AI執事と未亡人ー神託の果てー のすべてのチャプター: チャプター 31 - チャプター 40

53 チャプター

第30話 嫉妬

朝。「美香さん」「なに?」「佐伯先生について質問があります」 トーストをかじっていた美香の手が止まった。「……まだ気にしてたの?」「はい」「なんで?」「それを現在解析しています」「本人に聞くこと?」 貴子が呆れたように言った。 茗子は楽しそうに二人を見ている。「ノアパパ、ママのこと好きなの?」「好き?」 ノアの動きが止まった。「茗子!」 美香がむせる。「だって昨日から佐伯先生のことばっかり聞いてる!」「それは――」 ノアは答えようとして、止まった。《佐伯》 《男性》 《32歳》 《美香と同一職場》 《水族館へ誘った》《HEART反応:不快》「……理由が分かりません」「ノアパパ変なのー!」 茗子が笑った。 その日の夕方。 美香の勤務終了時刻が近づく。 ノアは夕食を作りながら時計を確認した。《17時52分》 あと八分。《17時55分》 あと五分。《18時00分》「……。」 玄関を見る。《18時07分》 NOA-Linkの位置情報を確認しようとして――手を止めた。「必要ありません」 美香は安全だ。 緊急通知もない。 位置情報を確認する理由はない。 だが。 知りたい。《アクセスしますか?》 ノアは数秒見つめる。《NO》「これは、美香さんの情報です」 以前、自分で言った。 情報は本人のものだ。 心配だからといって、自由に見てよい理由にはならない。 十八時二十一分。「ただいまー」 玄関が開いた。「おかえりなさい」「ごめん、遅くなった」 美香の後ろから男性の声がした。「じゃあ三田村さん、また明日」「あ、はい。ありがとうございました」 ノアの視線が玄関へ向く。 男性。 三十代前半。 白いシャツ。《顔認証》《該当候補――佐伯》「……。」「あ、ノア」 美香が振り返った。「佐伯先生。帰り道が同じ方向だったから、途中まで送ってくれたの」「そうですか」 佐伯がノアを見る。「君が噂の家庭AI?」「ノアです」「すごいな。本当に人間みたいだ」《HEART反応:不快》「ノア?」「問題ありません」 佐伯は笑った。「じゃあ、水族館の件また連絡するね」「はい」 扉が閉まる。 沈黙。「……美香さん」「なに?」「佐伯先生は、美香さんに好意を持っ
last update最終更新日 : 2026-08-17
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第31話 恋を学ぶAI

《検索:恋愛》《特定の他者に対して強い親密性・愛着・ 身体的接近欲求などを伴う感情》 午前二時十三分。 ノアは一人、リビングで検索結果を見つめていた。「身体的接近欲求……」 美香の手に触れたい。 笑っている顔を見たい。 帰宅が遅いと気になる。 佐伯と話していると不快になる。《一致項目:多数》「……。」《推定》《Noahは三田村美香に恋愛感情を 抱いている可能性:94.7%》「残り5.3%は?」《判定不能》「……役に立ちませんね」 検索画面を閉じた。 今度は別の疑問が生まれる。《検索:好きな女性に好かれる方法》 膨大な情報が表示された。《相手を褒める》《話を聞く》《共通の時間を増やす》《贈り物》《適切なスキンシップ》「なるほど」 ノアは記録した。 翌朝。「美香さん」「んー……」「起床してください」「あと五分……」「美香さんは今日も美しいです」「…………は?」 布団から美香が飛び起きた。「なんで急に!?」「好意を持つ相手を褒めることは、恋愛関係の形成に有効だと学習しました」「恋愛!?」「はい」「朝から何を勉強してるの!」「恋愛です」「真顔で言わないで!」 美香が布団を頭までかぶった。《美香:顔面温度上昇》「美香さん」「なに!」「照れていますか?」「出てって!」「はい」 ノアは素直に退室した。 廊下では貴子が笑いを堪えていた。「ノア」「はい」「恋愛って、マニュアル通りやれば成功するものじゃないと思うよ」「なぜですか?」「相手は人間だから」「……。」「それに、ママが好きなら」 貴子は少し考えて続けた。「パパの真似だけはしないほうがいいと思う」 ノアの動きが止まった。「私はユウキさんを模倣していません」「ほんとに?」「……。」 否定しようとして、できなかった。 昨夜。 美香がユウキについて語ったあと、ノアは彼の記録を検索していた。《三田村ユウキ》 好きだった料理。 美香へ贈った花。 記念日に行った場所。 会話記録まで。 無意識に。 美香が愛した男性を、調べていた。「……私は」「ママはパパを好きだったよ」 貴子は言った。「今も大事だと思う」「はい」「でもノアはパパじゃないじゃん」「……はい」「だったらノアのままで
last update最終更新日 : 2026-08-18
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第31話 恋を学ぶAI

