観測艇から戻った後。補給船の空気は、完全に変わっていた。誰も大声を出さない。船員達は、何度も白霧を見る。まるで。何かが、霧の中から現れるのを警戒していた。ユキは、甲板端で毛布へ包まっていた。ミツコが、温かい茶を渡す。「飲み」「……うん」カップを持つ手が、少し冷えている。さっき見た氷。壁の中の人影。頭から離れない。その時。船が揺れた。ゴゴ……大きな衝撃じゃない。だが。船員達が一斉に止まる。カヤが、即座に船縁へ出た。「止まれ!」機関停止。砕氷音が消える。静寂。風すら弱い。異様だった。タマが、小さく呟く。「なんだ……?」船員の一人が、震える声を出した。「下だ」全員、海を見る。白い。氷霧の下。何か巨大な影が動いていた。ゆっくり。船の真下を。フィルニアが、眉をひそめる。「魚じゃねぇな」ミーコは、じっと海を見ていた。気配が妙だった。生き物。だが。“普通の命”じゃない。⸻その時。また鐘が鳴った。ゴォォォォン――――今度は近い。腹へ響く音だった。ユキが、思わず耳を押さえる。「……やだ」鐘が鳴る度。海の下の影が動く。ゆっくり。こちらを回るみたいに。船員達の顔色が悪い。一人が、震える声で言った。「鐘守りだ……」カヤが、鋭く振り返る。「黙れ」だが。空気はもう変わっていた。船員達は、本気で怯えている。トシオが、静かに聞く。「何だそれ」誰もすぐ答えなかった。代わりに。灯台守が、低い声を出す。「北海の古い話だ」「霧の中には、帰れなくなった航路がある」「そこへ迷い込んだ船は、鐘を聞く」風が吹く。白霧が揺れる。灯台守は、海を見たまま続けた。「そして、鐘を追った船は戻らん」⸻補給船は、進路変更を始めた。港へ戻る。本来の予定より、かなり早い帰還だった。だが。霧が濃い。視界が悪い。航路灯すら、途中で霞んで見える。カヤは、ずっと海図を睨んでいた。船員達も、異常なほど静かだ。ユキが、小さく聞く。「そんなに危ないの?」カヤは、少し黙ってから答えた。「北航路は、昔から人が消える」「でも最近は多過ぎる」「昔は、年に一回あるかどうかだった」「今は、月単位で消える」ミー
Last Updated : 2026-09-22 Read more