บททั้งหมดของ 俺だけの献立 〜隣のスポーツ栄養士志望が俺の食事を管理するらしい〜: บทที่ 31 - บทที่ 40

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30食目

 インターハイ予選の優勝から、一週間が過ぎた。 常盤台高校のグラウンドを囲むフェンスの外側に、見慣れない大人の姿が増え始めていた。 梅雨前の湿った空気の中、バックネット裏や校門の近くに、スーツ姿の男たちが立っている。保護者でも、学校関係者でもない。彼らは練習全体を見るでもなく、ピッチ中央でボールを受ける背番号十の動きだけを追っていた。 天根蓮の名前は、県予選で初めて知られたわけではない。 ドイツ帰りの一年生。  欧州の育成組織にいた選手。  まだプロ契約を結んでいない、進路の空いた才能。 その噂だけなら、以前から一部の関係者の間にあった。 ただ、噂は噂でしかない。 公式戦の強度で、どこまでやれるのか。  日本の高校サッカーの中で、どれだけ違いを作れるのか。  八十分を通して、判断と出力を落とさずに戦えるのか。 インターハイ予選は、その答えになった。  しかも、答えは噂通りではなく、噂以上だった。 準決勝で、蓮は守備の組織をずらした。  決勝で、蓮は前回敗れた相手の対策を受けても、試合の中心に立ち続けた。  パスを出すだけではない。受け直し、背負い、逃がし、必要なら自分で詰める。 一年生が、県予選の準決勝と決勝で、それをやった。  見に来る人間が増えるのは、自然なことだった。 練習中、蓮がトラップするたび、フェンスの外で誰かが手元の資料へ何かを書き込む。蓮が右足で外へ置き、左足で逆へ通すたび、視線が一斉に動く。 確認ではない。評価の更新だった。 だが、その視線に最初に反応したのは、蓮ではなく、周囲の部員たちだった。 いつもより強く見せようとして、余計な仕掛けを選ぶ選手がいる。  逆に、視線を意識して一歩目が遅れる選手もいる。  普段なら簡単につなぐ場面で、必要以上に前を向こうとして奪われる。 練習の空気に、少しだけ余計な音が混じり始めていた。「おい、今日もいるぞ」 「どこのスカウトだろ」 「見
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31食目

 期末試験が終わると、校内の空気は少しずつ夏休みへ傾き始めた。 教室では補習や遠征の予定が話題になり、廊下の掲示板には夏季講習、各部の合宿予定、校外実習の案内が並んでいる。その中で、スポーツ栄養科の掲示板に一枚の紙が貼り出された。 夏季特別実習。  通称、部活動帯同実習。 全国大会を控えた強化指定クラブや、夏季合宿を行う運動部に、スポーツ栄養科の生徒が実習生として帯同する制度だった。現場の管理栄養士の補助に入り、献立作成、食材管理、補食準備、選手の状態観察までを行う。 中でもサッカー部は、毎年希望者の多い枠の一つだった。 常盤台高校サッカー部は、全国常連の強豪だ。  練習強度も、合宿の負荷も、他の部とは一段違う。  教室で学んだ知識を、全国を目指す選手たちの身体に直接ぶつけられる。 スポーツ栄養科の生徒にとって、サッカー部の帯同実習は、ただの実習先ではなかった。「今年もサッカー部あるんだ」 「そりゃあるでしょ。インハイ出るんだし」 「でも今年は天根くんいるから倍率高そう」 掲示板の前で、そんな声が上がる。 椿は、その声には反応しなかった。 倍率が高いかどうかは関係ない。  希望者が多いかどうかも関係ない。 派遣先の一覧にサッカー部の名前がある。  それだけで、椿の中の優先順位は決まっていた。  これまで椿が見てきたのは、天根蓮という一人の選手だった。 四〇一号室を中心に、蓮一人の身体を見て、食事を組み替えてきた。 けれど、全国を戦うのは蓮一人ではない。  蓮が最後まで判断を残しても、走る相手がいなければ、パスは届く場所を失う。 蓮を最高の状態にする。  その目的は変わらない。 ただ、そのためには、蓮の周囲にいる選手たちも、全国の強度に耐えられる状態でなければならなかった。 翌日、学年首席として最初に希望先を聞かれた椿は、迷わずサッカー部と答えた。 周囲が少しざわついた。
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32食目

