Share

約束

Author: 影畑凛星
last update publish date: 2026-09-08 08:31:10

『ならいい』

 遥臣から届いた短い返信を見ながら、綾香はしばらくスマートフォンを手放せなかった。

 理央に「いつか一緒になれたら」と言われた時には、警戒することしかできなかった。それなのに遥臣から届いたたった四文字には、どうしてこんなに心が揺れるのだろう。

(……考えるのはやめよう)

 今は恋愛のことなど考えている場合ではない。

 久世について調べなければならないし、杉浦の家へ侵入した人物についても何も分かっていない。何より、理央はこちらの動きを探っている。

 綾香はスマートフォンを置き、再びパソコンへ向かった。

 久世が三年前に在籍していた投資会社。その会社が関わった案件を一つずつ確認していくと、御影との直接的な取引は見つからなかったものの、取引先や投資先まで広げれば、かなりの数の企業と繋がっている。

 これを全部調べるのは現実的ではない。

 それよりも気になったのは、久世が表舞台から姿を消した時期だった。

 母が亡くなった翌年、久世の名前は役員一覧から消えている。その後の経歴については、公開されている情報がほとんどなかった。

 ただ会社を辞めただけなのか。それとも、何か理由があっ
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   約束

    『ならいい』 遥臣から届いた短い返信を見ながら、綾香はしばらくスマートフォンを手放せなかった。 理央に「いつか一緒になれたら」と言われた時には、警戒することしかできなかった。それなのに遥臣から届いたたった四文字には、どうしてこんなに心が揺れるのだろう。(……考えるのはやめよう) 今は恋愛のことなど考えている場合ではない。 久世について調べなければならないし、杉浦の家へ侵入した人物についても何も分かっていない。何より、理央はこちらの動きを探っている。 綾香はスマートフォンを置き、再びパソコンへ向かった。 久世が三年前に在籍していた投資会社。その会社が関わった案件を一つずつ確認していくと、御影との直接的な取引は見つからなかったものの、取引先や投資先まで広げれば、かなりの数の企業と繋がっている。 これを全部調べるのは現実的ではない。 それよりも気になったのは、久世が表舞台から姿を消した時期だった。 母が亡くなった翌年、久世の名前は役員一覧から消えている。その後の経歴については、公開されている情報がほとんどなかった。 ただ会社を辞めただけなのか。それとも、何か理由があったのか。 調べているうちに時間が過ぎ、窓の外が暗くなっていることに気づいた。「今日はここまでにしようかしら」 昨日の遥臣の言葉を思い出したわけではない。 そう自分に言い訳しながらパソコンを閉じると、スマートフォンが震えた。 今度も遥臣だった。『飯食ったか』「……何なの、今日は」 思わず笑ってしまう。『まだよ』 返信すると、すぐに電話がかかってきた。「もしもし?」『今何時だと思ってる』「まだそんなに遅くないでしょう?」『何してた』「ちょっと調べものを」『またか』「またって何よ」『昨日、今日は家にいるって言ってただろ』「家にはいたわよ」『家にいれば休んだことになるのか』 綾香は返事に詰まった。「九条先生、お医者様だからって口うるさすぎない?」『医者じゃなくても言う』「どうして?」 何気なく聞いたつもりだった。 けれど、電話の向こうで遥臣が少し黙った。『昨日のお前、ひどい顔してただろ』「そんなに?」『ああ』「……そう」『飯食って寝ろ』「またそれ?」『他に言うことないからな』 綾香は小さく笑った。 以前なら、誰かにこんなふう

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   気になる相手

     その日の夜、遥臣に送られて屋敷へ戻った綾香は、玄関の前で車を降りた。「今日はありがとう」「ああ」「それだけ?」「他に何かいるのか」 昨日とまったく同じ返事に、綾香は思わず笑ってしまう。「本当に愛想がないわね」「今さらだろ」「そうだけど」 ドアを閉めようとしたところで、遥臣に呼び止められた。「綾香」「何?」「明日は?」「明日?」「出かける予定」 綾香は一瞬迷った。久世について調べたいことはあるが、まだ具体的に誰かと会う予定までは決めていない。「今のところはないわ」「ならいい」「何が?」「出るなら連絡しろ」「……本気で言ってたの?」「何が」「どこに行くか、あなたに知らせろって話」「本気じゃなきゃ言わない」 当然のように答えられてしまった。「でも、毎回あなたに報告するなんて変じゃない?」「嫌ならいい」「嫌とは言ってないけど……」「じゃあ連絡しろ」 結局そこへ戻るらしい。 綾香は呆れながらも「分かったわ」と答えた。「おやすみなさい」「ああ」 今夜も遥臣から「おやすみ」は返ってこなかった。 けれど昨日とは違い、それさえ少し可笑しく感じながら、綾香は屋敷へ入った。◇◆◇ 翌日の昼過ぎ、綾香は自室で久世について調べていた。 杉浦の家から資料がなくなった以上、祖父がどこまで調べていたのかをそのまま辿ることは難しい。だからまずは、久世が当時関わっていた会社について、公開されている情報を集めることにした。 会社の沿革や過去の役員、投資先。御影との直接的な関係がなかったかを一つずつ確認していく。 しかし、これとい

