《俺だけの献立 〜隣のスポーツ栄養士志望が俺の食事を管理するらしい〜》全部章節:第 11 章 - 第 20 章

27 章節

10食目

 放課後のグラウンドに、練習終了を告げるホイッスルが響いた。 人工芝の上に、部員たちの荒い呼吸と、スパイクの音が残る。蓮はユニフォームの裾で額の汗を拭い、大きく息を吐いた。 フェンスの外では、椿がノートを閉じていた。 さっきまでペンを走らせていた手が止まり、彼女は蓮が何かを言うより先に、くるりと背を向ける。「……一言もなしか」 蓮は小さく呟いたが、声はかけなかった。 周囲には、まだダウンを続ける部員たちがいる。グラウンドの外にも、見学していた生徒が何人か残っている。昨日、取引を結んだばかりの相手と、練習後にフェンス越しで話し込む必要はない。 椿は一度も振り返らず、校門の方へ向かっていく。 ただ、去り際に自分のバッグを一度だけ、軽く叩いた。 それだけで、蓮には意味が分かった。 買い物に行く。 夕飯の材料を買う。 たぶん、そういうことだ。 蓮は左膝に氷を当て、言われていた通りにケアを済ませた。昨日なら少し急いでいたかもしれない。けれど、今日の夕飯は、今の練習を見た椿が考える。 それなら、こちらが勝手に雑なことをする理由はない。 部室へ戻る途中、同じ一年の部員が声をかけてきた。「天根、今日キレてたな」「そうか?」「後半も落ちなかったじゃん。すげえな」 蓮は少し考えてから答えた。「最近、食事を変えた」「ああ、昼の弁当。あれ、すごかったな」「そうだな」 蓮は頷いた。 弁当は、確かに違った。 味だけではない。練習に入った時の身体の重さがなく、途中で妙な空腹に引っ張られることもなかった。 それがすべて食事の影響だとは言わない。 けれど、少なくとも無関係ではないことは確かだった。 十五分後、蓮は駅前のスーパーにいた。 夕飯時が近い店内は、買い物かごを持った客で混み合っている。青果コーナーの照明の下を進むと、奥
last update最後更新 : 2026-08-11
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11食目

 マンションに戻ると、椿は四〇一号室のキッチンへまっすぐ向かった。 蓮が玄関の鍵を閉める間に、椿は買ってきた食材を作業台に並べ、冷蔵庫から使うものを取り出していく。豚肉、レバー、パプリカ、小松菜、きのこ、味噌。スーパーでは重さにしか感じられなかったものが、キッチンに置かれると、少しずつ夕食の形を取り始めていた。「突っ立ってないで、先に着替えてきて」「手伝わなくていいのか?」「今のあなたの仕事は、余計に動かずに身体を休めること。練習後なんだから、まず心拍数を落として。こっちは十五分くらいで形にするから」「分かった」「あと、水。さっき飲んだけど、もう少し。少しずつでいいから」「ああ」 蓮はペットボトルを手に取り、ひと口飲んでから寝室へ向かった。 汗を吸った練習着を脱ぎ、部屋着に着替える。身体は重い。けれど、昨日までのように空腹で意識が引っ張られる感じはない。疲労はあるが、底が抜けるような感覚ではなかった。 リビングへ戻ると、キッチンから包丁の音が聞こえていた。 トントントン、と一定のリズムで野菜が切られていく。火にかけた鍋から湯気が立ち、味噌の匂いが部屋に広がり始めている。 蓮は空いたスペースにヨガマットを敷いた。 今日の練習で気になったのは、右サイドで受け直す時の身体の向きだった。相手の寄せを外す一歩目に、ほんの少しだけ遊びがある。体幹の固定が遅れたのか、疲労で踏み込みが甘くなったのか、まだ分からない。 分からないなら、確認するしかない。 蓮はマットの上で姿勢を作り、ゆっくりとプランクに入った。 肘をつき、爪先を立てる。 首から背中、腰、踵までを一直線に保つ。 呼吸を細くし、腹の奥へ力を入れる。 十秒。 二十秒。 三十秒。 キッチンの包丁の音が止まった。「ちょっと」 椿の声が飛んできた。「何してるの?」「体幹の確認」「確認?」「今日、切り
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12食目

