たとえば "I can't stand the idea of..." や "I'd hate to..." は使いやすく、相手に伝わりやすい。映画のセリフや若者の会話を訳すときには『秒速5センチメートル』のような繊細さを壊さないために、あえて柔らかい表現を選ぶことがある。こうした訳は原文の情感を保ちつつ、英語圏の読者に自然に響くことが多い。
その場合の常套句は "I can't bring myself to..." のほかに "I don't have the heart to..." や "I feel bad about doing..." が便利だ。感情の重さや相手への配慮を表す "I don't have the heart to..." は、とくに人を傷つけたくないという意味合いが強く出る。『火花』の静かな告白の場面ならこの種の表現が自然に響く。
一方で、場面が冷静で論理的な説明を求めるときは "It would be regrettable to..." といった言い方を使って微妙な距離を保つこともある。私は常に台詞のリズムを意識しつつ、登場人物の心の揺れを英語でどう表現するかを優先して訳している。
表現としては大きく二つの方向があると思っている。ひとつは感情の主体を前面に出す方法で、英語では "I can't bear to..." や "I can't bring myself to..." が自然だ。たとえば「見捨てるのは忍びない」とあれば、"I can't bring myself to abandon them." のように訳して、話し手のためらいをそのまま伝える。
もうひとつは客観的・文学的な言い回しで、"It would be cruel to..." や "It pains me to..." とするやり方だ。作品のトーンや相手との距離感によって選ぶべき表現が変わるので、私は原文の行間と登場人物の関係性を丁寧に読み取ってから決めることが多い。ときには単に "reluctant" を使うと曖昧になりすぎるので避けることもある。『源氏物語』のような古典を訳す際は、語感を損なわないためにやや形式張った表現を選ぶことが多いが、会話文ならば自然さを優先している。
私は過去に『羅生門』を訳した経験から、直訳の "unbearable" は誤解を招きやすいと感じた。その代わりに "It pains me to..." を使うと、行為そのものが苦痛だというよりも、行為をする自分を省みるニュアンスが出る。別の手としては "I find it hard to..." や "I would feel wrong doing..." と柔らかくする方法もある。これらは状況の軟らかさを保ちながら、原文の倫理的葛藤を表現できる。
翻訳者の直感で言えば、『忍びない』は瞬時に "I can't bear it" と訳したくなることがある。でもこれだけでは微妙なニュアンスを見落とす場合がある。
具体的に私がよく使うのは "I can't bear to do X" や "I can't bring myself to do X" の形で、行為に踏み切れない心情をそのまま英語で示す。親しい間柄の台詞なら "I hate to..." や "I'd feel awful doing..." と柔らかくすることもある。逆に義務や格式が絡む場面だと、"It would be wrong/cruel to..." と訳して行為の道義性を強調することもある。