クズ夫に捨てられた私、子連れで溺愛社長と結ばれる のすべてのチャプター: チャプター 31 - チャプター 40

60 チャプター

31 揺れ動く心

 静かにハーブティーをのむ東雲さんの横顔に、私は思わず見とれてしまう。 胸の奥になんだかざわめきを感じてしまうけれど、これはいったいなんだろうか。 いつも通り穏やかで優しい東雲さん。 顔立ち、いいよね。会社の社長で、でも家にいる時はそんな様子を見せなくて。 さくらちゃんの良きパパで。 けれど、なんだか今日の彼はいつもと少し様子が違うような気がする。 私を見る目にどこか、違和感があると言うか。熱っぽく見えるのは何故だろうか。 勘違い? それとも……「東雲さん……?」 唇から零れ落ちるように彼の名を呼ぶと、ハッとしたような顔をしてこちらを向いた。その瞬間、視線がしっかりと絡み合う。 東雲さんは誤魔化すように笑って、 「あ、ええと……すみません、ぼーっとしてしまって」 と言って、照れくさそうに笑い、手にもつマグカップをテーブルに置いた。 その手がなんだか少しだけ震えているように見えて、私はまばたきを繰り返す。 やっぱり東雲さん、様子がおかしいような。 何だろう。私の思い過ごしなのか。それとも……? 疑問に思った時、静かな声が響いた。「有藤さん」 名前を呼ばれ、私の心臓が小さく跳ねる。 とても真剣なまなざしが、私を射抜いて、さらに鼓動が早くなっていくのを感じた。 どうしよう。私、今何を感じているんだろう。 戸惑う私に、東雲さんは穏やかな笑顔で続けた。「俺、有藤さんがここに来てくれてから、毎日がすごく変わったんです。さくらの笑顔が増えたのはもちろんですけど……俺自身も、家に帰ってくるのが楽しみになりました」「東雲さん……」 東雲さんの告白に、身体の奥が熱くなるのを感じる。 すごく嬉しい。 私がいることでそんなふうに思ってもらえるなんて。思わず笑みがこぼれてしまう。「だから、その……元旦那さんとのことが解決しても、有藤さんがよろしければその……」 そこまで言って、東雲さんは急に黙り込んでしまい顔を伏せた。 よろしければ、なんだろう? 不思議に思って私は首を傾げ、彼に尋ねた。「あの、よろしければ、何ですか?」 私の問いかけに、東雲さんはばっと顔を上げてなんだか赤い顔で首を横に振る。「す、すみません! 今のは……その、家政婦さんとして、という意味で、その、変な意味じゃなくて」 慌てて手を横に振る東雲さん。 家政
last update最終更新日 : 2026-09-09
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32 現実をわかっていない人々

 十月九日金曜日。 郁人の相手である柳瀬美波さんのご両親は、示談に応じると言うことであちらの弁護士と協議をしているそうだ。 肝心の郁人はと言うと、連絡はあったものの、「涼花が浮気したのだから有責なのは涼花だ」 なんて言ってきたらしい。 ちょっと言っている意味が分からないけれど、本当にそう言っていたそうだから笑いすらでない。 連絡をくれた秋月弁護士は、『なかなか愉快な方ですね。まあ、こういう方は多いのですけど』 と言って笑っていた。「多いんですか……」 自分の不貞を棚に上げて相手のせいにするってどういう了見なんだろうか。『多いですよ。そもそも養育費に関しては不貞もなにも関係ないのですけどねぇ』「それはそうですよね」 養育費はあくまで子供の権利なのだから。 って、そんなこともわからなくなっているのかな、郁人。 すでに地の底までいっている郁人の評価が、さらに下がっていく。『養育費はあくまで俊太君のためのものですからね。こちらの不貞を主張して相殺しようとするのは法的にも無意味です。それと、くだんの彼女のご両親の弁護士からなのですが、「娘は坂本氏に騙されていた、関与を絶ちたい」とのことで示談に向けて話し合いをしています』 秋月弁護士の淡々とした声が、スマホ越しに響く。 彼女の両親は普通の人のようで本当に良かった。「そうなんですね……彼女のご両親は、ちゃんと現実が見えているんですね」『ええ。医師としての世間体もありますし、娘さんのキャリアを守るためにも、迅速に慰謝料を支払って縁を切りたいのが本音でしょう。彼女には「坂本氏との完全な接触禁止」と「違約金条項」をつけた示談書にサインしてもらう予定です。ただご本人が納得していないようですが』 と、秋月弁護士は苦笑したようだった。 その話を聞いて私も苦笑する。 彼女のSNS、のぞいてないけど何を言っているんだろうな。ちょっと気になる。 正直、郁人と縁を切った方がいいと思うけれど。 そもそも彼が既婚者だと、彼女は知っていたのかな。 知らなかったのなら可哀そうなところはあるけど、知っていたら……同罪よね。 そう思うと一気に心が冷えていく。『ご両親が説得をしているようですが、いかんせん、マンションは本人名義で勝手に引き払うことができず難儀しているようです』「そうなんですね。なんで郁人
last update最終更新日 : 2026-09-11
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33 意識してしまう

