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そもそも『手合い』という言葉遣いには、どこか古風で威圧的なニュアンスが込められている気がする。『鬼滅の刃』の鬼舞辻無惨が配下を『手合い』と呼ぶとき、あの冷たい物言いが支配者と被支配者の関係性を如実に表している。
この言葉を使うキャラクターには、相手を見下すような高飛車な性格や、武家社会の名残を感じさせる厳格なバックグラウンドを持つ者が多い。『銀魂』の近藤勲が稀に使う時でさえ、普段の茶化した態度とのギャップで特別な威厳が生まれる。刀や和服が似合う世界観でこそ、この言葉の持つ軋轢や緊張感が生きてくるんじゃないかと思う。
『手合い』という呼び方には、相手を同等以下の存在として扱うニュアンスが自然と滲み出る。『ジョジョの奇妙な冒険』のディオが『無駄無駄』と叫ぶ前に放つ『この手合いが』という台詞からは、人間を虫けら同然に見なす非人間性が伝わってくる。
特に敵対関係にあるキャラクターが使うと、戦闘前の心理的優位を示す効果的な修辞になる。現代劇よりも時代劇やファンタジー作品で耳にすることが多いのは、この言葉が持つ時代的な重みと相性が良いからだろう。『るろうに剣心』の鵜堂刃衛のような、己の剣術に絶対の自信を持つキャラクターが好んで使う傾向がある。
『手合い』という単語を口にするキャラクターには、ある種の『役割』が与えられているように感じる。『北斗の拳』のラオウが『この手合い』と発する時、そこには王者としての孤高と、敵を値踏みするような視線が存在する。
この表現は特に、キャラクター同士の力関係を明確にしたい場面で効果を発揮する。乱暴者やならず者を演じるキャラが使えば粗暴さが増し、貴族的なキャラが使えば優雅な侮蔑がにじみ出る。『BLEACH』の更木剣八のような戦闘狂も、この言葉で相手への期待と失望を同時に表現していることがある。