บททั้งหมดของ 婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す: บทที่ 221 - บทที่ 230

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何気ない質問

 日曜日、美術館の前で待っていた遥臣は、綾香の姿を見つけると軽く手を上げた。「待たせたかしら?」「いや。今来たところだ」「本当?」「五分くらい前だな」「それなら、待たせているじゃない」 綾香が笑うと、遥臣も小さく笑った。 美術館では、ちょうど印象派の特別展が開催されていた。 綾香は花や庭園を描いた作品の前で、何度も足を止めた。「こういう絵、好きなのか?」「ええ。母も花が好きだったから、昔からよく一緒に眺めていたの」「そうか」 遥臣は隣に立ち、同じ絵を見つめた。「今度、花屋に行くんだったな」「覚えていてくれたの?」「約束しただろ」 綾香は嬉しくなって、そっと遥臣の手を握った。◇◆◇ 美術館を出たあと、二人は近くのカフェへ入った。 注文を済ませたところで、綾香のスマートフォンが震えた。 美月からだった。『今日は楽しんでる? 美術館とか行ってそう!』 綾香は画面を見つめた。 先日、花屋で美月が口にした言葉と同じだった。 もちろん、美月が遥臣の好みを想像しただけかもしれない。 けれど、実際に美術館へ来ている日に、わざわざその話題を送ってくることが気になった。「どうした?」 遥臣が尋ねた。「美月からよ。今日も出かけているかって」「よく連絡してくるんだな」「最近、特にね」 綾香はスマートフォンを伏せた。「遥臣、一つお願いしてもいい?」「何だ?」「もし美月から私の予定を聞かれても、答えないでほしいの」 遥臣は少し意外そうな顔をした。「俺に連絡してくるのか?」「まだ分からないわ。でも、念のため」「分かった」 理由を詳しく尋ねられなかったことに、綾香は少し安堵した。
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親友の心配

 週明けの午後、綾香が自室で本を読んでいると、橘が訪ねてきた。「お嬢様、美月様からお電話が入っております」「私に?」「はい。携帯電話がつながらなかったそうで」 綾香は机の上に置いたスマートフォンを確認した。美月からの着信が二件入っている。「ありがとう。こちらからかけ直すわ」 橘が退出すると、綾香は美月に電話をかけた。『あっ、綾香! よかった、何かあったのかと思った!』「本を読んでいたの。どうしたの?」『ううん、別に大した用事じゃないんだけど。最近あんまり話せてないから、ちょっと心配になっちゃって』「私は元気よ」『そう? それならよかった』 美月は安心したように笑った。『そういえば、日曜日はどうだった?』「楽しかったわ」『よかった! 九条先生とは順調なんだね』「ええ」『でも、ちょっと意外だったな。綾香がこんなに恋愛に夢中になるなんて』「そうかしら」『だって、前は理央のことがあったでしょう? あんなに仲よしだったのに、急に九条先生なんだもん』 綾香は窓の外へ視線を向けた。 美月は以前から、ことあるごとに理央の名前を出す。 綾香がまだ理央に未練を残しているとでも思いたいのだろうか。「人の気持ちは変わるものよ」『そうだよね。ごめんね、変なこと言って』 美月は柔らかい声で続けた。『ただ、ちょっと心配なの。九条先生ってお医者さんだし、忙しいでしょう? 綾香が寂しい思いをしないかなって』「大丈夫よ」『そっか。それなら安心した』 少し間が空いた。『あ、そうだ。今度、九条先生が働いてる病院の近くに行く用事があるんだけど』 綾香は眉を寄せた。「そうなの?」『うん。せっかくだから、ご挨拶くらいできないかなって思ったんだけど……お仕事中じ
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知らないはずの場所

