私がうなずいた途端、リビングにいた全員がほっとしたようにため息をついた。涙を拭った母が、真っ先に口にしたのはこんな言葉だった。「訃報は今夜中に知らせてちょうだいね。あれを見ないと不安で眠れないって、未那が言うのよ」兄がノートパソコンを開き、訃報を書いていたが、死因について触れるところで手を止めた。「死因は何て書く?事故死にするか?」「うつ病と書けばいいわ」母は即答した。最初からそう決めていたかのように。「実際に病気なんだから。通院していた記録も残っているし、誰も疑わないわ」崇樹はうなずき、私の8年分の通院記録をパソコン内のフォルダに移した。忘れていたわけではなかった。私の病気を、自分たちに都合よく利用できると思っていただけなのだ。訃報を知らせてから10分も経たないうちに、私のスマホが鳴った。月岡千尋(つきおか ちひろ)だった。私のたったひとりの親友。私が手を伸ばすより早く、母が電話に出た。口元を押さえてすすり泣くその姿は、まるで本当に悲しみに暮れる遺族のようだった。「千尋ちゃん……希美がね、逝ってしまったの……とても静かな最期だったわ」電話越しに、千尋が泣き崩れる声が漏れ聞こえてきた。私は母からわずか1メートルほど離れた場所に座ったまま、自分の死を悼んで号泣する親友の声を聞いていた。2本目は、職場の上司からの電話だった。崇樹が代わりに出て、平然と答えた。「ええ、亡くなりました。職場に残っている私物は、そちらで処分していただいてかまいません」ふと、職場のデスクのパーティションに貼ってある付箋のことを思い出した。うつ病の診断を受けた年、私は毎朝ベッドから起き上がることさえつらかった。それでも毎朝9時前に家を出られたのは、この仕事があったからだ。付箋には、私のひどく歪んだ字でこう書いてあった。【まずは終業時間まで耐える】そうやって私は、4年間必死に耐え抜いてきた。そんな私の努力を、崇樹は電話1本であっさりと踏みにじった。ゲストルームのドアが開いた。久弥の上着を羽織った未那が出てきて、私を見るなり、まるで幽霊でも見たかのように壁際へぴたりと張り付いた。彼女は私を大きく避けるように回り込み、足早に母の後ろへ隠れた。きつく握りしめたスマホの画面には、私の訃報が表示
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