「このまま合宿に持ち込んだら危ない」 椿は黙って相模を見た。「あなたが見てきたのは、一人でしょう」「……はい」「一人なら、食べる量も、好みも、練習後の反応も追える。朝の顔色も見られる。食べ残しも、その場で理由を聞ける。でも合宿は違う」 相模は、机の上にある別のファイルを軽く叩いた。「五十人いる。好き嫌いも違う。胃の強さも、暑さへの弱さも違う。朝から食べられる子もいれば、練習後に固形物が入らない子もいる。アレルギーもある。予算もある。調理時間もある。厨房の人手も限られてる」 椿は視線を落とさなかった。「あなたの理論が間違っていると言っているわけじゃない。むしろ、個人管理としてはかなり精密に見ている。でも、集団にそのまま当てたら、正しいものが正しく届かないことがある」 相模は資料を閉じず、そのまま椿の前に置いた。「現場ではね、完璧な献立より、食べきれる献立の方が勝つことがあるのよ」 その言葉は、椿の中にまっすぐ入った。 栄養価が足りていること。  必要なタイミングで必要なものを入れること。  それは、椿がずっと考えてきたことだった。 けれど、食べてもらえなければ、意味がない。 蓮は食べる。  必要だと分かれば、迷わず食べる。  椿が出したものを、競技のための一部として受け取る。 でも、五十人全員が蓮ではない。  その当然のことが、合宿という現場では最初の壁になる。「承知しています」 椿は持ってきたもう一つのファイルを開いた。「なので、全員に同じ精度の個別管理をするつもりはありません。合宿中のメニューは、基本の献立を一つにして、選手の状態に合わせて調整幅を作ります」 相模の目が、少しだけ細くなった。「調整幅?」「はい。朝食をしっかり食べられる選手、練習後に固形物が入りにくい選手、発汗量が多い選手、筋肉量が多くて摂取量を落とせない選手、胃腸への負担が出やすい選手。大きく五つに分けて、主食量
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33食目

 標高八百メートル。 避暑地とはいえ、真夏の太陽は容赦なくグラウンドを焼き、高原特有の重く湿った熱気が、選手たちの体力を少しずつ削っていく。 強化合宿初日。  三部練習を終えて食堂になだれ込んできた五十人の部員たちは、朝とは別人のようになっていた。 泥と汗にまみれた練習着が肌に張りつき、椅子に腰を下ろした瞬間、誰かの肩が大きく落ちる。水筒を口に運ぶ動きさえ遅く、食堂に入っても、いつものような騒がしさはなかった。「……これ、全部食うのか」 「無理だろ。水だけでいい……」 目の前に並んだ食事を見て、部員たちの間から低い声が漏れた。 鶏肉。  玄米の混ぜご飯。  温野菜。  具を抑えた汁物。  酸味を少し利かせた小鉢。 高タンパク、低脂質。  練習後の回復を考えた、合宿初日の夕食だった。  ただ、正しいことと、今この瞬間に食べられることは違う。 食堂の端でその様子を見ていた二年生の葛城は、わずかに眉を寄せた。 椿が事前に出した案を、相模が調整したうえで採用した夕食だ。 理屈は分かる。  練習後に必要な栄養素も、回復を考えた構成も、教科書の範囲から大きく外れてはいない。 けれど、初日の三部練習を終えた選手たちの前にこれを出して、すぐ箸が進むかと言われれば、葛城には疑問があった。 現場では、正しさだけでは足りない。  それは相模が三日前に椿へ言った言葉でもある。「橘さん」 葛城は、厨房側に立つ椿へ声をかけた。「やっぱり、最初からこの量は厳しいんじゃないか。食欲が落ちている選手が多い。まずは麺類か、ゼリー系で入れた方がよかったと思う」 責める口調ではなかった。 葛城自身、合宿の食堂を知っている。  暑さと疲労で食べられない選手が出ることも分かっている。  だからこその懸念だった。 椿は、食堂を一度見渡した。 誰が水だけに手を伸ばして
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34食目