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   久世雅彦

    『会長に頼まれて調べた男の名前です』『久世雅彦です』 画面に表示された名前を見た瞬間、綾香は息を呑んだ。 長谷川が、東都ホテルで理央と会っていた年上の男として「おそらくこの人物だ」と答えた久世雅彦。 そして今度は、母から相談を受けた祖父が調べていた人物として、同じ名前が出てきた。 これでもう、ただの偶然では片づけられない。「どうした」 遥臣に声をかけられ、綾香は顔を上げた。「……少し、分かったことがあったの」「そうか」 遥臣はそれ以上聞かなかった。 綾香は杉浦へ返信する。『その名前で間違いありませんか?』 少しして返事が来た。『はい。久世という名字だったので、名前を見た時に思い出しました。雅彦で間違いないと思います』『ほかに何か覚えていることはありませんか?』 今度は返信まで少し時間がかかった。『会長が調べさせたのは、経歴と交友関係だったと思います。それと、御影家との接点がないかも調べました』 綾香の指が止まる。 父は久世と仕事上で何度か会ったことがあると言っていた。 祖父は、それ以外にも何か繋がりがないか調べようとしていたのだろう。『結果は覚えていますか?』『申し訳ありません。そこまでは。ただ、会長が資料を見たあと、かなり険しい顔をしていたことは覚えています』 なくなった控えさえ残っていれば。 そう思わずにはいられなかった。「着いたぞ」 遥臣の声で顔を上げると、車は病院の駐車場へ入っていた。◇◆◇ 遥臣に連れられて病院内へ戻ると、綾香は人目のある待合スペースに座った。「ここにいろ」「九条先生は?」「少し仕事が残ってる」「だったら私のことは気にしなくていいわよ」「気にするなって言われて、できると思うか?」「……え?」 遥臣は一瞬黙り、面倒そうに眉を寄せた。「今の状況でって意味だ」「分かってるわよ」 なぜわざわざ言い直すのだろう。 そう思った途端、少しだけ可笑しくなった。「何だ」「何でもないわ」「変なやつだな」 遥臣はそう言い残して行ってしまった。 綾香はその背中を見送り、スマートフォンへ視線を戻した。 杉浦が思い出した会社名と、久世雅彦。 改めて調べ直してみると、久世が三年前に役員を務めていた投資会社と、祖父が調べさせた会社は一致していた。 その後、その会社は別会社に吸収

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   消えた控え

    「分かりました。警察を呼びます」 杉浦の返事を聞いても、綾香の胸騒ぎは収まらなかった。「警察が来るまで、絶対に中には入らないでください。近くに人がいる場所へ移動してください」『ええ。そうします』「何かあったら、すぐに連絡してください」 電話を切ったあとも、綾香はその場から動けなかった。 杉浦が祖父から頼まれた調査について話した。その直後に、自宅の鍵が開いている。 ただの偶然かもしれない。 そう考えようとしても、長谷川への警告が頭をよぎった。 自分が昔のことを調べ始めたと知って、誰かが動いている。 もしそうなら――杉浦と会ったことまで、すでに知られているのだろうか。 綾香は反射的に周囲を見回した。 ホテルの前には大勢の人が行き交っている。タクシーが停まり、旅行客らしい男女が大きな荷物を運んでいる。その中に不自然な人物がいるかどうかなど、見分けられるはずもない。 ひとまず人通りの多い場所を選んで歩き出した。 自分まで怯えて立ち止まってはいられない。 杉浦が警察を呼んだのなら、今できるのは連絡を待つことだけだ。 それから一時間ほどして、杉浦から電話が入った。「杉浦さん、大丈夫ですか?」『はい。警察の方と一緒に中を確認しました。誰もいませんでした』 綾香はほっと息を吐いた。「荒らされていたんですか?」『それが……一見すると、ほとんど変わっていないんです』「ほとんど?」『机の引き出しや棚を開けた形跡はあります。ただ、現金や通帳、時計などは残っています』 金目のものを狙った空き巣ではない。 嫌な予感がした。「古い書類は?」 杉浦が黙った。「杉浦さん?」『なくなっています』 綾香の心臓が大きく鳴った。『全部ではありません。私が昔の仕事関係の資料を入れていた箱が