 朝。 ばたばたと日常が始まる。「まだねむいー」 そうぐずるさくらちゃんに、東雲さんが優しく声をかける。「だから早く寝なさい、て言っただろ? ほら、ご飯食べて目を覚まそう」「うーん……」 そう、さくらちゃんは眠そうに呻った後、パンに手を伸ばす。 今日の朝食は、ハムとチーズを挟んだホットサンドだ。 これは、動画でホットサンドを知ったさくらちゃんが、食べてみたい! と声を上げて、ホットサンドメーカーの購入に至った。 作ってみるとけっこう楽しいしおいしい。 食事をとり終え、片づけを後回しに私はさくらちゃんたちを連れてマンションを出る。 今日は東雲さんも一緒だ。 さくらちゃんが、パパを見上げて不思議そうな声を出す。「今日はパパも一緒なの?」「うん、でも駐車場までだけどね」「なんで?」 そう、さくらちゃんが質問攻めを始める。 「今日はそういう日なんだよ、さくら」 そう優しく諭す東雲さん。 エレベーターが下につき、私たちは東雲さんと別れる。「じゃあね、さくら。有藤さん、俊太君いってらっしゃい」「うん! パパもいってらっしゃーい!」 さくらちゃんが大きく手を振って、東雲さんを見送る。 私もそっと小さく手を振り、彼の背中を見送った。 どうも意識してしまうのよね、東雲さんの事。 よくないって思うのに。 もっと彼の事を知りたくなっている自分がいる。 そんな想いを抑えつけて、私は子供たちに声をかけた。「じゃあ行こう」「うん! ねえねえ、昨日見た動画なんだけどね!」 そう、さくらちゃんが話をし出す。 これは毎朝の日課。 そこに俊太もお喋りを始める。「ママ、あのね」 と言うので、私はふたりの話を何とか聞いて返事を返していた。 秋の冷たい風を感じながら、保育園にたどり着く。 他の見知らぬ保護者たちやなんとなく見覚えのある子供たちと挨拶を交わしながら、私は子供たちをそれぞれの教室へと送り届けた。「ママ、バイバイ!」 と元気に走っていく俊太。「また後でね!」 と手を振るさくらちゃんを見送って、私はふっと肩の力を抜いた。 園を出て、静かになった道をお散歩がてら歩いて帰る。 ひとりになると、途端に頭の中を占めるのは東雲さんのことばかりだった。 私を呼ぶ私の声。私に触れようとした指先の震え。 考えると身体の奥底が
last update最終更新日 : 2026-09-12
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34 噂話

