親切で、授業のことや、手のかかる保護者のこと、近所のおいしいカフェのことなら話せる。でも、19歳のとき、なぜ家を出て、名前を変え、7年間も身を隠してきたのか。その複雑で、口にするのもつらい過去には、決して触れさせなかった。隣
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第12話

和也視点グランビューホテルのプレジデンシャルスイートは、1泊40万円だ。そのことを知っているのは、秘書が部屋を予約し、確認メールを送ってきたからだ。その金額に目を通しはしたけれど、特に気にも留めなかった。数字が現実味を失うほどの金を手にすると、それがどれほどの大金なのか、いちいち考えなくなる。今の俺にとって、1泊40万円など取るに足らない額だ。だが、いつもそうだったわけじゃない。かつて40万円といえば、父の給料2か月分を上回り、真冬の暖房費を左右するほどの金額だった。それがどれほど重みのある金額なのか、俺はよく知っていた。スイートのリビングの真ん中に立ち、珠莉が清掃カートを押しながら、このホテルの部屋を掃除していたときのことを想像していた。その事実が、胸に重くのしかかった。彼女はおそらく、学校の仕事がない時間帯にここへ来ていたのだろう。正確な勤務時間はわからない。でも、確かに彼女はこの建物で働いていた。もしかしたら、この部屋を掃除したこともあるのかもしれない。彼女の1か月分の家賃よりも高いシーツを剥がし、彼女の1週間分の食費よりも高いかもしれない洗剤に囲まれながら、浴室を磨き、また次の部屋へ向かったのだろう。金が必要で、誰の助けも得られないとき、人はそうするしかない。本来なら、誰かが彼女を助けるべきだった。いや、俺が助けるべきだったのだ。彼女が助けを必要としていたことを、俺は知らなかった。彼女が全力で、俺に見つからないようにしていたからだ。その理由は、わかっている。それでも、この部屋にいると、その事実の重みを体で感じずにはいられなかった。俺はソファに座り、スマホを見つめた。陽菜の写真が、まだ画面に表示されている。調査員は尾行中に何十枚もの写真を撮り、俺はその一枚一枚を、数え切れないほど見返してきた。けれど、いつも頭に浮かぶのは、この1枚だった。陽菜は遊び場の端に立ち、腕を組み、頭をわずかに左へ傾け、画面の外にある何かを見つめている写真。その姿勢があまりにも特徴的で、見るたびに胸を突かれた。鏡の中で、まったく同じ姿勢を見たことがある。状況を見極めるときの、俺の姿勢だ。何かについて考えを巡らせるときの、俺の癖。腕を組むのは、身構えるためじゃない。考えをまとめるために、無意識に
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第13話

和也視点「わかってる。だから言ってるだろう、争う気はないと」「だが、すべてがあなたの思い通りになるわけではないことも、考慮すべきですよ。もし彼女が弁護士を立てて泥沼化すれば、双方がそれぞれの事実関係を全面的に主張することになります」「穏便に済ませたいんだ」「あなたが望むことと、家庭裁判所で実際に起こることは、時として別物です」それは、わかっていた。自分の意思が事の成り行きにほとんど影響を及ぼせない状況なら、これまで嫌というほど経験してきた。本気で争う価値のあることの大半は、まさにそういうものだ。「彼女の今の暮らしを壊さずに済む道を見つけてくれ」俺は言った。「頼むのは、それだけだ」「最善を尽くします」文勝は答えた。「ですが、慎重に事を運ぶことを勧めます。もし彼女が追い詰められたと感じれば、より激しく抵抗するでしょう。そうなれば、誰にとっても、何より子どもにとって、事態はさらにこじれます」それも、わかっていた。俺はすでに、会議テーブルの向こうから俺を見つめていた珠莉の目を見ている。彼女は、プレッシャーに屈するような女ではない。19歳でたった一人で人生を立て直し、ゼロから自分の暮らしを築き上げた女だ。娘は健康で、きちんと世話をされ、調査員の報告によれば、確かに幸せに暮らしている。それは偶然じゃない。珠莉が、誰もが思っていたよりも、ずっと強い人間だからだ。俺が想像していたよりも、ずっと強い。27歳だったあのとき、俺は19歳の彼女を見て、あまりに若く、脆く、あまりにも眩しすぎて、自分にはふさわしくないと思っていた。その脆そうな外見の奥にある強さを、俺は見抜けなかった。多くのことを、俺は見誤ってきた。俺は電話を切った後、グラスにツーフィンガーのウイスキーを注ぎ、ローテーブルに置いたまま、口をつけずに再びソファへ腰を下ろした。長いあいだ、その琥珀色の液体を見つめていた。俺の父は、酒癖の悪い人間だった。いつもそうだったわけではない。むしろ、その気まぐれさこそが、父を厄介な存在にしていた。優しかった父親が、何の前触れもなく恐ろしい男へ豹変する。母が父の顔色を窺うようになるのを、俺はずっと見てきた。嵐が来る前に、空模様を確かめるように。玄関を入ってくるときの肩の傾き。鍵をフックに掛ける音。それが静か
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第14話