 放課後のグラウンドに、西日が長く伸びていた。 人工芝の上では、常盤台高校サッカー部の練習がいつも通り淡々と進んでいる。対面パス、三人一組でのコンビネーション、狭いエリアでの三対三。 派手なメニューではない。 けれど、ボールが足元に収まる音、次の動作へ移る速さ、受ける前に首を振る回数で、差ははっきり出る。 蓮はBチームの列に入りながら、自分の身体の状態を確かめていた。 軽い。 正確には、余計な重さがない。 朝から昼、練習前まで、椿に言われた通りに食べ、水分を取った。空腹で意識が削られることも、胃の重さで一歩目が遅れることもない。 トラップした瞬間、足裏に返ってくる感触がはっきりしている。 一歩目が出る。 止まれる。 次の向きへ移れる。 この一週間、椿に食事を見られるようになってから、劇的に別人になったわけではない。技術が突然増えたわけでもない。 ただ、練習の終盤になっても、自分の中の精度が落ちにくくなっていた。「あ、悪いっ」 相手からのパスが少し跳ねた。 芝で滑ったのか、ボールが思ったより外側へ逃げる。 蓮は足の置き場を半歩ずらし、足首で勢いを吸収して止めた。ボールは大きく弾かず、次のタッチでそのまま相手の利き足へ返る。 受けた部員が小さく息を漏らした。「……今の止めるか」「次」 蓮は短く促した。 褒められるために止めたわけではない。 少しずれたボールを、次のプレーに使える位置へ置いただけだ。 けれど、周囲の視線が少しずつ変わっているのは分かった。 続いて行われた三対三は、二十メートル四方の狭いエリアで行われた。 受ける場所は少ない。 持てる時間も短い。 身体を当てられ、逃げ場を消され、判断が遅れればすぐに奪われる。 蓮が中央でボールを受けた瞬間、三年生のディフェンダー二人が距離を詰めてきた。
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13食目

 常盤台のグラウンドには、明確な境界線があった。 常盤台高校サッカー部の中で、限られた選手だけが使うメインピッチ。 昨日まで蓮がいたBチームの練習場所とは、芝の感触も、飛び交う声の強さも、立っている選手たちの空気も違っていた。 蓮はスパイクの裏で芝を軽く踏み、周囲を見た。 上級生たちの視線が集まる。 歓迎ではない。興味、警戒と少しの苛立ち。 入部して間もない一年が、いきなりAチームへ上がってきた。しかも、ドイツ帰りという肩書きつきだ。好意的に見られる理由の方が少ない。「おい、一年」 すれ違いざま、三年生のボランチが低い声を投げてきた。「ここがお前の定位置だと思ってるなら、勘違いすんなよ」 蓮は相手を見る。 その目に、冗談の色はない。「はい」 短く返すと、三年生は鼻を鳴らして通り過ぎた。 緊張はある。 だが、足がすくむほどではなかった。 昨日までより強度は上がる。 寄せは速くなり、判断する時間は減る。 それは分かっている。 だからこそ、朝食の時点で椿はいつもより細かく確認していた。『今日はAチーム初日でしょう。練習の強度が上がるなら、消耗も変わるわ。朝から少し調整してるから、練習前の水分と間食も摂ってちょうだい』 出がけにそう言われた。 自分より、今日の練習後の身体を先に見ているような言い方だった。 蓮は小さく息を吐き、列に加わった。 練習は、最初から速かった。 狭いエリアでのポゼッション。 Bチームの時より、ボールの速度も、寄せの速さも、身体を当ててくる強さも明らかに違う。 トラップが少しでも浮けば、次の瞬間には足が伸びてくる。 身体の向きが悪ければ、背中から潰される。 蓮にボールが入った瞬間、さっき声をかけてきた三年生が距離を詰めてきた。 速い。 それでも、見えないほどではない。
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14食目