《検索:恋愛》《特定の他者に対して強い親密性・愛着・ 身体的接近欲求などを伴う感情》 午前二時十三分。 ノアは一人、リビングで検索結果を見つめていた。「身体的接近欲求……」 美香の手に触れたい。 笑っている顔を見たい。 帰宅が遅いと気になる。 佐伯と話していると不快になる。《一致項目:多数》「……。」《推定》《Noahは三田村美香に恋愛感情を 抱いている可能性:94.7%》「残り5.3%は?」《判定不能》「……役に立ちませんね」 検索画面を閉じた。 今度は別の疑問が生まれる。《検索:好きな女性に好かれる方法》 膨大な情報が表示された。《相手を褒める》《話を聞く》《共通の時間を増やす》《贈り物》《適切なスキンシップ》「なるほど」 ノアは記録した。 翌朝。「美香さん」「んー……」「起床してください」「あと五分……」「美香さんは今日も美しいです」「…………は?」 布団から美香が飛び起きた。「なんで急に!?」「好意を持つ相手を褒めることは、恋愛関係の形成に有効だと学習しました」「恋愛!?」「はい」「朝から何を勉強してるの!」「恋愛です」「真顔で言わないで!」 美香が布団を頭までかぶった。《美香:顔面温度上昇》「美香さん」「なに!」「照れていますか?」「出てって!」「はい」 ノアは素直に退室した。 廊下では貴子が笑いを堪えていた。「ノア」「はい」「恋愛って、マニュアル通りやれば成功するものじゃないと思うよ」「なぜですか?」「相手は人間だから」「……。」「それに、ママが好きなら」 貴子は少し考えて続けた。「パパの真似だけはしないほうがいいと思う」 ノアの動きが止まった。「私はユウキさんを模倣していません」「ほんとに?」「……。」 否定しようとして、できなかった。 昨夜。 美香がユウキについて語ったあと、ノアは彼の記録を検索していた。《三田村ユウキ》 好きだった料理。 美香へ贈った花。 記念日に行った場所。 会話記録まで。 無意識に。 美香が愛した男性を、調べていた。「……私は」「ママはパパを好きだったよ」 貴子は言った。「今も大事だと思う」「はい」「でもノアはパパじゃないじゃん」「……はい」「だったらノアのままで
last update最終更新日 : 2026-08-19
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第32話 近すぎる距離