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   消えた控え

    「分かりました。警察を呼びます」 杉浦の返事を聞いても、綾香の胸騒ぎは収まらなかった。「警察が来るまで、絶対に中には入らないでください。近くに人がいる場所へ移動してください」『ええ。そうします』「何かあったら、すぐに連絡してください」 電話を切ったあとも、綾香はその場から動けなかった。 杉浦が祖父から頼まれた調査について話した。その直後に、自宅の鍵が開いている。 ただの偶然かもしれない。 そう考えようとしても、長谷川への警告が頭をよぎった。 自分が昔のことを調べ始めたと知って、誰かが動いている。 もしそうなら――杉浦と会ったことまで、すでに知られているのだろうか。 綾香は反射的に周囲を見回した。 ホテルの前には大勢の人が行き交っている。タクシーが停まり、旅行客らしい男女が大きな荷物を運んでいる。その中に不自然な人物がいるかどうかなど、見分けられるはずもない。 ひとまず人通りの多い場所を選んで歩き出した。 自分まで怯えて立ち止まってはいられない。 杉浦が警察を呼んだのなら、今できるのは連絡を待つことだけだ。 それから一時間ほどして、杉浦から電話が入った。「杉浦さん、大丈夫ですか?」『はい。警察の方と一緒に中を確認しました。誰もいませんでした』 綾香はほっと息を吐いた。「荒らされていたんですか?」『それが……一見すると、ほとんど変わっていないんです』「ほとんど?」『机の引き出しや棚を開けた形跡はあります。ただ、現金や通帳、時計などは残っています』 金目のものを狙った空き巣ではない。 嫌な予感がした。「古い書類は?」 杉浦が黙った。「杉浦さん?」『なくなっています』 綾香の心臓が大きく鳴った。『全部ではありません。私が昔の仕事関係の資料を入れていた箱があるんですが、中身を確認したところ、一部だけなくなっていました』「祖父に頼まれた調査の控えですか?」『分かりません』 杉浦の声には悔しさが滲んでいた。『あの頃の資料をすべて覚えているわけではありませんから。ただ、会長から個人的に頼まれた仕事の控えは、その箱にまとめていたはずなんです』 綾香は唇を噛んだ。 今日、自分が杉浦に会った。 杉浦は帰宅したら資料を探すと言った。 そして、杉浦が帰宅するより先に誰かが家へ入った。 偶然と考えるには、出来すぎ

  • 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す   祖父が恐れたもの

    「あれには関わるな。次は誰が死ぬか分からない」 杉浦の言葉を聞いた瞬間、綾香は何も言えなくなった。 祖父は母が何かを調べていたことを知っていた。そして母が亡くなった直後、その調査を打ち切った。 ただ娘を失って動揺していたからではない。 母の死と、調べていた相手に何らかの関係があると考えていたのだ。「祖父は……母が殺されたと思っていたんでしょうか」「そこまでは分かりません」 杉浦は慎重に答えた。「私も当時、同じようなことを考えました。ですが、会長はそれ以上何も話してくださいませんでした。私が聞こうとしても、『忘れろ』の一点張りで」「警察には?」「少なくとも、私が知る限りでは相談されていません」 もし祖父が母の死に疑問を持っていたのなら、なぜ警察へ行かなかったのだろう。 証拠がなかったから。 あるいは――。「祖父は、何か脅されていた可能性はありませんか?」「それも分かりません。ただ……」 杉浦が考え込む。「お母様が亡くなったあと、会長はしばらく身の回りのことに神経質になっていました」「身の回り?」「運転手を替えたり、予定を必要以上に外へ漏らさないよう言ったり。私にも、知らない番号からの電話には出るなと」 綾香は息を呑んだ。 今、自分がしていることと似ている。 理央に父の滞在先を知られないようにし、自分の調査についてもできるだけ話さないようにしている。「それは、母が亡くなってから?」「ええ。突然でした」「どのくらい続いたんですか?」「数か月は続いたと思います。ただ、そのうち何も言わなくなりました」 祖父は母の死からおよそ一年後に亡くなっている。 けれど、それまでずっと怯えていたわけではないらしい。「祖父が亡くなったのは病気ですよね?」「ええ

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status