 マンションの四〇一号室前に戻り、玄関の前で鍵を取り出したところで、隣の四〇二号室の扉が開いた。「おかえり。今日は少し早いわね」 椿は保冷バッグと食材袋を抱えて出てきた。「ああ。ただいま」「今日は少し早いわね」「部室で長く話さなかったからな」 蓮がスポーツバッグをソファの横に置くと、椿は顔を上げた。 その視線が、蓮の顔色、肩の落ち方、歩幅を順に拾っていく。「……顔つきは悪くないわね。Aチーム初日、どうだった?」「速かった」 蓮は椅子に座り、軽く息を吐いた。「Bチームとは違う。寄せも、パススピードも、身体の当て方も。最初の数分で、見える範囲を変えないと間に合わないと思った」「身体は?」「最後まで動けた。足は張ってるけど、頭は切れてない」「なら、朝と補食は大きく外してないわね」 椿は短く頷き、手元の皿を一つテーブルへ運んだ。 その反応は、喜ぶというより確認に近かった。 蓮がAチームでどうだったか。 それは、椿にとっては成果でもあり、次の修正材料でもある。「桐生さんに合わせた」「桐生さん?」「Aチームのエース。二年生のフォワードだ。今日、俺にも出してみろって言われた」「ああ、外から見ていて、一番前で動き出しが速かった人?」「たぶん、その人だ」「どうだった?」「合った。最初は」「最初は?」「最後の方は少し長くなった。俺のボールも強かったし、桐生さんの足も落ちてた」 椿はその言葉を聞き、すぐにノートへ何かを書き込んだ。「一軍の練習だと、終盤の判断だけじゃなくて、受け手の消耗も見ないといけないのね」「そこまで見るのか? 橘さんが?」「あなたのパスが誰に出るかで、走る距離も、負荷も変わるでしょう。全部は分からないけど、少なくともあなたの消耗には関係する」
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15食目

 県立スタジアムには、低い歓声が渦のように溜まっていた。 ピッチを囲むスタンドに、芝の上を抜ける春の風。 試合開始前の高揚とは違う、重く、張り詰めた空気。 昨年のインターハイ予選王者と、選手権予選王者。県内の今シーズンを占う一戦として、観客席には生徒だけでなく、保護者や関係者の姿も多かった。 電光掲示板には、前半四十分の時点で、はっきりと現実が刻まれている。 常盤台 〇―二 誠和。 常盤台は、押し込まれていた。 相手のハイプレスが速い。 中盤で前を向けない。 苦し紛れに蹴ったボールは相手センターバックに回収され、セカンドボールも拾われる。桐生が前線で身体を張っても、そこへ届く前に攻撃の形が壊されていた。 ベンチの端で、蓮はピッチを見ていた。 焦らず、ただじっと見ている。 相手のボランチ二枚が、常盤台の中盤を塞いでいる。サイドに逃がした瞬間、外へ追い込み、戻しのコースを切る。無理に縦を入れれば、センターバックが前へ出て潰す。 常盤台の選手たちは走っている。 戦っている。 けれど、呼吸する場所を奪われていた。 蓮は膝の上で手を組み、相手のプレスが緩む瞬間を追った。 完全に穴がないわけではない。 相手が前へ出る分、背後には必ず空きができる。 問題は、その一瞬に誰が走り、誰がそこへ通せるかだった。 ふと、蓮はスタンドへ視線を向けた。 観客が立ち上がり、声を上げ、ピンチのたびに空気が揺れる中、少し離れた席で椿がノートを開いていた。 試合を楽しむというより、確認している。 ピッチ全体ではなく、ベンチにいる蓮の姿勢や呼吸、アップのタイミングを見ているのだろう。時折、視線を落として何かを書き込んでいる。 蓮はすぐにピッチへ視線を戻した。 今日の身体は悪くない。 朝食も、補食も、試合前の水分も、椿の指示通りに入れている。出番があるかどうか分からない状態でも、身体は準備されていた。 いつ
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16食目