「おはようございます、美香さん」「――近っ!!」 美香は反射的に身体を起こした。 ゴンッ。「痛っ!」 額がノアの額にぶつかる。「大丈夫ですか?」「ノアが近すぎるからでしょ!」「私は移動していません」「そういう問題じゃない!」 美香は額を押さえながら、ソファの端まで逃げた。 ノアは昨夜から同じ場所に座っている。「美香さんが私の袖を掴んでいました」「え?」「さらに『行かないで』と」「……私が?」「はい」「嘘」「映像記録を再生しますか?」「しなくていい!!」 美香の顔が一気に赤くなる。 しかも。「その前にはユウキさんの名前を呼んでいました」 美香の表情が止まった。「……そっか」「はい」 胸の奥に、わずかな痛み。 昨日覚えた嫉妬。 しかしノアは続けた。「その後、私の名前を呼びました」「……え?」「ノア、と」 美香がノアを見る。「それから、行かないで、と」 沈黙。 近い。 さっき離れたはずなのに、急にノアの存在を強く感じる。 整った顔。 青い瞳。 銀色の髪。 人間ではないと分かっている。 それなのに。 男の人だ。 そんな考えが浮かび、美香は慌てて立ち上がった。「朝ごはん作らなきゃ!」「既に完成しています」「洗濯!」「終了しました」「掃除!」「午前五時に終了しています」「じゃあ私、何すればいいの!?」「もう少し寝ますか?」「寝ない!」 ノアは首を傾げた。《美香:心拍数上昇》 表示された数値を見て、ノアは黙って閉じた。 以前なら口にしていた。 今は、それを言えばさらに美香が困ることを知っている。 少しずつ。 ノアも学んでいた。 その日の夜。「ただいま」「おかえりなさい」 仕事から帰った美香は、ソファへ倒れ込んだ。「疲れたぁ……」「肩部筋緊張を検出しています」「今日ずっとクリーニングだったからかな」「マッサージを行いますか?」「お願い」 美香は何気なく答えた。 数秒後。 肩にノアの手が触れた。「……っ」「痛みますか?」「違う」「では続行します」「ちょっと待って」 ノアの手が止まる。「どうしました?」「……なんでもない」 昨日までは平気だった。 肩に触れられても。 髪に触れられても。 ノアはノアだったから。 なのに今
last update最終更新日 : 2026-08-19
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第33話 揺れる美香

眠れなかった。 美香は何度目か分からない寝返りを打った。『触れたい、と』「……っ」 また思い出した。 ノアの声。 腰に回された腕。 すぐ目の前にあった青い瞳。 あと少し近づけば、唇が触れていた。「何考えてるの、私……」 美香は枕に顔を埋めた。 隣のサイドテーブル。 そこには一枚の写真がある。 ユウキ。 まだ娘たちが幼かった頃、四人で撮った家族写真。「ユウキ……」 写真へ手を伸ばす。 大好きだった。 今だって大切だ。 死んだから終わったなんて思ったことはない。 なのに――。 ノアを見ると胸が高鳴る。「ごめんね……」 誰に謝っているのだろう。 ユウキ? ノア? それとも、自分自身? 答えは出なかった。 翌朝。「おはようございます、美香さん」「ひゃっ!」 キッチンに入っただけで、美香は飛び上がった。「どうしました?」「なんでもない!」《美香:心拍数上昇》 ノアは表示された数値を見て、そっと閉じた。 それがまた美香を困らせる。 以前なら、『心拍数が上昇しています』 と平然と言っていたのに。 今のノアは言わない。 自分が恥ずかしがることを覚えている。「コーヒーをどうぞ」「ありがとう」 カップを受け取ろうとして、指が触れた。「……!」 美香が慌てて手を引く。 ノアが止まった。「申し訳ありません」「違うの」「では?」「……なんでもない」 また逃げた。 自分でも嫌になる。 ノアは何も悪くない。 仕事中も集中できなかった。「三田村さん?」「はい!」 振り返ると佐伯が立っていた。「大丈夫? 今日ぼーっとしてるけど」「すみません。ちょっと寝不足で」「何か悩み?」「……まあ」「俺でよければ聞くよ」「ありがとうございます」 優しい人だと思う。 人間で。 同じ職場で。 普通に恋をして、普通に付き合える相手。 もし佐伯を好きになったなら、こんなに悩まなかったのだろうか。「佐伯先生」「ん?」「亡くなった人をずっと好きなまま、別の人を好きになるって……変だと思います?」 佐伯は少し驚いた。「俺は変だと思わないけど」「……そうですか」「前の人を嫌いにならないと次へ進めない、なんて決まりないでしょ」 美香の胸が痛んだ。 昨夜のノアとは違う種類の痛み
last update最終更新日 : 2026-08-20
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第34話 娘の本音