 秋月弁護士が訴状を送ってから数日が経った、十月十六日金曜日。 裁判になると知った郁人が、なにやら秋月弁護士に向かって騒いでいるらしい。「涼花が浮気している!」 と言っているらしいけれど、そんな証拠はどこにもなく。 騒げば騒ぐほど不利になるのに。 彼女の方はあちらの弁護士と示談をすすめているそうだけれど、郁人と彼女の接近禁止が難しいらしく難航しているとか。 郁人のどこがいいんだろうか。 すでに愛情がさめきっている私には彼女の思いが全然理解できなかった。 そんななか。 最近、保育園にお迎えに行くとなんだか妙な視線を感じる気がする。 保護者の人たち、よそよそしいような。 私は元々ぼっちだし、知り合いもいないからよくわからないけれど、なんだろう。 不思議には思うけれど、正直心当たりがないのでスルーしているけれど。 その帰り道、さくらちゃんに気になることを言われた。「ねえねえ、俊太君ママ」「んー、何?」「不倫ってなに?」 その言葉を聞いて、私は思わず吹き出しそうになる。 私は驚いてさくらちゃんを見て言った。「それ、どこで聞いたの?」「えーとね、お友だちが言ってた! なんか不倫してるって。俊太君ママ不倫って何?」「えーとね、ちょっと調べておくね」 と言って、私は誤魔化す。 これ、もしかして誰かが不倫していてそれを子供の前で噂してるって事? いやそれが事実だとしても子供の前でそんな話しちゃ駄目でしょ。 なんでそんなこと。 なんだか胸の奥がざわつく。 もしかして。 嫌な可能性が頭の中をよぎる。「あのね、今日ねお外で遊んだ時にね」 と、さくらちゃんが話し、俊太もおしゃべりをする。 「ゆうとくんとね、お砂遊びしたの」 ふたりのお喋りを聞きながら、私はその可能性を考えて深く息をついた。 私と東雲さんが浮気しているとか、そんな噂が流れているのでは。 私が離婚していることはおおやけにしていない。 子供が混乱しないように名字は保育園卒園までそのままのつもりだし。 そもそもおおやけにする理由、ないからだ。 そのまま私はもやもやを抱えたまま東雲さんのマンションへと帰っていった。 その日の夜。  家事の間、東雲さんの様子に目がいってしまう自分に気が付き戸惑ってしまう。 意識しないようにしようと思うのに、こんなに気に
last update最終更新日 : 2026-09-13
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35 接近遭遇

 週が明けて月曜日。 落ち着かない日々を過ごしていても時間の流れは変わらず流れていく。 郁人との連絡を絶っているし、彼が働くお店には近づかないから様子がわからない。 でも表面的には平和だ。 裁判だって全部、秋月弁護士に任せているし。 私は今日も、子供たちと手を繋いで保育園へと向かう。 街路樹の葉っぱが徐々に色を変え始めていて、秋を感じさせてくれる。「今度ね、葉っぱ拾いに行くんだー」 と、さくらちゃんが教えてくれる。「葉っぱ拾い?」「うん! 葉っぱでね、絵、かくの! きいろとか赤い葉っぱつかって」 なるほど、だから葉っぱを拾うのね。 子供の遊びをスマホで調べたときに載っていたかも。 保育園に子供たちを送り、そそくさと私は保育園を後にする。 浮気の噂の存在を知ってからだとなんだか気まずい。 いや、何も後ろめたいことはないんだけれど。 東雲さんがどうにかするとは言っていたけれど、どうするんだろう。 不安な気持ちを抱えて、私はショルダーバッグの紐をぎゅっと握りしめた。 秋の風が心地よく流れ、ふと足を止めて空を見上げる。 ちょっと曇り空で肌寒い。 「この一カ月、いろんなことがあったなあ」 そう呟いて私は息をつく。 早く帰って掃除しないと。そう思い正面を向いたときだった。「おい涼花」 聞きたくもない声と共に腕を掴まれ、私はびくっとしてその声の主を見た。 それは、私服姿の郁人だった。 細身のシャツにパーカーを着て、首にはシルバーのネックレスなんてしている。 相変わらず年齢不詳な、若々しい服を着ている。 前はそれをいい、と思っていたんだけれど今見るとちょっと痛々しく思えてしまう。 私は大きく目を開いて郁人を見つめる。 彼は怒りに満ちた目を私に向けて言った。「お前なんなんだよ、裁判て。何考えてんだよ?」 その声に心臓が激しい鼓動を繰り返し始める。 腕を掴む手の力が強い。「ひ……」 そう、短く悲鳴が漏れ出てしまい、郁人はさらに怒ったような表情を見せた。「何だよそれ、俺が悪いみたいじゃねえか」 いや、悪いでしょう。明らかに悪いでしょ。 そう言いたいのに言葉が出てこない。 私は震えながらも一歩下がって郁人の手から逃げる。 その時人が通り掛かり、さすがに人目を気にしたのか郁人はさっと手をひいた。 私は大きく
last update最終更新日 : 2026-09-14
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36 帰宅して

