作品を読み返すと、薄い描写が一番先に目につくことが多い。読み手として引き込まれない原因は大抵、細部の欠如か、ありきたりな比喩が場面を平坦にしていることに帰着する。
付け焼刃の描写をただ削るだけでは足りない。感覚の置き場を定め直し、登場人物の視点と感情に紐づけて描写を再構築する作業が必要だと考えている。
具体的には三つの工程を提案する。第一に「焦点の絞り込み」。一文で伝えようとする情報が多すぎると、結果としてどれも薄くなる。ここで有効なのは、場面ごとに一つの感覚をアンカーにする方法だ。たとえば音に着目する場面なら色や匂いは最小限にして、音を起点に人物の身体反応や過去の記憶につなげる。第二に「語彙の見直し」。曖昧な形容詞や過度な修飾を削り、具体名詞と能動的な動詞を優先するだけで描写の説得力が格段に上がる。第三に「内的反応の挿入」。外面的な風景説明だけでなく、その描写が現在の登場人物にとって何を意味するのかを必ず絡める。読者は世界そのものよりもキャラの視点を通して世界を体験したいからだ。
編集が介入する際の小さなテクニックもいくつか持っている。不要な比喩のチェックリスト、三行以内で場面の核を言い換えさせるリライト課題、そして短い「五感の練習シート」を著者に渡すこと。例として、'ハリー・ポッター'シリーズの屋敷描写を思い出すと、単純な「大きい」ではなく「床がきしむ」のような身体感覚が空間を生き生きとさせている。こうした細部を拾うクセを作者と共有すると、付け焼刃だった描写は次第に確かなものになる。私自身、そうした地道な修正で作品の温度が上がる瞬間に何度も立ち会ってきた。