日が経つほど心がわかる
私はトップレベルのAIエンジニアである夫、綾小路辰紀(あやこうじ たつき)が、最近会社に入ったばかりのインターンに薬を盛られたことを知った。
荒唐無稽な一晩過ぎた。
翌朝早く、夫から電話がかかってきた。
声は二日酔いのかすれ声で、普段見せない焦りが混じっていた。
「琴里(ことり)、俺、やらかした。でも安心してくれ。彼女には金を渡した。これでこの街から消えるだろう」
十年も一緒にいた私は、彼の失態は二度とないものだと信じた。
しかし半年後、辰紀の会社は史上最悪のハッカー攻撃に見舞われ、コアデータが危機に瀕した。
私はパリの香水展示会から急いで戻ったが、データセンターの前で、まるで氷の底に突き落とされたかのような光景を目にした。
辰紀は閉ざされた扉の外に立ち、疲労と罪悪感に満ちた顔をしていた。
医師によると、インターンの速水桜(はやみず さくら)は妊娠三か月で、高放射線のサーバールームで彼に72時間付き添いで守ったため、流産の兆候があるという。
後に桜は双子を産み、綾小路家は喜びに包まれた。
私は十年間身に着けていた結婚指輪を外し、指先は冷たくなった。
私は電話を取り、たった一文字「S」だけを登録した番号にかけた。
「清水さん、この前お話しされた件、私、引き受けます」
電話の向こうから低く沈んだ笑い声が返ってきた。
「雨内(あまうち)さん、それは賢明な判断です」