 数日後、綾香は遥臣と電話で話していた。『来週なら、土曜日の午後が空いている』「本当? それなら、例のお花屋さんに行きたいわ」『分かった。昼過ぎに迎えに行く』「ありがとう。楽しみにしているわ」 電話を切ると、綾香は手帳に予定を書き込んだ。 母が好きだった花屋へ、遥臣と一緒に行く。 それだけのことなのに、今から楽しみだった。 ところが翌日、思いがけない連絡が入った。 美月からだった。『綾香、今度のお休みって何してる?』『出かける予定よ』『そっか。実はね、最近いいお花屋さんを見つけたの!』 続いて送られてきた写真を見て、綾香は手を止めた。 母が好きだった、あの花屋だった。『ここ、知ってる?』 綾香はしばらく画面を見つめた。 美月とは先日、この店で偶然会っている。 知らないはずがない。『この前、会ったお店でしょう?』『あっ、そうだった! ごめん、すっかり忘れてた』 美月から笑顔のスタンプが届いた。『可愛かったから、また行きたいなって。今度一緒にどう?』『しばらく予定があるから、また今度ね』『残念! じゃあ、理央でも誘おうかな』 綾香は返信しなかった。 母との思い出がある店に、理央を連れていく。 それが単なる思いつきなのか、綾香の反応を確かめたいのかは分からない。 ただ、美月があの店を気に入ったというのなら、再び訪れること自体は止められなかった。◇◆◇ 土曜日。 遥臣の車で花屋へ向かう途中、綾香は窓の外を眺めていた。「何か考え事か?」「え?」「さっきから静かだ」「そうね。少しだけ」 綾香は迷った末、美月のことを話した。「この前の友人が、今日行くお店にも興味を持っているみたいなの」
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同じものが欲しい

「これ、最後の一つみたいね」 美月は白い花の鉢植えを覗き込み、残念そうに笑った。「綾香、いいもの見つけたね」「遥臣が選んでくれたのよ」「そうなんだ。九条先生、センスがいいんですね」 美月が遥臣に微笑みかける。「私もこういうお花、大好きなんです。今度おすすめを教えてくださいね」「いや、花には詳しくないんです」「えっ、そうなんですか?」「綾香の部屋に合うと思っただけなので」 美月は一瞬だけ黙った。「……素敵ですね。綾香のこと、ちゃんと考えて選んでくれたんだ」 すぐに笑顔を取り戻すと、今度は理央を振り返った。「理央も、私に何か選んでくれない?」「いいよ。どんな花が好き?」「理央が選んでくれたものなら、何でも嬉しいな」 美月は楽しそうに笑った。 綾香は二人のやり取りを眺めながら、鉢植えを店員に預けた。 理央が美月のために花を選ぶことなど、どうでもよかった。 ただ、美月が遥臣の選んだものを欲しがったことは、気にかかっていた。◇◆◇ 会計を済ませると、美月が声をかけてきた。「ねえ、このあと予定ある?」「ええ」「そっか。私たち、近くでお茶しようと思ってたんだけど」 美月は遥臣に視線を向けた。「よかったら、ご一緒しませんか? せっかくお会いできたんですし」 遥臣が答えるより先に、綾香が口を開いた。「ごめんなさい。今日は二人で過ごしたいの」「あ、そうだよね」 美月は申し訳なさそうに笑った。「私ったら、また邪魔しちゃうところだった」「そんなことないわ。また別の機会にね」 綾香も微笑んだ。 美月が本当に偶然ここへ来たのかどうか、確かめる方法はない。 だから、責めるつもりもなかった。 ただ、これ以上一緒に過ごす理由もない。「それじゃあ、私たちは行くわね」「うん。また連絡する!」 美月が手を振る。 理央も穏やかな笑みを浮かべた。「九条先生、またお会いしましょう」「ああ」 遥臣は短く答え、綾香と店を出た。 しばらく歩いたところで、遥臣が口を開いた。「あの二人、仲がいいんだな」「ええ。最近はよく一緒に出かけているみたい」「そうか」 遥臣はそれ以上、二人について尋ねなかった。 綾香は腕に抱えた紙袋を見下ろした。「ねえ、遥臣」「何だ?」「さっきのお花、本当に私の部屋に合うと思ったの?」「ああ」
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-10-04
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少しだけ教えて