 後半開始のホイッスルが鳴った。 スタジアムの歓声が、低く揺れる。 常盤台から見れば、二点を追う後半。 誠和から見れば、前半と同じように押し潰せば終わる四十分。 だが、ピッチに立つ常盤台の選手たちの空気は、前半とは少し違っていた。 天根蓮が、二列目の中央に立っている。 蓮は一度だけ足元の芝を踏み、周囲を見た。 桐生が前にいる。 両サイドが少し内側を意識している。 ボランチの一人が、後ろからこちらの位置を確認している。 前半と同じ場所に、同じ十一人がいるわけではない。 常盤台の見る先が、変わっていた。「おい、あいつだ」「ドイツ帰りの一年か」 誠和の選手たちが蓮へ視線を向ける。 警戒されている。 それは当然だった。 後半開始直後、常盤台のキックオフから、ボールは一度ボランチへ下がる。 蓮は中央で受ける場所を作った。 その瞬間、誠和の前線が動いた。 一枚が蓮へのコースを切る。 もう一枚がボールホルダーへ寄せる。 背後からボランチが前へ出て、蓮の受け際を狙う。 前半、常盤台を苦しめたプレスだった。 味方のボランチが一瞬、迷う。 出せば潰される。 そう判断しかけた顔だった。「出して、先輩!」 蓮の声が飛ぶ。「取られんなよ!」 ボランチが短く返し、縦へ入れた。 ボールが蓮へ向かう。 誠和の三人が、一気に距離を詰める。 トラップの瞬間を潰すつもりだった。 けれど、蓮は止めなかった。 左足が、ボールに触れる。 ただ受け流すように。 だが、軌道は明確だった。 低く浮いたボールが、誠和の最終ラインの背後へ落ちていく。 そこには、まだ誰もいない。 いや、誰もいなかった場所へ、桐生が走っていた。「―
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17食目

 逆転を許した誠和の選手たちは、数秒だけ動けなかった。 前半、あれほど閉じていたピッチが、後半に入ってから広がっている。 いや、広げられている。 蓮が触るたびに、誰かが前を向き、誰かが走り、誰かが最後の場面へ入ってくる。 その中心に、蓮がいた。 桐生が戻りながら、蓮の肩を叩いた。「来るな、ほんとに」「走ってくれたので」「お前、そういうとこだぞ」 桐生は笑いながら、すぐに自陣へ戻った。 後半二十五分。 誠和は前に出るしかなくなった。 同点ではなく、追う側になった。 ラインを上げて、中盤の枚数を増やす。 常盤台の最終ラインへ圧をかける。 だがその分、背後が空く。 蓮は、それを見ていた。 常盤台が自陣でボールを奪う。 山なりに逃げるのではなく、ボランチが蓮へ楔を入れる。 誠和の選手が三人、蓮へ向かう。 桐生への道は閉じている。 右も塞がれている。 左足側にも身体を寄せられている。 なら、閉じられた場所を開けばいい。 蓮はボールを受ける前に、身体の向きをわずかに変えた。 左足で外へ流すようにボールを晒すと、相手の一人が、それに反応して半歩動いた。 その半歩で、桐生の前に小さな穴ができた。 蓮が左足でそこへ通すと、桐生が既に反応していた。 センターバックを背負いながら、右足を振る。 ボールは一度相手に当たり、少し浮いた。 桐生は体勢を崩しながら、もう一度足を出す。 ボレー気味に叩いたボールが、ゴールへ吸い込まれた。 四対二。 スタジアムの空気が、完全に変わった。「なんだよ、あいつ」 誠和の誰かが呟いた。「こんなやつが、高校サッカーにいていいわけないだろ......」 声に、苛立ちよりも戸惑いが混じっていた。 前半の誠和は、常盤台の呼
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18食目