珠莉視点月曜の朝、私は23人の1年生の前に立ち、色について説明していた。「赤と青を混ぜると、紫になりますね」私は二つの絵の具のチューブを見せながら言った。「黄色と青で緑になります。赤と黄色でオレンジになります」そう言いながら、それらをデモ用の机に並べる。「この三つを三原色といい、いろいろな色のもとになります」子どもたちが、それぞれ思い思いの表情でこちらを見上げている。最前列に座る結衣は、真剣に見入っていた。その隣の男の子は、学校に持ってきてはいけないマーカーで、自分の手に何やら描いている。私は説明を止めずに、そのマーカーをそっと取り上げた。「二つの原色を混ぜてできた色を、パレットの上で確認してみましょう。紫、緑、オレンジ」黄色と青の絵の具を出し、パレットの上で混ぜ合わせた。黄色と青が溶け合い、いつものように、少しずつ緑へ変わっていく。「色には、決まった混ざり方があります。そのルールどおりに混ぜれば、いつでも同じ色ができます」単純なルール、予測できる結果。美術教師になって4年になるけれど、授業をしながら自分の人生を重ね合わせたことは、これまで一度もなかった。でも、今日ばかりは抑えられなかった。金曜の午後、第3会議室に足を踏み入れた私は、テーブルについている和也を見つけた。まるで私を待ち構えていたかのように見えたが、実際その通りだった。あの瞬間から、私の世界は、もうこれまでのような単純なルールでは動かなくなっていた。週末はずっと、気持ちが落ち着かないままだった。土曜も日曜も、いつもの流れを繰り返した。陽菜に食事を用意し、公園へ連れていき、一緒にアニメを観た。それなのに、あの会議室での出来事が、頭の中で何度も繰り返し再生されていた。彼の声、彼のスマホに映っていた陽菜の写真、「俺は帰らない」という言葉、「今度は」と言ったときの、彼の表情。まるで、本当に「今度」があるかのように。私たちのあいだにあったものが、そんな言葉で語れるほど確かなものだったとでも言うように。結局、私はよく眠れなかった。それ自体は珍しいことではないけれど、いつもよりひどかった。月曜の朝、私はこれまでどおり、仕事をきちんとこなし、陽菜の世話をし、今週中に弁護士への相談を進めながら、絶望に沈むことなく前へ進み続けようと
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第15話

珠莉視点箱の中には、薄葉紙の上にチャージ式のプリペイドカードが1枚載っていた。その下には、手書きの小さなメモが折りたたまれていた。7年間一度も目にしていなかったのに、彼の筆跡だと、すぐにわかった。17歳の誕生日に、彼が私のバースデーカードへ短い言葉を書いてくれたことがある。そのカードは2年間、捨てる決心がつかないまま手元に残していた。彼の筆跡に関して、私は今でも覚えている。【これは施しじゃない。買収でもない。陽菜が当然受け取るべきものだ。使ってくれ】署名はなかった。彼には署名など、必要なかった。私はメモを脇に置き、カードを手に取った。その下には、カードの発行元から届いた残高明細も重ねられている。記載されていた残高は、50万円。あまりに現実離れした金額に、私はいったんカードをテーブルへ戻したものの、すぐにもう一度手に取った。何度見ても、残高は50万円のままだった。キッチンカウンターに置きっぱなしになっている、2通目の家賃の督促状が頭に浮かぶ。ほとんど残っていない銀行口座の残高も、陽菜のスニーカーの左の靴底にできた小さな亀裂も。その亀裂には、もう3週間も気づかないふりをしていた。新しいスニーカーは4千円ほどする。今の私にとっては、その4千円さえ簡単に出せる金額ではなかった。そして、あのとき胸を締めつけた感覚まで、鮮明によみがえってきた。ATMで残高を確認し、後ろで人が待っているのに、頭の中で必死に計算しながら、その場から動けなくなる感覚。50万円といえば、4か月分の家賃になるし、新しいスニーカーも買える。2か月分の食費だって賄える。ずっと先延ばしにしていた陽菜の歯科検診の自己負担分も払える。それは、途方もないほどの安堵だった。あまりにも長いあいだ味わっていなかったせいで、その感覚さえ忘れかけていた。ゴミ箱へ投げ捨ててしまいたかった。私は、それを箱ごとゴミ箱へ放り込みたいという抗いがたい衝動に駆られながら、3分間、そのまま座っていた。それから、カードをエプロンのポケットへ押し込み、封筒を手に取った。中の手紙は、堅苦しい言葉が並んだ3ページの文書だった。私は弁護士ではないけれど、これまで公的な文書を読む機会が何度もあったので、その構成くらいは理解できた。1ページ目は、法律事務所と担当弁護
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第16話