 花屋で美月たちと会ってから三日後。 綾香が昼食を終えて自室へ戻ると、美月からメッセージが届いていた。『この前はびっくりしたね! まさか会えると思わなかった』 あの日にも似たようなメッセージは届いていた。 綾香は『そうね』とだけ返した。『九条先生、すごく素敵な人だった!』『綾香が好きになるの分かる気がする』 続けて届いた言葉に、綾香の指が止まる。『ありがとう』『もっと怖い人かと思ってた。お医者さんだし、近寄りがたいのかなって』『そんなことないわ』『ねえ、九条先生って好きな食べ物とか何?』 綾香は画面を見つめた。 まただ。『どうして?』『今度会うことがあったら、話題になるかなと思って』 美月らしい、もっともらしい理由だった。『遥臣のことなら、本人に聞いた方がいいんじゃない?』『それもそうだね!』 笑顔のスタンプが届く。 これで終わるかと思ったが、すぐにまたメッセージが表示された。『でも、連絡先知らないや』『綾香、九条先生の連絡先教えてくれる?』 綾香は迷わなかった。『それは本人に聞いて』『やっぱり勝手に教えるのはダメだよね。ごめん!』 美月はすぐに謝った。 あまりに素直で、何も知らない人なら、ただ少し距離感を間違えただけだと思うだろう。 綾香も、それ以上は何も言わなかった。◇◆◇ その日の夕方。 庭へ出ると、父がベンチに腰かけていた。「お父様、休憩?」「ああ。少し風に当たりたくてね」 綾香も隣に座る。「この前の花、部屋に飾ったのか?」「ええ。窓辺に置いたわ」「九条君が選んでくれたんだったね」「そうなの。私の部屋に似合うと思ったんですって」「それは嬉し
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偶然会っただけ

 午後、美月は病院の受付で困ったように笑っていた。「朝から少し熱っぽくて。大したことはないと思うんですけど」「発熱がおありなんですね」「はい。たぶん微熱くらいで……」 受付の女性は確認すると、美月に説明した。「発熱症状がある場合は、事前にお電話をいただいてからの受診をお願いしております」「あ、そうなんですね。知らなくて……すみません」「いえ。こちらの案内をご確認いただけますか」「分かりました」 美月は素直に頷いた。 仕方がない。 今日は帰ろうと受付を離れた、その時だった。 廊下の向こうを白衣姿の男性が歩いている。 美月はすぐに気づいた。「九条先生!」 少し大きな声に、遥臣が足を止めた。 振り返った遥臣は、美月を見てもすぐには反応しなかった。「……君は?」「あ、この前、綾香と一緒にいた美月です」「……ああ」 それだけだった。 美月は一瞬だけ言葉に詰まったが、すぐに笑った。「やっぱり覚えてないですよね。少ししかお話ししてないですもんね」「悪い」「いいんです。私が勝手に覚えていただけだから」 美月は笑顔のまま、遥臣との距離を少し縮めた。「今日、ちょっと熱っぽくて。せっかくだから九条先生のいる病院に来てみたんです」「熱があるのか?」「たぶん微熱くらいです。受付で、先に電話しないといけなかったって教えてもらいました」 遥臣の表情が変わった。「なら、受付の指示に従ってくれ」「はい」「発熱があるなら、用もなく院内を歩き回らない方がいい」「あ……そうですよね。ごめんなさい」 美月は少し恥ずかしそうに俯いた
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わざわざ言うこと

