雛壇の起源は平安時代の
貴族社会にまで遡ります。当時は紙や藁で作った人形を川に流す『流し雛』の風習があり、これが次第に家で飾る形へ変化していきました。
江戸時代に入ると、女の子の健やかな成長を願う『雛祭り』が定着し、段飾りが発達します。七段飾りの最上段には天皇と皇后を模した『内裏雛』が配置され、下の段には三人官女や五人囃子などが並びます。この階層構造は当時の宮廷社会を反映しており、現代でも受け継がれているんです。
面白いのは地域によって飾り方に違いがある点で、関西と関東では内裏雛の左右が逆になるなど、細かなバリエーションが見られます。