 相模が、厨房の入り口から静かに声をかけた。「葛城くん。あとで残食の計量を手伝って」「はい」「橘さんの記録と照らすわ。今日の夕食で食べきれなかった分を、明日の朝にどう回すか決める」 葛城は頷いた。 疑念が完全に消えたわけではない。 一年生にここまで見えるのかという驚きはある。  だが、五十人を一週間見続けるには、まだ危うさもある。 だからこそ、相模が最終判断を持つ。  葛城が現場で支える。  椿が見立てを出す。 その形が、少しだけ見えてきた。 食堂の中央では、桐生が鶏肉を口に入れながら、隣の選手に笑いかけていた。「最初見た時は無理だと思ったけど、食い始めたら意外といけるな」 「スープ先に飲んだからじゃね?」 「知らんけど、助かったわ。さっきまで米とか見たくなかったし」 その声を聞いても、椿は表情を変えなかった。  ただ、桐生の食べる速度と、皿に残った量を記録する。 褒められるためにやっているわけではない。  今日の結果を、明日の献立へつなげるために見ている。 その時、食堂の端で、蓮が静かに箸を置いた。 周囲がスープに反応している間も、蓮だけは最初から迷いがなかった。  必要なものを、必要な順番で、一定のリズムで入れている。 椿は保冷ボックスから小さな補食を取り出し、蓮の席へ向かった。「天根くん」「ん」「今日の後半、最後の十五分で少し動きの幅が落ちていたわ。足が止まったというより、受け直しの回数が減っていた」「自覚はある」「夕食は予定通り入っているけど、明日の朝を考えると糖質を少し足したい。今なら入る?」「入る」 蓮は短く答え、椿から補食を受け取った。 ゼリー状の補給食ではあるが、特別なものではない。  量も多くない。  ただ、今日の蓮の消耗に合わせて、椿が用意していた追加分だった。
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35食目

 標高八百メートルの山あいに、合宿最終日の朝を告げるホイッスルが響いた。 一週間にわたる三部練習。  強い日差し。  湿気を含んだ空気。  削られていく体力と、積み重なる疲労。 本来なら、最終日の朝にはもっと足が鈍る。声も減る。切り返しの一歩目が遅れ、スプリント後に膝へ手を置く時間が長くなる。 だが、目の前の選手たちは、崩れ切っていなかった。 疲労がないわけではない。  初日より軽いわけでもない。 それでも、落ち方が小さい。 監督は手元のストップウォッチを止め、隣のコーチへ視線を向けた。「最終日でこれだけ動けるか」 「全体のタイムは落ちています。でも、落ち幅が想定よりかなり小さいです。特に後半の戻りが早い」 「……初日の食堂を見た時は、どうなるかと思ったがな」 監督の視線が、ピッチサイドの給水所へ向いた。 白い実習着を着た椿が、選手たちが戻ってくるタイミングに合わせてボトルを並べている。隣では葛城が氷を足し、相模が記録表を確認していた。 この一週間、椿は五十人分の皿を見た。 食べられなかった量。  食べる順番。  練習後の水分摂取。  翌朝の顔色。  補食を入れるタイミング。 全員を完璧に管理したわけではない。見立てが外れた選手もいるし、途中で分類を変えた選手もいる。 それでも、食べられない選手をそのままにしなかった。  全員同じで押し切らなかった。  落ちるところを見て、次の一食で戻そうとした。 それだけで、合宿最終日のチームの沈み方は変わった。「橘」  練習が終わり、撤収作業が始まった頃、監督が椿に声をかけた。「相模先生と一緒に、少し来てくれ」 呼ばれたのは、食堂の奥にある小さな事務室だった。 長机の上には、合宿中の練習データと、椿の実習記録が並んでいる。相模は椅子に座り、椿の記録をもう一度めくっていた。
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36食目

