伝説と史実が交差する話題として、ニコラス・フラメルはどうしても目を引く存在だ。
学的な記録ではフラメルは14世紀末から15世紀初頭のパリで活躍した写字生・書店業者として知られている。でも後代に付けられた伝説は別の顔を与えた。錬金術の「
賢者の石」や不老不死の霊薬を手に入れたとする語りは、実際の書簡や遺された物の解釈を越えて広まっていった。ここで重要なのは、彼がどの伝承と結びつけられてきたかという点で、単に一つの流派に属する人物ではないということだ。
代表的にはヘルメス主義に基づく西洋錬金術の流れ、いわゆる『大業(グランド・オペス)』の伝統、そしてユダヤ的カバラの象徴体系と結びつけられて語られることが多い。象徴的な文言や図像を解き、金属の変成と精神的変容を同時に追う「作業」は、フラメル伝説の核を成す。さらに近世以降はロシア十字団やゴールデン・ドーン系の西洋秘教、さらには民間伝承やフィクションに取り込まれ、彼の像はますます多様化していった。
そんな話を読むと、僕は歴史の端々に残った断片が後世の想像力によってどれだけ育てられるかを改めて考えさせられる。伝承としてのフラメルは、ヘルメス主義的錬金術、カバラ、そして近代西洋の秘教運動という複数の層が重なり合ってできた存在だと感じる。