珠莉視点法テラスの窓口は、駅前の雑居ビルの4階に入っていた。廊下には古いカーペットが敷かれ、事務所の中には紙とコピー機のインクが混じったような匂いが漂っている。待合スペースには、少しくすんだ色のパイプ椅子が並んでいた。壁際のラックには、家賃や賃貸住宅のトラブル、DV被害者への支援、保護命令制度などについて書かれたパンフレットが置かれていた。私は火曜の朝に予約を取り、水曜の授業が終わってからここへ来た。須藤には「ちょっと用事があるの」とだけ伝え、6時頃には戻ると告げた。須藤は、それ以上何も聞かずに引き受けてくれた。彼女のそういうところには、本当に感謝している。担当してくれた弁護士は、藤原奈津子(ふじはら なつこ)と名乗った。予想していたよりもずっと若く見える。まだ30歳前後だろうか。けれど、名刺を差し出す動作にも、私が持参した書類に目を通す表情にも、迷いはなかった。同じような問題をこれまで何件も扱ってきたのだろう。彼女は淡々としていながら、決して事務的ではない。目の前の相談者にきちんと向き合おうとする、弁護士の顔だった。彼女が余計な世間話をしなかったことも、私にはありがたかった。奈津子が書類を読んでいる10分ほどのあいだ、私は小さなデスクの向かいに座り、壁際の本棚に並んだ六法や法律書を眺めながら、どうにか呼吸を整えようとしていた。やがて、彼女は書類を机の上に置き、まっすぐ私を見た。「では、少し厳しいことも含めて、率直にお話しします。気休めを申し上げるより、そのほうが今後のためになると思いますので」「お願いします」「まず、現時点で星野さんが法律上の父親として戸籍に記載されていないのであれば、最初に問題になるのは認知です」私は膝の上で両手を握りしめた。「DNA鑑定などで親子関係が確認され、本人も認めるのであれば、認知そのものを争う余地はあまりないでしょう。認知が成立すれば、出生時にさかのぼって、法律上の親子関係が生じます」彼女はそこで一度、言葉を切った。「その後、星野さんが家庭裁判所に親子交流を申し立てたり、親権や監護について話し合いを求めたりする可能性はあります」「そうなったら、和也の希望が認められてしまうんですか?」「父親だからという理由だけで、希望がすべて通るわけではありません。家庭裁判所が
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第17話