 標高八百メートルの山あいに、合宿最終日の朝を告げるホイッスルが響いた。 一週間にわたる三部練習。  強い日差し。  湿気を含んだ空気。  削られていく体力と、積み重なる疲労。 本来なら、最終日の朝にはもっと足が鈍る。声も減る。切り返しの一歩目が遅れ、スプリント後に膝へ手を置く時間が長くなる。 だが、目の前の選手たちは、崩れ切っていなかった。 疲労がないわけではない。  初日より軽いわけでもない。 それでも、落ち方が小さい。 監督は手元のストップウォッチを止め、隣のコーチへ視線を向けた。「最終日でこれだけ動けるか」 「全体のタイムは落ちています。でも、落ち幅が想定よりかなり小さいです。特に後半の戻りが早い」 「……初日の食堂を見た時は、どうなるかと思ったがな」 監督の視線が、ピッチサイドの給水所へ向いた。 白い実習着を着た椿が、選手たちが戻ってくるタイミングに合わせてボトルを並べている。隣では葛城が氷を足し、相模が記録表を確認していた。 この一週間、椿は五十人分の皿を見た。 食べられなかった量。  食べる順番。  練習後の水分摂取。  翌朝の顔色。  補食を入れるタイミング。 全員を完璧に管理したわけではない。見立てが外れた選手もいるし、途中で分類を変えた選手もいる。 それでも、食べられない選手をそのままにしなかった。  全員同じで押し切らなかった。  落ちるところを見て、次の一食で戻そうとした。 それだけで、合宿最終日のチームの沈み方は変わった。「橘」  練習が終わり、撤収作業が始まった頃、監督が椿に声をかけた。「相模先生と一緒に、少し来てくれ」 呼ばれたのは、食堂の奥にある小さな事務室だった。 長机の上には、合宿中の練習データと、椿の実習記録が並んでいる。相模は椅子に座り、椿の記録をもう一度めくっていた。 監督は資
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37食目

 インターハイ準々決勝。  ベスト四を懸けた試合は、技術や戦術だけでは語れない領域に入っていた。 連戦の疲労。  照り返す熱。  勝ち上がるほどに増していく重圧。 体力が削られれば、判断は遅れる。  判断が遅れれば、一歩目が遅れる。  一歩目が遅れれば、全国の相手はそこを逃さない。 常盤台高校の相手は、全国から選手を集める私立の強豪だった。 ベンチの層が厚い。  交代しても強度が落ちない。  前線から次々と新しい選手を投入し、常盤台のビルドアップに圧をかけてくる。 開始から、試合は重かった。 相手は蓮に前を向かせなかった。ボールが入る前に距離を詰め、受けた瞬間には二人目が寄る。桐生への縦は切られ、両ウイングが外へ開いても、サイドバックとボランチが挟みに来る。 それでも、蓮は急がなかった。 囲まれる前に逃がす。  寄せきる前に角度を変える。  味方が走れる場所を、相手が気づくより先に作る。 常盤台は押し込まれながらも、崩れなかった。 後半三十五分。  スコアはまだ動いていない。 右サイドから戻されたボールを、蓮が中央で受ける。相手の三人が一気に距離を詰めた。 前はない。  桐生への線も塞がれている。  左ウイングへの外も、相手の身体が入っている。 だが、蓮は半歩だけ下がった。 その半歩で、囲いの形がわずかに崩れる。 左足から出た低いパスは、相手の足元を抜けるのではなく、足を出しにくい角度を通った。 桐生が走る。 受けた瞬間、桐生は迷わなかった。  右足で流し込む。 ゴールネットが揺れた。 一対〇。 常盤台は、その一点を守り切った。 準決勝進出。  その言葉の重さを、誰もすぐには声にできなかった。 蓮がベンチへ戻ると、椿がボトルを差し出した。
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38食目