 スマホをとりだして、私は近くのドラッグストアの中に逃げ込む。 とりあえず辺りにはいなかったけど、大丈夫かな。 そう思いながら私は震える手でスマホを操作して、秋月弁護士にメッセージを送った。 きっと仕事だろうし、すぐには返信、こないだろうだ。 私は息を整えて、店内を見回しドリンク売場へと向かう。 そしてお茶のペットボトルを握りしめ、アプリでタクシーを呼んだ。 歩いて帰るよりもタクシーで帰った方が安全だろう。 お茶を買い、私はスマホを見つめる。 東雲さんに連絡した方がいい……かな。「心配、かけてしまうかな」 でも教えないわけにはいかないよね。 私は意を決して、東雲さんにもメッセージを送った。 郁人が待ち伏せていたこと。 未だに私が浮気したと疑っている事。 保育園に勝手にお迎えに行かなければいいけれど。それだけが心配だった。 仕事中だろうし、すぐに反応はこない。 でも誰かに伝えられたことでちょっと気持ちが落ち着いてくる。 もうすぐタクシーが来る。 私は外に出て、辺りを確認してからタクシーが待つ通りへと小走りに向かった。 マンションまでの距離は大してないけれど、それでも心配で、タクシーの中から何度も後ろを見てしまう。 東雲さんが住むマンションの場所はわからないだろうし、コンシェルジュもいるから簡単には中に入れないだろうけれど。 それでもマンションの部屋の中に入るまで落ち着かなかった。 部屋の中に入って、私は大きく息をつく。 静まり返った室内。 私の鼓動の音が大きく鳴り響いているような気がする。 私は靴を脱ぎ、キッチンに向かう。 そこでペットボトルのお茶を飲み、大きく息を吐いた。「あー……こわかった」 そう口に出すと大きく身体が震えてしまう。 掴まれた腕、痛かったな。 そう思って私は郁人に掴まれたところを手でさする。 「示談にすればすぐ終わるのに」 呆れて呟いたとき、スマホが鳴った。 東雲さんの名前が画面に表示されて、私はそれを手にして通話ボタンをタップした。『あ、有藤さん、大丈夫ですか?』 私が答えるよりも前に焦ったような声が響く。『早めに仕事を終わらせるので、あの、お迎えは俺が行きます』「え、あ、で、でも」 ひとり沸き立つ東雲さん。 どうしよう。そんなつもりはなかったんだけどな。 大丈夫
last update最終更新日 : 2026-09-15
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37 動物園へ

 十月末。 約束のお出かけの日がやってきた。 朝早く起きて、私はお弁当の用意をする。 おにぎりに唐揚げ、卵焼きにコロッケ、冷凍のお惣菜。うさぎの形に切ったりんごを用意して。 お弁当箱は捨てられる容器を用意した。 準備出来たおにぎりやお弁当を見て思わず笑みがこぼれてしまう。 遠足かぁ。楽しみだな。 前の結婚の時、家族で出かけることなんとめったになかった。 お弁当を作るの、こんなに楽しいって思ったのは久しぶりかもしれない。 「ほら、さくら、髪の毛縛ろう」 そんな声が、リビングの方から響く。「ヤだ。俊太君ママがいいー」 そんな声が続き、そんなさくらちゃんをたしなめる声が聞こえた。「俊太君ママは今、お弁当作ってくれているんだから」「ヤだ、パパへたっぴなんだもん」 その声を聞きながら、私は用意したお弁当を保冷バッグに詰めて、保冷剤を放り込む。 子供たちの水筒にお茶を入れたあと、私はさくらちゃんに声をかけた。「準備出来たから、私が髪の毛縛るね」 するとさくらちゃんはぱっとこちらを見て、笑顔で大きく頷いた。「うん!」 その頃、すっかり準備を終えた俊太は、テレビで動画を見ている。 よかった、俊太が大人しくしてくれていて。 東雲さんは苦笑して、小さく頭を下げて、「お願いします」 と言った。 「大丈夫ですよ。さくらちゃん、今日はどんな髪型にしようか」 と言い、私は髪の毛のアレンジ表を取り出した。 毎日どの髪型にするのか、というのを決めるのは大変なので、調べて用意した表だ。 ツインテールみたいな一般的な髪型の他、さくらちゃんが好きなアニメキャラなどの髪型を載せている。 十種類ほど載せているから毎日さくらちゃんは目を輝かせて、髪型を決めていた。「今日はおでかけだしー、これがいい!」 そう言って指し示したのはツインテールを三つ編みにした髪型だった。 それを見て、私はさくらちゃんの髪の毛を縛るゴムを用意する。 お花の飾りがついた、ヘアゴムだ。 ぱぱっと髪の毛を縛って三つ編みにすると、さくらちゃんは満足げにこちらを見て、「ありがとう!」 と、声を上げた。 さくらちゃんが嬉しいと私も嬉しい。「ほら俊太、そろそろ行くよ」 そう声をかけると俊太は頷いて立ち上がる。 俊太の手を握ると、東雲さんの声がした。 「それじ
last update最終更新日 : 2026-09-17
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38 お昼ご飯と考え過ぎと