珠莉視点新鮮な空気が必要で、私は車の窓を全開にして家路についた。親権や今後の監護、面会交流、法的な取り決め。頭の中は、先ほどの会話で埋め尽くされていた。それらの言葉が持つ現実的な重みが、ずっしりとのしかかってくる。これはすべて現実に起きていることであり、この先の私の人生に、どんな形であれ和也が関わり続けるという、逃れられない事実だった。7年間、私が下した決断は、すべて私自身のものだった。どこに住むか、どんな名前を使うか、どんな仕事に就くか。父親がいないことを、陽菜にどう伝えるか。すべて、私が背負ってきた。一つひとつの困難な選択も、日々の些細な決定も。すべてが正しかったわけではない。それでも、すべて私自身の選択だった。そんな日々は、もう終わった。あるいは少なくとも、変わり始めている。そして、私の胸がゆっくりと締めつけられるような感覚を覚えずに、その変化をどう受け止めればいいのか、私にはわからなかった。アパートの前に車を停めてエンジンを切ったものの、すぐには降りられなかった。夕暮れの光が、向かいの建物を金色に染めている。こんな状況でなければ、絵に描きたくなるほど温かな色だった。犬を散歩させる男性が通り過ぎ、そのあとを自転車に乗った子どもが駆け抜けていく。いつもと変わらない夕方の風景を車の中から眺めながら、私はただ、ゆっくりと呼吸を繰り返していた。12分間。私はそうして座り続けていたが、やがて聞こえてきた声に、はっと我に返った。須藤の1階の窓から聞こえてくる、陽菜の声だ。絵本の読み聞かせか何かに夢中になり、興奮して声を上げているらしい。私は車を降りた。ドアの前に着くより早く、須藤が中から扉を開けた。私の帰宅に気づき、わざわざ待っていてくれたのだ。事情など何も話していなくても、彼女は何かあったことに気づいていた。「おかえり」須藤は明るく言い、身体を横へずらして、私を中へ通してくれた。陽菜がキッチンから飛び出してきた。室内で、彼女がこれほどの速さで動くのは、こんなときだけだ。手には1枚の紙を持ち、自分が傑作を描き上げたのだと信じて疑わない、誇らしげで真剣な表情を浮かべていた。「ママ、見て!」彼女はその紙を振りながら言った。「今日、学校で描いたの。中村先生が、宿題が終わった子は自由に絵を
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第18話

和也視点彼女が電話をかけてきたのは、木曜の夜だった。そのとき俺はホテルのスイートで、共同経営者の牧田徳弘(まきた のりひろ)から送られてきた契約書を読み返していた。署名が必要で、集中して読むべき書類だったが、まったく頭に入ってこない。同じ段落を、もう20分も見つめたままだった。スマホが鳴り、「珠莉」という着信表示を見た瞬間、俺はすぐに契約書を置いた。電話に出るなり、彼女は前置きもなく言った。「一度だけ会うわ。手紙のことと、これからのことを話すために。それだけよ」「わかった」俺は言った。「場所は私が決めるから」「わかった」一瞬の沈黙が落ちた。俺がもっと渋ると思っていたのか、拍子抜けして言葉を探している気配が伝わってくる。「明日、午前11時。桜通りにある『白樺』っていうカフェ。知ってる?」知らなかったので、彼女と電話で話しながら、すぐにスマホで場所を調べた。評判のいい小さなカフェで、調査員の資料に記載された住所によれば、彼女のアパートから歩いて数分しか離れていない。彼女は、歩いてすぐの場所を指定してきたのだ。「行くよ」俺は言った。彼女は電話を切った。俺は20分早く着いた。ブラックコーヒーを注文し、入り口がよく見える隅の席に座った。初めて任務に就いて以来、入り口に背を向けて座ったことは一度もない。もはや身体に染みついた習性だった。入り口を見つめ続けた。彼女は11時3分に現れた。濃い色のジーンズに、緑のジャケット。その下には、シンプルな白いシャツを着ていた。髪は下ろしたままで、以前会ったときのような仕事用のまとめ髪ではなかった。彼女はすぐに俺を見つけた。あの会議室で会ったときと同じように、顔には疲労の色が滲んでいた。目の下には濃い隈が浮かび、ひどく寝不足なのは明らかだった。それでも凛と背筋を伸ばしており、その姿に胸がぎゅっと締めつけられた。彼女は相変わらず美しかった。けれど、それはもう、19歳の頃の、若さと無垢さが生み出す美しさとは違っていた。今の彼女には、歳月を重ねた者だけが持つ美しさがあった。立ち居振る舞いには確信と落ち着きがある。それは厳しい年月を生き抜き、それでも決して折れなかった者だけが持つ、静かな強さだった。彼女は俺の向かいに座り、鞄を隣の椅子に置いた
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第19話

