東京の大学生たちの会話を観察していると、'yappari'はむしろリアクションとしての機能が強いことに気付く。例えば友達の愚痴に『yappariそうきたか』と苦笑いしたり、自分の意見が正しかった時に『yappari!』と拳を握りしめたり。
特に興味深いのは、逆説的な使い方で『yappari違ったわ』という自嘲や、『yappariあいつらしい』というある種の
諦観を表現するパターン。標準語の『やはり』にはない情感の幅があって、若者文化の多様性を反映している。
SNSでは絵文字と組み合わせる使い方も流行中で、💡『yappariそれだ!』のような表現が情報共有の際の合言葉になっている。言葉が生き物のように変化する過程を目の当たりにできる好例だ。