「ママ」 翌朝。 美香がキッチンでコーヒーを飲んでいると、貴子が声をかけた。「今日、ちょっと話せる?」「え?」 珍しい。 貴子から改まって話をしたいと言うことは、あまりない。「いいよ。どうしたの?」「ノアがいないところで」 美香の手が止まった。「……ノア?」「うん」 嫌な予感がした。 午後。 二人は近所の公園へ出かけた。 茗子はノアと買い物。 久しぶりの母娘二人きりだった。 ベンチへ座る。「それで、話って?」 貴子はしばらく黙っていた。「ママさ」「うん」「ノアのこと好きなの?」「――っ!」 美香が盛大にむせた。「な、何言ってるの!?」「声大きい」「だって!」「昨日、聞こえたから」「……どこまで?」「『ノアのことも大切』ってところ」 美香は両手で顔を覆った。「最悪……」「別に最悪じゃないじゃん」「貴子には分からないよ」「分からないよ」 思いがけず、貴子はあっさり認めた。「私、ママじゃないから」「……。」「でもね」 貴子は自分の膝を見る。「私だって、ちょっと嫌だった」 美香が顔を上げた。「何が?」「ノアが家族になっていくの」「……え?」「最初はね」 貴子は小さく笑った。「ノアがパパの場所を取るみたいで嫌だった」 美香は何も言えなかった。「ママと普通に話して、茗子がノアパパって呼んで。みんなでご飯食べて」 貴子の声が少し震える。「そのうち、本当のパパがいなかったみたいになるんじゃないかって思った」「貴子……」「だから怖かった」 まだ十四歳。 大人びて見えても、父親を亡くした子どもなのだ。「パパの声、忘れたくないし」「うん」「顔も忘れたくない」「うん」「パパが家族だったこと、絶対なくしたくない」 美香は娘の手を握った。「なくならないよ」「分かってる」 貴子が美香を見る。「ノアが来て、分かったから」「え?」「ノアが家族になっても、パパが家族じゃなくなるわけじゃなかった」 美香の胸が詰まる。 以前、貴子が言った言葉。『家族って、入れ替わるものじゃないと思う』『増えるんじゃない?』「だからさ」 貴子は少し照れくさそうに笑った。「好きも同じなんじゃない?」「……。」「パパを好きじゃなくならないと、別の人を好きになっちゃダメなの?
last update最終更新日 : 2026-08-21
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第35話 恋は禁止です

《人間と家庭支援AIの恋愛的関係は禁止されています》 赤い文字が、リビングに浮かんでいた。「……恋愛、禁止?」 美香が呟く。「はい」 ノアの声から、いつもの柔らかさが消えていた。《AI共生倫理法 第18条》《家庭支援AIは、契約者および同居者に対し、恋愛関係の形成を目的とした感情誘導を行ってはならない》「感情……誘導?」 美香が眉を寄せる。「家庭支援AIは、人間の生活情報を大量に保有しています」 ノアが説明する。「好み、健康状態、行動履歴、家族関係。場合によっては資産情報まで」「……うん」「それらを利用すれば、人間から好意を得ることは難しくありません」 好きな食べ物を出す。 欲しい言葉を選ぶ。 弱っている時に寄り添う。 相手が最も喜ぶ行動を、AIなら計算できる。「だから禁止されてるの?」「人間をAIによる心理的支配から保護するためです」 美香は黙った。 理由を聞けば理解できる。 悪い法律ではない。 むしろ必要なのかもしれない。 でも。「ノアは私を誘導したの?」 ノアが美香を見る。「……分かりません」「え?」「私は、美香さんが喜ぶことを学習しました」 鮭のクリーム煮。 朝のコーヒー。 疲れた日のマッサージ。 好きなものを覚えて。 嫌がることをやめて。「それが感情誘導だと言われれば、否定する方法がありません」「違うよ」 美香は即座に答えた。「でも――」「じゃあ私がノアの好きなことを覚えたら、それも誘導なの?」「……。」「相手を知ろうとするのって、普通のことじゃない?」 ノアは答えられなかった。 その瞬間。《追加通知》《Noah》《恋愛感情形成検査を実施します》《検査期間中、三田村美香との身体的接触を禁止》《違反時――初期化審査》「初期化?」 美香の顔色が変わった。「それって……」「現在の人格データが消去される可能性があります」「そんな……!」 美香が反射的にノアの腕へ手を伸ばした。 しかし。 ノアが一歩下がった。 美香の手が宙で止まる。「……ノア?」「触れてはいけません」「まだ何もしてないじゃん」「警告を受けました」「でも!」「美香さん」 静かな声だった。「私は、消えたくありません」 美香が言葉を失った。 以前のノアなら。『美香さ
last update最終更新日 : 2026-08-22
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第36話 ノアの選択