珠莉視点陽菜には、クリニックへ行くのだと伝えた。「お医者さんに診てもらうわけじゃないのよ」私はそう言い聞かせた。「ちょっとした検査だけ。看護師さんが、大きな綿棒みたいなもので頬の内側をちょっとこするの。それだけ。5秒で終わるからね」終わったらキャンディーをもらえるのかと陽菜が尋ねるので、もらえると約束した。その質問は予想していたから、鞄の中にあらかじめ2本忍ばせてあった。彼女は、その条件を素直に受け入れた。本当の目的は、伝えなかった。6歳の子どもに親子鑑定をどう説明すればいいのか、何度も考えたけれど、どう伝えても納得のいく答えは見つからなかった。和也との取り決めはまだ固まっておらず、慎重に進める必要があった。私たちは、双方の弁護士が中立的な場所として指定した、街の東側にある小さなクリニックへ向かった。清潔で静かな空間で、壁は淡い青色。受付には、事務的で落ち着いた女性がいた。壁には大きな水槽が埋め込まれており、青い光に照らされた水の中を、魚たちが陶器の城や色とりどりの水草のあいだを縫うように、悠々と泳いでいた。陽菜はすぐにそれを見つけた。私の手を離して駆け寄り、ガラスに手のひらをぴたりと当て、夢中になって見入っていた。私は受付で名前を告げてから、振り返った。和也はすでに来ていた。壁際の椅子に座り、落ち着いた色合いの、シンプルな服を着ていた。威圧感を与えないよう、意図的に選んだのだろう。彼は立ち上がり、私に一瞬視線を向けたあと、陽菜へ目を移した。その瞬間、彼が固まり、完全に平静さを失うのがわかった。喉仏が動き、両手が強く握りしめられ、そして再び開かれる。陽菜は、まだ彼に気づいていなかった。水槽の前に立ち、オレンジ色の魚に夢中になっていた。私は待合室を横切り、和也の隣で足を止めた。「あの子は何も知らないの。あなたのことは、私の友達だと紹介するから」彼はうなずいたけれど、視線は陽菜から離れなかった。陽菜が振り返り、すぐに彼に気づいた。彼はあまりに背が高く、気づかれずにいるのは難しい。彼女は首をかしげた。私には、よく見慣れた仕草だった。何かをじっくり観察するときの顔だ。「誰?」私は口を開いたけれど、声が出なかった。先に動いたのは和也だった。彼はごく自然にしゃがみ込み、彼女と目線を合
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第20話

珠莉視点結果は、4日後に出た。何が判明するかは、最初からわかっていた。和也ももちろんわかっていた。双方の弁護士に至ってわかっていた。陽菜の口腔粘膜を採取した看護師でさえ、私たちを見ただけで結果を察していたはずだ。それでも、正式な手続きには文書が必要で、その文書が作成されるまでには時間がかかる。だから、私たちは待った。木曜の午後、奈津子から電話があった。和也が陽菜の実父であることが確認された、という報告だった。そのとき私は、学校での会議を終え、駐車場に停めた車の中に座っていた。お礼を言って電話を切り、しばらくフロントガラスを見つめたまま、動けずにいた。それから家へ帰り、陽菜のために夕食を用意し、宿題を見て、彼女が眠りにつくまで、そのことについて考えないようにした。その夜、陽菜が眠りについたあと、私はようやく現実が重くのしかかってきた。不安の渦に呑み込まれるというより、暗闇の中を手探りで進むような感覚に近かった。親子関係が正式に確認されたことで覚えた感覚は、想像していたものとは違った。閉ざされた扉を目の前にしたのではない。どこまで続くのかわからない、長い回廊の入り口に立たされたような気分だった。法的な取り決めは、その後の10日間で具体的な形になった。和也の弁護士たちが条件を練り上げていく一方、私は奈津子から届く草案の一つひとつに目を通し、余白にメモを書き込み、あらかじめ準備しておいた質問を投げかけた。私は弁護士ではない。けれど、契約書を自分で読み解く力なら、とっくに身につけている。19歳のとき、誰の助けも借りずに初めての賃貸契約書にサインし、あらゆる手続きをひとりでこなして、自分の居場所を築き上げてきたのだから。すべての草案を、少なくとも二度は読み返した。最終的な条件は、単純なものだった。和也には、毎週2回、監督付きの面会交流が認められる。1回につき、最大3時間まで。原則として私自身が同席し、事前に承認された第三者が代理する場合のみ、例外とする。宿泊を伴う面会は、少なくとも半年間は認めず、その後に見直しを行う。すべての面会は、双方が合意した場所で行う。どちらか一方が、陽菜に不安や苦痛の兆候を感じた場合、いつでも面会を中断できる。そして、陽菜の健康、教育、福祉に関わるすべての重要な
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