私はドアの前に立ったまま、彼を振り返らなかった。開いたドアの隙間から冷たい風が吹き込み、ふっと目頭が熱くなった。けれど、もう涙がこぼれ落ちることはなかった。私の中で彼のために流す涙は、とうの昔に枯れ果てていたからだ。「ええ、朔也。あなたの言う通りよ。私は愛されるべき人間だわ」私は前を向いたまま、毅然と、はっきりと口にした。「だから私は、私を愛してくれる場所へ行くことを選んだの。それは決して、あなたの隣じゃないわ」一歩を踏み出し、ドアを抜ける。外の空気は冷たかったけれど、見上げた新しい街の空は、どこまでも澄み切って晴れ渡っていた。……「高瀬さん、お荷物が届いてますよ」新しい職場の受付の女の子が、大きめのダンボール箱を抱えて私の席までやってきた。伝票に印字された発送元の住所は、私がかつて住んでいたあの街。そして送り主の欄には、朔也の名前が記されていた。私は少しだけ躊躇った後、カッターを取り出してガムテープを切り裂いた。箱の一番上には、薄いクリアファイルが乗っていた。中に入っていたのは、『婚約解消合意書』。最後のページをめくると、右下の署名欄に朔也の名前がサインされていた。ペンの筆圧が異常なほど強く、インクが深く紙に食い込んでいる。まるで、自分の未練を力ずくでねじ伏せるような筆跡だった。日付は、3日前になっている。彼がこの街から帰った直後に書いたものだ。ファイルの下には、いくつかの品物が丁寧に梱包されて収まっていた。一つ目は、気泡緩衝材で何重にも包まれた、私の『家づくりノート』。添えられたメッセージカードには、彼特有の癖のある字でこう書かれていた。【これはお前に返す。お前が4ヶ月間、たった一人で心血を注いだ記録だ。俺には、これを手元に残す資格がない】ノートの下には、私が置いてきたあの5つのマグネットが、一つずつ小さな箱に入れられていた。彼はこれを捨てずに、わざわざ送り返してきたのだ。そこにも短いメモが添えられている。【この5つのマグネットは、お前が5年間の交際で受け取った土産のすべてだ。俺にはこれを捨てる権利もないから、お前に返す】そして、箱の一番底にもう一つ、見慣れない小さな包みが埋もれていた。開けてみると、出てきたのは新しいマグネットだった。あの雪山
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