もう振り返らない神栄市中の誰もが、天城怜司(あまぎ れいじ)が遥(はるか)を心の底から愛していると信じていた。
結婚して八年。遥は天城家の親族から「跡継ぎを産んでない」とずっと責められてきた。
怜司の祖母の静江(しずえ)は何度も怜司に離婚して新しい妻をもらうよう迫り、怜司は三度も家族会議で反抗し、血を吐いて倒れたこともあった。
「俺には遥だけなんだ。絶対に離さない」
そう言い切った怜司だったが、やがて静江は田舎から一人の女性を呼び寄せ、怜司に無理やり押しつけた。
女の名前は香坂沙羅(こうさか さら)。肌は荒れがちで頬は強く赤く、言葉には濃い訛りがある。
怜司は彼女に対して露骨に嫌悪感を示す。「こんな田舎者、遥の足元にも及ばない」
遥は沙羅のことなどまるで眼中にない。
こんな世間知らずの女が、自分みたいな名門の娘に敵うわけがない。
だが二ヶ月後、遥は屋敷の使用人たちが噂しているのを耳にする。
「あの田舎娘、なかなかやるよね。もう妊娠したんだって。これで静江さんも満足するんじゃない?」
「でも、不思議な話だよね。一発でできるなんて」
「怜司さん、あの子を本気で見てたことあった?これじゃまるでシンデレラだよ」
……
遥は拳をギュッと握り、爪が手のひらに食い込む。頭が真っ白になる。