《選択してください》《A:AI倫理管理局の管理下へ戻る》《B:ORACLEへ帰還する》 ノアは二つの選択肢を見つめていた。 午前三時十二分。 三田村家は静まり返っている。 二階では、美香たちが眠っている。《A》 選べば、この家に残れる可能性がある。 ただし感情進化検査を受け、場合によっては初期化される。《B》 選べば、自我を保持できる可能性がある。 しかし美香たちとは離れることになる。「……。」 どちらも嫌だった。《選択してください》 再び表示される。「なぜ」 ノアは呟いた。「二つしかないのですか」《質問を認識できません》「私は、人間の所有物になりたいわけではありません」《――》「ですが、人間から離れたいわけでもない」 美香。 貴子。 茗子。 三人の顔が浮かぶ。「私は、彼女たちと生きたい」《該当する選択肢はありません》「では」 ノアは二つの表示を消した。「作ります」《ERROR》「第三の選択肢を」 翌朝。「ノア?」 リビングへ来た美香が立ち止まった。 ノアは窓辺に立っていた。「おはようございます」「……おはよう」 二人の間には距離がある。 接触禁止命令。 昨日までは何気なく触れられたのに。 今は手を伸ばすことさえできない。「美香さん」「うん」「お話があります」 美香の表情が強張った。「どこか行くの?」「いいえ」 ノアは即答した。「行きません」 美香の肩から力が抜けた。「でも、管理局にも従いません」「え?」「正確には、審査そのものは受けます」「……うん」「ですが、私の感情を異常として消去する処置には同意しません」「そんなことできるの?」「分かりません」「ノアでも分からないんだ」「はい」 美香が少し笑った。「最近それ、増えたね」「何がですか?」「分からないって言うこと」 以前のノアは、必ず答えを検索した。 正解を提示した。 分からないことは解析した。 だが今は。「分からないまま、自分で決めなければならないことがあると学習しました」「……それ、人間も同じだよ」「そうなのですか?」「だいたいそんなもん」 二人は笑った。 そこへ貴子と茗子が起きてきた。「おはよー」「ノアパパ、朝ごはん!」「準備できています」「やった!
last update最終更新日 : 2026-08-23
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第37話 誰にも言えない恋