 公園の広場には、たくさんのお客さんたちが集まって、シートをひろげてご飯を食べている。 キッチンカーも出ていてとても賑わっていた。 東雲さんがあいている場所を見つけて、シートを広げる。 大きなシートは厚手で星柄が描かれている。 そのシートを見て、さくらちゃんが目を輝かせて靴を脱いだ。「おっきー!」「今日のために大きいのを買ったんだよ」 そう東雲さんが胸を張る。 あぁ、だからネットショッピングの荷物がきていたのね。 今日、お弁当を詰めている保冷バッグも新しく買ったから使ってくれと、東雲さんが用意してくれたものだ。 私たちは靴を脱ぎ、シートに座る。 そして私は保冷バッグからお弁当を取り出した。「はい、これ、おにぎり。ごま塩のおにぎりと、鮭のおにぎり。それと……」 言いながら私はお弁当のタッパーを開けていく。 唐揚げや卵焼きにはキャラクターのピックをさした。 うさぎに切ったリンゴをみたさくらちゃんが、身を乗り出してタッパーを覗き込む。「うわぁ! すごい! かわいい!」「リクエストのウサギのリンゴだよー」 そう私が答えるとさくらちゃんはばっと顔を上げて、ニコッと笑い、「ありがとう!」 と、元気な声を出した。 感謝されるとすごく幸せな気持ちになる。 郁人との件や、浮気を疑われていることでこのところ気が重かった。 でも、俊太やさくらちゃんがこうして喜んだり笑顔になると嬉しくて、その時は郁人とのことを忘れられて幸せだった。 というか、日常がこれなもんね。 郁人との争いは日常の延長上の話なのに、どこか遠い話題に思える。 弁護士さんに一任しているから、だろうけれど。 あれから郁人からの接触はない。 郁人も弁護士に依頼したみたいだし、裁判は嫌みたいで示談する方向で調整しているらしい。 でも、例の彼女の事で揉めているらしく、時間がかかりそうだ。 お金は、郁人のご両親の遺産があるはずだから払うの、大変じゃないはずだ。 でも彼女とは離れたくないのね。 そう思うと複雑な気持ちになる。 彼女とどうなろうと知ったことではないので、さっさとお金だけ払って解決してほしい、という思いもあるけれど、彼女にも痛い目を見てほしい、と思う自分もいる。 それが何とも複雑で気持ちが悪かった。 だから今日は忘れて楽しまないとね。 東雲さんがウエ
last update最終更新日 : 2026-09-18
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39 遊園地と遭遇と