 翌日の夕方、美月から電話がかかってきた。「もしもし?」『綾香、昨日は心配してくれてありがとう。もう熱っぽくないよ』「それならよかったわ」『うん。病院まで行ったのに診てもらえなかったのは残念だったけど』「発熱があるなら仕方ないでしょう」『そうだよね』 美月は明るく笑った。『でも、九条先生に会えたからよかった』 綾香は黙った。『あ、変な意味じゃないよ? せっかく行ったのに何もなく帰るのも寂しいなって思ってただけ』「そう」『九条先生、本当に綾香といる時と全然違うんだね』「どういうこと?」『この前はもっと優しそうに見えたから。昨日はすごくそっけなかった』 少し拗ねたような声だった。『私の名前も覚えてなかったし』「一度会っただけだもの」『そうなんだけどね』 美月が小さく笑う。『でも、ああいう人に特別扱いされるのって嬉しいでしょう?』「ええ」 綾香は素直に答えた。「嬉しいわ」『……そっか』 ほんの一瞬、美月の声が止まった。 けれど、すぐにいつもの調子に戻る。『いいなあ。私も理央には大切にしてもらってるけど、九条先生みたいなタイプも素敵だよね』「そうね。美月は理央ともずいぶん親しくしているのに、遥臣のことも随分気になるのね」『え?』 美月の声がわずかに上ずった。「最近、ずっと遥臣のことを聞いてくるでしょう? 連絡先も知りたがっていたし、昨日は病院まで行ったから」『病院は、本当に具合が悪かったからだよ』「そうなのね」 綾香はそれ以上追及しなかった。 ただ、静かに続ける。「理央とのことをあれだけ楽しそうに話していたから、少し不思議に思っただけよ」『もう、綾香ったら』
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聞かない約束

 それから数日、美月から遥臣について尋ねられることはなかった。 届くメッセージも、最近買った洋服や食事の話ばかりだった。『昨日、理央とディナー行ってきたよ』 料理の写真と一緒に送られてきたメッセージを見て、綾香は小さく息を吐いた。『素敵なお店ね』『でしょ? 理央が予約してくれたの』 以前と同じだ。 理央との親密さを見せつけるような言葉にも、綾香は淡々と返した。 すると美月から、『今度、綾香とも行きたいな』 と返ってきた。『機会があればね』 それで会話は終わった。 遥臣の名前は、一度も出なかった。◇◆◇ 週末、綾香は一人で買い物に出かけていた。 化粧品を見たあと、上の階へ移動しようとエスカレーターへ向かう。「綾香!」 振り返ると、美月がいた。「あら、美月」「また会ったね」 美月は嬉しそうに駆け寄ってくる。「今日は一人?」「ええ」「私も。よかったらお茶しない?」「少しだけなら」 二人は同じ百貨店のカフェへ入った。 美月は最近行ったレストランの話や、欲しいバッグの話を楽しそうに続けていた。「そういえば、この前はごめんね」 不意に美月が言った。「何が?」「九条先生のこと。私、ちょっと聞きすぎちゃったでしょう?」「そうね」「綾香が嫌がってるって気づいてなかったの」 美月は申し訳なさそうに笑った。「だから、もう聞かないって決めたの」「ありがとう」「親友でも、何でも話さなきゃいけないわけじゃないもんね」 綾香は美月を見た。 その言葉だけを聞けば、何もおかしくなかった。「分かってくれたならいいの」「うん」 美月は笑顔で頷き、紅茶を飲んだ。 しばらくして、スマートフォンを取り出す。「あ、そうだ。見て」 差し出された画面には、一枚の写真が表示されていた。 先日、美月が理央と行ったというレストランだった。「ここ、本当に綺麗だったの。夜景もすごくて」「そうなのね」「理央がね、次はもっと景色のいいところに連れていってくれるって」「楽しみね」「うん!」 美月は嬉しそうに笑った。 そして何気ない調子で続けた。「綾香もこういうところ好きでしょう? 今度デートで行ってみたら?」「そうね」「九条先生も――」 そこで、美月が口を閉じた。「あ、ごめん」 照れたように笑う。「もう聞かない
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教えない予定