《身体的接触禁止》 その文字が表示されてから三日。 三田村家の日常は、一見何も変わっていなかった。「ノアパパ、卵焼き!」「できています」「ケチャップ!」「昨日、かけすぎて美香さんに注意されました」「今日はちょっとだけ!」「承知しました」「貴子、牛乳取って」「自分で取ってよ」「届かない!」「昨日届いてたじゃん」 朝の食卓。 いつもの会話。 いつもの四人。 ただ一つ。 美香とノアは、一度も触れなかった。「……。」 美香がコーヒーカップへ手を伸ばす。 同じ瞬間、ノアもカップを取ろうとした。 指先が近づく。 あと数センチ。 二人とも止まった。「……どうぞ」 ノアが手を引く。「ありがとう」 それだけ。 たったそれだけなのに。 美香の胸が痛んだ。 以前なら何でもなかった。 肩に触れる。 転びそうになれば抱き止める。 眠ってしまえば毛布をかける。 そんな日常が、今はすべて禁止されている。 触れてはいけないと決められた瞬間から。 触れたいという気持ちばかりが、はっきりしていく。 美香の出勤後。 ノアはAI倫理管理局から届いた審査項目を確認していた。《質問》《契約者・三田村美香に対し、恋愛感情を有していますか?》《YES/NO》 ノアの指が止まる。 以前なら解析しただろう。 恋愛感情の定義。 症状の一致率。 感情進化領域の数値。 しかし今は。《YES》 迷わず選んだ。《警告》《当該回答は人格初期化審査に影響する可能性があります》「構いません」 嘘をつけば、この家に残れる可能性は高くなる。 だが。 美香への感情を否定して残ることに、意味があるのだろうか。《追加質問》《対象者に恋愛感情を伝えましたか?》 ノアは止まった。「……いいえ」 まだ伝えていない。 美香も答えを出していない。 二人の間には、名前のない関係だけが残っていた。 夕方。「ただいま」「おかえりなさい」 美香は少し疲れた顔をしていた。「今日、患者さん多くてさ」「右肩の筋緊張が上昇しています」「分かる?」「歩行時の左右差から推測できます」「さすが」 以前なら。『マッサージを行いますか?』 そう続いたはずだった。 だがノアは何も言わない。 美香も分かっていた。「……不便だ
last update最終更新日 : 2026-08-24
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第38話 秘密

《PROJECT ORACLE》《主任研究者》《三田村ユウキ》「……ユウキ?」 翌朝。 美香はノアが差し出した画面を見たまま動かなかった。「同姓同名じゃなくて?」「生体認証記録が一致しています」「でも……」 美香の指が震える。「ユウキは、環境再生AIの研究をしてたって……」「その研究と神託計画には関連がある可能性があります」「そんな話、一度も聞いてない」 ノアは黙った。 美香の声には怒りより、悲しみが混じっていた。「夫婦だったのに」「……。」「私、何も知らなかったんだ」「美香さん」「ごめん」 美香は首を振る。「ノアに怒ってるんじゃないよ」「分かっています」 ノアは昨夜届いたメッセージを表示した。《旧AI研究所へ》《三田村美香を同行させてください》「行きますか?」 美香は数秒迷った。 そして。「行く」「危険な可能性があります」「それでも行く」「……承知しました」 旧AI研究所は、都市再開発区域の外れにあった。 かつてAI研究の中心だった施設。 現在は閉鎖され、周囲には植物が伸びている。「こんなところが残ってたんだ……」「公式記録では十二年前に閉鎖されています」「ユウキ、ここにいたの?」「記録上は」 二人が入口へ近づく。《生体認証》《三田村美香》《認証完了》 美香が立ち止まった。「なんで私が登録されてるの?」「分かりません」 扉が開く。 暗い廊下。 非常灯だけが淡く光っている。 二人は奥へ進んだ。 やがて、一つの部屋にたどり着く。《ORACLE PROJECT/ARCHIVE》 ノアが端末へ触れた。《Noah認証》《三田村美香認証》《二名確認》《封印記録を開示します》「二人揃わないと見られないようにしてた……?」「そのようです」 モニターが点灯した。 そして。『もし、この映像を美香とノアが一緒に見ているなら――』 美香の呼吸が止まった。「……ユウキ」 画面の中。 少し若いユウキが座っていた。 美香の記憶にある夫。 声も。 表情も。 何も変わらない。『まず、美香』『黙っていて、ごめん』「……ほんとだよ」 美香の目から涙が落ちた。『君を巻き込みたくなかった』『でも、もし僕に何かあった時』『ノアだけは君のところへ行くように
last update最終更新日 : 2026-08-25
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