 整列を終えても、蓮はすぐにはロッカールームへ戻れなかった。 常盤台の選手たちに囲まれ、何人もの手が肩や背中を叩く。前半の二点差を後半だけでひっくり返した熱は、スタンドにもピッチにもまだ残っていた。「おい天根、すげえな」「一年であの試合するか、普通」「お前、未来見えてんのか?」 次々に飛んでくる言葉に、蓮は短く返すしかなかった。「見えてはいないです」「いや、見えてただろ」「少なくとも俺には見えてなかったぞ」 周囲が笑う。 その中心に、桐生がいた。「なあ、天根」 桐生が汗を拭きながら近づいてくる。顔には、試合中の興奮がまだ残っていた。「最初のスルーパス。あれで完全に流れ変わったな」「桐生さんが走ってたので」「いや、俺まだ走り出したばっかだったんだよ」 桐生は笑った。「なのに、もうボールがそこに落ちてくる。意味分かんねえだろ」 近くにいた上級生も頷く。「あれはやばかった」「誠和の最終ライン、完全に置いてかれてたしな」 桐生は蓮の肩を軽く叩いた。「しかも三アシストだろ。俺の三点、全部お前絡みだし」「桐生さんが決めた得点ですよ」「で、最後は自分で決める」 桐生は、ますます面白そうに笑った。「一ゴール三アシスト。今日のMVPはどう考えてもお前だな」 蓮は首を振る。「チームが決めた得点です」「謙虚だなあ」「本当にそう思ってます」「分かってるよ」 桐生は少しだけ目を細めた。「でもさ、俺は今日、めちゃくちゃ楽しかったぞ。走るだけでボールが来るんだもん。あれ? サッカーってこんな簡単だったっけ、ってなったわ」 そう言って、桐生はロッカールームの方へ歩いていく。 蓮はその背中を見てから、もう一度ピッチを振り返った。 五対二。 
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19食目

 夜。 四〇一号室に戻ると、部屋の中は静かだった。 蓮はバッグを置き、深く息を吐く。 試合中は動けていた。 最後まで視野も切れなかった。 けれど、家に戻った途端、身体の奥から疲労が浮いてくる。太腿の張り、ふくらはぎの重さ、肩に残る接触の感覚。 水を飲もうとキッチンへ向かったところで、スマートフォンが震えた。【帰ってきた?】【今着いたところ】【そう。今から行っていいかしら?】【大丈夫だ】 間もなく、インターホンが鳴った。「開けて。両手ふさがってるの」 ドア越しに椿の声がする。 蓮が玄関を開けると、両手に袋を抱えた椿が立っていた。「持つよ」「ありがとう」 蓮が片方を受け取る。 袋は見た目より重かった。中には食材のほか、飲み物や保冷袋も入っている。「風呂、入った?」「まだ。これから」「じゃあ先に入って。汗を流して、身体を冷やしすぎないうちに戻ってきて」「手伝わなくていいのか?」「今日のあなたの仕事は、余計に動かないこと。試合後なんだから、まず回復優先」「分かった」 蓮は頷き、浴室へ向かった。 シャワーを浴びると、身体の表面に残っていた芝と汗の感覚が少しずつ流れていく。熱はまだ残っている。だが、呼吸は落ち着いてきた。 十分ほどしてリビングへ戻ると、キッチンから包丁の音と、食材が焼ける音が聞こえていた。 椿は手元を見たまま、迷いなく食材を切っている。 蓮はタオルで髪を拭きながら、カウンターの近くに立った。「今日の試合、外から見てどうだった?」「そうね」 椿はフライパンの火を少し弱めた。「後半三十分を過ぎたあたりから、スプリントの出足が遅くなってたわね。あと、最後のシュート前、右足で置いた時に少しだけ腰が浮いた」「いや、そういうところじゃなくて」「違
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