 翌日の夕方。 遥臣の車が御影家の前に停まると、綾香は足早に玄関を出た。「お待たせ」「いや。今来たところだ」 助手席に乗り込むと、遥臣が綾香を見る。「何か食べたいものあるか?」「今日は遥臣に任せるわ」「一番困る答えだな」「たまにはいいでしょう?」 遥臣は少し考え、車を走らせた。 連れていかれたのは、少し離れた場所にある小さな洋食店だった。「ここ、よく来るの?」「仕事が早く終わった時にたまにな」「じゃあ、遥臣のお気に入りね」「そこまで大げさなものじゃない」 そう言いながら扉を開けてくれる。 そんな何気ない仕草まで嬉しくて、綾香は笑った。◇◆◇ 食事の途中、バッグの中でスマートフォンが震えた。 画面を見ると、美月からだった。『今何してる?』 綾香はそのまま伏せた。「出なくていいのか?」「美月よ。急ぎじゃないと思うわ」「そうか」「せっかく遥臣といるんだもの」 綾香が笑うと、遥臣はわずかに目を細めた。「最近、よく連絡が来るんだな」「前から多かったけれど、最近は特にね」「この前の病院の件もある。嫌なら無理に相手するなよ」「ええ。そうするわ」 以前なら、美月から連絡が来ればすぐに返していた。 親友を待たせるのは悪いと思っていた。 今考えれば、それも美月を自分の生活の奥深くまで入り込ませた理由の一つだったのかもしれない。「それより、次はどこへ連れていってくれるの?」「もう次の話か」「だって、会える予定がある方が嬉しいもの」 遥臣は少し考えた。「来週の日曜なら空けられる」「本当?」「ああ」「じゃあ、今度こそゆっくりお花を見たいわ。こ
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わざわざ言わなくても

 日曜日。 綾香は遥臣と待ち合わせをして、少し郊外にある大きなガーデンショップを訪れていた。 広い温室には色とりどりの花が並び、その先には季節の草花を集めた庭園もある。「こんなところがあったのね」「気に入ったか?」「ええ。ずっと見ていられそう」「前にも似たようなこと言ってたな」「だって、好きなんだもの」 綾香が笑うと、遥臣もわずかに口元を緩めた。 二人で苗や鉢植えを眺めながら歩く。 白い花の前で足を止めた綾香に、遥臣が言った。「この前買ったやつは?」「元気よ。ちゃんと窓辺に置いてるわ」「そうか」「遥臣が選んでくれたものだもの。大事にしてる」 そう答えると、遥臣が少しだけ視線を逸らした。 その反応がおかしくて、綾香は笑った。 今日はゆっくり過ごせそうだった。 そう思っていた時だった。「あら、綾香?」 聞き覚えのある声に振り返る。 少し離れたところに、美月が立っていた。「美月」「偶然ね」 美月は淡い色のワンピースを着て、小さな紙袋を手にしていた。「私、ここの近くに用事があったの。それで少し寄ってみたくなって」 それから遥臣を見て、柔らかく微笑む。「九条先生もご一緒だったんですね。こんにちは」「ああ」 遥臣は短く答えた。「この前は失礼しました」 美月が丁寧に頭を下げる。「お仕事中だったのに、声をかけてしまって」「別にいい」「でも、綾香にも怒られてしまったんです」「美月」 綾香が名前を呼ぶ。 美月は少し驚いたようにこちらを見た。「怒ってはいないわ」「あ、ごめんなさい。そうよね」 美月は困ったように笑った。「私が九条先生のことをいろいろ聞きすぎたから、綾香が少し嫌だったみたいで」 遥臣の視線が綾香へ向いた。 綾香は小さく息を吐いた。 それは美月との間で済んだ話だ。 遥臣本人に説明する必要などない。「だから、もう聞かないって約束したんです」「そう」 綾香はそれだけ答えた。「親友でも、何でも聞いていいわけじゃないものね。私、ちょっと距離が近すぎたのかもしれない」 美月はそう言って、申し訳なさそうに笑った。 言っていることは間違っていない。 謝っているだけだ。 それでも綾香は、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚を覚えた。「九条先生」 美月が遥臣を見る。「綾香のこと、よ
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