 ドイツ、バイエルン州。  ミュンヘン郊外にあるクラブのトレーニングセンターは、森に囲まれた静かな場所にあった。 広い敷地に整えられた天然芝のピッチ。  ガラス張りのメディカル棟。  選手たちの身体を、数値と映像と科学で管理するための設備。 蓮は、その一室にいた。 上半身を脱ぎ、胸と背中に電極を貼られている。腕には心拍と血中酸素を測るセンサー。足元には、速度と傾斜を細かく変えられるトレッドミル。 周囲には、医師とフィジカルスタッフが並んでいた。 その奥に、ハンスが立っている。『久しぶりだな、レン』『昨日どころかここに連れきたのはあんただろ』『この部屋で見るのは久しぶりだ、という意味だ』 ハンスは、モニターに目を向けた。『今日は確認だ。君が日本で何を得たのか。それが我々の基準で見ても、本物なのか』 トレッドミルが動き始める。 最初は軽い速度だった。  呼吸を乱すほどではない。  蓮は、一定のリズムで足を運ぶ。 昨夜、椿から渡された指示書は、鞄の中に入っている。 機内での補食。  水分の取り方。  到着後に避けるもの。  検査前に余計なサプリメントを入れないこと。 細かすぎるほど細かい文字が並んだ紙を、ハンスは一度見て、呆れたように笑った。 だが、蓮はその通りにした。 速度が上がる。  傾斜がつく。  呼吸が深くなる。 モニターに表示される数値を見て、医師の一人が眉を動かした。『心拍の上がり方が緩い』 『前回データと比較してくれ』 『もう出しています。回復も早いです』 さらに負荷が上がる。 蓮の脚は重くなっていく。  楽ではない。  汗も出るし、息も荒くなる。 それでも、崩れ方が小さかった。 フォームが大きく乱れない。  肩が上がりすぎない。  
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39食目

『無理だ』 蓮は即答した。  ハンスが眉を上げる。『本人に聞く前から決めるのか』『そういう意味じゃない』 蓮は椅子から立ち上がった。『橘さんの知識は、たぶん汎用的に使える。けれど、この数値は汎用じゃない。俺の食事、練習後の状態、試合中の変化、翌朝の顔色。それを毎日見て、俺という個に合わせて積み上げた結果だ』 ディーターが笑みを消し、蓮を見る。『つまり、彼女は君の専属だと?』『少なくとも、今はそうだ』『彼女の意思は?』『それは彼女が決める』 蓮は、すぐに答えた。『俺が決めることじゃない。ただ、クラブのラボに入れて、見ず知らずの選手全員に同じことをさせようとしても、この値は再現できない』 ハンスは腕を組んだ。『君は、彼女を独占したいだけではないのか』 ハンスの問いに、蓮はすぐには答えなかった。 独占。 その言葉は、少し違う気がした。 椿の進路を、自分が決めるつもりはない。  彼女が世界の研究機関へ行くと言うなら、止める権利などない。  彼女の理論がより広い場所で認められるなら、それは本来、喜ぶべきことのはずだった。 けれど、今この数値を作ったのは、一般化された栄養理論ではない。 天根蓮という一人の選手を、毎日見続けた記録。  試合後の呼吸。  翌朝の顔色。  食べる速度。  動き直しの一歩目。  そして、ピッチで何をしようとしているのか。 それらを、椿が一つずつ拾ってきた結果だった。『違う』 蓮は静かに言った。『橘さんを俺の所有物みたいに扱うつもりはない。彼女の道は、彼女が決めることだ』 ハンスは黙って蓮を見ていた。『ただ、この数値をクラブ全体にそのまま広げようとしても、同じ結果にはならない。これは、彼女の理論が俺という個体に合わせて磨かれた結果だ』『つまり、彼
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