設定の粗が見える瞬間、物語は脆くなる。物語世界が「あと付け」で補強されていることは、読者の直感に案外早くバレるものだ。しかし、それが即座に失敗を意味するわけではない。説得力とは主に三つの要素で成り立つと思っていて、論理的一貫性、登場人物の反応、そして読者が納得する小さな「証拠」の積み重ねだ。これらが揃えば、最初は場当たり的に見えた設定でも読者の心をつかめる場面は多い。
僕はフィクションを読むとき、設定の細かな穴よりもキャラクターの「反応」に注目する癖がある。たとえば『ブレードランナー』のように世界観自体が曖昧で説明が少なくても、人物の言動がその世界で自然に見えるならば、欠点はむしろ魅力として働くことがある。一方で、唐突に重要な設定が導入されてそれが物語の解決に都合よく使われると、読者は冷めてしまう。だから脚本家が
付け焼刃で設定を足すときは、その設定がキャラクターの視点や行動から必然的に見えるように配置することが肝心だ。
具体的には、まず小さな伏線を散らしておくこと。説明的な段落を長々と書くよりも、日常の中の些細な描写や登場人物の習慣、道具の描写で世界を補強するほうが自然に受け入れられる。次に、読者に疑問を抱かせたら必ず何らかの形で回収すること。未回収の謎が多いと「あと付け感」が強まる。最後に、感情的な真実を揺るがせないこと。設定が粗くても、登場人物の感情が真実味を持てば読者はその世界に留まる。自分の感覚だと、完璧な設定を最初から用意するよりも、物語の核心に触れる「信頼できる瞬間」を何度作れるかのほうが大事だと思う。そんな風に作られた物語なら、多少の継ぎはぎは読者に許容されることが多いと感じている。