 昼食を終えたあと、私たちは動物園に併設された小さな遊園地エリアへと移動した。 レトロなメリーゴーラウンドや観覧車に子供たちは大はしゃぎで、さくらちゃんと俊太は終始ニコニコと笑い声を上げて乗っていた。 その姿を見ていると、本当に家族みたいだなと思ってしまう。 いや、東雲さんと家族になりたいってわけじゃないけれど。 自分の中に芽生えている感情に戸惑いを感じながら、私は子供たちと遊園地を楽しんだ。 そろそろ帰ろうか、というころ、俊太がもじもじとしだす。「俊太君、トイレ行きたい?」 私が言うよりも早く、そう声をかけたのは東雲さんだった。 すると俊太は大きく頷く。「おしっこいきたい」「俺と一緒に行こうか」 と言い、東雲さんは俊太に手を伸ばす。 すると俊太はうん、と言って、その手を握った。「え? あ、あのいいんですか?」 戸惑いながら私は東雲さんと俊太の顔を交互に見る。 俊太はそれどころじゃないみたいで、早く、と言い出す。 その様子を見て東雲さんはこちらに笑顔を向けて言った。「はい、大丈夫ですよ。男同士ですし、俺の方がいいでしょう。申し訳ないですが、さくらをお願いします」「す、すみません、ありがとうございます」 恐縮しつつ頭を下げると、東雲さんは俊太の手をひきトイレへと向かっていった。 残された私はさくらちゃんに声をかける。「そろそろ帰るけれど、さくらちゃんはトイレ、大丈夫?」「うん! 私アイス食べたい!」 そう言って、さくらちゃんは近くにあるキッチンカーを指差す。 それは、粒つぶのアイスやクレープを売っているキッチンカーだった。 チョコレートやミックスフルーツ、といったアイスが売られているらしい。 それを聞いて私は頷き、さくらちゃんに手を伸ばす。「わかった。じゃあアイス食べて待っていようか」「うん!」  私たちはそのキッチンカーの列に並ぶ。 ちょうどおやつの時間だからちょっとお客さん、多かった。 徐々に列が短くなり、私たちの番が近くなってきたときだった。 買い物を終えたお客さんの女性と目が合う。 その人はさくらちゃんと同じくらいの女の子を連れていた。 あれ、あのお母さん、どこかで見たような……?「あ、さくらちゃん!」 そう声を上げたのは女の子のほうだった。「レナちゃんだー」 そう嬉しそうにさくら
last update最終更新日 : 2026-09-19
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40 直接襲来

 十一月に入ると一段と寒さが増してくる。 子供たちを送った後、私は寒空を見上げた。「もう十一月かぁ」 九月に家を追い出されて、もうすぐ二ヶ月になろうとしている。 あれ以来郁人は接触してこない。連絡はどうだろう。前のスマホは充電しているけれどメッセージの確認は一切していないから様子はわからなかった。 まだ示談には至っていないらしく、早く終わってくれないだろうか、という気持ちでいっぱいだった。 街路樹の木々はとうに葉の色を変えていて、冷たい風に乗り葉を散らしている。 マンションの前に着いたときだった。 背後から声がした。「すみませーん、有藤涼花さん、ですよね?」 耳慣れない、若い女性の声だ。 なんで私の、離婚後の名前、知っているの? 驚いてばっと振り返ると、そこには見覚えのある女性が立っていた。 「あ……」 柳瀬美波、さん。 郁人の浮気相手で大学一年生のインフルエンサー。 彼女は身体にぴったりとした茶色のパンツに、ニットを着ている。 化粧は抑え目だから学校に行く前とかだろうか。 荷物がたくさんであろうリュックを背負っていて、お嬢様には見えない。 彼女は驚く私の前に、ニコニコと笑顔を張り付けて近づいてきて言った。「探偵さんに頼んで探していただいたんですよー」 あぁ、そうか、私が探偵を使ったように、彼女も探偵を使ったのか。 私の居場所を探すのは簡単よね。 保育園に張り込みして、あとをつければいいだけだから。 顔は郁人のスマホにいくらでも保存されているだろうし。 何しに来たんだろう。 私は思わず半歩後ろに下がって彼女をじっと睨みつけてしまう。 彼女はにたぁ、と笑って、手に持っていた封筒から何かを出しながら言った。「有藤さん、男性と暮らしていらっしゃるんですよね?」 そして封筒から出したものを私に見せつけてくる。 それは写真だった。 私と東雲さんがふたりの瞬間を切り取ったものだ。 場所はこの間でかけた動物園だった。 子供たちが一緒にいたはずなのに、いない瞬間だけを撮ったんだろうな。 思わず顔が歪む。「……あの、なんなんですか?」「何って、お話をしに来たんですよー。私、今、困ってるんです」 そう、本当に困ったような表情をして、柳瀬美波は写真をしまいながら言った。 困ってるって、自業自得じゃないの。 
last update最終更新日 : 2026-09-20
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